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幕末妖怪の章

龍と雛妃

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斎藤のお陰で覚悟が決まった雛姫は近藤と土方と共に龍の元へ向かった。

「良いかい雛妃、私から離れては行けないよ?」

「うん、分かった。」
雛妃は近藤にしがみついた。

「では、行くよ?」
近藤が言うと辺りの景色が目まぐるしく変わって行った。
着いたのは森の中の様だった。

「こっちだよ。雛妃、ここからは私達妖怪にしか分からない道を通る私の手を絶対に離さない様に。」

「う、うん!」
雛妃は近藤のゴツゴツした大きな手を両手でギュッとしっかりと握った。
暫く暗闇の中を歩いていくと急に大きな洞窟に着いた。

「ここ?」

「あぁ、そうだ。この中にお前の父親の龍が居る。」
土方が答えると雛妃は緊張のせいかゴクリと固唾を飲んだ。

「行こうか。」
雛妃は頷いた。
洞窟を進むと一番奥は凄く広くなっていて洞窟の中だと言うのに明るかった。
その一番奥に鎮座する大きな真っ白な龍。
話に聞いた通り目は見えないのか真っ白に濁っていた。

「先見の龍、雛妃を連れて来ました。」
龍は見えない目を優しく細めた。

「雛妃、良く来たね。大きくなった。」

「貴方が私のお父さんなの?」

「儂は先見の龍、名を白龍と言う。人に化けていた時は千住と名乗っておった。雛妃の父親じゃ。」

「お母さんは?」

「雛妃の母親の名は椿と言う。椿は人だ、寿命を全うしたとてもう生きて居らぬ。椿は雛妃と儂を守る為に命を絶った。ほれ、そこに眠って居る。顔を見せてやっておくれ。」
龍の視線の先には小さな石碑があった。
雛妃は石碑に近付くと石碑の周りには沢山の花が咲き誇っていた。

「綺麗…」

「椿は本当に花の様な女子じゃった。雛妃は椿に良く似て居る。」
雛妃は石碑に手を合わせた。

「お母さんは…幸せだったかな?」

「椿は…雛妃が産まれて本当に幸せそうに笑って居ったよ。」

「そっか…」
龍と会った事で何故かするなりこの龍が父親でここに眠る人が母親なんだとすんなり受け入れられている自分がいた。

「雛妃は人の暦で平安と言う時代に産まれた。」

「平安って…平安時代?!」
雛妃は驚きに声が大きくなった。

「そうじゃ、儂が時空の狭間に逃がしたが…思いの外先の時代に落ちた様じゃな?雛妃が幼い時こちらの時代に来たのは必然じゃ。お主はこちら側の者じゃからな。」
私すんごいおばあちゃんじゃん!と雛妃は思った。
なら私はもうあの時代には戻れないのよね…知世ちゃんとももう…。

「雛妃や、お主はもう覚醒出来る状態にある。儂が覚醒を促す事も出来るがどうする?自然に待っていても何時かは覚醒するじゃろう。選ぶのは雛妃じゃ。」

「覚醒したら…私は私で無くなってしまう?もう…知世ちゃんとも友達じゃ居られなくなってしまうかな?だって私は…」

「雛妃よ、覚醒したとてお主はお主じゃ何も変わらぬ。見てくれは変わるだろうが、近藤や土方を見てみい?儂ら妖怪は生きていく術に人に化ける事を覚えた。雛妃も人に化けるに十分な妖力がある。何せ儂の娘なのだからな。」

「何時かは覚醒するのなら、今…いっちゃんやひーちゃん、それに…おと、お父さんが見てくれてる時の方が良いかな。だって急に皆がいない時に覚醒とかしちゃったら困るし不安だもの。」

「良いのかい雛妃、無理はしなくても…」

「いっちゃん良いの、何だか知らないけど私が半妖で今目の前に居る龍が私のお父さんだって受け入れられちゃってるんだよね。不思議と懐くしくて甘えたくたくなる。」
近藤はそれ以上何も言わなかった。

「ならば始めよう。良いかい雛妃自分の意志をしっかり持つのじゃ。覚醒によって意思が弱い者は人格が変わってしまう者も居る。お主なら大丈夫じゃと思うが一応伝えておく。」

「分かった。あの…覚醒って痛い?」

「ホッホ何一瞬の事じゃよ。痛みは無い。儂の妖力を少しばかり雛妃に流すだけじゃ。それで雛妃の中の龍の血が目覚めるじゃろう。」
そう言うと横たわっていた身体をゆっくりと起こした龍は大きな顔を雛妃に近付けた。
雛妃の目の前には龍の大きな鼻先が直ぐそこにある。

「儂に触れるのじゃ雛妃。」

「う、うん。」
雛妃は恐る恐る龍の鼻先に手を伸ばした。
触れた瞬間、龍の記憶が一気に雛妃の中に流れ込んできた。
もう会う事も叶わない母親の椿の姿も見えた。
驚く程雛妃と良く似ていた。

「うっ…うぅ…いやぁぁぁぁぁあ!!」
雛妃は自分の身体を抱き締めて叫び始めた。

「龍!雛妃は大丈夫なのかよ!!」

「何か苦しんで居る様ですが!」
土方と近藤が叫んだ。
龍は何も言わずにただ雛妃を見下ろしていた。
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