猫の女王 人から猫になってしまった三人 たった一夜の出来事だったけど猫の国で大活躍、女王はどこにいる 

花丸 京

文字の大きさ
15 / 17

15 ディスコクイーン

しおりを挟む

銀行の裏口は、従業員の通用門だ。
廃業後はシャッターがおりたままだったが、端にあったドアのストッパーが完全閉鎖をじゃまをしていた。

シャッターをおろした従業員か関係者は、異物が落ちているのにも気づかなかった。電動だから閉まるのが当たり前だとばかり、確かめもせずに帰っていったのか。
そこには、猫の出入りができるわずかな隙間があった。
大きく開ければ人の出入りも可能だ。

そのシャッターの前に、警備の三匹のサビ猫が酒臭い息を吐き、ひっくり返っていた。
酒は、ネコババアである米田トメの転機で配られた。
「そこではありません、こっちこっち」

シロアシは、シャッターの横をとおりすぎた。
窓もなにもないノッペラボウの建物の裏側だ。
垣根をへだてたその左側の公園では、山奥育ちのサビ猫たちが、まだ盛んにくだをまいていた。

建物の裏壁と垣根のあいだの狭い通路を半ほどまできたとき、シロアシが足をとめた。
「これは、私が発見した秘密の出入り口です」
シロアシが喉を見せ、頭上をあおぐ。

壁に大きめの換気扇かんきせんがついている。
その換気扇の扉が外側に跳ねている。
「よく見てください。あの跳ねている外扉と換気扇の羽のあいだの隙間、猫ならすり抜けられるんです」

猫は頭が入れば体も入る。
「いきます」
シロアシが身をかがめ、ジャンプした。
かしゃんと、換気扇の外扉をゆらす音がした。

かと思うと、シロアシの尻尾がするっと内に消えた。
「銀行強盗の気分だなあ」
換気扇を見あげ、灰猫の八田がつぶやく。
三毛の銀次郎が続く。

そこは、茶室だった。
八田と警護の三匹も、次々に入ってくる。
シロアシがドアの内レバーにぶらさがり、出入り口を開けた。
空間から、どっと流れこむにぎやかな音。
「大騒ぎです」
シロアシはさらにドアを開け、外のようすを確かめる。
騒音のカタマリが、二帖の茶室いっぱいにあふれる。

『どこどこでけでけ、どこどこでけでけ』
『きやっきやっ、きゃあきゃあきゃあ』
『わあーわおーおー、わあわおーおー』
ディスコ音楽だ。
若い牡猫おすねこの楽しそうな悲鳴。
牡たちの歓声。猫同士の雄叫び。
騒ぎに乗じ、怒鳴って喧嘩をしているやつもいるようだ。


「ディスコ音楽のセットは、日ノ元団地の人間の若者たちが廃墟の建物の内部で密かに楽しんでいたものを発見し、使っているんです。廊下には誰もいません」
シロアシが廊下にでると、あとについて五匹も外に踏みだす。
せまい廊下の空間に、四方八方、騒音が跳ねかえる。
「応客用の広間をのぞいてみましょう」
 応客業務の広間には、客をむかえるカウンターがあった。
その内側には、出納しゅつのう業務をおこなう事務机がならんでいる。

シロアシは、廊下の壁に立てかけられた衝立ついたてや外したドアや看板の隙間から、ごそごそと潜りこんだ。
なかが空間になっており、垂木たるきや角材などが乱雑に立てかけられていた。

角材のあいだから入っていくと、壁に穴が開いていた。
騒音がさっきよりも大きく聞こえてきた。
その壁の穴をくぐり抜けると、目の前が鉄板の壁でふさがれた。
しかし、そこにも穴が三つ、横にならんでついていた。

「貸金庫の棚の裏側に着きました。ここに穴を空けたのは、忍びこんだ本物の金庫破りです。棚になった金庫ですから、ボックスがならんでいます。そのボックスも裏側に穴が空いています。でも強盗は、貸金庫はすでに完全に空だと気づき、引きあげてしまいました。ボックスは閉まっていますが、鍵は三つとも私が内側からはずしてあります。このボックスを後ろから押しだし、穴から入りこんで細長いボックスの中の内側を這っていき、先端から顔をだせば銀行のフロアが見渡せます」

「七千代署の管内で、金庫破りをやったやつがいるのかよ。署にもどったら捕まえてやるからな」
灰猫の八田刑事が金庫の壁の内をのぞき、開けられた穴の縁を猫の手でなでた。
銀次郎は言われたように、ボックスのなかに潜りこんだ。
真っ暗な長細い四角の空間の先のほうに、明かりが漏れていた。
どどどっとディスコ調の大音響とともに、奇声にも似た楽し気なはやし声や、興奮した叫び声が飛び交う。男の人間の笑い声も聞こえる。

銀次郎は、冷たい鋼鉄のボックスの内側を、這って先のほうまで進んだ。
額を鍵穴のある先端の鉄板にこすりつけるように、そっと首をのばした。
あっと声をあげそうになった。
眼下のカウンターのむこう側は、右も左も大勢のサビ猫で埋まっていた。

リズムに合わせ、全員が頭とからだを揺すっている。
中央の応接カウンターの上では、音楽にあわせた十二、三匹の美女が腰をくねらせていた。
その真ん中で、真っ白な毛色の猫がピンクの腰布をゆらし、存分に色気を発散させていた。
右手に、ひろげた扇子をかかげている。

銀次郎は、うららーと叫びそうになった。
まちがいなかった。やけに色っぽい。
そうやって腰に布を巻いて身体をくねらせ、太腿ふとももをちらちらさせると、下からのぞきたくなる。

うららをはさんで踊る二匹の若いめすは、二街区の外れで出会った歴史研究会の娘さんだ。彼女たちをはさみ、さらに左右で踊っている五匹ほどは語学研究生と称する娘たちであろう。|
うららのお腹にある火傷の跡は、手でお腹を逆撫さかなででしないかぎり、白い毛並みに隠れ、見えない。

カウンターの下の外側で、腰をくねらす美女を眺め、よだれを流すサビ猫たち。
歴史研究会や語学研究生の彼女たちは、鬼花郷おにはなごうから派遣されたハニトラである。
妙に腰をひねるセクシーな踊りかたも教わってきたのか。
だが、観客のほとんどのサビ猫たちは、毛色が黒っぽく見えるミス・ユニバースや語学研究生の娘よりも、つやつやしたうららの真っ白な肢体したい膝頭ひざがしらがのぞくピンクの腰巻こしまきに釘づけだ。

お客さんのスペースである賑やかなカウンターの外側に対し、銀次郎がのぞく眼下の内側は、事務机のならぶ埃だらけの空間だった。
銀次郎と八田とシロアシは、貸金庫のそれぞれのボックスから顔をだし、三匹で横並びに目を凝らした。

貸金庫は、カウンターの内側の中央に置かれている。
ドラ猫合唱隊の隊長のクロ、そして裏ボスといわれる片耳はどこだと、銀次郎は目でさがした。
刑事の八田は、右隣のボックスから灰色の顔をだし、金色の目を見開いている。
「うららのやつ、古いニュースで見たような、あんな大昔のバブル時代の踊りをいつ覚えたんだよ。いや、そういうことより、この観衆のなかから誰にも悟られず、どうやって連れだすかだな」

八田はぐるっとフロアを見わたす。
騒音のるつぼだった。
ふつうに声をだして話していても、誰にも気づかれない。
銀次郎の左隣のボックスから顔をだしているのは、シロアシだ。
一瞬うららの踊りに見惚みとれたようだが、はっと気づき、二メートルほど下の床に目をやった。

「見てください。この左下です」
ディスコ音楽と歓声の騒音のなかに、ぎやおう、うがあ、がう、うにゃおう、という叫びが聞こえた。
カウンターの内側、スチールデスクがならぶ事務エリアの通路からだ。
だだだだっと、スチールデスクの側面を叩くような音がした。
埃だらけの事務備品の隙間から、黒いかたまりが転がりでた。
大柄の猫と細身の二匹だった。

「ぎゃうー」
「があふー」
「おれの女にちょっかいだすな」
「うららはおれの女だ」
「うららはおれにれてんだ」
「誰がジジイなんかに惚れるか」
「がうー」
「うぎゃ」

「おい、おい、おい。互いに追ったり追われたり、オフィスもう三周してるわな。おめえら現地のボスよな。だめあるな。百八十の殺戮隊さつりくたいの指揮、だれとるか」
猫語をしゃべる異国人の男、ニャンコ・イビリヤーノだ。

イタリア風の名前を名乗ってふざけているが、実態はモンゴロイド系のただの醜男ぶおとこである。
占拠した公民館で最後までがんばっていたが、結局、疾風しっぷうのごとく逃げだし、新に設けられた廃業銀行の本部に居座っていたのだ。

銀行の床で暴れていた二匹は、ドラ猫合唱隊の隊長のクロと、裏のボスと言われているエサバーの支配人、片耳である。背中は茶毛だが、表はサビ毛であり、鼻黒と同じように半サビと呼ばれていた。
「もうやめだわな」
二ャンコ・イビリヤーノが止めに入る。
二匹は互いに噛んでいた相手の肩から口を放し、はあはあと息づく。
あたりにサビ色の毛が散っている。

「どれだけ、あの白猫いいか」
ニャンコ・イビリヤーノの問いに、二匹は喧嘩を忘れ、毅然きぜんと言いかえす。
「一度でいいからあの女と」
「ブスの女房しか知らないで、死ねるか」
クロと片耳が、交互に声をあげる。
口のなかに残っていた毛を互いにぷっと吐きだす。
その毛が薄暗い宙に散り、明かりに光る。

「日ノ元族、全面降伏申し込んできたな。緊急行動法も発令された。喧嘩してるといいことあるな。もっとやる、もっといいことある。もっと喧嘩やるか」
ニャンコ・イビリヤーノに焚きつけられた二匹は、首をひねり、肩の力を抜き、一息ついた。

「うらら命」
暴走族のながれか暴力団系なのか、クロが片腕をつきあげる。
負けるものかと、歳のいった片耳も宣誓せんせいする。
「うららで起立」
つきあげたゲンコを、ぐいっとひと捻りする。意味は不明だ。

どどどどどど……。
わあわあわあ……。
きゃあ、きゃあ、きゃあ……。
フロアは相変わらず大騒ぎだ。

指令をおび、日ノ元郷に潜入したサビ猫たち全員が集まっているのか。
八、九十匹ちかくはいる。隠れるように団地に住みついていたのだろう。
うまく言えないが、普通の野良と目つきがちがう。


現地の工作員はドラ猫合唱隊もふくめ、みんな血気さかんな若者だ。
緊急行動法で暴れられたら、大変な事態になっていただろう。
銀次郎は、うららを連れだすという大事な任務をひかえながら、うらら人気におどろき、ちょっとした思考停止状態になった。
シロアシも、貸金庫のボックスから首を出し、うっとりと見とれている。

二ャンコ・イビリヤーノが、幹部の二匹に話しかけている。
「このさいな、やつらこっちに呼ぶ。殺戮隊さつりくたいの連中も参加させ、宴会と調印式ここでやる。どうか」
「うらら命。それいい。速足はやあしのシロアシもどったら、すぐ伝令だす」
「うららで起立。それがいい。やつらここに呼んで支配式典だ」
取っ組みあいの二匹は、所かまわず噛みつきあったため、体の毛をあちこち乱しながらニャンコ・イビリヤーノに賛成する。
突然、名前の出たシロアシは、そうだ自分は伝令だったんだと使命を思いだし、腰を浮かした。

「銀次郎さん八田さん、わたしの出番です。降伏式典を管理事務所前の広場ではなく、ここでやりたいらしいです。どうでしょう?」
「いいね。日ノ元猫族殲滅隊せんめつたいとして出動した全員と、使命をおびた者もここに集めると言うことだから、逆にチャンスじゃねえか。公民館にいたはずの他の異国人のやつら、恐怖に関するかんが鋭いのか、とことん逃げて団地の住まいも捨て、鬼花郷の郷境くにざかいのほうまで遁走とんそうしたらしい。だからここには今、あのイタリアだかの猫語をしゃべる男しか残ってないみたいだけど、とにかくやつらをまとめて始末できそうで一安心だな。しかし、その前にうららを連れださないとな、どうするかだ」

うーんと、部下のうららの運命を思案する八田が唇をかむ。
十秒ばかり鼻でうめいてから、そうだとばかりにうなずく。
「うららは比較的トイレがちかい。だからシロアシは下に降りていったら、クロ隊長と片耳に『うららさんに頼まれていたんだ。廃業したここの銀行は初めての場所なので建物の内部をよく知らないから、夜の十時半になったらトイレに案内してちょうだいって』と告げ、うららに近づけばいい。ほれ、もうすぐ十時半だ」
廃業した銀行だったが、なにかのために電源は活かされていた。
壁の時計がちょうど十時半を示していた。

「トイレならおれが案内するって、どっちかが言いだしたらどうします?」
銀次郎は思いついて八田に訊ねた。
それはありそうだなあ、と八田はまたちょっと考えた。
「『トイレしてるとき、オナラがでるかもしれないので、聞かれると恥ずかしいから誰もついてこないようにって注意されてる。自分はトイレの場所に案内するだけです』ってのはどうだ」
思いついた八田の提案だ。

「うららのオナラか」
シロアシがつぶやく。
「八田さん、時間がないからそれでいきましょう。シロアシ、急いでくれ。気をつけてな」

「そうだ。その前にトイレの場所、聞いとかなきゃ。どこにあるんだ?」
 気づいて銀次郎が確かめた。
「この下のデスクの前の通路を右にまっすぐいったところです。裏口の手前です。さっき来るとき、表をとおりかかりました」
「分かった。トイレにうららとお前が向かったら、おれたちもここから出てむこうで待ってる」

シロアシは銀次郎と八田がうなずくのを見、ひらりとボックスから飛びおりた。
ほこりだらけのスチールデスクの天板に、そこを利用しているシロアシの足跡がいくつも重なってついている。
足跡のあるデスクを三つほど踏み、大きなデスクの上に着地する。
「お、噂する、すぐ帰ったな。おい、シロアシ、そっちだ。そっちいけ」
ニャンコ・イビリヤーノは、尊大に眉根をよせた。
自分のデスクの前の谷間を、顎で示す

そこには、二匹のサビ猫がくたびれ果てた顔で互いに背をむけ、離れて座っていた。
大きな背中はドラ猫合唱隊の隊長のクロ、細い背中はエサバーの片耳。
二者が対等に戦ったのは、歳をとった片耳に多少の武術の心得があったからだ。
しかし『うららで起立』の号令のように、寄る歳には勝てなかった。
それでも必死に頑張ったのは、女性に興味がなくなれば人生はそれで一区切り、あとは死ぬだけ、という悟りがあったからだ。


「おう、戻ったかシロアシ」
シロアシの姿を見、クロが声をかけた。
「全面降伏を承知したと、日ノ元に伝えたんだな」
「伝えました」
「で、反応はどうだった?」
「管理事務所前の広場で全面降伏の式典と宴会をおこなうので、異国人の方もいっしょにどうぞ、とのことです。今は式典の準備で、日ノ元の連中は大わらわです」

「いいね。だけど式典の場所だけどな」
背をむけて座った片耳の声が、丸めた背中から発せられた。
「降伏式典も宴会も、ここでやる。裏口のシャッターの鍵を見つけたから開けとく」
「おれ、オブザーバーとして出席するだわ」
猫語を話すモンゴロイドのニャンコ・イビリヤーノも頭上から会話に加わった。
「以上、これを伝えに公民館にいってこい」

片耳が、右肩の乱れた毛並みをぺろんと舌で舐め、ふり返る。
「それから料理よりも、たっぷり酒を用意しろとな」
クロも、シロアシに命じる。
「そうだ、新たに任命した公民館警備隊隊長、鼻黒もどってこないな。なにか情報探ってるか。それとも、捕まって首吊られたあるか」
ニャンコ・イビリヤーノが思いだして問いかけた。

「さあ、見かけませんでしたけど」
シロアシはすまして答えた。
「殲滅隊やられた。警備隊やられた。恥ずかしいの責任者、顏だせないのな。まあ、そのうち帰るな」
「シロアシ、とにかく行ってこい」
クロが命令しなおした。

シロアシはその時、壁の時計を大げさに見あげた。
「そうだ。うららさんですけど、十時半になったらトイレにいく時間なので教えてくれと、頼まれていました。ちょうど十時半なので公民館にいくまえに、教えにいってきます」
片耳もクロも、うららと聞いて警戒心の紐がだらりとゆるんだ。
「そうか、それなら、ちゃんとトイレまで案内してやれよ」

クロは、カウンターで扇子をかかげて踊る笑顔満面のうららを見あげる。
「はい。トイレに案内し、そのまま伝令にむかいます」
そう告げるとシロアシは、デスクの天板にあがり、一気にカウンターの上まで跳ねた。

カウンターのむこう側のサビ猫たちが、飛び入りのシロアシに、わっと歓声。
歴史研究会の若い三匹も語学生も歓声にあわせ、必死に腰をくねらせている。
せまい猫の額の毛先に、汗の玉が光る。清潔そうな若い娘の汗の香り。

シロアシは、得意の足技で小刻みにステップを踏みながら、中央で扇子をかかげて踊る白猫のうららにちかづいた。
うららがふっとシロアシに目をくれる。
合唱隊には加わらないが、部下としていつもクロの側に控えていたすらりとしたサビ猫だ。利用できればと、このシロアシにもハニトラを仕掛けた。

話してみると、かなりまともで純情なようすで、うららをしたう素振りを見せた。
だから一か八かで、知り得た情報を託してみた。ちかづくそのシロアシが、親指と人差し指を丸め、OKのサインをだしてきた。伝令は成功したという合図だ。

さらに接近してきたシロアシの口から、意外な言葉がうららの耳に飛びこむ。
「トイレで八田さんと銀次郎さんが待ってます。ここから逃げだします。おしっこしたくなったふりして下に降りていってください」
ステップを踏んで離れていくシロアシを見守る。

クロの下で走り使いをしている、と自ら語ったシロアシだ。
もしかしたらこれはあぶしではないか、信じていいのかと一瞬迷った。
しかし、自分を見るときシロアシの目に、羨望せんぼうの色があった。
わなを仕掛けたときの、なんでもないよと言わんばかりの無色の光ではない。

ネコの気性がだんだん合ってきたようで、熱い血が頭のてっぺんに登り、渦を巻いていた。その熱気で興奮し、今にもニャオーンと叫び、バンザイ踊りで暴れかねない勢いだ。
しかし、いつまでも踊ってはいられない。
いろいろな情報をつかんだし、そろそろいいかな、とうららは決心し、カウンターの裏側のほうによった。

踊りながら、掲げていた扇子を腰巻の股間にあて、声にださず『おしっこ』と大きく口を開け、クロと片耳に告げてみる。
そうしてつぎに表側にでると、観客に向かい、同じ仕草をした。
そのあとでカウンターの端により、シロアシが待っているフロアの床に飛びおりた。
「こっちです」
シロアシはあわてる素振りも見せず、先に歩きだした。

カウンターが途切れ、ならんでいる接客用の個室の前をとおりすぎた。
通路にぶつかる。そこを左に折れる。警備のサビ猫の姿はない。
頭上にトイレの標識が見える。
そのむこうの廊下のつき当たり、シャッターの下側の隙間に月の光が射している。

トイレにちかづくと、シロアシがぴっと小さく口笛を鳴らした。
うららは緊張した。もしかしたらそれを合図に、警備係が飛びだしてきやしないか。
男子用のトイレのドアが開き、三毛猫の銀次郎と灰猫の八田が姿を見せた。
わあっと嬉しさのあまり、悲鳴をあげそうになった。
もう一ヶ月も二ヶ月も会っていないような気分だった。

銀次郎と八田は、うららの心理などにおかまいなく、二匹そろってこっちと顎をふった。
そして、背後のシャッターのほうに歩きだした。
案内されたシャターの隙間から外にでると、サビ猫たちがひっくり返っていた。
全面降伏のふるまい酒と、明日の戦利品の分配に酔っているのだ。

うららは、ピンクの腰巻を放りだした。
待っていた日ノ元族の三匹の若者に守まれながら、走りだした。
その背後に、三毛猫の銀次郎と灰猫の八田がついた。
幸いまだ誰にも気づかれていない。

「私は、大事な用件があるので、先に公民館まで一気に走ります」
全面降伏式典の場所の変更を伝えに、シロアシは先に跳びだした。
両手足をって疾走するその影が、みるみる月明かりのなかで小さくなった。
                   15章了  

8268
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

処理中です...