私の国宝と巡る二十五日間の旅

青西瓜

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【09 東大寺の大仏様】

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・【09 東大寺の大仏様】


 私はスマホで、混雑状況をチェックして、今日は東大寺に行こうと思った。
 午前は民宿の手伝いをして、午後から鱗マンさんに送られる形で外に出た。
 その時にも改めて混雑状況をチェックしていると、ヨータが、
「スマホ? 連絡?」
「ううん、混雑状況を見ていたの、今日は東大寺に行こうと思っているから人が多いとちょっと疲れちゃうかなって」
 と言ったところで、LINEの通知音が鳴った。
 何だろうと思っていると、あの坊主の子で、でもその子ではなくてそのお母さんからだった。
『国宝巡りをしているとお話していましたが、東大寺にはもう行きましたか?』
『まだです。というかちょうど今日行く予定です』
『でしたらわたしの友人が子供のことで悩んでいるので、話を聞きに行ってくれないでしょうか』
 まさかの依頼形式。
 私は隣にいるヨータに相談すると、
「ゆにのやりたいようにしたらいいと思うよ、僕はゆにの意見を全面的に尊重するよ」
「それじゃぁ」
 とメッセージをまた返信した。
『では場所を教えてください。その友人のお方のところへも行きます』
 まずは場所が送られてきて、あとから時間指定のメッセージも送ってくれるらしい。
 私とヨータはとりあえず電車で東大寺のほうへ向かった。
 最寄りの駅に着いたところでまずはご飯という感じで、海鮮重のお店に寄った。
 そこでも勿論、まるで別の世界線の裏メニューを頼んで待っている途中、また別の客が墨汁をぶちまける事件のことを話していて、この辺最近物騒なのかなって思った。
 まあそんなことはいいとして、ヨータと他愛も無い話をしながら待って、ついに鹿せんべい風のせんべいが散りばめられた海鮮重がテーブルに届いた。
 まず海鮮重の海鮮が新鮮で美味しい。マグロやエビ、イカなどなど、優しい素材の甘みがする。
 美食家で知られる魯山人先生が『甘いは旨い』という名言を残したけども、まさしくその通り。
 さらに鹿せんべい風のせんべいが食感と香りのアクセントになって、すごく美味しい。
 パリパリ感とせんべい特有の香ばしさが海鮮とマッチして本当に美味しい。ご飯とも合う。お茶漬けにもおかき入っているからね、それみたい。
 ヨータもうんうん頷きながら、
「海鮮が豪華で美味しいし、色合いも綺麗で本当に高級なお重って感じだね。鹿せんべい風のせんべいも薄さがちょうどいいというか、それぞれの具材に馴染むよね。噛みやすいというか」
 ヨータも美味しそうに食べていて、その顔を見ても私は満足した。
 というわけでここからは東大寺って感じで、道を歩いていった。
 東大寺の周りはお店が栄えているんだけども、どこか荘厳というか、独特の重い……というわけじゃないんだけども、圧のある雰囲気が漂っていた。
 私に霊感があったら、霊圧とか言っていたかもしれない(霊感無くてむしろいいけども)(アンチお化け)。
 と、思っていたら何か近くでイケメンが女子をナンパしているみたいで空気に合わねーって思った。
 このイケメン、霊圧とか感じないのかな、私は感じるすべが無いけども。
 まあイケメンといったって、ヨータのほうがイケメンだし、頭脳も明晰で、私はヨータがいればいいけども、って、ヨータにそういう良いところを私も思われたい。
 何か私って良いところあるかな、ヨータはすごく褒めてくれるけども、私って正直別にじゃない? ただお節介武術心得じゃない? 何か最悪っぽい。
 ヨータに好きになってもらうにはどうすればいいのかな、と思っていると東大寺に着いた。
 中に入ると、もう、デカい、ドデカい、ド級のデカい大仏様がお見えになりました。お見えになりましたは言葉が違う? でもそんな感じ。
「何か、すごく大きいね……」
 ヨータも語彙消失していて可愛い。私だけじゃなくて良かったという共感もある。
 ここから私は事前知識を振りかざす。
「大仏様は十五メートルあるんだってさ」
「やっぱり何か、本当これを人間が作ったの? って感じだよね」
「そうだね、ポンと生まれたみたいだよね」
「そんなニワトリの卵みたいに言わないでよっ」
 と笑ったヨータ。ウケて良かった。でも大仏様に対しては失礼なのでマイナス・ポイントかもしれない。
 私は指差しながら説明する。
「あの窓みたいなのあるじゃん、大仏殿の唐破風下の窓からは大仏様のお顔が覗いているんだぁ」
「覗いているというか見通している感じだね、千里眼というか、遠くまで見てくれている感じがする」
「大仏様は大規模な改修を経ているけども、胸から下は造立当初が残っているんだって」
「そっか、何か下のほうが古い感じがするのは、そのせいなんだね」
「厚い唇に優しい微笑み、何だかいいよね!」
 とザックリとしたことを言ってサムズアップした私に、ヨータが同じように優しく笑いながら、
「そうだね、ずっと日本を見守ってくれている感じがする」
 と言った。
 何か雰囲気良くない? と思ったところでLINEの通知が鳴り、仏閣でLINEってマイナス・ポイントとかじゃないよね、と思っていると、坊主の子のお母さんからだった。
 時刻はこのくらいの、といった内容だった。
 じゃあその時間に合わせていくため、ちょっと東大寺の中をぶらぶらさせて頂いた。
 待ち合わせ時間になり、家庭にお邪魔して、居間に通されたのち、そこそこの挨拶後、早速本題へ移った。
 要約すると、うちの病気がちの子が急にわたしと会話してくれなかった、という話で、お母さんの見立てとしては、せめてと思って与えているパソコンで有害なサイトを見たのでは、という意見だった。
 母子家庭でわたしと会話してくれなきゃ誰とも会話しないので、もう困惑しきりという話。
 果たして突然現れた私とヨータに心を開いてくれるかは分からないけども、私とヨータはその子(秀介くん)の部屋をノックした。
 すると声がして、あっ、声出してくれるんだと思った。
 部屋が向こうから開き、私とヨータでまず自己紹介、そのあとに今どんな悩みがあるか聞くと、部屋の中に招き入れてくれた。
 ちょっと私には当たりが強い感じだったけども、何か順調って感じ!
 でも秀介くんは私とヨータを座布団の上に座らせたら、ベッドに座って黙ってしまった。
 その雰囲気から、何か言いたいことがあることは明白だった。
 ふと、ヨータが、
「パソコン、あるんだね」
 と言うと、秀介くんはこくんと頷いた。
「いつもどんなの見ているの? ウィキペディアとか?」
 とヨータが言うと、秀介くんは小さな声で、
「それも見る」
 と言うと、ヨータが笑顔で、
「ランダムジャンプ機能って面白いよね、出てきた言葉でアナグラムして遊んだり、短歌を詠んだりする遊びを僕はするんだけども、秀介くんはどんなことする?」
 と言い出して、そんなことするぅ? と思った。
 インテリ・ギフテッドの遊びは奥深いなぁ、と思っていると、秀介くんはフフッと吹き出してから、
「アナグラムはぼくもするよっ」
 何だかちょっと心を開いてくれたっぽい。
 ヨータと秀介くんが共鳴していて両方推せるなぁ、と思っていると、ヨータが、
「ちょっと一緒にパソコン起動させてやらない?」
「うん!」
 秀介くんはさっきよりも元気にベッドから立ち上がり、パソコンの前に座った。
 きっとヨータはそこでブックマークバーを確認する気だと思った。
 画面に映ったブックマークバーにはウィキペディアが一番左にあって、TVerなどのサイトの他に、フォルダでYouTubeというのがあった。
 ということはYouTubeで陰謀論とかにもハマっているのかな、とか思っていると、ヨータが、
「YouTubeも見るんだね、どういうの見てるの?」
 と何気無く、自然に聞くと、
「風景見てるだけ……」
 とちょっと訳ありげに小声でそう言った。
 私はすぐ分かった。これは嘘だと。
 風景だけ見るなんてありえない。きっと結構えっちなヤツを見ているに違いない。女性はエロいみたいなのを見て、お母さんが怖くなったのかもしれない。
 ちょっとカマをかけてみるか。
「秀介くんって、女性のこと気になったりする?」
 すると秀介くんはイスから立ち上がり、
「何それ!」
 とちょっと過剰に怒ったので、これは図星だなぁ、と思った。
 大体分かったし、そろそろお母さんに報告へ行こうと思っていると、ヨータが、
「まあ自分とは違う人間って気になったりするよね、何を言い出すか分からないし。それよりもランダムジャンプ、せっかくだししようよ。僕もこうやって自分とは違う人間と一緒にやることは初めてだからドキドキしているよ」
 と優しい声で言うと、秀介くんは深呼吸してからイスにまた座り、一緒にそのランダムジャンプでアナグラムや短歌を詠みだした。
 その間、私はのけものって感じだけども、まあ楽しそうにしているからいいか……じゃなくて、私だけで報告を済ませるか。
 大方お母さんの予想通りって感じかなと思って、その場を動こうとすると、ヨータが、
「ちょっと、いくら一緒に遊んでいるとはいえ、急に一対一になるのは危険でしょう。勿論僕が秀介くんに対してね。ゆにもその場にいて。これは秀介くんのために」
 と言って止めたところで秀介くんが、
「別にゆにさんはどこかに行っていいよ、ヨータさんだけでいい」
 と言って、まあそれはそれで悲しいと思った。
 でもヨータが私を残した意味は、と思っていると、ヨータがこんなことを言い出した。
「今日、ゆにが東大寺の混雑状況を調べていたことも思い出してさ、浮かんだんだけども、秀介くんってYouTubeでライブカメラの風景を見ているよね。YouTubeで風景って言ったら、車窓かライブカメラでしょ。でも僕はライブカメラだと思う」
「そ、そうだよ……」
 と明らかに動揺したような先細りの声を出した秀介くん。
 ヨータは続ける。
「しかもきっと近間のライブカメラ、つまるところ秀介くんは大仏様のように見通していたというわけだね」
 秀介くんは黙って頷いた。
「秀介くん、そのライブカメラにお母さんが映ったんじゃないかな、知らない誰かと一緒にいるお母さんが」
 私は目を皿にして驚いた。
 そういうことか! って。
 女性に対して、どこか偏見というか恐怖心がある感じって、お母さんが急に知らない誰かと一緒に歩いていたからってことぉっ?
 秀介くんは小さく頷いてから、
「ぼく、捨てられるんだ、きっと」
「そんなことないよ、お母さんは秀介くんのことを心配しているんだ、直近で心配している子を捨てるわけないじゃないか。秀介くん、一緒にお母さんに聞いてみないかい?」
「ヨータさんも一緒にいてくれる?」
「勿論。一緒に聞こう」
 その後、お母さんは再婚予定の人だと言って、いつ秀介くんに会わそうか考えていたところで、会話してくれなくなって困っていたという話だった。
 無事解決して、お母さんからも秀介くんからもお礼をたくさん言われた。
 民宿に戻ってきてから私はヨータへ、
「すごいね、ヨータって。てっきり秀介くん、ちょっとえっちなサイトにハマっているんだと思ったよ」
「真面目な子だと思ったから、そういうことじゃないって思ったんだ。でも秀介くんも元気になって良かったね」
「それは本当にそう!」
「ゆにのおかげだね、ゆにが依頼を受けたおかげだし、最初の自己紹介とかもゆにがいてくれたおかげでスムーズにできたよ。結局僕はゆにがいないとダメなんだぁ」
「そんなことないでしょ!」
 とツッコむようにヨータの背中を淡く叩いたんだけども、本当に、というか一生そうだったら嬉しいなと思ってしまった。
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