PatchyX-パッチークロス-

磯部ショーヤ

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【第5世:綾小路照光の行方】

俺の宝物(鈴木視点)

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 早希さき



 久しぶりにその名前を聞いた。



 何を企んでいるのかわからないが、兄貴は社長からの質問に何の躊躇いもなく答え続けている。

 あれだけ俺には社長にバラしたら殺す勢いで脅してきたくせに、今は自分からペラペラと社長に話すなんて、一体何を考えているんだこの男は…。



 兄貴は昔から何を考えているのかわからなかった。

 だから、俺はこの男が嫌いだった。



 切り裂きジャックがアビコに来て以来、俺は切り裂きジャックに取り憑かれたように彼に魅入られた。

 彼のことはありとあらゆる手で調べられるだけ調べて、世間で流れている切り裂きジャックに関する情報は全て手に入れた。



 でも、ひとつだけわからなかった。



 何故、切り裂きジャックが"女性ばかり殺す"のか。



 噂はいっぱいあった。

 愛した女に裏切られたからだの、母親が娼婦だったからに娼婦が嫌いだからだの、世間での切り裂きジャックについての噂や推測は溢れんばかりだった。



 その全てが『憎しみ』が関係していた。



 切り裂きジャックは『憎悪』のアビマーだった。
 だから、俺も最初は女絡みの怨恨による殺しだと思っていた。



 あの電話を聞くまでは…。



 「うん、うん…………。わかってるよ。上手くやるから。……うん、そうだね、早希、君の為なら……」



 俺がアビコ内で切り裂きジャックの後ろからついて行っていたとき、周りを気にして陰で切り裂きジャックが電話を掛けたその相手。

 俺は物陰から見ているだけだったが、名前からして女だろうその相手に、『憎悪』のアビマーとは程遠い想像もできないような優しい声色と微笑みを浮かべて電話をする切り裂きジャックが俺の目の前にいた。



 相手は妹?母親?それとも恋人?友達?もしかしたら嫁?



 目を疑った。

 俺はあれだけ切り裂きジャックのことを調べ上げたのに、俺の知らない切り裂きジャックがそこにはいて、俺の知らない切り裂きジャックは優しい笑みで俺の知らない相手と電話をしている。



 彼に魅了されて以来、こんなにも耐え難いことはなかった。



 しかし、あのとき、すぐに痺れを切らした俺が切り裂きジャックの前に現れて、電話の相手を聞いておけば、きっとこの先の出来事は免れたかもしれない。



 ……………俺から切り裂きジャックを奪われることもなかったかもしれない。



 でも、俺は彼のことがもっと知りたくて、電話を聞き続けることを選んだんだ。



 「………うん、次はそのアプトなんだね。………………心配しないで、ちゃんと…」



 「 殺 し て お く か ら 」



 …耳を疑った。

 電話していた相手が誰であれ、『切り裂きジャックはその電話の相手から殺しを頼まれている』。

 それはアビコで与えられる任務とは別の依頼。



 早希という女から指示された、別の、殺しの、依頼。



 アビコで働く以上、アビコ以外からの依頼を受けるのは禁止。それを伯爵である切り裂きジャックが知らないはずがない。

 しかも、その次のターゲットは……………



 アプト。

 フルネームはアプト・ロザンフィールド。



 当時、兄貴の恋人だった女。



 …まあ、女遊びの激しい兄貴にとっては、恋人の一人だが…。

 


 アプトにはグラマラス・ロザンフィールドという双子の姉もいた。
 俺たち兄弟とロザンフィールド姉妹は歳が近いのもあって、小さい頃からアビコ内で仲が良かった。



 ……………良かった、はずなのに。



 俺は今までわからなかった『切り裂きジャックが女ばかりを殺す理由』がわかるかもしれないと思った瞬間、俺は容易にアプトを見捨てたのだ。

 兄貴にも誰にも、切り裂きジャックがアプトを狙っていることを言わなかった。

 むしろ、今までわからなかった切り裂きジャックの殺しの理由が、これでわかるかもしれないと自分の中で高ぶる高揚感を抑えることはできなかった。



 「早く殺せ」とさえ強く思った。



 …しかし、その想いはどこからともなく現れた兄貴と、その覆面の部下たちによって阻まれてしまった。

 あの切り裂きジャックといえど公爵には敵わないのか、彼の持っていた携帯は空に弾き飛ばされ、あの連続殺人鬼は容易く兄貴に身柄を抑え込まれてしまったのだ。

 物陰に隠れている俺は、その突然の出来事に表に出ることさえも忘れてしまっていた。

 

 そして、切り裂きジャックは何も発さず、無言で兄貴の下に組み敷かれていた。

 その光景は俺の中の切り裂きジャック像を侮辱された気がして、少し腹が立った。さらに兄貴のことが嫌いになった。





 

 数日後、アビコ内にある裁きの間で木の小槌が鳴る。
 
 切り裂きジャックは外部から依頼された任務を秘密裏に遂行してきたスパイとして捕虜のような扱いをされていた。
 
 それはアビコの人間からしたら、生意気にも伯爵の座に着いた切り裂きジャックを罰するのもってこいの理由だった。



 「裏切り者」「裏切り者」「罰せよ」「罰せよ」



 心無い罵倒が傍聴席から飛び交う。



 「誰に雇われた?」

 「何故、殺そうとした?」

 「他にどんな依頼をされている?」

 「アビコには何の目的で潜り込んだ?」

 「どうして?」

 「何故?」



 尋問されるすべての質問に切り裂きジャックは無言だった。

 裁判長の席には兄貴が、その他の裁判官の席に俺たち五等爵が座り、被告人のように中央に立たされている切り裂きジャックを囲んだ。

 押収された携帯や切り裂きジャックの部屋にあった私物からは何もわからなかったらしい。
 そしえ。俺は立場上は五等爵といえど、早希という相手と切り裂きジャックが電話をしていて依頼されていたなんて、切り裂きジャックが不利になりそうなことは何も言わなかった。

 むしろ、この切り裂きジャックが秘密にしている事は、俺だけが知ってることかもしれないと思うと嬉しさが溢れてきた。
 切り裂きジャックと秘密を共有しているような錯覚さえ起きた。



 「おまえの本当に望んでいることは何や?」



 兄貴が懲りずに尋問を続けているが、切り裂きジャックは
 外部からの依頼を受けているスパイ容疑で拘束されて、捕虜になっているだけだ。

 実質、切り裂きジャックが今まで何をしてきたかなんてがないのだ。



 このまま捕虜としてアビコ内の更生施設に入れられて、更生すればまた五等爵として、五等爵に戻れなくても候補生として、また共に働けるはずだ。

 そして、俺はまた今までと同じように、彼の傍にいられるはずなのだ。



 ………そう切り裂きジャックがこのまま何もは話さなければ、そういう展開になると思っていた。



 「……俺が本当に望んでいること?」



 何も、話さなければ。



 「おまえの死だよ、公爵。…いや、東大寺神一郎」



 いつもは感情を露わにせず、他人に何と言われようとやんわりとクールに物事をいなしていた切り裂きジャックが、こんなにも、…こんなにも殺意を剥き出して兄貴を睨むなんて。

 その一言で傍聴席からは「公爵様に無礼な」「公爵様に楯突く者に死を」「おまえはアビコに必要ない」「死を」「死を」「切り裂きジャックを罰せよ」



 「切り裂きジャックに死を!」



 と、聞きたくない言葉が飛び交う。

 でも、切り裂きジャックには証拠がない。さっきの言葉も拘束されて苛立った勢いで言ってしまっただけだ。取り返しは、まだ…………。



 「早希という女と電話で会話してたみたいやな?誰なん?」



 「……………早希?何のことだか」



 「あのおまえを拘束した日の一哉の日記に
ビーーーッチリ書かれてはったわ。早希という女と電話してた通話時間、会話の内容、一字一句丁寧になぁ。………まあ、他にも多少一哉の私情の混じった文章もあったが…」



 そう言って兄貴は懐からUSBを取り出して、切り裂きジャックにチラつかせた。

 俺は兄貴の横に座ったまま時間が凍った気がした。

 俺が毎日つけている切り裂きジャックに関する記録。その他、写真や動画…。もろもろのデータ…。



 ………俺の宝物。



 我が子の記録を付けるごとく、一日一日を逃さずつけた切り裂きジャックの記録、俺の日課、それを兄貴は俺の許可無しに勝手に見て、勝手に保存して、勝手に活用した。




 それは、俺のものなのに。




 「電話のことだけやない。おまえが今まで殺してきた被害者のことも、詳細に記録されてはったわ。Wikipediaより詳しいんやないかってぐらいに。……そして、おまえのさっきの言葉で、確信したことがひとつある」



 やめろクソ兄貴。



 「おまえが今まで殺してきた女は、全員ボクと関わりがあった女たちや」



 俺の記録で、俺の宝物で………



 「おまえはから、殺しの依頼を受け続けている。…そうやろ?」



 俺の切り裂きジャックの首を絞めないでくれ。



 「ボクに死んでほしいって思ってることから、おまえはそのの事を愛している。…えーと、一哉がつけていた記録によれば、おまえは伯爵の座を賭けた催しのときに『愛される為に武器を構える』と言ったらしやん?ボクは覚えてなかったけど♪」



 やめてくれ、クソ兄貴。



 「切り裂きジャック、おまえはその早希とかいう女に愛されたいんやろ?だから、その女の言いなりなんやろ?いやぁ~、健気なもんやなぁ、あの連続殺人鬼の切り裂きジャックも」




 これ以上、俺の宝物で切り裂きジャックを追い込まないでくれ…。



 俺は後悔と悔しさで、俯いたまま無言で拳を握りしめた。
 侯爵という立場上、切り裂きジャックの不利になることを黙っていることもできるが、逆に有利になることも言えない。

 目の前にいる彼を庇ってあげるどころか、俺の宝物がどんどん彼を追い詰めてしまっている。



 「…………おまえには数多いる玩具オンナのひとつだったとして、俺にとって早希は俺のすべてだ。俺は彼女の為に生きて、死ぬと誓った。おまえには俺の覚悟も、早希の気持ちも、何も理解できないだろうがな」



 …そうか、『憎悪』のアビマーである彼の憎悪は、愛する人を想うが故に兄貴に向けての憎悪だったのか。

 兄貴の人の好意さえも弄び、男も女も、親も友達も、玩具のごとく使っては切り捨ててきた傍若無人ぶり。
 それは、兄貴がアビコの創設者の御子息であり、公爵であったからこそ許されてきた愚行。



 「へえ~…。…じゃあさ、ボクと関わった女みーんな殺そうとするほど、ボクのことだーーいすきなその女に、ボクが一言『切り裂きジャックに死んでほしい』とお願いすれば、彼女はおまえにそのお願いをしはるのかな?そしたら、おまえはその願いを叶える為に死ねる?……ねえ?どう思う?どう思う?ねえ」



 俺も傍聴席も切り裂きジャックも、それを爛々と話す公爵に何も答えられなかった。

 あまりに嬉々として話すそのふざけた内容に、みんな静まり返ったのだ。



 そして、気づいたのだ。



 俺たちはとてつもなく狂った人間をにしてしまっているのだと。
 


 聞いても返ってくることのない返答待ちに飽きたのか、最高裁判官、つまり兄貴がため息まじりに小槌を鳴らす。



 「被告、切り裂きジャックを有罪とし、」



 でも、ひとつだけ答えられるのは、



 「切り裂きジャックのアビコに貢献できる素晴らしい能力と、我が弟、鈴木一哉の素晴らしい記録管理に免じて死刑は無し…」



 俺がつけていた今までの切り裂きジャックに関しての記録が、彼の足を引っ張り、彼を追い詰め、



 「ただし、これまでのを没収することとする」



 "切り裂きジャック"を殺してしまったということ。
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