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探検家アイザックの場合。
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「お前に厳しくしたのは、お前の自業自得だ。アイザック。お前が昼日中から城壁クライム制覇なんぞしたせいで、グラジオラス辺境伯城砦は子供でも侵入できるちょろい城だと噂が立った。それで、近隣諸国や他領の阿呆な曲者共がこぞって押し寄せて来たのだ。お陰で、調子こいたどこぞの馬鹿にシュゼットが誘拐されかけるわ、それにキレた道化が曲者を捕らえて拷問すれば、拷問に興味を持ったエステバンとリヴェルドの性格が修正不可能な程に捻じ曲がるわ、ロディウスが超一流の暗殺者になるわ、城の防衛機構の組み換えやら、その他諸々余所との調整にわたしの十年が丸々費やされるわ・・・全く以て、碌なことが無かったぞ。その、尻拭いをわたしにさせた諸々の要因の一端とも言えるクソ餓鬼が、ある程度小突き回しても死なんくらいに成長して、目の前に阿呆面晒して現れて、しかも教えを請う側の生徒のクセに生意気な態度を取るようなら、軽く八つ当りする程度は、可愛いもんだとは思わぬか? なあ、アイザックよ」
アイザックは長年積もった恨みがましい愚痴の言葉に、十分に気温が低くて涼しい筈の洞窟内で、ダラダラと冷や汗を垂らしながら賢者の後ろを歩く。
それらの出来事が自分のせいではないと言える程、アイザックは厚顔無恥でも恩知らずな愚か者でもない。
「全く、本来ならベアトリスにわたしの剣を教えるつもりは無く、あそこまで強くする予定も無かった。そして、曲者の対応に追われて長時間放置されなくば、シュゼットもまだ常識的な本好きで済んでいただろう。エステバンとリヴェルドも、あれ程壊れはしなかったやもしれん。ロディウスもまた、戦士や狩人程度で収まっていただろうよ。まあ、言うても詮無きことではあるがな? 元はと言えば、悪いのは全て、面白がってお前を止めなかった道化の阿呆だからな。お前に責任を取れなどとは、言わんさ。取れる筈も無かろうし」
洞窟内に反響するテノールが、グサグサとアイザックの良心と罪悪感を抉って行く。
「・・・すみませんでした!」
幼い頃の無謀な行動。その余波が齋した思わぬ影響の数々に耐えきれなくなり、アイザックは深く頭を下げる。
アイザックの脳裏に浮かぶのは、危ない連中だと思っていた数名の幼馴染達。彼らが危なくなった要因が、自分であるなどとは考えたこともなかった。
「別に、わたしに謝らんでもよいわ。お前の謝罪なんぞ、なんの役にも立たん。たらればを言うても切りは無く、全くの無意味。これは単なる八つ当りだ。程よく罪悪感に苦しめ、阿呆餓鬼が」
その言葉にアイザックが悄然と俯くと、
「・・・」
ふっとテノールが笑った。
「・・・どの道、あれらにはああなるような素養が元々あったのだ。まあ、少々おかしいくらいの普通であったなら・・・という、わたしの感傷に過ぎんよ。そんな夢想も、悪くはなかろう? では、後で運んでもらおうか。アイザック」
足を止めた賢者が燭台で照らす先には、樽や瓶が沢山置かれていた。
「ほれ、そこに置いてある荷車で運ぶがよい」
賢者が示した壁際には、荷運び用の台車が一台立て掛けてある。
「・・・運べ、と?」
「別に強制はせんよ。元々わたし一人で運ぶつもりであったからな」
「・・・運ばさせて頂きます。で、これを全部とか言うのか?」
見えている分だけで、如何にも重たそうな大きな樽が十程。瓶はざっと五十程はあるだろうか?
「いや、瓶は三十程でいい。まあ、布での梱包が先ではあるがな」
「わかった。ところで、わざわざこんな辺鄙どころか秘境の禁域に保管するくらいに、価値のある酒なのか? これは」
「さてな? わたしが造った蜂蜜酒を蒸留したものだ。まあ、原料が稀少な蜂の蜜ではあるから・・・底値でも、一瓶金貨以下には下るまい」
「マジかっ!?」
「ああ、姫への土産だ」
「え? あの姫さん、酒飲むのか?」
どう見ても十代半ばより上に見えない、誇り高き童顔なレディの顔が思い浮かぶ。
「姫はああ見えて笊の蟒蛇だ。相当飲む」
「・・・まあ、それはいいんだが、どうやってこれ麓まで運ぶ気だ? 背負って崖を下るのか?」
「そんな重労働誰がするか、阿呆。飛ぶわ」
「は? どうやって?」
「文明の利器があろうに?」
「文明の利器?」
「なんなら、乗せてやってもいいぞ?」
金色の瞳がキラリと煌めいた。そのイタズラっぽい笑顔は、どこか道化と似ていた。
「いや、賢者。俺はこの山を制覇したい」
と、アイザックは断った。
「そうか。それは残念だ。まあ、わたしは後三日程はここで酒の世話をする。その間にお前が落ちて死んだら、墓くらいは建ててやろう」
「不吉なお気遣いどうも」
こうして酒の梱包をして洞窟で賢者と泊まった翌日。アイザックは食料や水、酒を分けてもらい、竜が住むという霊峰ロンジュの山頂を制覇した。
ちなみに、竜と出逢うことはなかった。影も形も見当たらなかった。
そして、山頂から戻ると賢者に扱き使われた。
__________
賢者が色々愚痴ってます。
アイザックは長年積もった恨みがましい愚痴の言葉に、十分に気温が低くて涼しい筈の洞窟内で、ダラダラと冷や汗を垂らしながら賢者の後ろを歩く。
それらの出来事が自分のせいではないと言える程、アイザックは厚顔無恥でも恩知らずな愚か者でもない。
「全く、本来ならベアトリスにわたしの剣を教えるつもりは無く、あそこまで強くする予定も無かった。そして、曲者の対応に追われて長時間放置されなくば、シュゼットもまだ常識的な本好きで済んでいただろう。エステバンとリヴェルドも、あれ程壊れはしなかったやもしれん。ロディウスもまた、戦士や狩人程度で収まっていただろうよ。まあ、言うても詮無きことではあるがな? 元はと言えば、悪いのは全て、面白がってお前を止めなかった道化の阿呆だからな。お前に責任を取れなどとは、言わんさ。取れる筈も無かろうし」
洞窟内に反響するテノールが、グサグサとアイザックの良心と罪悪感を抉って行く。
「・・・すみませんでした!」
幼い頃の無謀な行動。その余波が齋した思わぬ影響の数々に耐えきれなくなり、アイザックは深く頭を下げる。
アイザックの脳裏に浮かぶのは、危ない連中だと思っていた数名の幼馴染達。彼らが危なくなった要因が、自分であるなどとは考えたこともなかった。
「別に、わたしに謝らんでもよいわ。お前の謝罪なんぞ、なんの役にも立たん。たらればを言うても切りは無く、全くの無意味。これは単なる八つ当りだ。程よく罪悪感に苦しめ、阿呆餓鬼が」
その言葉にアイザックが悄然と俯くと、
「・・・」
ふっとテノールが笑った。
「・・・どの道、あれらにはああなるような素養が元々あったのだ。まあ、少々おかしいくらいの普通であったなら・・・という、わたしの感傷に過ぎんよ。そんな夢想も、悪くはなかろう? では、後で運んでもらおうか。アイザック」
足を止めた賢者が燭台で照らす先には、樽や瓶が沢山置かれていた。
「ほれ、そこに置いてある荷車で運ぶがよい」
賢者が示した壁際には、荷運び用の台車が一台立て掛けてある。
「・・・運べ、と?」
「別に強制はせんよ。元々わたし一人で運ぶつもりであったからな」
「・・・運ばさせて頂きます。で、これを全部とか言うのか?」
見えている分だけで、如何にも重たそうな大きな樽が十程。瓶はざっと五十程はあるだろうか?
「いや、瓶は三十程でいい。まあ、布での梱包が先ではあるがな」
「わかった。ところで、わざわざこんな辺鄙どころか秘境の禁域に保管するくらいに、価値のある酒なのか? これは」
「さてな? わたしが造った蜂蜜酒を蒸留したものだ。まあ、原料が稀少な蜂の蜜ではあるから・・・底値でも、一瓶金貨以下には下るまい」
「マジかっ!?」
「ああ、姫への土産だ」
「え? あの姫さん、酒飲むのか?」
どう見ても十代半ばより上に見えない、誇り高き童顔なレディの顔が思い浮かぶ。
「姫はああ見えて笊の蟒蛇だ。相当飲む」
「・・・まあ、それはいいんだが、どうやってこれ麓まで運ぶ気だ? 背負って崖を下るのか?」
「そんな重労働誰がするか、阿呆。飛ぶわ」
「は? どうやって?」
「文明の利器があろうに?」
「文明の利器?」
「なんなら、乗せてやってもいいぞ?」
金色の瞳がキラリと煌めいた。そのイタズラっぽい笑顔は、どこか道化と似ていた。
「いや、賢者。俺はこの山を制覇したい」
と、アイザックは断った。
「そうか。それは残念だ。まあ、わたしは後三日程はここで酒の世話をする。その間にお前が落ちて死んだら、墓くらいは建ててやろう」
「不吉なお気遣いどうも」
こうして酒の梱包をして洞窟で賢者と泊まった翌日。アイザックは食料や水、酒を分けてもらい、竜が住むという霊峰ロンジュの山頂を制覇した。
ちなみに、竜と出逢うことはなかった。影も形も見当たらなかった。
そして、山頂から戻ると賢者に扱き使われた。
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賢者が色々愚痴ってます。
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