誰が為の異端審問か。

月白ヤトヒコ

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さあ、終幕のアリアを歌うとしようか?

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 薄暗い倉庫の中。

 報告書を読んでいたアクアマリンの瞳が、

「もう少し、見ていたかった気はするが・・・」

 ニヤリとわらう。

「悪趣味な」

 吐き捨てるのは低い声。

「私が悪趣味なのは周知のことだろう?それを承知で、お前はここにいる。違うか?」
「・・・」

 返らない返事に、アルトの声は言い募る。

「まあ、それは今、どうでもいい。そろそろ、このたのしくも猥雑で、醜悪なる見世物へ幕を引くとしよう。多少の暇潰しにはなったが、これ以上はもう目障りだ。が、遠く血を分けた姉妹の為に、な?さて、準備をすることにしよう」

 と、小柄な影が着ていた服を脱ぎ捨てる。シャツとズボンをコンテナへの上へ投げ、晒されるのは、真白い肌。

「貴方には、羞恥心というものが無いのか?」

 衣擦きぬずれの音に目を逸らす低い声。

「なんだ?こんな子供の身体に欲情するか?」

 揶揄からかうように笑みを含むアルト。

「誰がするか。慎みを持てと言っているんだ」
「我が種族は淫蕩いんとうで有名だぞ?男を誘いたぶらかし、文字通り・・・・、食い物にするモノ達だよ。更には、頭が軽くて尻も軽い。それはそれは、残念な程に」

 呆れ混じりの苦笑に、

「・・・そういう問題じゃない」

 低い声がムッと返す。

「言われてもな?まあ、私個人は淫蕩ではないし、頭もそう悪くない方だと自負しているが・・・」
「貴方の頭が悪いと言うのなら、大抵の連中は馬鹿ということになる」
「買い被り過ぎだ。私は多少、物識ものしりなだけだよ。ともあれ、あの服を着ていると、少々都合が悪いのだから仕方無かろう」
「本気、なのか?」
「ああ、本気を出す。もうワンピースは着たぞ」

 着替え終わった子供が言う。サイズの合わない簡素なロングワンピースに裸足姿。黒一色の絹織布に、白くなめらかな肌がよく映える。

「水は?」
「用意した」

 低い声の主がボトル缶を手渡し、ワンピース姿の子供がそれを一息にあおって空にする。

「ふぅ…単なる塩水か。まあ、鉱毒で臭くて不味い水より、多少はマシという程度だがな?塩化ナトリウム以外のミネラル分が薄い」
「文句を言うな。内陸部で海水は手に入らない」
「ならば、やはりミネラルバランスを自分でいじった方がいいのかもしれんな…」
「自分でできるなら、最初からそうしろ」
「ちなみに、鉱物ミネラルを用意するのはお前だ。既にる物を省くことは可能だが、無い物は作れんよ。素材が無くば、話にならん」
「却下だ。手間が掛かる」
「やはり、そう言うか。…どこぞの姫君に鉱物ミネラル結晶の精製を頼みたいところではあるが、私は上からじかに、そして厳重に姫君への接近禁止を言い食らっていてな。どうにかして、お近付きになりたいと思っているのだが・・・やはりそれは、難しいだろうか?」
「それはやめろ。本気で。白金の姫君は頭領夫妻の養い子…というか、実子以上に可愛がっている愛娘だという話だ。貴方みたいな解剖マニアの危険人物を近寄らせる筈がないだろ。無理を通そうとすれば、露骨に援助が減らされるぞ」
「それは困る。の姫君はとても興味深い存在なのだがな?ならば仕方無い。超硬水と湖塩こえん…または、良質な岩塩でもいい。それならばお前にも、入手できなくはない筈だ」
「考えておく。・・・それで、これからどうなる?」
「さて?ハッピーエンド、とは行くまいよ」
「・・・」
「どうした?不満そうだな。情が移ったか?」
「・・・貴方は、どうなんだ」
「ふむ・・・どうだろうな?しくも、血を分かった遠き姉妹は、私の探しモノに、近いモノではある」
「探しモノ自体ではない、と?」
「私が探すのは、我が同胞の望まぬ・・・一部。の姉妹は、同胞が望み・・、繋いだ結果となる。われらから与えられしモノへは祝福を。されど、われらから奪いしモノへは報復を。それが、我が一族のおきてだ。くして、望まれし結果・・・・・・は回収するにあたうか・・・」

 瞑目するアクアマリンの瞳。小さく、祈るように呟いた声は、そこだけが真摯だ。

「願わくば、遠き我が姉妹には平穏を」

 そして、白い爪先が歩を進める。倉庫から出て、

「さあ、終幕のアリアを歌うとしようか?まずは、声の調律から・・・」

 澄んだアルトの声が緩やかに発声を開始する。

「ラーーーーーーーーー♪」

 小さく低かった声から、徐々に高く。伸びやかに。艶やかに響くロングトーン。

 澄んだアルトの声の音域が、高く高く上がって行き、やがてソプラノを越えて・・・

※※※※※※※※※※※※※※※

「!」

 ハッと目を覚ます。
 飛び込んで来たのは、見知らぬ天井。

「?」

 ベッドの、上。ここは?
 確か、オレはライと話してて・・・?
 食事中に、眠くなったんだ。
 寝てた…んだろうな。

 ここは、ライの泊まっている宿屋だ。

「?」

 部屋を見回すが、ライがいない。
 どこへ行ったんだ?

 けど、それ以上に気になることがある。

「・・・」

 唄が、聴こえる。
 歌詞ことばの無い、唄が。

 呼んで…いる、のか?

※※※※※※※※※※※※※※※

 行かなきゃ、いけない。
 呼んでいる。
 呼ばれている。

 誘う声がする。

「ホーリー君?どこへ行くんだ?」

 警察のおじさんが聞く。
 しかし、そんなのはどうでもいい。

 行かなきゃ・・・

※※※※※※※※※※※※※※※

「・・・?ぅわ…ウソでしょ?あのヒトが歌い始めた…ああ、急がなきゃ!」
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