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吸血鬼3
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「え、ぁ……」
呆然と目を見開く私に微笑みかけて、ヤケイさんが口元を拭う。ほんのり湿った唇にぞくりとする私とは反対の、お医者さんのようなてきぱきした手つきで足の甲を清めると、視線を上げて。
「やはり影響が出たようですね」
きっと、ひどい顔をしているであろう私に眉を落とした。
「す、すみません……言い出せなくて……」
「律香さんが悪いわけではありません。こちらこそ気付かず申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げるヤケイさんに慌てて首を振るものの、胸の鼓動は全く収まっていないし、身体はますます熱くなっている。突然性感の波から放り出された肌の端々が甘く疼いて、今あの熱の乏しい手で触れられたらどうなるか、想像するだけで怖くて……どきどきした。
「気休めにしかなりませんがこちらの水と氷をどうぞ、普通のものよりは楽になるかと」
多分、ヤケイさんは知っている。私がどんな状態になっているか、服の下がどうなっていて、何を欲しているか。薄紫の瞳に浮かぶ純粋な気遣いに、居た堪れない気持ちでいっぱいになる。
(……私だけが、こんな風になってるのかな)
とろとろに溶け始めた意識のなかで、ふとそんな考えが頭をもたげた。魔族は私の魂にどうしようもなく惹かれて、本能的に抗うことができない。ヤケイさんもそう言っていた。指輪をつけていても、滴るようだって。
……だったら今、ヤケイさんも私に触れてみたいと思っているんだろうか。足だけでなく、もっと色々なところを。もっと深くて気持ちのいいところを。たくさん触って、舐めて、噛んで、ずっと奥まで――
「!」
頭に浮かんだ考えに息を呑む。自分が信じられない。間違いなく吸血の影響で思考がおかしくなっている。
こんなのはいけない。私じゃない。少しでも正常な部分が残っている内に、ヤケイさんと離れないと、一人にならないと、取り返しのつかないことになる。
……そう理解しているはずなのに、丁寧に一礼したヤケイさんが背を向けようとした時、私は無意識に手を伸ばしていた。
「律香さん?」
他の色を一切含まない真っ白なシャツ。身体にぴったりと沿った張りのある素材に皺が寄る。振り返ったヤケイさん表情には何の熱も感じられなくて、やっぱり自分だけが意識しているのかもと恥ずかしくなったけど、濁流のように流れ込む衝動は止められなかった。
「い、行かないでください」
「なぜでしょうか」
「一人に、なりたくないんです」
口に出すと、自分の中にある欲求が膨らんで、はっきりした形になるのがわかった。ひとつ瞬きしたヤケイさんが、すこし困ったように眉を寄せる。
「事前に申しました通り、律香さんに吸血の副作用が出ましたら私は退室します。それがあなたの身を守るためですので」
「駄目なんです、わ、私、すごく身体が熱くて」
「その症状は時間の経過によって消えるものです。仮に私が触れたところで、ご自身で慰めるのと違いはありません」
「慰める、って……」
ヤケイさんが言っているのは、そういう意味なんだろうか。自分で、自分を。想像するだけで、恥ずかしさで全身が熱くなる。
それはヤケイさんからすれば、当然の言葉だったのかもしれない。意識がしっかりしていない私の求めに応じるのは弱みにつけ込むようなもので、紳士的じゃない。そんな状況で触れるのは合意じゃないと。だって、この人は、私に何か強いたりはしないのだから。
でも。
「……無理、です」
消え入りそうな声でなんとかそう伝えて、私は一歩分距離を詰めた。鼓動がこめかみを揺さぶる音が、警鐘のように頭のなかで反響して、自分でも何をしているのかわからないまま、掴んだ腕を胸元に引き寄せる。
「自分で、とか……どうしたらいいのか、それに、ヤ、ヤケイさんがいるのに……」
思考が白っぽく塗りつぶされていく。今の自分が血を吸われて正気を失っているのか、それでも私自身の意思が残っているのかもう判断できなくて、ただ目の前の相手がほしいことだけが事実だった。
指も爪も白い、陶器のような手。その中心を強く脈打っている心臓に押し当てて、絞り出すように私は言った。
「…………触ってください」
呆然と目を見開く私に微笑みかけて、ヤケイさんが口元を拭う。ほんのり湿った唇にぞくりとする私とは反対の、お医者さんのようなてきぱきした手つきで足の甲を清めると、視線を上げて。
「やはり影響が出たようですね」
きっと、ひどい顔をしているであろう私に眉を落とした。
「す、すみません……言い出せなくて……」
「律香さんが悪いわけではありません。こちらこそ気付かず申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げるヤケイさんに慌てて首を振るものの、胸の鼓動は全く収まっていないし、身体はますます熱くなっている。突然性感の波から放り出された肌の端々が甘く疼いて、今あの熱の乏しい手で触れられたらどうなるか、想像するだけで怖くて……どきどきした。
「気休めにしかなりませんがこちらの水と氷をどうぞ、普通のものよりは楽になるかと」
多分、ヤケイさんは知っている。私がどんな状態になっているか、服の下がどうなっていて、何を欲しているか。薄紫の瞳に浮かぶ純粋な気遣いに、居た堪れない気持ちでいっぱいになる。
(……私だけが、こんな風になってるのかな)
とろとろに溶け始めた意識のなかで、ふとそんな考えが頭をもたげた。魔族は私の魂にどうしようもなく惹かれて、本能的に抗うことができない。ヤケイさんもそう言っていた。指輪をつけていても、滴るようだって。
……だったら今、ヤケイさんも私に触れてみたいと思っているんだろうか。足だけでなく、もっと色々なところを。もっと深くて気持ちのいいところを。たくさん触って、舐めて、噛んで、ずっと奥まで――
「!」
頭に浮かんだ考えに息を呑む。自分が信じられない。間違いなく吸血の影響で思考がおかしくなっている。
こんなのはいけない。私じゃない。少しでも正常な部分が残っている内に、ヤケイさんと離れないと、一人にならないと、取り返しのつかないことになる。
……そう理解しているはずなのに、丁寧に一礼したヤケイさんが背を向けようとした時、私は無意識に手を伸ばしていた。
「律香さん?」
他の色を一切含まない真っ白なシャツ。身体にぴったりと沿った張りのある素材に皺が寄る。振り返ったヤケイさん表情には何の熱も感じられなくて、やっぱり自分だけが意識しているのかもと恥ずかしくなったけど、濁流のように流れ込む衝動は止められなかった。
「い、行かないでください」
「なぜでしょうか」
「一人に、なりたくないんです」
口に出すと、自分の中にある欲求が膨らんで、はっきりした形になるのがわかった。ひとつ瞬きしたヤケイさんが、すこし困ったように眉を寄せる。
「事前に申しました通り、律香さんに吸血の副作用が出ましたら私は退室します。それがあなたの身を守るためですので」
「駄目なんです、わ、私、すごく身体が熱くて」
「その症状は時間の経過によって消えるものです。仮に私が触れたところで、ご自身で慰めるのと違いはありません」
「慰める、って……」
ヤケイさんが言っているのは、そういう意味なんだろうか。自分で、自分を。想像するだけで、恥ずかしさで全身が熱くなる。
それはヤケイさんからすれば、当然の言葉だったのかもしれない。意識がしっかりしていない私の求めに応じるのは弱みにつけ込むようなもので、紳士的じゃない。そんな状況で触れるのは合意じゃないと。だって、この人は、私に何か強いたりはしないのだから。
でも。
「……無理、です」
消え入りそうな声でなんとかそう伝えて、私は一歩分距離を詰めた。鼓動がこめかみを揺さぶる音が、警鐘のように頭のなかで反響して、自分でも何をしているのかわからないまま、掴んだ腕を胸元に引き寄せる。
「自分で、とか……どうしたらいいのか、それに、ヤ、ヤケイさんがいるのに……」
思考が白っぽく塗りつぶされていく。今の自分が血を吸われて正気を失っているのか、それでも私自身の意思が残っているのかもう判断できなくて、ただ目の前の相手がほしいことだけが事実だった。
指も爪も白い、陶器のような手。その中心を強く脈打っている心臓に押し当てて、絞り出すように私は言った。
「…………触ってください」
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