私の国宝と巡る二十五日間の旅

青西瓜

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【03 民宿木瀬】

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・【03 民宿木瀬】


「ここが従業員の休憩所ねぇ」
 そう言って座ることを促してくれた鶴子お姉さん。
 そこから仕事の説明に入った。
 民宿は基本午前中が忙しいという話で、帰った人の部屋を片付けて、シーツなどは剥いで洗濯して、お風呂や民宿内の掃除、洗濯物が乾いたらまたシーツに付けて、布団などは畳んで準備しておく。
 これを全部午前中のうちに済ませ、鶴子お姉さんや藤介おじさんは夕食を作るんだけども、そこからは私やヨータ、鱗マンさんやウェイラさんも自由。
 このタイミングで私はヨータへ、
「というわけで午後から毎日一ヵ所ずつ国宝を巡ろうって話なんだ、一度に巡ると大変だから同じような場所でも一ヵ所ずつね」
 ヨータはコクンと頷いた。
 う~ん、新幹線内では会話できていたのに、周りに人がいるせいか人見知りが発動しちゃってちゃんと会話できないなぁ、と思っていると、鱗マンさんが、
「ほな、ホンマは一緒に親交深めたいとこやけども、俺らがいるとヨータくんも本音出せへんもんな。鶴子お姉さん、二人をそれぞれの部屋にさっさとつれとって、俺らは別々で仕事や。話し合い済んだらこっちと合流して仕事余とったら一緒にやるで。まあシーツ付ける動作くらい高校生なら自分の部屋の分やったことあるやろ。いちいち教えるようなこともないわ」
 そう言って立ち上がって、チラリとヨータのほうを見てから、
「全然帰ってもええんやで。その話し合いの時間やからな」
 と言ってそのまま休憩所から出て行った。デキるお兄さん過ぎる……!
 藤介おじさんが、
「じゃじゃー、住み込みの部屋を案内するねー」
 と立ち上がったので、私とヨータもそのままついていった。
 二階に上がり、その一番奥の部屋が私の部屋で、その手前がヨータの部屋だった。
「ゆにちゃんとヨータくんの部屋のシーツは毎日洗わないけどー、それでいいよねー?」
「はい! 大丈夫です!」
 と答え、ヨータも頷き、それを確認した藤介おじさんは優しい笑顔でバイバイしながら一階に降りていった。
 なんとなしに私とヨータはヨータのほうの部屋に入り、さて、というか、
「ゴメンなさい! 全然何も言わないでいて!」
 と私がものすごい速度で(音速まであと少し)頭を下げると、ヨータは座ることを促す手の動作をしながら、ヨータ自身はもう座って、一息ついた。
 私はヨータの対面になるように座ると、ヨータが口を開いた。
「正直、薄々感じていたよ、二泊三日ではないって」
「えっ!」
 と私が生返事してしまうと、ヨータは続けて、
「京都まで行って二泊三日のはずないじゃん、下着を洗って穿いてを繰り返す最小の数の時点で多分そうなんだろうなって思ったよ」
「じゃ! じゃあ! 何であんなビックリしている感じだったのっ? うっすら感出してよ!」
「それはぁ……従業員の、ウェイラお姉さんと鱗マンさんの勢いに押されて……雰囲気に呑まれてと言うか……それもダサいんだけどもさ……」
「いやまあそれは私も結構すごいなと思ったけども、特にウェイラお姉さんのほう」
「うん、だから、その、別に、長丁場はある程度覚悟していたことだからさ、これからよろしくお願いします」
 と頭を軽く下げたヨータ。
 いや、というか、
「怒ってない……?」
「むしろこういう機会をくれて感謝しているよ、ほら、その、僕もこのままじゃダメだとは思っているからさ……」
 とまるで叱られきった子犬のような表情をしたヨータ。
 いや別にこっちは何もヨータの人生を怒っていないし、むしろこっちが怒られるターンだと思っていたんだけども、それならば、
「じゃじゃあ騙して連れてきたこと自体は本当にゴメンだけども、これからこちらこそ(こつらこそ)よろしくね!」
「ありがとう、ゆに。その、足引っ張るかもだけども」
「ありがとうはこっちの台詞だよ! 私本当にヨータと一緒に旅行したくて!」
 するとヨータは優しく微笑みかけながら、
「僕もゆにと一緒なら嬉しいよ」
 と言ってくれて、何かもうめちゃくちゃテンションが上がった。
 というわけで話し合いも終了したところで、二人で一階へ降りると、大量のシーツを持った鱗マンさんがいて、
「もう終わったっ? ヨータくんはホンマもう大丈夫っ?」
 するとヨータがまた人見知り発動したように俯きながらも、
「あの、はい、二十五日間よろしくお願いします」
 と答えると、矢継ぎ早に鱗マンさんが、
「ホンマやねんな! めっちゃ嬉しい! この職場男性陣が肩身狭くてキツかったんや! 早速ヨータくん! 二人でシーツ付けにいこや!」
 いや早速というか急過ぎるのでは、鱗マンさんは良い人そうだけどもヨータがさすがに可哀想と思って、
「あの! 私も一緒でいいですか! まず鱗マンさんのシーツ手慣れ具合も勉強したいですし!」
 と声を掛けると、鱗マンさんが、
「確かにウェイラとペアじゃ勉強でけへんもんな、ウェイラも今は鶴子お姉さんにこっぴどく叱られている最中やし。ほな、三人でやろかぁ!」
 と笑顔で言ったんだけども、何か今の一文、情報量が多過ぎでは?
 ウェイラさんはシーツの付け方が下手ということ? そして叱られているということ?(こっちは確定だね)
 鱗マンさんは鼻唄を吹きながら、上機嫌そうにまず手前の部屋に入っていった。
「ほな、シーツは二人でやると簡単やから、まずはまあヨータくん、向こうの角っこ抑えてて」
 と伸ばしたシーツをヨータに渡すと、ヨータはすぐに四隅のうちの一つの角を持った。
 すると鱗マンさんが、
「頭ええ子はすぐ分かるもんやなぁ」
 と感心するように言ったんだけども、これは私でも分かるなぁ、とは思った。
「んでこっちから入れとくでぇ」
 と言いながら動く鱗マンさんに合わせて、ヨータも動くと、鱗マンさんがちょっとビックリするような顔をしてから、
「息ぴったりやん! もうウェイラとやる時の二倍、いや! 六倍や!」
 そんなにウェイラお姉さんって仕事できないのかな……ちょっと心配になった。
 その後、私とヨータで交互にシーツ付けを手伝い、最後の部屋では私とヨータで付けたところで、
「二階はもうヨータくんとゆにちゃんにお任せでええわ! んで掃除の時間をたっぷり掛けられそうやわ!」
 そう言ってサムズアップした鱗マンさん。
 とにかく鱗マンさんが良い人なのは良く分かった。あと仕事も手早い感じがする。
 いやそんな鱗マンさんの脳内評価はどうでも良くて、
「では次は掃除の仕方も教えてください!」
 するとヨータもまだ少したどたどしい感じだけども、
「えっと、あの、掃除、どこをどうすればいいか、ご、ご教授頂けると有難いで、す……」
「OK! OK! 何でも教えたるわぁ!」
 その後も鱗マンさんから仕事を教えてもらって、それをこなす度にめちゃくちゃ褒めてくれて、自己肯定感は一気に上がった。
 一段落ついたところで、私とヨータと鱗マンさんで受付の部屋に入ると、鱗マンさんがクーラーを付けながら、
「いやぁ、めっちゃ仕事デキるやん! 俺が高一の頃、絶対そんなん無理やったわぁ!」
 と豪快に笑いながら言って、良いお兄さん感半端無かった。
 でもここからパーソナルな話になったら、どうしようと思っていると、鶴子お姉さんがこっちの部屋に顔を出して、
「みんなそろそろ懇親会ぃ……あれぇ? ウェイラはぁ? トイレぇ?」
 と小首を傾げた。
 鱗マンさんはキョトンとしながらも、
「ウェイラなんて、一度も一緒ちゃうわ。いやそんなことより、ヨータくんもゆにちゃんも仕事えげつないわ! 二十五日間で帰すのなんてもったいないわ!」
 と喋りながら徐々に興奮していったように、最後のほうはデカい声でそう言った鱗マンさん。何か嬉しい。
 ただそんな鱗マンさんとは反比例するかのように、鶴子お姉さんの顔が曇っていき、
「ウェイラ、アイツ、またバックレぇ……」
 と小さな声で、唇を震わせながら言った。
 鱗マンは受付のイスから急に立ち上がり、
「いやいやいやまあ! 俺がいつものとこ行くんで! 連れてくるんで! 鶴子お姉さん! 笑顔で! 笑顔で懇親会しましょうや!」
 と言って走って受付の部屋から出て行った。
 ウェイラさんって、かなりの問題児系……?
 鶴子お姉さんはぐっと歯を食いしばったと思ったら、急に笑顔になって、
「まあ懇親会と言っても、この民宿でやるからねぇ!」
 とその上げた口角がむしろ怖かった。
 クーラー効いてないんじゃないかなと思うくらい、何か暑い、ヤバイ。
 付けたばっかりだからと自分の中で言い訳していると、藤介おじさんも顔を出して、
「じゃあ受付は、あとでぼくがやるから、とりあえず鶴子とゆにちゃんとヨータくんはこっちの食堂に来てよ」
 と手招きしてくれたので、私とヨータはそのままついていき、鶴子お姉さんはそのまま受付の部屋に残った。
 何でだろうと思っていると、受付のほうから「おりゃぁぁぁああああ!」と叫び声が聞こえて、バックアタック過ぎると思った。
 食堂のテーブルには既にお蕎麦や天ぷら、寿司までも乗っていて、美味そう(びみそう)だ。
 藤介おじさんに促されるまま席に座ると、玄関の開く音がして、二人分の足音が聞こえた刹那、
「ウェイラは一旦こっちぃぃいいいいいいいいい!」
 という鶴子お姉さんの声が聞こえて、ガクガクぶるぶる(ガクぶる)(学が無いからブリュッセル行けないの略)になってしまった。
 食堂に一人でやって来た鱗マンさんの顔は妙に真顔でそれはそれで怖かった。
 でもヨータや私を見るなり、すぐに笑顔になって、
「豪華やん! 早速食べ放題やで!」
 と嘘過ぎる関西弁でヨータの席の前に座った。
 座るなりすぐに鱗マンさんが、
「んで二人はどういう高校通ってんの? 普通科?」
 と早速パーソナルな質問がやってきて、どうしようと思っていると、ヨータが、
「普通科です。僕もゆにも同じ高校で普通科です」
 と事実だけをさっくり答えて、あっ、インテリっぽいと思った。
 矢継ぎ早に鱗マンさんが、
「部活、いや部活入っとったら旅行せぇへんか。何か趣味とかあんの?」
 と聞いてきて、ここは私が、と思って、
「友達と遊ぶことです!」
 と答えると、鱗マンさんがうんうん頷きながら、
「ほな、ゆにちゃんとヨータくんは友達、なんやな?」
 と言ったところで鶴子お姉さんとウェイラさんがやって来て、鶴子お姉さんが手をパンパン叩きながら、
「はいはいぃ、野暮野暮ぉ」
 と言いながら、私の隣に座った。
 鶴子お姉さんの手が合わせるごとにウェイラさんは肩をすぼめて、何かもうパンという手の合わさる音にビビってる感じだった。
 鱗マンさんは少しばつが悪そうな顔をしながら、寿司に手を伸ばして黙り、鶴子お姉さんが、
「じゃあ仲良くなるための懇親会! スタート!」
 と元気良く言ったんだけども、その快活な声が逆に怖かった。
 ウェイラさんは私と対面で、鱗マンさんの隣に座ったんだけども、すぐにイスを鱗マンさんから少し離した。
 それを横目で見ていた鱗マンさんが少し嫌そうな顔をした。
 懇親会と言っても基本的にただ食べるだけだったんだけども、鱗マンさんのスベらない話をめっちゃ聞いた。この人、よく喋るなぁ。落語では?(ほぼ落語だね)(落語家みたいな後光差してたし)。
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