上 下
46 / 93
幕末妖怪の章

芹沢鴨

しおりを挟む



 私も知世ちゃんもすっかり此方の生活に慣れて来た頃、私達の周りは慌ただしくなっていた。
私と知世ちゃんの仕事は変わらないけど、皆んなは忙しなく動いていて特に近藤さんと土方さんは難しい顔をしている事が多くなった。

「皆さん忙しいみたいですわね?」

「そうだね、これじゃともちゃんも土方さんとデートも出来ないわね。」

「なななな何を言ってるんですか!私は別に!」
真っ赤になってモジモジする知世ちゃんは凄く可愛い、だから揶揄いたくなっちゃうんだけどね。
でも知世ちゃんと土方さんはうまくやってるみたい、夜に二人で縁側に並んで話をしているのを良く見るから。
忙しくても時間を作って知世ちゃんとの時間を作っているみたい。
まぁ知世ちゃんを悲しませたら全力の飛び蹴りを土方さんにかましてやるわ。

「皆さん私達には何も教えてくれませんからね。」

「土方さんも教えてくれないの?」

「はい、聞いても話を逸らされてしまいます。平和過ぎますわ、きっと私達が知らないだけで歴史に残っている様な事がもう起こっているのだと思います。」
私達は過保護な程に近藤さん達に守られてるのは分かってる、買い物に行くにしても忙しいのに必ず誰か二人は護衛に付いてきてくれる。
でも何が起きてるか知った所で私達に出来る事は何一つ無いんだ。
私達に出来るのは身の回りの世話程度だ。

「うー!もっと歴史を勉強しておけば良かった!」

「私もそう思います。」

その夜だった、私達が初めて目にする事件は。

ーカンカンカンカンカン!

「何事ですか?」

「う~ん、煩い……」
すっかり夢の中に居た私はけたたましい鐘の音で起こされた。
鐘の音も煩いけど外も騒がしい、私と知世ちゃんは慌てて廊下に出ると出掛ける支度をした平助君と沖田さんに出くわした。

「何かあったの?」

「この鐘は何ですか?」

「火事だ、雛妃達は此処から出ちゃ駄目だからな!」

「でも……」

「駄目だよ、知世に何かあったら土方さんに怒られるし。雛妃に何かあれば凍死させられちゃうじゃない。」
知世ちゃんの事は分かるわ、でも私に何かあると凍死って意味が分からない。

「俺達も行かなきゃだから、大人しくしてろよ!」

「ちょっと!へーちゃん!」

「じゃあ留守番は頼んだからね!」

「そうちゃんもちょっと!」
二人は私の制止も聞かずに走って行った。

「もう!ちょっとくらい教えてくれても良いじゃない!」

「雛妃……抜け出しましょう。」

「えっ?」

「今何が起こっているか分かれば……」
そうか、知世ちゃんが何か歴史の事を思い出すかもしれない。
私達は屯所に残っている数名の隊士の目を盗み外に出る事に成功したのだった。

「これは……」
知世ちゃんが驚くのも無理はない、私なんか声も出なかった。
空が赤く染まり騒がしい方へと向かうと、其処はまさに火の海だった。
鳴り響く鐘に飛び交う怒号、逃げ惑う人に泣き叫ぶ子供。

「あんた何やってんだよ!芹沢さん!」
そこに聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえて来た。

「雛妃!沖田さんですわ!」
声のする方に視線を移せばそこには沖田さんと平助君に原田さんが誰かを睨んでいた。

「早く火消を通せよ!」
平助君が怒鳴った。
屋根の上には長い棒の先にヒラヒラとしたものがついてるのを振り回す纏持ち。

「ここは通さぬ、通る者は容赦なく切り捨てる!」
重低音のお腹に響く声、この人が沖田さんが怒鳴っていた芹沢さんって人?
私達は人混みに埋もれてしまって芹沢さんが見えない。

「雛妃、前に行きましょう!」

「えっ?知世ちゃん!」
私の手を掴んでドンドン人混みを進んで行くと急に視界が拓けた。
其処には島田さんよりも堅いの良い男の人を前に、鋭い目で睨みつける沖田さん達がいた。

「知世ちゃん、不味いよ。こんなに前に来たら私達が此処に居るのバレちゃうよ。」

「別にバレても構いませんわ、隠す方が悪いのです。」
知世ちゃん強し、私はバレた後のお説教が嫌だ。
知世ちゃんとコソコソ話していると不意に沖田さんと目が合ってしまった。
私と知世ちゃんに気付いた沖田さんは目を見開いた。
ヤバい!お説教確定だわ。

「とっ知世ちゃん!バレたよ!そうちゃんにバレた!」

「そんなに焦る必要えりませんわ、私達は何も悪い事はしていないんですから。」
そりゃそうだけど、何でか罪悪感を感じるのよね。
更に平助君と原田さんも私達に気付いたらしく、原田さんは固まり平助君は分かりやすい程にアタフタし出した。
それを見ていた芹沢さんも沖田さん達の視線を追って私と知世ちゃんを不思議そうに見ていた。
芹沢さんの目は逃げ出してしまいたい程に黒く濁って見えた。

「雛妃!」

「ひぃっ!」
急に肩を掴まれ名前を呼ばれた私は変な声を出してしまった。
振り返ると斉藤さんが息を切らせ、心配そうにしていた。

「なんだはぁちゃんか、驚かせないでよ。」

「二人とも此処に居ては駄目だ。直ぐに屯所に戻る、知世も土方さんが後で部屋に来る様にと言伝を預かった。」
それを聞いた知世ちゃんは溜息をついてボソッと呟いた。

「何もかも秘密にしておいて、部屋に来いとは良い度胸ですわ。」と……
嫌、知世ちゃんが良い度胸してると思うよ。
私達は仕方なく斉藤さんに促され屯所へと戻った。

そんな私達を興味深い目で芹沢さんが見て居たのを知らなかった。
しおりを挟む

処理中です...