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赤い瞳の姫君

これは・・・熊ですね。

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 ヴァンが城を出て、二時間は経った頃。

 ヴァンとラルフの二人は今、行方不明の子供、クランを探して夜の森の中へ分け入っている。
 鬱蒼うっそうと生い茂った森は、松明の灯りを吸収し、数メートル先には闇が広がる。

 ざわざわと揺れる梢に虫の声。様々な音が闇の中にひしめいている。

 そして、歩く度にリンリンと音を奏でるのは、ヴァンとラルフの腰へ下げられた鈴の音。夜でも行動する熊避けとして鳴らしている。

 鈴の音である程度熊は避けられるが、狼へは効果が無いのだが・・・

 森の中で出遭うと、より厄介なのは熊よりも狼の方だろう。狼の怖いところは、集団で狩りをするところ。
 奴らは群れで獲物を追い回し、仕留めるまで、どこまでも追い続ける。
 統率の取れた動きに、三日以上走り続けられるスタミナと執念深さ。

 ヴァンは自分一人ならどうとでもなると思っているが、生憎、今はラルフという連れがいる。
 しかも、人探しの最中だ。

 こればかりは、猛獣へ遭遇しないことを祈るしかないか・・・と、ヴァンは内心で呟く。

 そのヴァンの後ろを、文句も言わずに付いて来るのは、人のよさそうなお兄さんことラルフ。
 マイヤーも付いて来ると言い張ったのだが、森を歩き馴れていない中年男性に夜の森は危険過ぎる。
 足手まといになると判断したヴァンが、村の境界で待機するようマイヤーを言いくるめた。

 ゴロツキ未満Aは「怪しい場所がないか、村を見て回る」のだそうだ。アレに付いて来られるのも迷惑だから、ヴァン的にはありがたかった。

 一応、朝から夕方に掛けて森の中を捜索はしたらしいが、クランは見付けられなかったらしい。
 まあ、たかが数時間で森の中を全て見回れる筈もない。ざっと見渡しただけだろうから、絶対に見落としがあるとヴァンは思っている。
 つまりヴァンは、彼らが見落とした場所、または探せていない場所を探せばいいのだ。

 盲点になる場所を、ヴァンは子供の視点でじっくりと考えてみる。

 子供が入り込みそうな隙間。
 落ちそうな穴。
 木のうろ
 動物の巣穴。
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・
 ・・・

 考えながら歩いていると、ザックリと深くなにかに抉られたような大きな木を発見した。

「これは・・・熊ですね」

 熊が自分の縄張りを示す為に、木へ爪痕を残したマーキング。しかも、まだ新しい。生木の匂いがぷんと辺りへ強く漂っている。

 そして、爪痕の深さからして、なかなかに凶暴そうな熊に思える。

「今日は、この辺りを探しましたか?」
「いえ、熊の縄張りは危険だと・・・この辺りは避けました」

 少し震えたようなラルフの声。

 ヴァンはふっと上を見上げた。

「そうですか。では、ラルフさん。少し、この荷物を持っていてください」
「え?」

 そして荷物と松明をラルフへ押し付けると、

「あ、あの?」

 ヴァンはマーキングされている木へ登った。

 幹が太くて登り易く、するすると上の方へ向かう。と、木にうろが空いていた。

 ヴァンがその虚を覗くと、

「っ!?」

 暗闇から押し殺した悲鳴がした。

「クラン・マイヤー君ですか?」

 虚の中で僅か身じろぎの気配。

「あなたを探しに来ました。そろそろ、お家へ帰りませんか?」

 差し出したヴァンの手に、小さくて冷たい手がそっと重ねられた。

「さあ、出ましょう」

 震えるその手を引き、クランを穴から引っ張り出す。と、ヴァンは少し考え、

「・・・失礼。少し我慢してくださいね?」

 クランを小脇へ抱えることにした。
 クランを背負うと両手が空くが、震え続けている手ではヴァンへ掴まっていることが厳しい。
 そしてヴァンはクランを小脇に抱え、片手で慎重に木を降りて行く。ある程度の高さまで降り、ヴァンは下を確認して、手を放して枝を蹴った。

「ひぃっ!?」

 小さな悲鳴と共に、トン!と着地。

「なっ!? あ、危ないじゃないですかっ!?」

 抗議するラルフへ、

「見付けました」

 ヴァンはクランを見せた。

「っ!? クランっ! よく無事でっ!?」

 ラルフは、とても嬉しそうにクランの肩をポンポン叩き、無事を喜んだ。
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