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奏太のバァヤになります

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「今日から私は貴方のバァヤになります!」
 キョトンとした奏太(かなた)の表情。
 外から聞こえるカラスの鳴き声。
 今日が終わりそうな夕暮れ。
 私の中で何かを始めたんだ。
 ――この台詞に悔いなんてない。


・【奏太のバァヤになります】


 隣のクラスの奏太が倒れた。
 そんな情報が私の耳に届いた時には、もう走り出していた。
 保健室に着く頃には、息切れをしていた私に対して、
「どうした、具合が悪いのか?」
 と奏太がそう言った。
「いや倒れたんじゃないのっ!」
 私は思ったより大きな声が出てしまい、口を閉じたけども時既に遅し。
 やかましそうに耳を塞いだ奏太は、こう言った。
「うるさいな、また倒れそうだ」
「いやもう治ったのっ?」
「何そんなに慌ててるんだよ、治ったも何もただの貧血だよ」
 ただの貧血……何だ、良かった……いや、良くない!
「貧血だって病気だからね! 奏太!」
「そんなことないよ、普通によくあることだろ」
 と、全く慌てずに奏太はそう言ったので、私は驚きながら聞いた。
「普通によくあるって当たり前のことなのっ?」
「そりゃそうだろ、こんなん毎日あるよ」
「ちゃんとご飯食べてるっ?」
 何気なく放ったその言葉だったが、私も、そして奏太もハッとした。
 そうだ、ちゃんとご飯なんて食べているはずがない。
 ううん、食べられているはずがないんだ。
 奏太の母親は奏太がもっと小さい頃に既に他界している。
 今は、お父さんと二人暮らし。
 しかし奏太のお父さんはとても忙しく、帰ってくる日も夜遅くで、帰ってこない日もあるらしい。
 何でそんなに私が奏太の家の事情に詳しいかというと、奏太の隣の家に住んでいる幼馴染だからだ。
 昔はよく奏太を私の家のご飯に招いて、一緒にご飯を食べていたが、最近はめっきりだ。
 理由は分かっている。
 奏太が断るようになったからだ。
 何で断るようになったのかは分からないけども。
「ご飯は……食べているよ……」
「嘘だ! 奏太って嘘をつくと俯くからすぐ分かる!」
 私がそう言うと、少しムッとしながら奏太が、
「そんなことないし、そんな癖も無い!」
「奏太、また私の家で一緒にご飯食べようよっ」
「いいよ、別に、面倒くさい」
 そう言って私の言葉を振り切るように保健室から出て行った奏太。
 奏太とはクラスが違うから小学校での様子は分からない。
 でももし、いつも貧血でふらついているのなら、なんとかしてあげたい。
 ちょっと今日一日、観察してみよう。
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