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第一章 マグメル編 マグメルのダンジョン経営
ダンジョン 第一階層
しおりを挟む二人が飛ばされた場所は、大人の膝の高さほどの草が生い茂る草原であった。見渡す限り、草原が延々と続くだけの何もない空間。あるのは所々に寂しそうに生えている枯れ木、二人の前に鎮座するこの場に不釣り合いなワープクリスタルの台座ぐらいであった。
マグメルは自分のクリスタルを見て居場所を確認する。
「ええと、ここは下の階層の最奥部の部屋──かなり広いようですね」
アプロディーテは目を細め、手をかざしながら空を見上げた。
「洞窟の中なのに空があるように見える。不思議ね」
「ここも異空間ということですかね。『空間』の恩恵がこれほどまでとは……」
二人は生えている草や朽ちた木に触れて、つい先ほど創られたばかりの存在を確かめている。
「女神様、あちらの方角にもう一つの部屋につながる通路があるようです。行ってみましょう」
マグメルはクリスタルを具現化したまま歩き出した。クリスタルをマップとして使っているのだ。
三十分ほど歩いたところでマグメルが口を開く。
「この広さ、明らかにおかしいですね……」
「ええ……マグメルちゃんも気づいた? これだけ歩けば私たちは洞窟の外に出てしまっているはず」
「クリスタルを見る限り、迷って同じところをウロウロしてるなんてことはないと思うのですが」
「この部屋がそれだけ広いってことよ。マグメルちゃんのクリスタルがないと私たちは間違いなく迷ってるでしょう」
「無限に広がる草原──迷ってしまうと永遠に抜けられないってことか」
「ここは侵入者を迎え撃つのに絶好の場所になるわ」
「女神様のあの作戦、うまくいきそうな気がします」
二人はさらに一時間ほど歩き続けた。表情に少し疲労の色が見えてくる。
「女神様、見えてきました。あの大きな岩です」
マグメルが指をさしたのは口を開けた人の顔のような形の巨岩。二人は急いで駆け寄る。巨岩が開けた口の中には下に潜っていく狭い通路があった。
「これがもう一つの部屋との連絡通路のようです」
「中は暗そうね」
「あの魔法で明るくするのですか?」
アプロディーテはマグメルにウィンクをして「見てて」と言った。彼女の目が赤く光りだす。
「〈薔薇の棘妖精の召喚〉」
地面から棘のついた緑の蔓が何本もニョキニョキと現れ、絡まり合っていく。蔓が絡まり合って現れたのは子どもぐらいの背丈の妖精だった。人の形はしているがその顔には目も鼻も口もない。いわばトゲトゲのわら人形だ。
アプロディーテはその妖精が完全に出来上がったのを見届けたあと、取り出した魔素をその妖精めがけて優しく吹きかけた。
「〈魔素変換魔法〉」
魔素が小さな粒子となり棘妖精の蔓の間に入っていく。
「この子をトーチの代わりに使うわ。この蔓の間からこぼれる光がとても綺麗なの。さらに自分で歩いてくれるから便利だし。さあ、行って」
棘妖精はコクンと頷くと、通路を先にトコトコと歩き始めた。木漏れ日のように蔦の間からこぼれる光が洞窟を小さく照らす。
「綺麗ですね。十分トーチ代りにもなってる。でも女神様、なぜいつもみたいに〈魔素変換魔法〉で通路全体を明るくしなかったのですか?」
「マグメルちゃん、この通路は真っ暗でしょ。もちろん敵が侵入してきた時も真っ暗。その敵が見るであろう状況を把握しておきたいの」
アプロディーテはいつの間にか真剣な顔に変わっていた。
「そうでした。自分の洞窟が襲われることをいつも考えておかないと……」
先を歩いていた棘妖精が急に立ち止まった。右を向いたり左を向いたりしている。通路が二つに分かれていたのだ。
「分かれ道……二手に分かれましょう。棘妖精をもう一体召喚するわ」
そう言うとアプロディーテは魔法の詠唱を始めた。マグメルはその間にクリスタルで道を確認する。
「この先で合流できるようです。それぞれの通路の状況を確認ということですね」
「マグメルちゃんは右をお願い、私は左を進むわ──」
三十分後、先に合流地点に到着したのはマグメルだった。
「まだ女神様は来てないか。棘妖精、ここで女神様を待つよ」
マグメルはクリスタルでアプロディーテの位置を確認する。アプロディーテはまだ通路を半分過ぎたあたりまでしか進んでいなかった。
アプロディーテは通路の床に手を触れ魔法を唱えている。
「〈黒薔薇の幽香〉」
「〈赤薔薇の監獄〉」
「ふぅ。こんなものかしら。さあ、いくわよ棘妖精」
アプロディーテは進んではまた立ち止まり、同様の魔法をかけていく。
マグメルが貯めた魔素のほとんどは彼女のクリスタルに蓄えられている。その魔素を消費して〈薔薇の棘妖精の召喚〉、〈黒薔薇の幽香〉、〈赤薔薇の監獄〉の魔法を使用する。彼女の場合、この程度の魔法であれば魔素を二、三個消費するだけで簡単に唱えることができるのだ。
「おまたせぇ」
アプロディーテは何もなかったかのように平然とした顔で現れた。
「あ、女神様! 大丈夫でしたか?」
「ええ、問題ないわ。通路は狭くて人一人が通るのがやっとってとこかしら。マグメルちゃんの方は?」
「こちらもそうでした。石畳に石の壁、しっかりとした通路でした」
「ここは大勢で攻め込まれた時に戦力を分散させ、さらに──」
「各個撃破!」
二人は声を合わせる。
「マグメルちゃん、この階層は素晴らしいわ。『慈悲』に感謝しなくてはね」
「はい! 神様、本当にありがとうございます」
マグメルは神に祈る。
「さあ、この先はどうなっているのかしら。行ってみましょう」
二体の棘妖精が小競り合いをしながら二人の前を進んでいく。しばらく進むと、通路の先が薄っすらと明るくなってきた。
「どうやらここが外からの入り口のようです。クリスタルではここまでしか見ることができません」
「ふぅん……やっぱり出入り口はあるのね」
「ここから部外者が侵入することができてしまいますね。ちょっと外を見てきます」
マグメルは通路を駆け、勢いよく外に飛び出した。暗がりから突然明るみに出た眩しさにマグメルは手をかざす。指の間から見える景色は見慣れた岩山、そして見慣れた森林であった。
「女神様! ここはいつもの岩山です。今までの洞窟の出入り口から少し下ったあたりに出たようです」
大声で叫びながら戻ってくるマグメル。アプロディーテは出入り口のところで壁にもたれながら花煙草を吸っていた。
「マグメルちゃん、大理石の部屋に戻ってもう一度作戦会議よ」
棘妖精たちが取っ組み合いの喧嘩を始めた。その微笑ましい光景にアプロディーテは笑みをこぼした。
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