私の国宝と巡る二十五日間の旅

青西瓜

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【10 銀閣寺】

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・【10 銀閣寺】


「アカン、アカンで、ホンマ」
 しきりに小声で鱗マンさんが呟いている。
 いつも元気印って感じで明るい鱗マンさんが、鬱蒼としている。
 一体何があったか聞きたいけども、そんな距離を詰めていいものか、と思いながら午前の仕事をしていると、仕事が終わったところで鱗マンさんから話し掛けてきた。
「アカン、ホンマアカンとは思とるねん、でももう衝動が止まらんのや」
 何事かと思って身構えてしまうと、鱗マンさんが泣きそうな顔でこう言った。
「二人の国宝巡り旅行、連れてってくれへんか……お金は全部出す、パァーっと遊ばないとやってられへんねん……」
 思っていたこととは正直違ったけども(本命は落語のように塀壊した)(墨汁ぶちまけ事件の犯人、俺でした、が、大穴)、
「全然良いですよ、でも何があったんですか?」
 と聞きやすい感じになったので、聞いてみると、
「彼女にフラれたんや……」
 と言って俯いた。その場にヨータもいて、なんとなくいたたまれない表情になっていた。
 するとちょっと遠くにいたウェイラさんが、
「OH! でもそのことはむしろ歓迎するわ!」
「なんでやねん! 何でフラれたことが歓迎やねん!」
「だって鱗マンの彼女って一回会ったことあるけど、めちゃくちゃ嫌な感じだったじゃない!」
「ハッキリ言うなや!」
「で、ゆにちゃんとヨータの旅行についていくって結局あれでしょ? 自分の大学の友達からも『アイツとは早く別れろ』と言われていて、そんなヤツと別れての傷心遊びなんて誰も付き合わないってことでしょ!」
「何で分かんねん! ウェイラちょっと勘良すぎるやろ!」
「あの彼女見れば大体分かるし! アタシって真実しか言わないから!」
 そう言い合ってウェイラさんはそのまま帰宅していった。
 何か、まあ、全部分かったのでウェイラさん、サンキュー。
 とにかく、と私が改めて言おうとしたところでヨータが、
「鱗マンさんも一緒に来てくれると嬉しいです。楽しいと思います!」
 と快活に言って、ヨータがいいんだったらなおさらいいと思って、
「私も歓迎します! 今日は銀閣寺に行こうと思っています!」
 すると鱗マンさんは感動ホロリといったような面持ちで、
「ホンマか! ありがとう! ウェイラが言った通りこの傷心に対しては誰も相手にしてくれへんねん! 恩に着る!」
 余程酷い彼女だったんだなぁ、でも鱗マンさんは好きだったというわけで。好きって奥深い。
 私は普通にヨータが好きだけども、でもまあウェイラさんの視点で言うと、引きこもりはNGみたいなこと言っていたなぁ。
 でももうこんだけ一緒に旅行していたら、引きこもりでもなんでもないよね。
 高校では一応同じクラスなわけだから、夏休み終わったら普通に一緒に登校できると思うし。
 というわけで、私とヨータと鱗マンさんで、電車に乗った。デート感は薄いけども、たまにはこういうのもいいかもっ。
 移動中は相変わらず鱗マンさんのエピソード落語。今回は彼女との話ばかりだった。何かどれもこれも鱗マンさんが酷い目に遭っている。
 最初笑っていいのか迷ったけども、マンキンで「せめて笑ってや!」と電車の中でも大声言って、じゃあ笑おうと思った。
 何か最終的にその車両のお客さん全員で鱗マンさんの話を聞いて、私たちが電車を降りる時、自然と拍手が巻き起こった。本物の、お金をとれる落語だった。
「あー! いっぱい喋ったら腹減ったわー! まずはご飯やなー!」
 鱗マンさんは思ったよりも元気いっぱいですごく楽しい。どうやら電車でめちゃくちゃウケを頂戴して、かなり自己肯定感が上がっているらしい。
 ヨータは笑顔で、
「鱗マンさんの話は本当に面白いですね」
 と屈託の無い表情で言って、さらに鱗マンさんは鼻高々といった感じ。
 私もヨータに習って(というか実際にそうだったし)、
「鱗マンさんの落語はお金とれるくらい面白いです!」
 と言った瞬間、鱗マンさんはピタッと足を止めて、一体何なんだと思っていると、
「落語……俺の喋りは落語か……めっちゃ嬉しいわ!」
 と目を輝かせながら私のほうを振り返って、合ってたんだとは思った(最悪振り返った勢いで腰を入れたパンチを喰らうと思っていた)。
 鱗マンさんはもう軽くスキップをしながら移動していた。大学生のマンキン・スキップ、初めて見たかも。
 私は予定通り、とろろ茶そばのお店を選び、みんなで入店した。
「聖護院三つで」
 と私が注文すると、鱗マンさんが、
「なんやねんソレ……それも超絶うっらメニューというヤツか?」
「まあ、まるで別の世界線ですけども。そんな裏が跳ねないですけども」
「まさかこの辺に住んでる俺よりも詳しいとはなぁ、ホンマよく調べてきたんやなぁ」
 そう言いながら水を一口飲んだ鱗マンさん。
 私は頷きながら、
「はい、だってヨータとの旅行、本当に楽しみにしていましたから」
 するとヨータが照れ笑いを浮かべながら、
「ありがとう、ゆに。ゆにのおかげで今こうやって、こんな遠くに来れているんだ。それに鱗マンさんと出会うこともできたし」
 そう鱗マンさんのほうへ軽く会釈をすると、鱗マンさんは感動といった面持ちになり、
「ホンマええ子過ぎて! 今! 二人の旅行邪魔しとるの! めっちゃ後悔してきた!」
 矢継ぎ早にヨータが、
「いえいえ、鱗マンさんの話が聞けて楽しいですし、今日は鱗マンさんと一緒で本当に良かったと思っていますっ」
 私も、と思って、
「そうですよ! なんせお金も出してくれるって言うしぃ!」
 と冗談っぽく言うと(でもお金を出してくれることが嬉しいのはガチ)、
「ええ子過ぎるやろ! 今日は俺の情けない話、秘蔵のヤツも出すでぇ!」
 秘蔵の情けない話はむしろ悲しい話では? とは思ったけども、そこは明るくスルーした。
 そんなこんなで、とろろ茶そばの裏メニュー、聖護院だいこんのみぞれつゆが届いた。
「なんやこれ! めっちゃ白い! 雪やん! 美しっ!」
 とろろが掛かった茶そばを、聖護院だいこんのおろした、みぞれが入っためんつゆで頂く料理だ。
 まずはとろろの掛かっていない茶そばを持ち上げて、みぞれつゆにつけて食べた。
 うんうん! 鼻に抜けるみぞれの辛みと香り! 後味は茶そばで本当に爽やかな料理だ!
 めんつゆは少し甘めながら、それぞれの風味を邪魔しない味で、本当に美味しい。
 ヨータはニコニコしながら、
「とろろも新鮮って感じですごく美味しい、またとろろとみぞれも合いますね、喉越しが本当にスッキリしている」
 鱗マンさんは目を皿にしながら、
「ホンマめっちゃ旨い! いくらでも食えるわ! 百皿いけるわ! ホンマに!」
 自分が選んだ店をこんなに喜んでもらえて嬉しいなぁ、と思った。
 三人で思い切りたいらげて、店を後にした。
 すると鱗マンさんが興奮しながら、
「こんな楽しい旅しとるってホンマええなぁ! これはめちゃくちゃ勉強になるでぇ!」
 鱗マンさんもどうやら料理するみたいなので(元カノから無理やり料理させられていたことから起因するみたいだけども)勉強って考えるのか、分かる。
 私は柏手一発叩いてから、
「じゃあ銀閣寺に行きましょう!」
 と言ってまた道中は鱗マンさんの落語を聞きつつ、銀閣寺に着いた。
 池越しに悠然と建っている銀閣寺は本当に厳かというか、息を呑む。
 すると鱗マンさんが、
「ホンマは銀色になる予定だったらしいで」
 と言ったんだけども私は、
「そうでしたっけ?」
 と答えた。何故ならこの辺のことが曖昧で、調べても確実な情報は出てこなかったからだ。
「ホンマ、ホンマ」
 と頷いた鱗マンさん。
 う~んと思っていると、ヨータが、
「もし銀箔が施されていたら、このようなわびさびは無かったかもしれませんね」
「そりゃホンマにそう思うわ」
「うん、それは私もそう思う」
 と私と鱗マンさんで同調しつつも、私は改めて、
「でも銀で塗ったバージョンも見たかったけどねー」
 すると間髪入れずにヨータが、
「ゆに、塗るじゃなくて貼るだよ。銀箔は貼るもの」
 鱗マンさんがガハッと笑って、私はついムッとしながら、
「調べてきている私を正しさで越えないでよっ」
 またそれにも鱗マンさんがウケて、まあウケるならいいかと思った。
 鱗マンさんが一息ついてから、
「それにしても静かな趣やな、もはや虫も嬉しいで」
 その訳の分からない一言に今度は私が大ウケしてしまい、めっちゃ笑っていると、
「いやホンマに虫も馴染みやす~って思とるで」
 と真顔で鱗マンさんが言ってきて、さらに吹き出してしまった。
 もうダメだ、鱗マンさん、変過ぎる。
 そんな感じで、銀閣寺もあんま雅というよりも、ウケの印象が強いまま、その場を後にした。
 ちょっと近くで庭園というか公園を散歩することにした。
 何故ならこの辺りには映えスポットがあるとネットで見つけたので、私は同じ写真が撮りたいからだ。
 辺りを見回しながら歩いて、ここでは、と思ったところでベンチに座って写真を撮ろうとすると、即座に鱗マンさんが、
「アカン!」
 と叫びながら、私の腕を引っ張って、私を無理やり起き上がらせた。
 ちょっと肩というか腕も痛いなぁ、と思っていると、鱗マンさんが、
「痛くなかった? 大丈夫? あっ、でもホンマにアカンかったんや、ほら、ペンキ塗りたて注意と書いとるやろ?」
 鱗マンさんの視線の先を見ると、デカデカと看板で『ペンキ塗りたて注意』と確かに書かれていた。
 でも絶対このベンチから座った景色だよなぁ、と思いつつ、ベンチの近くで屈んで写真を撮るんだけども、やっぱりギリギリアングルが決まらない。
 それを見ていた鱗マンさんが、
「まあええやん、っぽいのが撮れれば。旅行は写真じゃなくて誰と行ったかやろ!」
 とサムズアップした。
「確かに!」
 と声を上げたところでヨータがこう言った。
「でもこの看板、やけに年季の入った看板ですね。普通塗りたてなら、看板も新しいはずですけども」
「確かに……」
 と短いスパンで二種類の『確かに』を披露してしまった私。
 何か違和感はある。
 するとヨータが近くに落ちている葉っぱを拾って、
「ほら、ベンチにこう葉っぱで触っても、全然くっつく感じしませんよ。貼り付けないし、塗られてもいない」
 鱗マンさんがツッコむように、
「銀閣寺の時の会話みたいに言うなやっ」
 私は軽くウケてから、
「じゃあどういうことっ?」
 とヨータに向かって言うと、
「どうやらこの映えスポットを発見した人がその風景を独り占めするために、設置した立て札なんじゃないかな」
 鱗マンさんが、
「なんやねん! 誰のモノでもないやろ! 風景って!」
 と声を荒らげ、私は、
「でも映えって自分だけのモノにしたい人いるからねぇ」
 と言いつつも、それに執着している自分もちょっと恥ずかしくなった。
 今日の旅行はこんな感じで終わった。
 たまに鱗マンさんがいる旅行も悪くないけども、今度はヨータと二人きりがいいなぁ、と思った(鱗マンさんに最高の彼女ができて、鱗マンさんも二人で旅行できますように!)。
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