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第一章 マグメル編 マグメルのダンジョン経営
ダークエルフの禁忌実験
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「──ヒルダ姉さん!?」
大理石の部屋に入ったクユンシーラは女性騎士像のもとに駆け寄った。
「なぜヒルダ姉さんの彫像がこっちの世界に……」
クユンシーラは女性騎士像の頰を伝う冷たい涙を拭うように撫でる。
「この彫像は君ではなく、君のお姉さんだったのか……」
「マグメル、これは、この部屋はいったいどうなっているのです?」
「ここは創造神様の『慈悲』によって創られた部屋。この彫像たち、後ろにいるアルタウロスも含めて四体がこの部屋に飾られていたんだ」
マグメルたちの後ろには巨大で屈強なフルプレートアーマーの男性騎士像──マグメルがアルタウロスと名付けた守護者が立っていた。
「このアルタウロスだけは偶然、魔素に反応して動き出したんだけど、他の三体はどうやら魔素だけでは動かないようなんだ」
「創造神の『慈悲』だなんて……これも創造神による仕業だというの……」
クユンシーラはヒルダの像の両腕をつかみ目を閉じた。クユンシーラの髪が逆立っていく。
マグメルが口を開きかけたのをアプロディーテは無言で首を振って制した。
「〈識別眼〉」
カッと見開かれたクユンシーラの左眼には藍色の羽を広げた蝶がいた。瞳の形状が変化したのだ。
クユンシーラはその左眼でヒルダの像を見つめ、そのまま動かなくなった。
部屋を静寂が包み、沈黙の時間だけがゆっくりと流れていく。
「……ヒルダ姉さんの魂の複製がここに封印されている」
クユンシーラの肩が小刻みに震えていた。
「姉さん! わかる? 私よ、妹のクユンよ!」
クユンシーラはヒルダの像にしがみついて必死で揺さぶった。
急に冷静さを失って取り乱すクユンシーラに驚くマグメル。
「どうして……どうしてヒルダ姉さんまでがこっちの世界に……ねぇ、教えて女神アプロディーテ! 神であるあなたならわかるでしょ」
振り返ったクユンシーラの顔は涙でくしゃくしゃになっていた。
「クユンシーラ、落ち着きなさい」
アプロディーテはそう言ってクユンシーラに椅子に座るように促した。
泣き崩れたままなかなか立ち上がれなかったクユンシーラをアルタウロスがひょいと持ち上げ、椅子にそっと座らせた。
マグメルはアルタウロスに食糧部屋から水とグラスを持ってくるように命じた。
「魔人のダンジョンの話を聞こうと思っていたのに、思わぬ展開になってしまったわね」
「クユンシーラと僕の洞窟に接点があったなんて……」
アルタウロスは水瓶を小脇に抱え、ピッチャーとグラスを三個を指に挟んで持ってきた。
「アルタウロス、ありがとう。水瓶ごとじゃなく、ピッチャーに水を汲んで持ってくるだけで十分だよ」
アルタウロスは水瓶とピッチャーを交互に見てからゆっくりと頷いた。
アプロディーテは大理石のテーブルに置かれたピッチャーの上で指を回した。すると、その指先から赤い薔薇の花弁が現れ、ピッチャーの中に落ちていった。水面に落ちた花弁は揺らめきながら回りだす。
マグメルはそのピッチャーの水をグラスに注ぎ、クユンシーラに差し出した。
「女神様の魔法で精製した水だよ」
クユンシーラは目の前に置かれたグラスを両手で持つと、ゆっくり飲み始める。
「美味しい……」
「落ち着いたかい?」
「すみません、こんなお恥ずかしい姿をお見せしてしまい……」
「気にしなくていいわ。貴女の言っていた話に偽りがないということがわかったし、他に聞きたいことも出てきたから」
アプロディーテは【花煙草のキセル】を空中から取り出して吸い始めた。微かな薔薇の香りがあたりを漂う。
「貴女、さっき『魂の複製』って言ってたわよね?」
「……はい」
「この彫像に貴女のお姉さんの複製が封印されてるとすれば、貴女のお姉さんも貴女と同じように創造神から何らかの天罰を受けたってことじゃない?」
「私もそう考えました」
「貴女たち、元の世界でいったい何をしたっていうの?」
クユンシーラはピッチャーの水面にゆらゆらと浮かぶ花弁を見つめながら話し始めた。
「私たちは元いた世界でダンジョンクリスタルの解析、マジックアイテムの解析、そしてそれらの複製といった実験を日々繰り返していました」
「そんなことができるのか……」
マグメルはテーブルに身を乗り出す。
「姉はその特殊能力であらゆる物体に流れる魔素の精密な情報を完璧に読み取ることができます。その読み取った情報を魔導紋様として兄の特殊能力で作った本に転写して──」
クユンシーラはマグメルの眉間に皺の寄った顔を見て話を止めた。
「専門的すぎましたね、すいません。噛み砕いて言いますと、姉と兄の能力があればいかなるマジックアイテムでも魔法でも、その能力の再現が可能ということです。例えばさっき使った〈識別眼〉」
クユンシーラは左の瞼を持ち上げ、その蝶の形をした瞳を二人に見せた。
「この眼は姉の特殊能力を魔導紋様に起こして私の身体に刻印することで習得した能力です。発動することで物理的な構造と簡単な魔素の流れを読み取ることができるようになります。姉の能力はさらに上位のものですが……」
アプロディーテが遮るように口を挟んだ。
「つまり、貴女たちは自分たちの特殊能力を使ってあらゆるものを複製していたということね。そして、その複製された情報の依代が貴女の身体」
「その通りです。女神アプロディーテ」
「アプロディーテでいいわ」
「わかりました、アプロディーテ」
クユンシーラは微笑みながらアプロディーテの目を見つめた。
「では、話を続けますね。私はこうやって姉と兄のおかげで数多くの能力を習得してきました。しかしこの実験を進めていくにつれ、私たちはやってはいけないとされる禁忌実験に手を出すことになるのです」
「やってはいけない実験って何だい?」
クユンシーラは少し間をおいてから答えた。
「『異世界発見』と『生命創造』です」
アプロディーテの眉がピクリと動く。【花煙草のキセル】から燻る煙の色が薄い赤色へと変わる。
マグメルはアプロディーテの雰囲気が変わった様子を気にしながらも、クユンシーラにそのまま続けるよう促した。
クユンシーラはこくんと頷くと、水を一口飲んでから続きを説明し始めた。
「ある日、とあるダンジョンの奥深くで忘れられた至宝の一つ、【次元加速機】というマジックアイテムを発見しました。忘れられた至宝というのは私たちのいた世界では創造神が隠したとされる秘宝中の秘宝で、とんでもない力を秘めていると言われています」
「創造神様の秘宝……」
マグメルがポツリと呟いた。
「姉の能力で調べていくうちに【次元加速機】が次元の狭間を創りだす装置であることが判明しました。姉たちはダンジョンクリスタルに流れる魔素の構造から、空間転移における基本的な情報をすでに読み取っていたので、【次元加速機】を使って異世界を発見するための実験の準備を着々と進めていきました」
アプロディーテの顔がさらに険しくなったのを見て、マグメルがごくりと喉を鳴らした。
「しかし、ここで問題が生じました。仮に異世界を発見したとしても、生身の私たちで転移に耐えきれないかもしれないということです。次元の狭間に生物を放り込んだところ、皮膚と内臓が逆転し、関節という関節が捻れてもなお生き続けているという恐ろしい事態を目の当たりにしましたから」
「空間の転移ってそんなに危険だったのか」
「はい。だから私たちは魔導人形を使うことにしました。兄の能力で魔導人形に特別な魔導紋様を施し、空間転移に耐えられる身体に仕上げていったのです。さらには独自の意思を持たせることにも成功しました。そして、第一回目の異世界侵入実験の時に……」
その時、ガタンと部屋全体が上下に大きく揺れた。大理石のテーブルの上のピッチャーやコップが転げ落ち、割れて飛び散った。
「あ、あれを!」
マグメルがヒルダ像を指差した。ヒルダ像が赤い涙を流していたのだ。
「姉さん!」
クユンシーラがヒルダ像に駆け寄ろうとする。
「皆、気をつけて! 何か変よ!」
アプロディーテが叫ぶ。
部屋がもう一度ガタンと揺れた。
「部屋が落ちているわ!」
大理石の部屋に入ったクユンシーラは女性騎士像のもとに駆け寄った。
「なぜヒルダ姉さんの彫像がこっちの世界に……」
クユンシーラは女性騎士像の頰を伝う冷たい涙を拭うように撫でる。
「この彫像は君ではなく、君のお姉さんだったのか……」
「マグメル、これは、この部屋はいったいどうなっているのです?」
「ここは創造神様の『慈悲』によって創られた部屋。この彫像たち、後ろにいるアルタウロスも含めて四体がこの部屋に飾られていたんだ」
マグメルたちの後ろには巨大で屈強なフルプレートアーマーの男性騎士像──マグメルがアルタウロスと名付けた守護者が立っていた。
「このアルタウロスだけは偶然、魔素に反応して動き出したんだけど、他の三体はどうやら魔素だけでは動かないようなんだ」
「創造神の『慈悲』だなんて……これも創造神による仕業だというの……」
クユンシーラはヒルダの像の両腕をつかみ目を閉じた。クユンシーラの髪が逆立っていく。
マグメルが口を開きかけたのをアプロディーテは無言で首を振って制した。
「〈識別眼〉」
カッと見開かれたクユンシーラの左眼には藍色の羽を広げた蝶がいた。瞳の形状が変化したのだ。
クユンシーラはその左眼でヒルダの像を見つめ、そのまま動かなくなった。
部屋を静寂が包み、沈黙の時間だけがゆっくりと流れていく。
「……ヒルダ姉さんの魂の複製がここに封印されている」
クユンシーラの肩が小刻みに震えていた。
「姉さん! わかる? 私よ、妹のクユンよ!」
クユンシーラはヒルダの像にしがみついて必死で揺さぶった。
急に冷静さを失って取り乱すクユンシーラに驚くマグメル。
「どうして……どうしてヒルダ姉さんまでがこっちの世界に……ねぇ、教えて女神アプロディーテ! 神であるあなたならわかるでしょ」
振り返ったクユンシーラの顔は涙でくしゃくしゃになっていた。
「クユンシーラ、落ち着きなさい」
アプロディーテはそう言ってクユンシーラに椅子に座るように促した。
泣き崩れたままなかなか立ち上がれなかったクユンシーラをアルタウロスがひょいと持ち上げ、椅子にそっと座らせた。
マグメルはアルタウロスに食糧部屋から水とグラスを持ってくるように命じた。
「魔人のダンジョンの話を聞こうと思っていたのに、思わぬ展開になってしまったわね」
「クユンシーラと僕の洞窟に接点があったなんて……」
アルタウロスは水瓶を小脇に抱え、ピッチャーとグラスを三個を指に挟んで持ってきた。
「アルタウロス、ありがとう。水瓶ごとじゃなく、ピッチャーに水を汲んで持ってくるだけで十分だよ」
アルタウロスは水瓶とピッチャーを交互に見てからゆっくりと頷いた。
アプロディーテは大理石のテーブルに置かれたピッチャーの上で指を回した。すると、その指先から赤い薔薇の花弁が現れ、ピッチャーの中に落ちていった。水面に落ちた花弁は揺らめきながら回りだす。
マグメルはそのピッチャーの水をグラスに注ぎ、クユンシーラに差し出した。
「女神様の魔法で精製した水だよ」
クユンシーラは目の前に置かれたグラスを両手で持つと、ゆっくり飲み始める。
「美味しい……」
「落ち着いたかい?」
「すみません、こんなお恥ずかしい姿をお見せしてしまい……」
「気にしなくていいわ。貴女の言っていた話に偽りがないということがわかったし、他に聞きたいことも出てきたから」
アプロディーテは【花煙草のキセル】を空中から取り出して吸い始めた。微かな薔薇の香りがあたりを漂う。
「貴女、さっき『魂の複製』って言ってたわよね?」
「……はい」
「この彫像に貴女のお姉さんの複製が封印されてるとすれば、貴女のお姉さんも貴女と同じように創造神から何らかの天罰を受けたってことじゃない?」
「私もそう考えました」
「貴女たち、元の世界でいったい何をしたっていうの?」
クユンシーラはピッチャーの水面にゆらゆらと浮かぶ花弁を見つめながら話し始めた。
「私たちは元いた世界でダンジョンクリスタルの解析、マジックアイテムの解析、そしてそれらの複製といった実験を日々繰り返していました」
「そんなことができるのか……」
マグメルはテーブルに身を乗り出す。
「姉はその特殊能力であらゆる物体に流れる魔素の精密な情報を完璧に読み取ることができます。その読み取った情報を魔導紋様として兄の特殊能力で作った本に転写して──」
クユンシーラはマグメルの眉間に皺の寄った顔を見て話を止めた。
「専門的すぎましたね、すいません。噛み砕いて言いますと、姉と兄の能力があればいかなるマジックアイテムでも魔法でも、その能力の再現が可能ということです。例えばさっき使った〈識別眼〉」
クユンシーラは左の瞼を持ち上げ、その蝶の形をした瞳を二人に見せた。
「この眼は姉の特殊能力を魔導紋様に起こして私の身体に刻印することで習得した能力です。発動することで物理的な構造と簡単な魔素の流れを読み取ることができるようになります。姉の能力はさらに上位のものですが……」
アプロディーテが遮るように口を挟んだ。
「つまり、貴女たちは自分たちの特殊能力を使ってあらゆるものを複製していたということね。そして、その複製された情報の依代が貴女の身体」
「その通りです。女神アプロディーテ」
「アプロディーテでいいわ」
「わかりました、アプロディーテ」
クユンシーラは微笑みながらアプロディーテの目を見つめた。
「では、話を続けますね。私はこうやって姉と兄のおかげで数多くの能力を習得してきました。しかしこの実験を進めていくにつれ、私たちはやってはいけないとされる禁忌実験に手を出すことになるのです」
「やってはいけない実験って何だい?」
クユンシーラは少し間をおいてから答えた。
「『異世界発見』と『生命創造』です」
アプロディーテの眉がピクリと動く。【花煙草のキセル】から燻る煙の色が薄い赤色へと変わる。
マグメルはアプロディーテの雰囲気が変わった様子を気にしながらも、クユンシーラにそのまま続けるよう促した。
クユンシーラはこくんと頷くと、水を一口飲んでから続きを説明し始めた。
「ある日、とあるダンジョンの奥深くで忘れられた至宝の一つ、【次元加速機】というマジックアイテムを発見しました。忘れられた至宝というのは私たちのいた世界では創造神が隠したとされる秘宝中の秘宝で、とんでもない力を秘めていると言われています」
「創造神様の秘宝……」
マグメルがポツリと呟いた。
「姉の能力で調べていくうちに【次元加速機】が次元の狭間を創りだす装置であることが判明しました。姉たちはダンジョンクリスタルに流れる魔素の構造から、空間転移における基本的な情報をすでに読み取っていたので、【次元加速機】を使って異世界を発見するための実験の準備を着々と進めていきました」
アプロディーテの顔がさらに険しくなったのを見て、マグメルがごくりと喉を鳴らした。
「しかし、ここで問題が生じました。仮に異世界を発見したとしても、生身の私たちで転移に耐えきれないかもしれないということです。次元の狭間に生物を放り込んだところ、皮膚と内臓が逆転し、関節という関節が捻れてもなお生き続けているという恐ろしい事態を目の当たりにしましたから」
「空間の転移ってそんなに危険だったのか」
「はい。だから私たちは魔導人形を使うことにしました。兄の能力で魔導人形に特別な魔導紋様を施し、空間転移に耐えられる身体に仕上げていったのです。さらには独自の意思を持たせることにも成功しました。そして、第一回目の異世界侵入実験の時に……」
その時、ガタンと部屋全体が上下に大きく揺れた。大理石のテーブルの上のピッチャーやコップが転げ落ち、割れて飛び散った。
「あ、あれを!」
マグメルがヒルダ像を指差した。ヒルダ像が赤い涙を流していたのだ。
「姉さん!」
クユンシーラがヒルダ像に駆け寄ろうとする。
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