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【第3世:もうひとりの自分】
「私は」(社長視点)
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ポチは盗撮を終えたスマホを自らのポケットに仕舞うと、ふむ、と考えこむようなポーズを組んで私を見つめた。
………いや、私を、ではない。
私の後ろにいる「何か」を見つめている。
「どこから入ってきたのかな?」
寝ている大チャンを除いて、今ここにいるのは私とポチだけのはず。そのポチが私にではなく、私の後ろにいる「何か」に問いかけている。
一体誰に話しかけているのか?
私はさらに気味が悪くなり、ポチが見つめる先を確認しようとゆっくりと後ろに椅子を回した。
ガチャリ
振り向くと同時に、鉄と独特な薬莢の匂いがした。その匂いの根源は鈍い音を立てながら鉄の筒を私の額に押し当てられた。
自分の額に当てられた"それ"が何かわからないほど自分が状況把握に乏しいとは思っていないが、正確に把握できないのは確かだ。
黒光りする鉄の筒。…それが銃、なのはわかる。
綺麗に手入れをされたその銃は間違いなく私の額に当てられている。しかし、私が状況を把握できないのは、額に当てられた銃に驚いていることではなく、その銃を私の額に当てている"人物"に対してだ。
「モチーフ…?」
金髪のマッシュヘアーに並より色白い肌の男は、いつもの服とは違う牧師のような服装を着ていて目元を赤色でペイントしている。
その独特なセンスに一瞬誰だかわからなかったが、見間違うはずがなかった。
だって今まで一緒に仕事をしてきた仲なのだから。
しかし、何故モチーフが私の額に銃口を向けているのかわからない。理由が見つからない。私はモチーフに何かしたのだろうか?
考えればは考えるほど困惑と焦りの証として、私の頬には冷や汗が伝った。
「モチーフィナル…。その名前を聞くだけで癪に障る。俺はヴァイカウント。次、そいつと俺を間違えたら容赦なくその頭に風穴を開けるからな」
「ヴァイカウント…だって?人違い?そんな馬鹿な。似てるなんてレベルじゃない、瓜ふた…………」
「瓜ふたつ」と言いかけた言葉を遮るように、ヴァイカウントは私の額に銃口をさらに押し付けた。
あまりの力の入れすぎに額の皮膚が捻じれ、頭蓋に直接銃口を押し当てられているような感覚だ。
そこまでモチーフに似ていると思われるのが嫌なのか。
一体このヴァイカウントという男は何者なのだろう…。
もうこの男が不法侵入とか銃刀法違反という問題よりも、この男がモチーフと似すぎるせいで全ての問題をすっ飛ばして、私はこの男の素性にしか意識を向けることができなくなっていた。
それにしてもこのヴァイカウントという男は怖いほどモチーフに似すぎている。顔も骨格も背格好もそのすべてがモチーフそのもので、まるで…、
さっきポチが言った、あの…
「鏡を見ているようですね」
突然聞こえた私でもポチでもヴァイカウントでもないさらなる声に、三人とその声の主の方に振り返る。
そこにはヴァイカウントと瓜二つの姿形をしたモチーフが扉の前に立っていて、ヴァイカウントと名乗る男と対峙した。
二人が面と向かって並ぶと格好が違うだけで、二人の間に本当に鏡があると錯覚してしまうほど。
「ティータイムですから社長にコーヒーをと思ったのですが、社長室に覚えのある能力を感じたので来てみました。…やはりビスコ、貴方でしたか」
「その略称やめろ」
「某メーカーのお菓子みたいで可愛いじゃないですか、ビスコ。貴方のリーダーだって貴方をそう呼んでるじゃないですか」
ヴァイカウントを英語にすると『Viscount』。それを略すと『Vis』。
発音だけだとヴィスという略称はかっこいいけれど、このヴァイカウントという男への嫌がらせなのかわからないが、『co』まで含めて『ヴィスコ(ビスコ)』と呼んでいるんだと思う。
…まあ、思うだけでその経緯を本人の目の前で口に出して聞いてみたりなんかしたら、本当に頭に風穴を開けられかねないから絶対に口には出さないけど。
「こんな所にまで何しに来たんですか?ビスコ」
止めても聞かないその嫌味な略称を意図的に発するモチーフに、ついに痺れを切らしたのかヴァイカウントは銃口を私からモチーフへと移した。
「何度言っても応えねえその腐り笑顔に何発か鉛玉ぶち込んでやろうか?あ?」
牧師とは到底思えない汚い口調になっていくヴァイカウントの目の前で、それでもニコニコといつもの笑顔を崩さないモチーフ。
こんなとき相手を煽るようなモチーフのあの笑顔は状況をさらに悪化させるだけかもしれないと、私はモチーフを心配する振りをして自分の安否が悪化することを恐れた。
「五等爵の子爵である貴方がわざわざ出向いたんですから、余程のことがあってここに来たのでしょう?」
このまま茶化していたところで一向に事が進まないのをようやく察したのか、その第一歩をモチーフ自ら切り出した。
それを聞かれたヴァイカウントはニヤリと不敵な笑みを浮かべて、モチーフへとズレた銃口は再び私へと戻ってきた。
「そうだ。この男を殺しに来た」
どうやらヴァイカウントは私を殺しに来たらしい。
五等爵とか子爵とか意味不明な言葉ばかりで二人が会話をしているせいで私には一切内容を理解できないが、私の状況は進むにつれやはり悪化しているようだ。しかも、私の安否が特に。
すると、モチーフは長い脚を伸ばして、大チャンが寝ているソファを二回ガツガツと蹴り押した。
その振動でようやくお目覚めの我が社長補佐は、大事な社長が目の前で銃口を向けられている大変な自体を寝起き早々拝む羽目になった。
「いつまで寝てるんですか、こんな事態のときに」
「えっ、…え!?…あ、ビスコやないの!!」
うつろな寝起きの状態でも、誰がいるのかは理解したようだが、その『ビスコ』という呼び名にヴァイカウントが黙ってギチリと銃を握り直す仕草に、私は己の寿命がさらに縮んだ気がして生唾を飲んだ。
「東大寺さんは赤木さんを呼んできてください。…"後片付け"が必要になるかと…」
「わ、わかった…!」
そう言って大チャンが社長室を出て行くのを見送った後、モチーフは再びヴァイカウントの方を見た。
「モ…………」
一瞬、誰なのかわからなかった。
いつもニコニコと笑顔を貼り付けたその顔は、珍しく真顔になっていて、そこに笑顔はなく目を開いた先にはヴァイカウントと同じ金色の眼光があった。
でも、それだけではなかった…。
「……モチーフが……怒ってる……」
息を飲むほど綺麗な金色の球体の奥には悪寒が走るほどの殺意が湧き出していた。
モチーフはいつもニコニコと笑顔を貼り付けて、何を考えているのか読めないことがほとんどだった。掴みどころがないというか。
そんなモチーフが怒りを…感情をここまで露わにしているのだ。こんなに珍しいことはない。私は長年一緒に過ごしたが、こんなモチーフは初めて見た。
「社長に銃を向けるのをやめなさい、ヴァイカウント」
先程まで「ビスコ」と呼んで茶化していたモチーフが「ヴァイカウント」と呼び直したことで、ようやくこの状況がこの先もう冗談が通じない空気へと強制的に切り替わったのがわかった。
「…"社長"?……笑わせる。何が社長だ、馬鹿馬鹿しい。社会人ごっこも大概にしろ」
すると、ヴァイカウントは哀れなものを見るような視線を私へと向けてきた。
その眼差しを向けられて私はまだ撃たれていないはずなのに、何かが私の心臓を貫いたような気がして、何故だがとても痛かった。
「…社長なんてこじつけてお前ら全員でコイツを監視しているだけのくせに…」
……監視…?
何故だか、…何故だがわからないがヴァイカウントが発する言葉の一つ一つが、向けられる眼差しが、ゆっくりと、ゆっくりと、私を押し潰すような気がしてならない。
馬鹿馬鹿しい。
社会人ごっこ。
社長なんてこじつけ。
お前ら全員、
コイツを監視してるだけ…………。
「えっと…、………どういうことかな?…」
ヴァイカウントが何の事を言っているのか理解できないのは本当。
わからないからヴァイカウントに聞いただけ。
わからなければ聞くのは当たり前のこと、なのに、なのに…。
…それなのに、その答えを聞きたくないと思っている自分がどこかにいて、それを知ってしまうと何かを失う気がして急に答えを聞くのが怖くなった。
「アンタは"今はただの一般人"だ。だから、殺すなら今しかない。公爵がそう決めたのさ」
「それ以上話すのをやめなさい」
「なんだよ?この社長もどきに聞かれたら何かマズイことでもあるのか、モチーフィナル。お前ら全員でコイツを騙していたこと、バレるのがそんなにマズイことなのか?どうしてだ?わかりやすく教えてくれよ」
先程の仕返しなのか。ヴァイカウントは自分で聞いておきながら、私には知られたくないこの理由を本当は知っているのだろう。
知っているからこそ敢えてモチーフを煽って、私の不安を駆り立てて、誰がどう次の一歩を踏み出すか様子を見ている。
モチーフがどう見てもその理由を話せずにいるのは一目瞭然だ。
その何とも言い返せないモチーフの顔を見て、満足そうに鼻で笑ったヴァイカウントは私の方を振り返る。
牧師の格好に見合う慈悲深い、とても、とても哀れんだ瞳で。
そんな瞳で私を見るのだ…。
「アンタはこの鉄の塔に閉じ込められた籠の中の鳥だ。高みに立って硝子の先の青空だけ眺めて、それで空を飛んでいる気になっていただけの勘違いしている鳥だ」
哀れむ眼差しが容赦なく私の身体を突き刺す。
そんな目で私を見ないで。
そんな見透かしたような目で、私を、見ないで…。
「…いや、鳥ですらなかったんだ。そうだ、お前は自身のことすらも鳥だと勘違いしていた狐なのかもしれないな」
「…………ち、がう…」
声が震える。怖いせいだ。
「なあ、鳥に化けた狐さん…。ひとつ聞いていいか?」
聞けば全てが終わるような。
「アンタは一体何者なんだ?」
知れば全てが変わってしまうような。
「アンタはいつから狐から鳥になったんだ?」
聞けば、知れば、私の幸せな時間が…。
「アンタはいつから…………"社長"になったんだ?」
そう優しく切なげに問うヴァイカウントの金色の瞳に私の顔が映っていた。
映っているその顔は次第に雲行きが怪しくなり、不安と悲しみで歪んでいるのが見てとれた。
私は、"いつから"社長なのだろう…………?
皆と一緒に仕事をした記憶、遊んだ記憶、サボった記憶、食事をした記憶、イタズラした記憶、ケンカした記憶。
楽しかったこと、辛かったこと、痛かったこと、悲しかったこと………。
今までの皆との思い出を遡って遡って遡ってても、いつから私が社長になったのかわからなかった。
そうか……あの日、この場所で目覚めて、鈴木に「社長」と呼ばれたときから、私は自分が「社長」だと思い込んでいたのか?
そして、皆に「社長」と呼ばれすぎて今まで気づきもしなかったこと。
私の、"名前"は、何…………?
「何も思い出せないまま籠の中で安らかに眠れ。アーメン」
私の絶望した心中を察したようにヴァイカウントは空いた手で自らの胸元に十字架を切ると、もう片方の手で銃の引き金に力を込めた。
それと同時にガウンッと重い銃声音が社長室に響着渡る。
ついに私の眉間に風穴が空いてしまったと覚悟したその時、盛大に割れる硝子の音も響き渡った。
驚いて目を開くと目の前には綺麗に澄んだ青空と、散り散りに空中に舞う硝子の破片が見えた。
太陽を反射して煌めく硝子の破片が一瞬だけ幻想的な美しい空間を生んだ、一枚の絵画のように。その瞬きの絵画の中に舞うように重なり合うヴァイカウントとポチ。
その二人の重なり合って舞う絵画を見て、私はどのようにしてその絵画が出来上がったのか察した。
ポチは撃たれそうになった私を助けようと自らを使ってヴァイカウントを突き飛ばしたのだ。社長室を明るく照らす唯一の大きな窓ガラスに向かって…。
そして、逸れた銃弾は窓ガラスを貫通し、ヒビが入ったところに、大の男二人がぶつかって窓ガラスは粉砕した。
「たとえ鳥に化けた狐だとしても……」
本当は一瞬の出来事なのに、こうゆう瞬間の時だけゆっくりと時間を感じてしまうのは何故だろう。
煌めく絵画の中に映るポチがゆっくりと私と視線を合わせて微笑んだ。
「ボクはキミを護るよ」
それを聞いたヴァイカウントは落ちゆく視界の隅で流れていく私を見つめた。
私を見つめるそのヴァイカウントの瞳は先程より酷く私を哀れみ、その中に小さな怒りを宿しているようだった。
何も言われていないはずなのに、その瞳から私の存在すべてを拒絶されているような気がして、私の胸はギュッと痛む。
ビル下にポチと共に落ち行くヴァイカウントは、私の視界から見えなくなるまでその瞳で私を最後まで見つめ続けた。
………いや、私を、ではない。
私の後ろにいる「何か」を見つめている。
「どこから入ってきたのかな?」
寝ている大チャンを除いて、今ここにいるのは私とポチだけのはず。そのポチが私にではなく、私の後ろにいる「何か」に問いかけている。
一体誰に話しかけているのか?
私はさらに気味が悪くなり、ポチが見つめる先を確認しようとゆっくりと後ろに椅子を回した。
ガチャリ
振り向くと同時に、鉄と独特な薬莢の匂いがした。その匂いの根源は鈍い音を立てながら鉄の筒を私の額に押し当てられた。
自分の額に当てられた"それ"が何かわからないほど自分が状況把握に乏しいとは思っていないが、正確に把握できないのは確かだ。
黒光りする鉄の筒。…それが銃、なのはわかる。
綺麗に手入れをされたその銃は間違いなく私の額に当てられている。しかし、私が状況を把握できないのは、額に当てられた銃に驚いていることではなく、その銃を私の額に当てている"人物"に対してだ。
「モチーフ…?」
金髪のマッシュヘアーに並より色白い肌の男は、いつもの服とは違う牧師のような服装を着ていて目元を赤色でペイントしている。
その独特なセンスに一瞬誰だかわからなかったが、見間違うはずがなかった。
だって今まで一緒に仕事をしてきた仲なのだから。
しかし、何故モチーフが私の額に銃口を向けているのかわからない。理由が見つからない。私はモチーフに何かしたのだろうか?
考えればは考えるほど困惑と焦りの証として、私の頬には冷や汗が伝った。
「モチーフィナル…。その名前を聞くだけで癪に障る。俺はヴァイカウント。次、そいつと俺を間違えたら容赦なくその頭に風穴を開けるからな」
「ヴァイカウント…だって?人違い?そんな馬鹿な。似てるなんてレベルじゃない、瓜ふた…………」
「瓜ふたつ」と言いかけた言葉を遮るように、ヴァイカウントは私の額に銃口をさらに押し付けた。
あまりの力の入れすぎに額の皮膚が捻じれ、頭蓋に直接銃口を押し当てられているような感覚だ。
そこまでモチーフに似ていると思われるのが嫌なのか。
一体このヴァイカウントという男は何者なのだろう…。
もうこの男が不法侵入とか銃刀法違反という問題よりも、この男がモチーフと似すぎるせいで全ての問題をすっ飛ばして、私はこの男の素性にしか意識を向けることができなくなっていた。
それにしてもこのヴァイカウントという男は怖いほどモチーフに似すぎている。顔も骨格も背格好もそのすべてがモチーフそのもので、まるで…、
さっきポチが言った、あの…
「鏡を見ているようですね」
突然聞こえた私でもポチでもヴァイカウントでもないさらなる声に、三人とその声の主の方に振り返る。
そこにはヴァイカウントと瓜二つの姿形をしたモチーフが扉の前に立っていて、ヴァイカウントと名乗る男と対峙した。
二人が面と向かって並ぶと格好が違うだけで、二人の間に本当に鏡があると錯覚してしまうほど。
「ティータイムですから社長にコーヒーをと思ったのですが、社長室に覚えのある能力を感じたので来てみました。…やはりビスコ、貴方でしたか」
「その略称やめろ」
「某メーカーのお菓子みたいで可愛いじゃないですか、ビスコ。貴方のリーダーだって貴方をそう呼んでるじゃないですか」
ヴァイカウントを英語にすると『Viscount』。それを略すと『Vis』。
発音だけだとヴィスという略称はかっこいいけれど、このヴァイカウントという男への嫌がらせなのかわからないが、『co』まで含めて『ヴィスコ(ビスコ)』と呼んでいるんだと思う。
…まあ、思うだけでその経緯を本人の目の前で口に出して聞いてみたりなんかしたら、本当に頭に風穴を開けられかねないから絶対に口には出さないけど。
「こんな所にまで何しに来たんですか?ビスコ」
止めても聞かないその嫌味な略称を意図的に発するモチーフに、ついに痺れを切らしたのかヴァイカウントは銃口を私からモチーフへと移した。
「何度言っても応えねえその腐り笑顔に何発か鉛玉ぶち込んでやろうか?あ?」
牧師とは到底思えない汚い口調になっていくヴァイカウントの目の前で、それでもニコニコといつもの笑顔を崩さないモチーフ。
こんなとき相手を煽るようなモチーフのあの笑顔は状況をさらに悪化させるだけかもしれないと、私はモチーフを心配する振りをして自分の安否が悪化することを恐れた。
「五等爵の子爵である貴方がわざわざ出向いたんですから、余程のことがあってここに来たのでしょう?」
このまま茶化していたところで一向に事が進まないのをようやく察したのか、その第一歩をモチーフ自ら切り出した。
それを聞かれたヴァイカウントはニヤリと不敵な笑みを浮かべて、モチーフへとズレた銃口は再び私へと戻ってきた。
「そうだ。この男を殺しに来た」
どうやらヴァイカウントは私を殺しに来たらしい。
五等爵とか子爵とか意味不明な言葉ばかりで二人が会話をしているせいで私には一切内容を理解できないが、私の状況は進むにつれやはり悪化しているようだ。しかも、私の安否が特に。
すると、モチーフは長い脚を伸ばして、大チャンが寝ているソファを二回ガツガツと蹴り押した。
その振動でようやくお目覚めの我が社長補佐は、大事な社長が目の前で銃口を向けられている大変な自体を寝起き早々拝む羽目になった。
「いつまで寝てるんですか、こんな事態のときに」
「えっ、…え!?…あ、ビスコやないの!!」
うつろな寝起きの状態でも、誰がいるのかは理解したようだが、その『ビスコ』という呼び名にヴァイカウントが黙ってギチリと銃を握り直す仕草に、私は己の寿命がさらに縮んだ気がして生唾を飲んだ。
「東大寺さんは赤木さんを呼んできてください。…"後片付け"が必要になるかと…」
「わ、わかった…!」
そう言って大チャンが社長室を出て行くのを見送った後、モチーフは再びヴァイカウントの方を見た。
「モ…………」
一瞬、誰なのかわからなかった。
いつもニコニコと笑顔を貼り付けたその顔は、珍しく真顔になっていて、そこに笑顔はなく目を開いた先にはヴァイカウントと同じ金色の眼光があった。
でも、それだけではなかった…。
「……モチーフが……怒ってる……」
息を飲むほど綺麗な金色の球体の奥には悪寒が走るほどの殺意が湧き出していた。
モチーフはいつもニコニコと笑顔を貼り付けて、何を考えているのか読めないことがほとんどだった。掴みどころがないというか。
そんなモチーフが怒りを…感情をここまで露わにしているのだ。こんなに珍しいことはない。私は長年一緒に過ごしたが、こんなモチーフは初めて見た。
「社長に銃を向けるのをやめなさい、ヴァイカウント」
先程まで「ビスコ」と呼んで茶化していたモチーフが「ヴァイカウント」と呼び直したことで、ようやくこの状況がこの先もう冗談が通じない空気へと強制的に切り替わったのがわかった。
「…"社長"?……笑わせる。何が社長だ、馬鹿馬鹿しい。社会人ごっこも大概にしろ」
すると、ヴァイカウントは哀れなものを見るような視線を私へと向けてきた。
その眼差しを向けられて私はまだ撃たれていないはずなのに、何かが私の心臓を貫いたような気がして、何故だがとても痛かった。
「…社長なんてこじつけてお前ら全員でコイツを監視しているだけのくせに…」
……監視…?
何故だか、…何故だがわからないがヴァイカウントが発する言葉の一つ一つが、向けられる眼差しが、ゆっくりと、ゆっくりと、私を押し潰すような気がしてならない。
馬鹿馬鹿しい。
社会人ごっこ。
社長なんてこじつけ。
お前ら全員、
コイツを監視してるだけ…………。
「えっと…、………どういうことかな?…」
ヴァイカウントが何の事を言っているのか理解できないのは本当。
わからないからヴァイカウントに聞いただけ。
わからなければ聞くのは当たり前のこと、なのに、なのに…。
…それなのに、その答えを聞きたくないと思っている自分がどこかにいて、それを知ってしまうと何かを失う気がして急に答えを聞くのが怖くなった。
「アンタは"今はただの一般人"だ。だから、殺すなら今しかない。公爵がそう決めたのさ」
「それ以上話すのをやめなさい」
「なんだよ?この社長もどきに聞かれたら何かマズイことでもあるのか、モチーフィナル。お前ら全員でコイツを騙していたこと、バレるのがそんなにマズイことなのか?どうしてだ?わかりやすく教えてくれよ」
先程の仕返しなのか。ヴァイカウントは自分で聞いておきながら、私には知られたくないこの理由を本当は知っているのだろう。
知っているからこそ敢えてモチーフを煽って、私の不安を駆り立てて、誰がどう次の一歩を踏み出すか様子を見ている。
モチーフがどう見てもその理由を話せずにいるのは一目瞭然だ。
その何とも言い返せないモチーフの顔を見て、満足そうに鼻で笑ったヴァイカウントは私の方を振り返る。
牧師の格好に見合う慈悲深い、とても、とても哀れんだ瞳で。
そんな瞳で私を見るのだ…。
「アンタはこの鉄の塔に閉じ込められた籠の中の鳥だ。高みに立って硝子の先の青空だけ眺めて、それで空を飛んでいる気になっていただけの勘違いしている鳥だ」
哀れむ眼差しが容赦なく私の身体を突き刺す。
そんな目で私を見ないで。
そんな見透かしたような目で、私を、見ないで…。
「…いや、鳥ですらなかったんだ。そうだ、お前は自身のことすらも鳥だと勘違いしていた狐なのかもしれないな」
「…………ち、がう…」
声が震える。怖いせいだ。
「なあ、鳥に化けた狐さん…。ひとつ聞いていいか?」
聞けば全てが終わるような。
「アンタは一体何者なんだ?」
知れば全てが変わってしまうような。
「アンタはいつから狐から鳥になったんだ?」
聞けば、知れば、私の幸せな時間が…。
「アンタはいつから…………"社長"になったんだ?」
そう優しく切なげに問うヴァイカウントの金色の瞳に私の顔が映っていた。
映っているその顔は次第に雲行きが怪しくなり、不安と悲しみで歪んでいるのが見てとれた。
私は、"いつから"社長なのだろう…………?
皆と一緒に仕事をした記憶、遊んだ記憶、サボった記憶、食事をした記憶、イタズラした記憶、ケンカした記憶。
楽しかったこと、辛かったこと、痛かったこと、悲しかったこと………。
今までの皆との思い出を遡って遡って遡ってても、いつから私が社長になったのかわからなかった。
そうか……あの日、この場所で目覚めて、鈴木に「社長」と呼ばれたときから、私は自分が「社長」だと思い込んでいたのか?
そして、皆に「社長」と呼ばれすぎて今まで気づきもしなかったこと。
私の、"名前"は、何…………?
「何も思い出せないまま籠の中で安らかに眠れ。アーメン」
私の絶望した心中を察したようにヴァイカウントは空いた手で自らの胸元に十字架を切ると、もう片方の手で銃の引き金に力を込めた。
それと同時にガウンッと重い銃声音が社長室に響着渡る。
ついに私の眉間に風穴が空いてしまったと覚悟したその時、盛大に割れる硝子の音も響き渡った。
驚いて目を開くと目の前には綺麗に澄んだ青空と、散り散りに空中に舞う硝子の破片が見えた。
太陽を反射して煌めく硝子の破片が一瞬だけ幻想的な美しい空間を生んだ、一枚の絵画のように。その瞬きの絵画の中に舞うように重なり合うヴァイカウントとポチ。
その二人の重なり合って舞う絵画を見て、私はどのようにしてその絵画が出来上がったのか察した。
ポチは撃たれそうになった私を助けようと自らを使ってヴァイカウントを突き飛ばしたのだ。社長室を明るく照らす唯一の大きな窓ガラスに向かって…。
そして、逸れた銃弾は窓ガラスを貫通し、ヒビが入ったところに、大の男二人がぶつかって窓ガラスは粉砕した。
「たとえ鳥に化けた狐だとしても……」
本当は一瞬の出来事なのに、こうゆう瞬間の時だけゆっくりと時間を感じてしまうのは何故だろう。
煌めく絵画の中に映るポチがゆっくりと私と視線を合わせて微笑んだ。
「ボクはキミを護るよ」
それを聞いたヴァイカウントは落ちゆく視界の隅で流れていく私を見つめた。
私を見つめるそのヴァイカウントの瞳は先程より酷く私を哀れみ、その中に小さな怒りを宿しているようだった。
何も言われていないはずなのに、その瞳から私の存在すべてを拒絶されているような気がして、私の胸はギュッと痛む。
ビル下にポチと共に落ち行くヴァイカウントは、私の視界から見えなくなるまでその瞳で私を最後まで見つめ続けた。
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