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幕末妖怪の章

覚醒

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「あぁ…いやぁ…ぁぁぁあ…」
雛妃は頭を抱え蹲った。

「雛妃!!」

「手を出すでない。雛妃なら大丈夫じゃ。今は戦って居る。」
雛妃は自分と戦っていた。
龍としての雛妃と、人としての雛妃。
二人の雛妃が身体の中でせめぎ合っていた。
直ぐに雛妃に変化が起こり始めた。
栗色だった長い髪は白銀に変わり、癖毛でウェーブしていた髪の毛はサラサラのストレートになり絹の様にキラキラと輝いていた。
活発だった雛妃の肌は白玉の様に白くなり、薄茶の瞳は薄紫色に変化した。
そのまま動かなくなった雛妃を心配さした近藤は雛妃に近付き肩に触れようとした。

「妾は龍の姫ぞ?易々と触るでない!!」
近藤は飛び退いた。
雛妃の声では無かったからだ。

「や~め~て~…私は私よ!!貴女じゃないわ!!私は雛妃!!龍の姫なんて名前じゃない!!」
ハァハァと肩で息をする雛妃を見て龍は安堵の溜息を吐いた。

「大丈夫じゃった様じゃのお。」

「これが私?!」
視界に入る自分の髪の毛を一房取ると雛妃は声を上げた。
手も良く見ればかなり白くなっている。
雛妃は慌てて手鏡を出して自分を確認した。
そこには絶世の美少女が映っていた。

「龍族の雌は美しいのじゃ。」
近藤も土方も雛妃に見惚れていた。
美しい見た目もそうだが、雛妃から放たれる強烈だが優しい妖気に惹かれる。

「ほれ雛妃、飛んでみい。」

「飛ぶ?」

「飛びたいと強く思うのじゃ。」
うーん…飛びたい、飛びたい、飛びたい、飛びたい、飛びたい…。

ーバサァ!!

「えっ?!」
背中に違和感を感じた雛妃は自分の背中を確認すると、背中には美しい虹色の羽が生えていた。

「マジ…私本当に人間じゃないわ。」
難しい事はなく、簡単に翼を動かし飛べる様になった。
スイスイと飛び回る雛妃を余所に龍は難しい顔をしていた。

「近藤、土方よ…儂の娘はちいとばかし特殊な様じゃ。儂には妖気しか分からぬ、雛妃の翼は何色じゃ?」

「何色と言われましても…光の加減によってはどんな色にも見える不思議な色をしています。」
近藤が答えると龍は困った顔をした。

「虹龍じゃ…」

「「虹龍?」」

「その歌声は大地に息吹を、涙は大地を潤し、その血は長寿を与える。虹龍の誕生は儂も龍族の伝承でしか聞いた事がない。雛妃はそれ程貴重な龍じゃと言う事じゃ。それだけ雛妃を狙う者も増えると言う事じゃよ。」

「そんな…!!」

「予定変更じゃ、雛妃には急ぎ儂が持てるだけの龍の術を仕込む。虹龍の誕生は雛妃が覚醒した時点で同族には知れ渡ってしまった、同族は特に雛妃を欲しがるじゃろう。時期に雛妃の妖力に惹かれて同族が挨拶にやって来るじゃろ。しかし、儂の娘じゃ簡単に手出しは出来まいよ。」
龍族には位がある。
今その頂点にいるのが雛妃の父親である白龍だ。
龍族には属性がありそれは全て身体の色に反映される。
緑龍なら緑を司る、青龍なら水を、白龍は虹龍程ではないが希少種だ。
無属性でどの龍より大きな妖力を持ち、優れた戦闘能力を有する。
虹龍ともなれば全属性、龍族ならば誰もが魅了されてしまう。
他の妖怪も同じだ、雛妃が放つ強大で優しい妖気に惹かれるのだ。

「暫く雛妃は儂が預かる。しかし、雛妃は半妖じゃ人の食事も必要となる。食事はここに運ぶのじゃ。それに雛妃がもっと成長すれば時空も越えられるじゃろう。伝承でしかないがな。」
その言葉に土方が反応した。
つまり、雛妃が時空を越える事が出来るなら知世も現世に帰れる事になるからだ。

「玖浪よ、案ずる事は無い。儂らは長寿じゃ雛妃達がいた時代なんぞあっという間だ。直ぐに再開出来る事じゃろ。」

「あぁ…そうだな。」
土方は苦笑いを漏らした。
それから近藤と土方は雛妃を龍に預け、屋敷に戻ると事の次第を皆に話して聞かせた。
土方は知世になんとか誤魔化し、雛妃は暫く屋敷を空ける事を伝えた。

「うぉぉぉお!雛妃の飯が食えねえのかぁ!!」
平助の叫びに全員が反応した。

「平助、気持ちは私にも分かるが…事が事だからね。」
近藤も食事の事をすっかり忘れていた。
全員の気持ちは同じだ「もう島田の飯には戻れねえ…」と。

「雛妃の飯は俺達が交代で運ぶ、異存はねえな?」
全員が頷く。
そして雛妃に食事を運んで帰ってきた者は皆惚けて帰ってくるのだった。
雛妃の余りの美しさに、あの優しくも強い妖力に当てられてしまうのだった。
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