4 / 13
ご、ごめんなさい、許してくださいっ!
しおりを挟む嘘……だと、思いたい。
彼がそんなことをするはずがない! そう、思いたい。でも、あたしを真っ直ぐに、狂気染みた笑みを浮かべる奥さんの顔には、前髪で隠されていた……血走った目元には、大きな黒い痣がある。よく見ると、唇だって切れている。離婚届を突き付ける腕には、包帯が巻かれている。
彼の奥さんは働いてもいないのに怠けて、家事の手を抜く……殴られたら、こんなに怪我をしていたら、痛くて動けないのが当然じゃない?
彼が注意をしても、なかなか改善しない……彼の言う、注意の方法ってナニ?
彼の奥さんは、化粧っ気の無い人……怪我をしているのに、傷の上からメイクをする?
彼の前で綺麗でいることを怠る人。服だって、同じのばかり着ておしゃれをしない人……こんな顔で、こんなにあちこち怪我をして、外に出られる? 買い物に行ける?
彼の奥さんは、彼が一生懸命話をしても、聞いてはくれない人……これだけ暴力を振るわれたら、その暴力を振るった人の話をまともに聞ける?
部屋に籠って、彼に怯えて、出て来なくなるのも当然じゃない?
様々な疑問が頭を駆け巡り――――それが、腑に落ちた。落ちて、しまった。
自分で暴力を振るって、怪我をさせて動けなくさせた相手に、家事をすることを求める……強要して、更なる暴力を振るう男が、まともな男であるはずがない。
「ご、ごめんなさいっ!!」
奥さんが……彼のことが酷く怖くなって、あたしは部屋から出ようとした。
「待って!」
けれど、奥さんはあたしの腕を掴んで言った。
「あなたは彼と結婚するんでしょうっ? 彼のことを愛してるんでしょうっ!?」
「そ、それ、はっ……」
「お腹に、彼の子がいるんでしょうっ? 父親のいない可哀想な子にしたくないんでしょうっ? あなたが、わたしを助けてくれるんでしょうっ!?」
ギリギリと、掴まれた腕が強く痛む。
「ひっ! ご、ごめんなさい、許してくださいっ!」
そう言って、奥さんの腕を必死で振り解いて玄関へ向かう。
靴を履くのももどかしく、玄関を開けてバタン、とドア閉める。
そして、一刻も早くここをでなきゃと焦る。
奥さんは、よろよろと歩いていた。きっと、身体中怪我をして痛むんだ。走れるような状態じゃないはず。
急いで、けれど転ばないようにしなきゃ。
最初にここに来たような気持ちは、もう全く無い。
彼は、奥さんに……女に、妊婦に、躊躇うこと無く、暴力を振るうような最低なDV男だった。あたしは、そんな男を好きになって、彼の子供まで妊娠してしまった。
これからどうしよう、早く彼と別れなきゃ。
ああ、彼と結婚するのだと、奥さんと別れさせてあげようだなんて考えるんじゃなかった。
いや、そもそも奥さんがいる人を……いえ、外面がいいだけの暴力男に惹かれた自分を、ぶん殴ってやりたい。深い後悔が胸を襲う。
どうしよう? どうしよう? どうしよう? 彼の子供を妊娠したと判ったときの嬉しい気持ちなんて、奥さんの話を聞いて、サッパリ消え失せた。
今は、どうしたら彼と穏便に別れられるかを考えなきゃ。
ああ、でも……さっきの話が全部嘘で、彼はいつもの彼で、あたしに優しくしてくれるんじゃ……? なんて、そんな妄想染みた馬鹿な考えが浮かぶ。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
20
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
魅了の対価
しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。
彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。
ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。
アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。
淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる