「完結」幕末で響く銃声はスナイドル

leon

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第三話 戦いの果てに

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品川宿の倉庫街は、潮の匂いと海風に満ちていた。昼の陽光が海面に反射し、眩しく目を刺す。源四郎は黒装束に身を包み、腰に短刀を差し、背にスナイドル銃を隠していた。銃の重さは刀とは異なり、冷たく無機質な感触が手に残る。左近から教わったスナイドル銃の扱いはまだ不慣れだが、剣術で鍛えた勘と身体は、どんな武器にも適応するはずだと自分に言い聞かせた。
倉庫街はひっそりとしていた。朽ちかけた木造の蔵が立ち並び、苔むした石畳が足元に広がる。遠くで船の軋む音と、港を行き交う旅人の声がかすかに聞こえる。源四郎は物陰に身を潜め、書状に記された「港の蔵」を探した。左近の情報では、黒龍会の拠点は海辺の外れ、崩れかけた蔵の一角にあるという。だが、蔵の数は多く、どれが標的か見極めるのは容易ではない。
彼は一つの蔵に目を留めた。屋根に苔が生え、扉の鉄が錆びているが、周辺の地面には新しい足跡が残っていた。源四郎は息を殺し、蔵の裏手に回った。すると、黒装束の男が現れた。男は短筒(短い前装式銃)を手に、辺りを警戒している。動きは訓練されており、ただの盗賊ではない。源四郎は短刀を握り、距離を測った。短筒の射程はせいぜい20間(約40メートル)。スナイドル銃なら、100間(約200メートル)からでも仕留められる。だが、ここでは銃声が他の敵を呼ぶリスクがある。
源四郎は静かに近づき、物陰から男の動きを観察した。男の背後には、もう一人の刺客がいた。刀を腰に差し、目に見張りを立てている。源四郎は計算した。二人を同時に倒すには、まず短筒の男を無力化する必要がある。彼は短刀を手に、足音を立てないよう石畳を踏みしめた。だが、運悪く、足元の小石が転がり、カツンと音を立てた。短筒の男が振り向き、目が合った。
「誰だ!」男が叫び、短筒を構えた。源四郎は咄嗟に身を翻し、短刀を投げた。刃は弧を描き、男の肩に突き刺さった。短筒が地面に落ち、乾いた音が響く。男が呻き声を上げた瞬間、源四郎は一気に距離を詰め、短刀の柄を握り直して男の喉元に突きつけた。「黒龍会はどこだ。蔵はどれだ」。男は血を流しながら歯を食いしばり、答えなかった。源四郎はため息をつき、男の首筋を一撃で気絶させた。
だが、その瞬間、背後で殺気が走った。二番目の刺客が刀を抜き、源四郎に襲いかかってきた。刃が空を切り、陽光を反射して眩しく光る。源四郎は剣術の足捌きで横に飛び、間合いを外した。刺客の刀が石畳を叩き、火花が散る。源四郎はスナイドル銃を背から引き抜き、構えた。刀では間合いが近いが、銃なら一瞬で決着がつく。
銃を肩に当てた。刺客が再び刀を振り上げ、突進してきた。源四郎は息を止め、照準を刺客の胸に合わせた。パンッ! 鋭い銃声が倉庫街に響き、刺客が胸を押さえながら石畳に崩れ、血が広がった。
銃声は静寂を破り、他の敵を呼び寄せた。蔵の影から、さらに三人の黒装束の男が現れた。一人は刀、一人は槍、一人は短筒を持っている。源四郎は舌打ちし、物陰に身を隠した。スナイドル銃の速射性が頼りだ。火縄銃なら、火薬と弾を詰めるのに20秒以上かかる。だが、スナイドル銃は後装式。ブリーチを開き、薬莢を交換するだけで、数秒で再装填できる。
彼は空の薬莢を放り出し、新しい薬莢を装填した。カチリと金属音が響き、レバーを閉じる。短筒の男が先に動いた。火薬の煙が上がり、短筒の弾が源四郎の隠れる木箱をかすめた。源四郎は冷静に照準を合わせ、引き金を引いた。パンッ! 短筒の男が肩を撃たれ、地面に倒れた。スナイドル銃の射程と精度は、短筒を圧倒していた。
刀の刺客が叫びながら突進してきた。源四郎は銃を構える暇がなく、短刀を抜いて応戦した。北辰一刀流の技が、身体に染みついている。刺客の刀が振り下ろされる瞬間、源四郎は斜めに踏み込み、刃をかわした。短刀を逆手に持ち、刺客の脇腹に突き刺した。刺客が呻き、膝をつく。だが、槍の刺客が背後から迫っていた。
源四郎は地面を転がり、槍の突きを避けた。槍の刺客は距離を取って構え、源四郎を牽制する。源四郎はスナイドル銃を拾い、素早く装填。彼は槍の刺客に狙いを定め、引き金を引いた。パンッ! 弾は刺客の太腿を貫き、男が地面に倒れた。スナイドル銃の弾は骨を砕くほどの威力を持っていた。
戦闘は数分で終わったが、源四郎の息は荒かった。刀での戦いは、敵の呼吸と間合いを感じ、心と心のぶつかり合いだ。だが、銃は違う。遠くから命を奪い、血を流させる。スナイドル銃の速射性と射程は、確かに強力だった。左近の言葉を思い出す。「スナイドルなら、刀の十倍の速さで敵を倒せる」。だが、その力は源四郎に虚しさももたらした。武士の魂は、どこに宿るのか。
彼は倒れた刺客の一人の懐を探った。そこには、黒龍会の印が刻まれた鉄板と、紙に書かれた地図の断片があった。地図には、倉庫街の奥、特定の蔵が印されていた。「これだ…」。源四郎は地図を懐にしまい、銃を背に掛けた。銃身はまだ温かく、火薬の匂いが漂っていた。彼は蔵の方向を見据え、歩を進めた。黒龍会の陰謀は、この先に待っている。
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