女神様、ダンジョンはお好きですか?

Yupafa

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第一章 マグメル編 マグメルのダンジョン経営

みすぼらしいダンジョン

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 魂が抜けてしまったかのように呆然と立ちつくすマグメル。

「大丈夫? マグメルちゃん」
「あ、あの……すみません。もう何が何だか……」

 アプロディーテは人差し指を唇にあてて、マグメルをじっと見つめる。

「うーん、何から説明すればいいかしら……まず私のことを説明しないとダメか。私はこの世界でいうと『神』の種族。と言っても、貴方の考えるような創造神じゃないの。わかる?」
「ええと……」
「肉体という物理的な足枷あしかせのある不自由な神と言えばわかる?」
「何となくですが。とにかく、女性の神様だから女神様ということですよね?」
「簡単に言えばそうね。もうそれでいいわ」

 苦笑いを浮かべるアプロディーテ。

「さっき私が言った死のカウントダウン……気になるでしょ?」
「も、もちろんです! いったいどういうことですか?」
「貴方に危険が迫っているってこと。私、。このダンジョンから少し離れたところにある強大な魔力の塊を」
「えっ、それって……」

 先ほどまでとは打って変わって真剣な表情になるアプロディーテを見て、マグメルはゴクリと唾を飲みこんだ。

「マグメルちゃん。まずは貴方のダンジョンを案内してくれない? それから詳しく説明する」
「……わかりました。ではこちらへ」

 クリスタルの大部屋から通路へ出る二人。

「今僕たちがいたのが洞窟ダンジョンの最奥部の大部屋で、ここが他の部屋に通じる通路です」

 アプロディーテは岩がむき出しの壁や天井を見て眉をひそめた。
 
「この通路は薄暗くて陰気ね……今いた部屋はクリスタルが美しく光っていたおかげでまだ良かったけど」
「……灯りが松明だけですからね。この通路をまっすぐ行くと洞窟の出口で、それまでに左右に二つ部屋があります」

 カツンカツンと二人の足音が無機質に通路に響いていく。
 マグメルの後ろを歩いていたアプロディーテは通路にふわふわと浮いていた魔素を見つけると、小指でからめ取りくるくると器用に廻し始めた。

「綺麗……洞窟で生成された魔素ってこんなにも繊細で美しいなんて」

 魔素を見ながらうっとりとした声でアプロディーテが呟いた。

「洞窟で生成される魔素を先ほどの大部屋に貯めこんでいました。たくさんの魔素が飛び交う姿はとても綺麗なんですよ」
「その魔素を使って私を召喚したのね」
「はい。今回は貯めた魔素を思い切って全部使って『福音』を──」

 アプロディーテは小指の魔素に優しく息を吹きかけた。魔素はタンポポの綿毛のように細かく分かれて洞窟の中を飛んで行く。

「〈魔素変換魔法トランスフォームマジック〉」

 アプロディーテの瞳が赤く光ると、細かく飛び散っていた魔素がさらに細かく砕けダイヤモンドダストのような輝きを見せる。その無数の粒子は薄暗い洞窟を明るく照らし出す。

「すごい! これは?」
「魔素を使って魔法を使ったの。光を生み出すだけの単純な魔法」

 マグメルは初めて見た魔法に目を輝かせている。

「これで少しは明るくなったでしょう。洞窟っぽくなくなったけど。さっ行くわよ」

 アプロディーテはひとり先を歩いていく。
 マグメルはアプロディーテの魔法に気を取られ、後ろからふらふらと付いていく。自分が先導役であることを完全に忘れてしまっているようだった。
 アプロディーテは振り返ると、そんなマグメルに顔をぐっと近づけて目を細める。

「マ・グ・メ・ルちゃん、こ・こ・は?」

 アプロディーテが指差していたのは小さな部屋だった。マグメルは頭をかきながら説明を始めた。

「あ、ここは食糧を保管している部屋です。ここにある食糧はほとんどが創造神様から『福音』で授かったものばかりです」

 小部屋にあった棚には豆や粉の入った瓶がびっしり並べられていた。床には大きな水瓶が置かれている。

「生身の肉体を持つということは貴方と同じように食事が必要になるということよね。でも、こんなのばかりだとがっかり」
「ですよね……できれば洞窟の外にいる野兎や野豚を仕留めて食べたいのですが、情けないことに僕にはまだ外で満足に狩りができるほどの腕がありません」

 洞窟の外は未知の存在が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする世界。そこは常に死と隣り合わせなのである。

「何か武器は持ってないの?」
「狩猟で使っている武器は『福音』で手に入れた刃こぼれしたナイフや棒切れを縄できつく縛っただけの手製の槍です。それだけではさすがに心許なくて……」

 アプロディーテを喜ばすことができなかったことがよっぽど悔しいのか、マグメルの声は少し震えていた。

 二人は食糧部屋を出ると、通路を挟んだ反対側にある坂を少し登ったところにある部屋に入った。
 そこは先ほどまでの陰気な雰囲気とは違って、家の中のような明るい空間が広がっていた。壁に小窓のような穴がいくつも開いていて、外からの明るい光が差し込んでいるからだ。
 部屋の床には明るい色の木材が敷かれており、天井からは寝袋がぶら下がっていた。

「居心地抜群なのでここを寝室にしています」

 マグメルは部屋の中を歩きながら、少し自慢気に説明をする。

「これは【妖精の衣装箱】と言われるマジックアイテムです。毎日一回限りしか開けられないという条件付きですけど、開けた者の身体のサイズに合う衣類が上下一着、靴が一足出てくるという便利な代物です。これも『福音』で手に入れました」
 
 マグメルが『福音』で創造神から授かったものはいわゆる普通の『道具』ばかりだった。ごく少量の魔素の奉納による『福音』ではこのレベルが精一杯なのだ。マグメルにとっては生活の命綱になるようなものばかりだったので、重宝しているといえばしているのだが。

 しかしアプロディーテはそんなものには興味を示さず、部屋に入ってからじっと外を眺めたままでいる。マゼンタ色の髪を人差し指でクルクルといじりながら何かを考えているようだ。重苦しい空気が部屋に漂う。

「──私の思った通り。貴方、こんなみすぼらしい洞窟に引きこもってないでもっと外に出なさいよ」

 アプロディーテは外を見つめたまま、背中越しに言い放った。これにはマグメルもカチンときたのか、語気を荒げて言い返す。

「この洞窟は創造神様に授かったもの、みすぼらしい洞窟だなんて言い方──」

 アプロディーテは振り返り、マグメルの言葉を制した。真剣な眼差しでマグメルを見つめる。

「怒らないで。貴方のためなの」
「僕のためって……どういうことですか?」

 マグメルはたじろぎながら質問する。

「この世界には、人間の貴方では到底歯が立たないような危険な奴が数多く存在している」
「……はい」
「貴方の洞窟からそう離れていないところに強大なダンジョンを持った何者かがいる。もしかしたらここに気づいているかもしれない」
「さっき言ってた強大な魔力の塊って……もしかして……」
「そう。見つかれば、この洞窟と貴方では抵抗できず瞬殺でしょう。それが死のカウントダウンが始まっていると言った理由よ」
「そ、そんな……僕はどうすれば……」
 
 マグメルの背中に冷たい汗が伝う。
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