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幕末妖怪の章

その後の樟葉

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樟葉は全壊した屋敷から呆然と飛び去る雛妃達を見ていた。

「痛たたた…とんだお転婆姫だな…」
ガラガラと音をたてて瓦礫から鬼の流鬼が出て来た。

「腹に穴開いたじゃん…」
ハァーと溜息混じりに穴の開いた腹を撫でるが、既に塞がり始めていた。

「樟葉どうするんだよ?」

「………。」

「樟葉?」
流鬼は返事ヲしない樟葉を不思議な顔で覗き込んだ。
樟葉の表情は無だった。
雛妃に大嫌いと言われたのが余程ショックだったようだ。
困った流鬼は吉爺を呼んだ。

「吉爺!此奴どうすんだ?俺は帰る、樟葉が正気に戻ったら連絡をくれ。」

「承知致しました。流鬼様お気を付けて。」
吉爺はゆっくりとお辞儀した。
流鬼を送り出した後、吉爺は樟葉を見て眉を下げた。

「吉爺…僕はそんなに悪い事をしたのだろうか?」

「遅い初恋故…致し方ないのかもしれませぬが。今回は樟葉様が悪うございます。」

「何故だ、僕は雛妃が好きだ。側に置きたいと思うのが普通なのだろ?」
吉爺は首を振った。

「樟葉様が成された事は雛妃様から見たら只の誘拐、拉致監禁と言った所でしょうか?」

「雛妃は僕の者だ!何故拉致監禁などになる!」

「樟葉様…恋愛と言う物はお互いの気持ちがあってこそでございます。今回樟葉様は雛妃様のお気持ちを無視された行動を取ってしまわれたのです。」
樟葉は苦虫を潰した様に顔を顰めた。

「なら僕はどうすれば良かった?雛妃はあの雪男を番と決めた。なら無理矢理でも僕の側に居て欲しいと思った…だからあのいけ好かない鬼族とも手を組んだのに…」
吉爺は樟葉の初恋は難しいと思っていた。
相手はあの白龍の愛娘、龍が番を決めたら決して覆す事は無いだろう。
吉爺はどうしたら樟葉が雛妃を諦められるか日々考えていた。

「吉爺、僕はどうしたら良い?」

「悪い事は言いませぬ。今回はばかりは諦められませ。相手が悪うございます故…」
鴉天狗は一夫多妻、鴉天狗の長の息子である樟葉の嫁になりたい娘は沢山居る。
今では異種婚は珍しくは無いが、一昔前までは異種婚は殆どされなかった。
どの種族にも同族至上主義が根付いていたからだ。
そんな中人間と縁を結んだ白龍はかなり異質だっただろう。

「僕は雛妃を諦められるだろうか?」

「時間が解決してくれる筈です。」

「今更雛妃に手をださないとなれば鬼族は黙って無いよ?」

「そこが問題です。長に相談してみては如何ですかな?龍の姫を娶れるならと長も縁談を蹴って居りましたが、このままでは鴉天狗と鬼族の間で争いが起きてしまいます。」

「父の所に行ってくる。吉爺はこの屋敷を何とかしておいて。」

「承知致しました。」
樟葉は父親に会いに屋敷を飛び立った。
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