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奏太のサッカー
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・【奏太のサッカー】
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話は少し前後して、今日は日曜日、奏太のサッカーの試合を観に来た。
草が生えている、だだっ広い公園に、ゴールを置いて、ちょっと線を引いて、といった感じのコートだった。
観に来ているのは、多分出る人の親御さんばかり。
こうやって同級生で観に来ているのは私と真希子くらいだった。
いや浮くじゃん! ここで一人私が観に来ていたら完全に浮いてたじゃん!
真希子連れてきて良かったぁっ!
いや、真希子連れてこなきゃ良かった……。
「いや恋だって、彩夏。それ普通に恋してるから」
そう言いながら含み笑いをしている真希子。
話さなきゃ良かった。
奏太と私はそういうのじゃないのに。
試合が始まるまで後10分といったところか。
私たちは試合が始まる30分前くらいにやって来た。
ちょっと早く着すぎてしまったので、暇な時間、真希子に最近の胸の痛みの話をしたらすぐこれだ。
参ったね、全く。
「恋しているから、胸がギューと痛くなるんだよ」
「いやいや、持病だから、これから長く付き合っていく持病だから、これ」
真希子は話を全く聞かないなぁ。
ほら、思っているそばから、
「えっ? 奏太と付き合っていくの? 告白されたの?」
「持病だって言ってるでしょ! だから大丈夫!」
本当真希子は何を言っているんだろうか。
それでも真希子は続ける。
「いや逆に持病だったほうがヤバイから!」
「いや持病はヤバくない! 何故なら知っていることだから!」
「あぁ、なるほどねぇ……恋愛は知らないから怖いんだぁ、彩夏、可愛い」
そう言って頭を撫でてきた真希子。
いやこっちは子供じゃないから。
むしろバァヤだから。
達観した大人だから。
全く子供は恋愛、恋愛って馬鹿みたいにうるさいなぁ。
「とにかく! これは持病だし! 奏太は友達!」
そうつい、大きな声で叫んでしまい、ウォーミングアップ中の奏太がこっちを振り向いた。
こっちへニッコリ微笑みかけて、またすぐにウォーミングアップに集中した。
その奏太を見た真希子がふとこう言った。
「カッコイイねぇ、奏太くん……」
「いやどこが! 奏太なんてただの子供じゃん! もう無邪気そのものだから!」
「というかさ、急にどうしたの? 奏太くんのサッカーの試合を観に行くって。何か接点あったんだ」
「……だから幼馴染だって言っていたじゃん」
本当は、今、それだけじゃないけども、あんまり言っちゃいけないと思っているので、少し間ができてしまった。
バレてないかな。
ドキドキしながら真希子が次言う言葉を待った。
「そりゃそうだけどさ、疎遠とか言ってたじゃん。またどこかで繋がったのかなぁ、ってぇ」
と言ってニヤニヤする真希子。
真希子は親友だけどもこういう恋の話になると苦手だ。
一昨日、奏太と話していたヤツだ。
冗談っぽい嫌味が地味に傷つくヤツだ。
あと私は、奏太と今の関係のこと言っちゃダメだと完全にそう思った。
周りからいろいろ言われるから嫌だ、って最初奏太言っていたし、真希子はいろいろ言いそうだ。
ここは適当に濁そう。
「奏太のお父さんから私のお母さん経由でサッカーの試合すること知って、じゃあたまには観に行こうかなって。で、まあ一人だとあれだから真希子を誘おうかなって」
「あぁ、そういうことねぇ」
ごまかせたみたいだ。
良かったぁ。
「でも実際誘われて嬉しかったよ、ありがとう、彩夏」
「……何で誘われて嬉しかったの?」
「いや! やっぱ彩夏何も知らないんだな! うん!」
と急に力強くそんなことを言い出した真希子。
腕を組みながら、うんうん唸っている。
何だそれ、大工の一番偉い人くらい唸っているなぁ。
「じゃあ彩夏、教えてあげる!」
「うん、何?」
「うちのサッカークラブはイケメン揃いで有名なの! ほら! 見たら分かるでしょっ!」
イケメン……いやこういうのよく分かんないんだよなぁ、別にただの顔だし。
「最初はサッカークラブの試合があるごとに、学校でも応援に来て下さいという知らせを出していたんだけども、知らせを出す度に女子が集まり過ぎちゃって、もうその知らせ出すことをやめたんだよ!」
「えっ、そんな馬鹿なことある?」
いやでも確かに、かすかな記憶をたどると、昔サッカークラブの試合の応援よろしくお願いします、というプリントをよくもらったような……。
そして最近はもらっていない……まさか、本当に、そんな馬鹿なことがあるのか……。
「女子が集まり過ぎて気が散るから本当は応援に来ちゃダメらしいんだわ」
「えっ! じゃあ私、ダメじゃん!」
「でもまあそうやって親経由で知っちゃったら、しょうがないんじゃないの?」
「そ、そっか、親経由なら、し、仕方ないよね……」
私はまたあの持病が出始めた。
そんな私の異変に気付いたらしく、真希子が私の顔を覗き込んでくる。
「何か動揺しているみたいだけども、どうしたの?」
「いやいや何でもない! 何でもない!」
本当はダメなのに奏太は何で観に来てほしかったんだろう……あっ! そうか!
自分がサッカー巧いところ自慢したかったんだ!
もう! 本当に子供なんだから!
それに気付いたら、持病は収まった。
というか、だからかっ。
だから真希子が来ることを渋っていたのか。
そういうことかぁ。
「だからサッカークラブのファンの女子たちは情報を共有して、なんとかサッカーの試合を観に行こうとするんだってさ」
「……! 真希子言っていないよね!」
「言うはずないじゃん、サッカークラブのファンの女子たちってちょっと怖いから、関わらないようにしてるし」
「良かったぁ……」
私は胸をなで下ろした。
「でもまあサッカークラブのファンになるということは気持ち分かるわ、本当イケメン揃いで最高だわ」
「ふ~ん」
あんまり興味の無い話に、何か微妙な相槌を打ってしまった。
鼻息と声の中間みたいな。
まあどうでもいい話だと、そうなっても仕方ないよね。
「一番人気は奏太くんね」
急な真希子の謎発言に私は咳をごほんごほんと出してしまった。
鼻水もちょっと出そうだった。
というか。
「……! どこがっ!」
「どこがっ、て、見たら分かるじゃん。あっ、まあ分からないか、うんうん、彩夏にはまだ早いかっ」
何か腹立つな。
子供扱いして。
「まるで中学生のような身長に、端正なルックス、変にチャラついていない爽やかで自然な髪形に、あの運動神経。サッカークラブのファンの外にも知れ渡る奏太くんの魅力……うん、うん、見飽きない、見飽きない」
奏太なんてバターのサラダをもしゃもしゃ食べてるだけの子供じゃん。
何回いただきますって言うんだ、と思うだけだよ、奏太に対しては。
でもまあこっちの大変さを分かろうとしてくれて、感謝のゼリーを作ってくれる優しい友達だけどね。
「まあ彩夏、奏太くんはライバルが多いけども頑張って!」
「いやだから好きじゃないから別に」
そんなどうでもいい会話をしていると、奏太たちが整列して、どうやらそろそろ試合開始のようだ。
奏太は最初から試合に出るみたいだ。
「こう比べてみると、一際大きいね、奏太くん」
確かに他の男子から比べても大きい。
そうか、奏太って他の男子から比べても大きかったんだ。
試合の笛が鳴った。
多分始まった。
相手がボールを自分のコートのほうに蹴ったと思ったら、徐々に前のほうへ蹴り出した。
「彩夏ってサッカーのルール分かる?」
「ルールはさすがに分かるよ、手を使ったらアウトなんでしょ!」
私が自信満々にそう言うと、
「アウトて、野球みたいに言うな。じゃあ戦術面は分かってる?」
「いやもう全然分かんない。何で始まりの時、後ろに蹴ったのかも分かんない」
「それはまあ私もそこまで詳しくないんだけども、サッカーにはフォーメーションがあるって分かる?」
「フォーメーション? それは米でできた麺のフォーは関係あるの?」
真面目にそう聞き返すと、真希子は
「逆に私はそれ分かんないけども、簡単に言うとポジションのこと。大まかに立っていないといけない位置のこと」
「あっ、そういう位置があるんだ」
「そうそう、絶対的な位置じゃないけどね、相対的な位置だけども。大体そのフォーメーションの形でコートを味方で上下するものなの、サッカーって」
そう分かりやすく話してくれた真希子に私は驚きつつ、
「へぇ! 真希子って詳しいんだね!」
と言うと、当然でしょみたいなやたら普通な感じで真希子が、
「いやこのくらいは知ってて当然なんだけども」
「当然って! 知らないことを馬鹿にしないでよ!」
「いやそんなつもりは……まああったかな、彩夏は自分の好きなモノしか分かんないもんね」
「そりゃ大体みんなそうでしょ!」
と論破してやったぐらいの勢いで叫ぶと、
「いや、彩夏は自分の好きなモノもよく分かっていないかなぁ?」
とニヤニヤする真希子。
何の話?
「本当に何の話?」
「奏太くんことだよっ、フフッ」
「だぁ・かぁ・らぁ、奏太はただの友達でぇ!」
「はいはい、分かりましたよ分かりましたよ」
本当に分かってんのかなぁ……奏太は本当にただの友達で、それ以上もそれ以下にも思わないのに。
真希子がやたらカッコイイと言うけども、そんなこと思ったことないし。
「で、奏太くんはフォワード、攻撃的なポジションで、最前列に立っているの。それは見たら分かるでしょ?」
「確かに、味方の服着たメンバーの中で一番前にいるね」
「基本的にみんな困ったら奏太くんにパスするの」
「そりゃ困るね、奏太」
ちょっと可哀相だなと思いつつ、そう言うと、
「ううん、それがエースだから。奏太くんがパスをさばいて……えっと、奏太くんがパスを受けて、フリーの味方にパスをちらして……いや、パスを出して」
真希子は時折謎の言葉を発するようになってしまったなぁ、さばいて? ちらして? えっと、
「何さばくとかちらすとか、魚をさばいて、ちらし寿司を作っているの?」
「サッカーはそういう言い方するんだって、でも初心者の彩夏でも分かりやすくなるように言葉選んでいるのっ」
「つまりじゃあ奏太は寿司屋の大将では決してないんだねっ」
「全然違う。何故ならちらし寿司を作っているわけじゃないから」
真希子が理路整然とそう言った。
私はいやまだちらし寿司作ってる可能性はあるだろ、と思いつつも、真希子の話を聞く。
「で、つまり奏太は何しているの? 何か得点を獲るポジションとかは言っていたような気がするけども」
「簡単に言うと、奏太くんがパスを受けて、すぐにフリーの味方にパスを出して、その間に奏太くんは走る、そして走っている奏太くんに味方がパスを出してゴール、っていった感じかな」
「そうやってバスバス得点を入れていくわけね」
「バスケットみたいに言わないでよ、サッカーってそんな点数入んないから」
何だか真希子は少し呆れているような気がするけども、気にせず私は聞いた。
「じゃあ奏太って結構外すの?」
「まあパスがズレてしまうこともあるし……パスが自分のところに来ないことね」
「それはさすがに分かるよ、体育やっているからね!」
ここはグッと拳を握りながら、自信を持ってそう言った。
でも真希子は冷静に続ける。
「自慢げに言うな、サッカーの用語全然頭に入ってないくせに」
いやでもまあそうだなぁ。
「そっかぁ、じゃあ結構大変なポジションなんだぁ、奏太って」
「まあどこでも役割があって大変だけどね。で、何でその程度しか知らないのに、また聞き程度で観に来ようと思ったのよ」
うっ、真希子はいつも鋭いなぁ。
いや観に来てくれと言われたことは言えないしなぁ……。
「暇だった、からかな」
「暇ねぇ、暇があったらずっとゴロゴロしているような感じじゃないの? 彩夏って」
「失礼な! 料理を頑張らないとダメなのっ! 奏太のために!」
「……奏太のために? 奏太くんのために? それってどういう意味?」
しまった! つい口走ってしまった!
私は割と口走るほうだけども、今日は今日とて口走ってしまった!
「というかさ、さっき彩夏が大きな声で叫んだ時、奏太くんこっち見て笑ったじゃん。それって来ること公認している人の動きだよね。奏太くん、彩夏が来ること元々知ってたどころか、まるで来てほしかったみたいじゃん。何か、私に言ってないことある? 彩夏。というかあるよね? ね? もっと他に話すことあるんじゃないの?」
う~、う~ん、ピンチだぁ……。
でも、真希子は、真希子はお喋りではないからな……。
う~ん、う~ん……。
そんな私を見ていた真希子が言う。
「俯いて唸りすぎ、ちょっとは試合観たら?」
「それは真希子が!」
「あっ! 奏太くんにボールが入った! ワンタッチパス! 巧いポストプレー!」
「専門用語がすごい……」
でもすごい。
奏太は来たボールをすぐさまフリーの味方にパスを出して走り出した。
常に味方の位置を把握していないと、そんなことはできないはず。
さらにすぐに走り出すなんて、絶対疲れるだろうなぁ。
「味方のクロスは……う~ん! 合わない! せっかくゴール前でフリーになっていたのに! オフサイドにもなっていなかったでしょ! 今のは!」
せっかく走ったのに、ボールが自分を通り越してしまうなんて、これ怒るんじゃないかな。
私には最近優しくなったけども、昔は生意気ですぐ怒るようなヤツだったからなぁ。
……って! パス出した味方に親指を立ててグッドマークを出すだけ!
まあ試合中だからな、怒る暇も無いってことだろう。
「私だったら怒るわ、あんなパス」
あっ、真希子は怒るようだ。
私も怒るかもしれないし。
サッカーってこんな感じで進んでいくんだなぁ。
「で! 彩夏! さっきの話! 奏太くんと何かあったんじゃないのっ? そもそもそんなドキドキするほど触れ合うことってないじゃん! 小学校ではずっと私と一緒で奏太くんと触れ合っている時、無いもんね! そうだ! 何故それに気付かなかった私!」
うぅ、ダメだ……もう白状するしかない……ゴメン、奏太、きっと真希子は口が堅いだろうからね……。
私は奏太が手紙を書いたり、ゼリーを作ったりと、奏太の行動は言わずに、自分が料理している話だけした。
それに対して、真希子は感嘆の息を漏らしながら、
「同棲、じゃん……」
と言ってきた。
いやいや。
「どうせい? 違うよ、男子と女子で性別違うよ」
「その”同性”じゃなくて一緒に住んでいるの同棲だよ!」
「一緒には住んでいないよ! 説明したじゃん! 夕方の1時間くらいだよ! 実際一緒にいる時間はっ!」
「いやでも……うわぁ……子供だと思っていたらめちゃくちゃ進んでるじゃぁん……」
軽く震えている真希子。
いやいや!
「何ヒイてんの! あと子供って言うな! 真希子も子供でしょ!」
「いやもう師匠と呼ばせて下さい」
「勝手に呼ぶな! いつも通り彩夏でお願いします!」
「奏太くんはどうなの? やっぱりつっけんどんな感じなの? ぶっきらぼうというか、ちょっとトゲトゲした感じ?」
どうしよう、全然そうじゃないからどう言おう。
いやいいや、ここはもうそのまま言おう。
「いや全然優しいけども」
「ひぃ!」
「いや次は何さ! ヒく次は何さ! 怖がらないでよ!」
「いや、そっか、奏太くんが優しいんだ、話と違うなぁ……」
そう唸りながら喋る真希子。
「話って何?」
「いや奏太くんってかなりの塩対応らしいからさ、まあそういうSっぽいところがまた良いとか言われているらしいけども」
「塩対応って何? いつも奏太って調味料持ち歩いているの?」
「そういう料理の塩じゃなくて、しょっぱい対応、つまりあんまり優しくないってこと!」
新しい用語、この世にはいっぱいあるなぁ。
いやまあ奏太の話だけども、奏太はだって、う~ん、いや、
「う~ん、でも奏太はすごく優しいからなぁ……」
と私が言うと真希子は何か気付いたような顔をして、
「そっか、そっか、なるほど、なるほど、大体分かってきたぞ……そうかぁ、あぁ! そうかぁっ!」
「何なに? 何か分かったの? いや確かに奏太って昔は生意気で泣かし泣かされの関係だったんだけども、急に優しくなって、その理由は正直知りたくて! 何かあるのっ? 奏太には何か秘密があるのっ?」
私はあまりにも気になっているので、結構しつこい感じに、かつ、早口でそう聞いてしまうと、真希子は手のひらを私の前に出して、制止のポーズをしてから
「奏太くんに秘密はあるだろうけど、私からは言えないかな。というか私から言っちゃダメなヤツだ、という台詞も本来ダメなんだけども、勘の良いヤツは気付くんだけども、でもまあとにかくダメなヤツだ」
と真希子は真希子でちょっと早口になりながら、そう言った。
「ちょっと! また私のこと勘の悪いヤツみたいに扱わないでよ! 子供扱いしないでよ!」
「まさにそのことなんだけども、分かんない?」
強めの疑問符でそう言った真希子。
いやでも。
「……分かんない」
「じゃあいいや! 試合観よう! 試合!」
「う~、はぐらかされたぁ……」
「また落ち込んじゃって、可愛い、可愛い、大丈夫、彩夏は可愛いから大丈夫っ」
と言ってまた子供扱いして頭を撫でてきた真希子。
何が大丈夫だよ。
私の心は全然大丈夫じゃないよ。
「う~ん、ちょっと奏太くんのチーム押されてるなぁ」
ほら、やっぱり。
弱いチームじゃないとか言っていたけども、押されてるんじゃダメじゃん。
真希子が解説する。
「でも奏太くんが前線から守備をするなぁ、でも周りがイマイチ連動していないんだよなぁ」
「仲が悪いということ?」
「そうなのかなぁ、でもまあ奏太くんのレベルについていけていないような気もするなぁ」
「いやいや奏太がいつも生意気だから仲が悪くてダメなんでしょ!」
私はきっと普段は生意気であろう奏太に呆れながらそう叫ぶと、真希子が手と手を重ねて、願いながら
「……いや本当、奏太くんは是非カッコイイところ見せてほしいなぁ……」
と言ったので、私は何で願うんだろうと思いつつ、
「真希子、奏太のこと好きなの? カッコイイところなんてないと思うけども、見たいの?」
と聞くと、真希子は小さく首を横に振ってから、
「……見せる相手は私にじゃないよ……」
と意味ありげにそう言ってきたので、私は
「何それ、意味分かんない」
「あーぁ、あと別に好きじゃないよ、大丈夫、大丈夫」
何が大丈夫なんだろう。
そりゃ大丈夫だよ。
たとえ真希子が奏太のこと好きでも、全く関係無いんだから。
と思ったタイミングで奏太が、ボールを持った相手に近付き、ボールを奪った。
真希子も大きな声が出る。
「あっ! 奏太くんがボールを奪った!」
「やった!」
「でも周りの上がりが遅い! でもずっとキープしている!」
「がんばれ! がんばれ!」
私も何だか拳に力が入る。
「反転! 相手ディフェンダーと入れ替わった! そこからシュート!」
「あぁっ! キーパーが止めちゃったぁっ!」
「いやすごいわ、奏太くん。個人技で打開しようとしちゃうんだから」
「すごい? でもダメだったじゃん」
私が普通にそう言うと、真希子がかなり嫌悪感をあらわにした面持ちで、
「……本当彩夏ってドライだよね」
と冷たく言い放った。
いや冷たいのは今の真希子の言い方じゃんと思いつつ、
「ドライじゃないよ、全然冷たくないよ、私。なんせバァヤだから、優しく温かく包み込むのです!」
「バァヤ……昔、彩夏が言われてたあだ名で嫌になって言わないでって言ったヤツじゃん」
「でも私は奏太にとってのバァヤなんです! おばあちゃんなんです! 孫を可愛がるようにやっているのです!」
「……おばあちゃんよりもなってほしいモノがあるんじゃないの?」
一瞬、奏太のお母さんの台詞が脳裏をかすめた。
『奏太のこと、よろしくね』
お母さんになってほしいのかな……。
いやでもさすがにお母さんにはなれないよ。
奏太のお母さんには……。
そう思ったその時、真希子がやけに優しそうな声でこう言った。
「まあいいや、彩夏もいつか気付くといいね」
「……何が?」
「……別に。ほら、コーナーキックだよ」
真希子が話を明らかにそらしたが、まあいいや。
サッカー観ないと。
コーナーって確か、
「隅っこから蹴るヤツね」
「そう、んで、蹴って! 奏太くんにボールが……あっ!」
「あぁっ!」
私はビックリしてしまった。
サッカーは手を使ったらアウトなスポーツ。
なのに、なのに、手を使ったんだ。
敵が、奏太を倒すために。
奏太は跳んでいる時に強く服を引っ張られて、着地がうまくいかず、その場に倒れた。
真希子が叫ぶ。
「PKだろ! PK! 絶対ファウルだ! ファウル!」
「奏太……大丈夫かなぁ……」
足を抑えて痛がる奏太。
急に震えが止まらなくなった。私は。
どうしよう。
奏太がケガしちゃったらどうしよう。
倒れた日のことを思い出す。
あれはただの貧血で大丈夫だったんだけども、あの日の不安が襲ってくる。
「奏太ぁっ!」
なんとか奏太は立ち上がった。
どうやら大丈夫だったようだ。
でも少し足を引きずっているような。
無理しないで。
そんなに無理しないで。
他の味方はコロコロよく交代するのに、奏太は出ずっぱりだ。
コート上に立っている限り、全力で走り続ける。
パスを受けたら、味方にパスして走り出す。
相手のディフェンダーという人にフェイントを入れてから、ゴール前に飛び出す。
でもボールは奏太の頭上を越えていったり、手前で外に出てしまう。
真希子がふと喋り出した。
「奏太くんは本当にエースなんだね、ちょっとケガしてるかもしれないのに交代しないわ」
「交代って回数があったりしないの?」
「少年サッカーは交代が緩かったりするんじゃなかったっけ? 何回も出たり入ったりできるような、バスケみたいに」
「じゃあ奏太も一回交代して休ませないと!」
私は語気を強め、そう言った。
しかし真希子は無理そうにこう言った。
「でもダメみたいだね、このチームは奏太くんありきのチームみたいだ」
「そんなぁ……ケガしてるかもしれないのに……」
「大丈夫、大丈夫だって、試合に出られているということは大丈夫ということだって」
そう言って私のことを抱き締めた真希子。
また子供扱い?
でも今は少し安心する。
奏太、大丈夫かなぁ。
「前半の残り時間は後2分くらいかな、アディショナルタイムも1分くらいだろうから。前半のうちに点数を……あっ、フリーキックだ」
奏太が相手ディフェンダーに倒されて、そこから止まって蹴るヤツを獲得したらしい。
蹴るのは、奏太だ。
私は祈った。
奏太が点数を決めてくれますように、と。
私の運を使ってでも、奏太が決めてほしい。
奏太が手を挙げて、蹴りますみたいなポーズをとった。
そして。
ドゴォン!
ガァァァン!
すごい音が鳴った。
一瞬何かが折れたのかと思った。
奏太の足が折れてしまったのかと思って、心臓が止まりそうになった。
でも違った。
それはボールを蹴った音。と。
ボールはものすごい速度で飛んでいき、ゴールの棒に当たった音だった。
そしてボールはゴールの中に入っていた。
「ポストに当たって入ったぁっ! キレキレの角度のシュートで先制だぁっ!」
奏太が、点数を、決めた。
味方が奏太の周りに集まって喜んでいる。
奏太も喜んでいるが、まだまだこれからだ、といった感じで、そこまで顔を崩している様子は無い。
何それ。
もっと喜べばいいのに。
だから仲悪くなるんでしょ。
全く、子供なんだから、奏太は。
喜ぶ時はちゃんと喜ぶ、それが大人でしょ。
私は大人だから。
「やったぁぁぁぁぁああああああああああああ!」
私は大声で喜ぶ。
何故なら大人だから。
隣にいた真希子は反射的にこう呟いた。
「声デカっ」
「だってめちゃくちゃ嬉しいじゃん! やったぁぁぁああ! やったぁぁぁああああ!」
大きな声を出していると、奏太がこっちを振り向き、笑顔でグッドマークを私のほうへ向けてから、ポジションに戻っていった。
何だちゃんと喜べるじゃん。
そう思って、ホッとしていると。
バァヤ目線で、ホッとしていると。
「いや、ヤバ……奏太くん、めちゃくちゃ可愛いんですけど……」
と真希子が何か震えていた。
「どうしたの?」
「いやだって、今の奏太くん見てた? めちゃくちゃ可愛いじゃん……」
「……大体いつもあんな感じだけど」
「えぇっ! 奏太くんがいつもあんな感じ! いや! 絶対! それ! ……いや、言わんとこ……これは言わん……」
そう言ってちょっと俯いた真希子。
いやいや。
「何なに? 何かあるんだったら教えてよ!」
「これ以上は言えない、私は何も言えない、でも一つ言えることがある。奏太くんのファンに完全になった」
「奏太のファン? 珍しいねっ」
「いやあれ見てファンにならんってヤバイわ、彩夏、オマエはヤバイ」
そう言って私の肩を強めに叩いた真希子。
いやでも。
「別にだって奏太はただの幼馴染だしっ」
「そうか、そのバリア強いな……」
「バリアとかじゃないし!」
前半戦はこれで終了し、ハーフタイムに入った。
奏太は多分友達のお母さんからテーピングをしてもらっている。
大丈夫かな、奏太。
「あれ? 奏太くんって両親来てないんだぁ。あのテーピングしているの、林のお母さんじゃん」
真希子は奏太の家庭の事情を知らない。
奏太は多分クラスメイトにもお母さんがお亡くなりになったことを言っていないから。
私はどう言えばいいか分からず、ついモゴモゴこう喋ってしまった。
「奏太の、両親、って、忙し、いん、だ、よね……」
「まあ確かに夕方もいないくらいだから共働きで大変なんだねぇ」
うんうん頷く真希子に反比例して、うんうん心の中で唸ってしまう私。
「う、うん、そうなんだ……」
「……どうかしたの?」
私の変化に気付き、少し深刻そうに私を見ている真希子。
いや……あの……。
「いや、別に、奏太のこと心配だなって」
そんな私をじっと見てから、真希子は穏やかな声で、
「……まあそれならいいんだけども、何か隠していることあったらいいなよ」
と言ったので、私は正直にこう言った。
「でも、私が言っていいことかどうか、分からないから」
ちょっと重たい空気になっていることは気付いている。
でも、このことで重たくならないことなんてないから。
「……訳アリ?」
「……うん、そう……」
真希子は息をスゥと吸って、フゥと静かに吐いてから、真面目な表情をしながらこう言った。
「別に彩夏ばっかり背負う必要無いんじゃないの? 私だって彩夏の重い気持ち背負ったっていいんだよ。他のヤツには絶対言わないし」
言っちゃおうかな……でも、どうしよう……。
奏太のほうを見ると、痛そうな顔をしている。
奏太……と思ったその時、真希子は
「んっ、言わなくていいやっ、彩夏困ってるもんね」
と明るく、切り替えるようにそう言った。
いや。
「いやいや! 別にそういうわけじゃないんだよ!」
「でも奏太くんのことそんな目で見ちゃって……いいよ、いいよっ、言いたくなったら言ってよ」
「そんな目って何さ! あと……言おうかなって、少し思っているよ……ねぇ? 真希子は奏太のこと味方してくれる?」
私は多分ちょっと震えていたと思う。
それを見ていた真希子は優しく笑いながら、
「彩夏、そんな可愛い目でこっちを見るな、全く。奏太くんの味方するよ、当たり前だよ、というか奏太くんの敵になるヤツなんて、よっぽど嫉妬心にまみれた馬鹿しかいないよ」
と言ってくれて、その表情が何だかすごく安心できる表情で、だから、私は言うことにした。
「じゃ、じゃあ言うね……実は奏太って……お母さんがもうお亡くなりになっているんだ……」
「……え? お母さん、いないの?」
「うん……病気で……何年も前に……だから、奏太はご飯もロクに食べていなかったみたいで、だからご飯作ってあげてるんだ……」
ちょっとの沈黙。
真希子が話し出す。
「あぁ、ヤバイ……何それ……久しぶりにヤバイわ……泣きそうだわ……」
と言って、真希子は大粒の涙を一粒流した。
「もう泣いてるよ……」
「いや泣くだろ、これ……じゃあ私、奏太くんの味方するわ、するから彩夏、私の話をよく聞いてほしい」
そう言って私により近付き、私の両肩をグイっと掴んだ真希子。
「……? 何?」
「奏太くんは彩夏のこと大切に想っているから、彩夏は絶対に奏太くんこと裏切らないでね。奏太くんに嘘をつくようなことは、奏太くんから意味無く逃げるようなことは、絶対しないでね」
真希子は力強くそう言った。
「うん、裏切らないし、嘘もつかないし、逃げもしないよ。当たり前じゃない。だけども」
「だけど?」
「私のこと大切に思っているのかなぁ、ただの仲の良い幼馴染なんじゃないかなぁ」
「いや。絶対に大切に想っている。できればずっと仲良くね」
そう言って笑った真希子。
「大切に思っているかどうかは分からないけども、ずっと仲良くはモチロンしていくよ!」
「じゃあ良かったぁ、彩夏、奏太くんのことよろしくね」
『奏太のこと、よろしくね』
真希子はまるで奏太のお母さんみたいなことを最後に言った。
いやまあ奏太のことずっと見守っていくけどね。
後半戦が始まった。
後半戦が始まっても、奏太は前線に立っていた。
大丈夫なのかなぁ。
真希子はもう試合に集中していた。
「動きがいいのは、前半に得点したうちらのほうだね」
味方同士でパスがうまく回る。
そして奏太にボールが入って、パスするのかなと思ったら、
「反転! 入れ替わった! シュート! わぁぁぁああ!」
真希子の叫び声と共に。
後半開始1分。
すぐに奏太が点数を獲った。
真希子の叫び声は止まらない。
「追加点! すごい! 圧倒的! 奏太くん最高!」
「やったぁぁぁあああああ!」
そこから奏太のチームが試合を圧倒していく。
奏太は子供を相手するかのように、どんどん得点を入れていき、ダブルハットトリックというものをしたところで交代になった。
後半も残り10分といったところで、後ろから女子の大群みたいな声が聞こえてきた。
「やっぱり試合やってる!」
「ちょっとぉ! 気付くの遅かったんですけどー!」
「でもまだちょっとあるみたい!」
「見よ! 見よ!」
どうやらサッカークラブのファンの女子たちらしい。
○○くんがカッコイイやら何やらキャッキャ言ってて、正直気が散る。
試合を観なさい、試合を。
また、もう試合に出ていない奏太に手を振る女子たち。
奏太は無視だ。
まあそれは当たり前か。
でも、何か、奏太に手を振る女子、多くない?
真希子はそんなファンの女子たちには見向きもせずに、純粋にサッカーの試合を楽しんでいる。
やっぱりサッカー好きなんだ。
何か詳しかったし、もしやと思ったが、やっぱりサッカー好きだったんだ。
でもこのサッカークラブのファンの女子はサッカーに詳しいわけではなさそうだ。
ずっと、カッコイイやら、こっち向いてやら、言って、確かにかなり邪魔だ。
そっち向けるはずないでしょ、サッカーは味方のポジションが逐一変わるスポーツなんだから、常に味方の位置を確認しなくちゃ、って、私もちょっとは詳しくなったなぁ。
それに比べて、サッカークラブのファンはそんなことも分からないのか。
嫌だな。
奏太にそうは思われたくないな。
その時、ふと、一昨日のことを思い出した。
『やっぱり慣れないことってやってみるべきだね、やってくれている人の気持ちや大変さが良く分かる。いやまだ”良く分かる”と言っていいほどのレベルに達してはいないんだけどさ』
でも良く分かりたい。
奏太のことをもっと良く分かりたい。
今度サッカーの話をしてみようかな。
奏太のことを知りたいから。
試合はそのまま終わり、奏太のチームは8-1で勝った。
私は試合終わりの奏太に、ケガが大丈夫かどうか話し掛けようかなと思っていると、真希子が私の服を引っ張り、
「帰るよ」
と言った。
「いやケガ」
「ううん、私は奏太くんの味方だからね。今、話し掛けるの、たとえ彩夏だとしても嫌だと思うよ。周りに人がいる時は嫌とか言ってたんじゃないの?」
「確かにそうだけども……」
「奏太くんは奏太くんが守ってきた自分というものがあるんだから、今はダメだと思うよ……ただ、その分」
私の顔をじっと見てきた真希子。
「その分?」
「家でとびっきりおいしい料理を作って待ってるといいよ」
「……うん!」
私はウキウキで家、そして別荘こと奏太の家に帰っていった。
・【奏太のサッカー】
・
話は少し前後して、今日は日曜日、奏太のサッカーの試合を観に来た。
草が生えている、だだっ広い公園に、ゴールを置いて、ちょっと線を引いて、といった感じのコートだった。
観に来ているのは、多分出る人の親御さんばかり。
こうやって同級生で観に来ているのは私と真希子くらいだった。
いや浮くじゃん! ここで一人私が観に来ていたら完全に浮いてたじゃん!
真希子連れてきて良かったぁっ!
いや、真希子連れてこなきゃ良かった……。
「いや恋だって、彩夏。それ普通に恋してるから」
そう言いながら含み笑いをしている真希子。
話さなきゃ良かった。
奏太と私はそういうのじゃないのに。
試合が始まるまで後10分といったところか。
私たちは試合が始まる30分前くらいにやって来た。
ちょっと早く着すぎてしまったので、暇な時間、真希子に最近の胸の痛みの話をしたらすぐこれだ。
参ったね、全く。
「恋しているから、胸がギューと痛くなるんだよ」
「いやいや、持病だから、これから長く付き合っていく持病だから、これ」
真希子は話を全く聞かないなぁ。
ほら、思っているそばから、
「えっ? 奏太と付き合っていくの? 告白されたの?」
「持病だって言ってるでしょ! だから大丈夫!」
本当真希子は何を言っているんだろうか。
それでも真希子は続ける。
「いや逆に持病だったほうがヤバイから!」
「いや持病はヤバくない! 何故なら知っていることだから!」
「あぁ、なるほどねぇ……恋愛は知らないから怖いんだぁ、彩夏、可愛い」
そう言って頭を撫でてきた真希子。
いやこっちは子供じゃないから。
むしろバァヤだから。
達観した大人だから。
全く子供は恋愛、恋愛って馬鹿みたいにうるさいなぁ。
「とにかく! これは持病だし! 奏太は友達!」
そうつい、大きな声で叫んでしまい、ウォーミングアップ中の奏太がこっちを振り向いた。
こっちへニッコリ微笑みかけて、またすぐにウォーミングアップに集中した。
その奏太を見た真希子がふとこう言った。
「カッコイイねぇ、奏太くん……」
「いやどこが! 奏太なんてただの子供じゃん! もう無邪気そのものだから!」
「というかさ、急にどうしたの? 奏太くんのサッカーの試合を観に行くって。何か接点あったんだ」
「……だから幼馴染だって言っていたじゃん」
本当は、今、それだけじゃないけども、あんまり言っちゃいけないと思っているので、少し間ができてしまった。
バレてないかな。
ドキドキしながら真希子が次言う言葉を待った。
「そりゃそうだけどさ、疎遠とか言ってたじゃん。またどこかで繋がったのかなぁ、ってぇ」
と言ってニヤニヤする真希子。
真希子は親友だけどもこういう恋の話になると苦手だ。
一昨日、奏太と話していたヤツだ。
冗談っぽい嫌味が地味に傷つくヤツだ。
あと私は、奏太と今の関係のこと言っちゃダメだと完全にそう思った。
周りからいろいろ言われるから嫌だ、って最初奏太言っていたし、真希子はいろいろ言いそうだ。
ここは適当に濁そう。
「奏太のお父さんから私のお母さん経由でサッカーの試合すること知って、じゃあたまには観に行こうかなって。で、まあ一人だとあれだから真希子を誘おうかなって」
「あぁ、そういうことねぇ」
ごまかせたみたいだ。
良かったぁ。
「でも実際誘われて嬉しかったよ、ありがとう、彩夏」
「……何で誘われて嬉しかったの?」
「いや! やっぱ彩夏何も知らないんだな! うん!」
と急に力強くそんなことを言い出した真希子。
腕を組みながら、うんうん唸っている。
何だそれ、大工の一番偉い人くらい唸っているなぁ。
「じゃあ彩夏、教えてあげる!」
「うん、何?」
「うちのサッカークラブはイケメン揃いで有名なの! ほら! 見たら分かるでしょっ!」
イケメン……いやこういうのよく分かんないんだよなぁ、別にただの顔だし。
「最初はサッカークラブの試合があるごとに、学校でも応援に来て下さいという知らせを出していたんだけども、知らせを出す度に女子が集まり過ぎちゃって、もうその知らせ出すことをやめたんだよ!」
「えっ、そんな馬鹿なことある?」
いやでも確かに、かすかな記憶をたどると、昔サッカークラブの試合の応援よろしくお願いします、というプリントをよくもらったような……。
そして最近はもらっていない……まさか、本当に、そんな馬鹿なことがあるのか……。
「女子が集まり過ぎて気が散るから本当は応援に来ちゃダメらしいんだわ」
「えっ! じゃあ私、ダメじゃん!」
「でもまあそうやって親経由で知っちゃったら、しょうがないんじゃないの?」
「そ、そっか、親経由なら、し、仕方ないよね……」
私はまたあの持病が出始めた。
そんな私の異変に気付いたらしく、真希子が私の顔を覗き込んでくる。
「何か動揺しているみたいだけども、どうしたの?」
「いやいや何でもない! 何でもない!」
本当はダメなのに奏太は何で観に来てほしかったんだろう……あっ! そうか!
自分がサッカー巧いところ自慢したかったんだ!
もう! 本当に子供なんだから!
それに気付いたら、持病は収まった。
というか、だからかっ。
だから真希子が来ることを渋っていたのか。
そういうことかぁ。
「だからサッカークラブのファンの女子たちは情報を共有して、なんとかサッカーの試合を観に行こうとするんだってさ」
「……! 真希子言っていないよね!」
「言うはずないじゃん、サッカークラブのファンの女子たちってちょっと怖いから、関わらないようにしてるし」
「良かったぁ……」
私は胸をなで下ろした。
「でもまあサッカークラブのファンになるということは気持ち分かるわ、本当イケメン揃いで最高だわ」
「ふ~ん」
あんまり興味の無い話に、何か微妙な相槌を打ってしまった。
鼻息と声の中間みたいな。
まあどうでもいい話だと、そうなっても仕方ないよね。
「一番人気は奏太くんね」
急な真希子の謎発言に私は咳をごほんごほんと出してしまった。
鼻水もちょっと出そうだった。
というか。
「……! どこがっ!」
「どこがっ、て、見たら分かるじゃん。あっ、まあ分からないか、うんうん、彩夏にはまだ早いかっ」
何か腹立つな。
子供扱いして。
「まるで中学生のような身長に、端正なルックス、変にチャラついていない爽やかで自然な髪形に、あの運動神経。サッカークラブのファンの外にも知れ渡る奏太くんの魅力……うん、うん、見飽きない、見飽きない」
奏太なんてバターのサラダをもしゃもしゃ食べてるだけの子供じゃん。
何回いただきますって言うんだ、と思うだけだよ、奏太に対しては。
でもまあこっちの大変さを分かろうとしてくれて、感謝のゼリーを作ってくれる優しい友達だけどね。
「まあ彩夏、奏太くんはライバルが多いけども頑張って!」
「いやだから好きじゃないから別に」
そんなどうでもいい会話をしていると、奏太たちが整列して、どうやらそろそろ試合開始のようだ。
奏太は最初から試合に出るみたいだ。
「こう比べてみると、一際大きいね、奏太くん」
確かに他の男子から比べても大きい。
そうか、奏太って他の男子から比べても大きかったんだ。
試合の笛が鳴った。
多分始まった。
相手がボールを自分のコートのほうに蹴ったと思ったら、徐々に前のほうへ蹴り出した。
「彩夏ってサッカーのルール分かる?」
「ルールはさすがに分かるよ、手を使ったらアウトなんでしょ!」
私が自信満々にそう言うと、
「アウトて、野球みたいに言うな。じゃあ戦術面は分かってる?」
「いやもう全然分かんない。何で始まりの時、後ろに蹴ったのかも分かんない」
「それはまあ私もそこまで詳しくないんだけども、サッカーにはフォーメーションがあるって分かる?」
「フォーメーション? それは米でできた麺のフォーは関係あるの?」
真面目にそう聞き返すと、真希子は
「逆に私はそれ分かんないけども、簡単に言うとポジションのこと。大まかに立っていないといけない位置のこと」
「あっ、そういう位置があるんだ」
「そうそう、絶対的な位置じゃないけどね、相対的な位置だけども。大体そのフォーメーションの形でコートを味方で上下するものなの、サッカーって」
そう分かりやすく話してくれた真希子に私は驚きつつ、
「へぇ! 真希子って詳しいんだね!」
と言うと、当然でしょみたいなやたら普通な感じで真希子が、
「いやこのくらいは知ってて当然なんだけども」
「当然って! 知らないことを馬鹿にしないでよ!」
「いやそんなつもりは……まああったかな、彩夏は自分の好きなモノしか分かんないもんね」
「そりゃ大体みんなそうでしょ!」
と論破してやったぐらいの勢いで叫ぶと、
「いや、彩夏は自分の好きなモノもよく分かっていないかなぁ?」
とニヤニヤする真希子。
何の話?
「本当に何の話?」
「奏太くんことだよっ、フフッ」
「だぁ・かぁ・らぁ、奏太はただの友達でぇ!」
「はいはい、分かりましたよ分かりましたよ」
本当に分かってんのかなぁ……奏太は本当にただの友達で、それ以上もそれ以下にも思わないのに。
真希子がやたらカッコイイと言うけども、そんなこと思ったことないし。
「で、奏太くんはフォワード、攻撃的なポジションで、最前列に立っているの。それは見たら分かるでしょ?」
「確かに、味方の服着たメンバーの中で一番前にいるね」
「基本的にみんな困ったら奏太くんにパスするの」
「そりゃ困るね、奏太」
ちょっと可哀相だなと思いつつ、そう言うと、
「ううん、それがエースだから。奏太くんがパスをさばいて……えっと、奏太くんがパスを受けて、フリーの味方にパスをちらして……いや、パスを出して」
真希子は時折謎の言葉を発するようになってしまったなぁ、さばいて? ちらして? えっと、
「何さばくとかちらすとか、魚をさばいて、ちらし寿司を作っているの?」
「サッカーはそういう言い方するんだって、でも初心者の彩夏でも分かりやすくなるように言葉選んでいるのっ」
「つまりじゃあ奏太は寿司屋の大将では決してないんだねっ」
「全然違う。何故ならちらし寿司を作っているわけじゃないから」
真希子が理路整然とそう言った。
私はいやまだちらし寿司作ってる可能性はあるだろ、と思いつつも、真希子の話を聞く。
「で、つまり奏太は何しているの? 何か得点を獲るポジションとかは言っていたような気がするけども」
「簡単に言うと、奏太くんがパスを受けて、すぐにフリーの味方にパスを出して、その間に奏太くんは走る、そして走っている奏太くんに味方がパスを出してゴール、っていった感じかな」
「そうやってバスバス得点を入れていくわけね」
「バスケットみたいに言わないでよ、サッカーってそんな点数入んないから」
何だか真希子は少し呆れているような気がするけども、気にせず私は聞いた。
「じゃあ奏太って結構外すの?」
「まあパスがズレてしまうこともあるし……パスが自分のところに来ないことね」
「それはさすがに分かるよ、体育やっているからね!」
ここはグッと拳を握りながら、自信を持ってそう言った。
でも真希子は冷静に続ける。
「自慢げに言うな、サッカーの用語全然頭に入ってないくせに」
いやでもまあそうだなぁ。
「そっかぁ、じゃあ結構大変なポジションなんだぁ、奏太って」
「まあどこでも役割があって大変だけどね。で、何でその程度しか知らないのに、また聞き程度で観に来ようと思ったのよ」
うっ、真希子はいつも鋭いなぁ。
いや観に来てくれと言われたことは言えないしなぁ……。
「暇だった、からかな」
「暇ねぇ、暇があったらずっとゴロゴロしているような感じじゃないの? 彩夏って」
「失礼な! 料理を頑張らないとダメなのっ! 奏太のために!」
「……奏太のために? 奏太くんのために? それってどういう意味?」
しまった! つい口走ってしまった!
私は割と口走るほうだけども、今日は今日とて口走ってしまった!
「というかさ、さっき彩夏が大きな声で叫んだ時、奏太くんこっち見て笑ったじゃん。それって来ること公認している人の動きだよね。奏太くん、彩夏が来ること元々知ってたどころか、まるで来てほしかったみたいじゃん。何か、私に言ってないことある? 彩夏。というかあるよね? ね? もっと他に話すことあるんじゃないの?」
う~、う~ん、ピンチだぁ……。
でも、真希子は、真希子はお喋りではないからな……。
う~ん、う~ん……。
そんな私を見ていた真希子が言う。
「俯いて唸りすぎ、ちょっとは試合観たら?」
「それは真希子が!」
「あっ! 奏太くんにボールが入った! ワンタッチパス! 巧いポストプレー!」
「専門用語がすごい……」
でもすごい。
奏太は来たボールをすぐさまフリーの味方にパスを出して走り出した。
常に味方の位置を把握していないと、そんなことはできないはず。
さらにすぐに走り出すなんて、絶対疲れるだろうなぁ。
「味方のクロスは……う~ん! 合わない! せっかくゴール前でフリーになっていたのに! オフサイドにもなっていなかったでしょ! 今のは!」
せっかく走ったのに、ボールが自分を通り越してしまうなんて、これ怒るんじゃないかな。
私には最近優しくなったけども、昔は生意気ですぐ怒るようなヤツだったからなぁ。
……って! パス出した味方に親指を立ててグッドマークを出すだけ!
まあ試合中だからな、怒る暇も無いってことだろう。
「私だったら怒るわ、あんなパス」
あっ、真希子は怒るようだ。
私も怒るかもしれないし。
サッカーってこんな感じで進んでいくんだなぁ。
「で! 彩夏! さっきの話! 奏太くんと何かあったんじゃないのっ? そもそもそんなドキドキするほど触れ合うことってないじゃん! 小学校ではずっと私と一緒で奏太くんと触れ合っている時、無いもんね! そうだ! 何故それに気付かなかった私!」
うぅ、ダメだ……もう白状するしかない……ゴメン、奏太、きっと真希子は口が堅いだろうからね……。
私は奏太が手紙を書いたり、ゼリーを作ったりと、奏太の行動は言わずに、自分が料理している話だけした。
それに対して、真希子は感嘆の息を漏らしながら、
「同棲、じゃん……」
と言ってきた。
いやいや。
「どうせい? 違うよ、男子と女子で性別違うよ」
「その”同性”じゃなくて一緒に住んでいるの同棲だよ!」
「一緒には住んでいないよ! 説明したじゃん! 夕方の1時間くらいだよ! 実際一緒にいる時間はっ!」
「いやでも……うわぁ……子供だと思っていたらめちゃくちゃ進んでるじゃぁん……」
軽く震えている真希子。
いやいや!
「何ヒイてんの! あと子供って言うな! 真希子も子供でしょ!」
「いやもう師匠と呼ばせて下さい」
「勝手に呼ぶな! いつも通り彩夏でお願いします!」
「奏太くんはどうなの? やっぱりつっけんどんな感じなの? ぶっきらぼうというか、ちょっとトゲトゲした感じ?」
どうしよう、全然そうじゃないからどう言おう。
いやいいや、ここはもうそのまま言おう。
「いや全然優しいけども」
「ひぃ!」
「いや次は何さ! ヒく次は何さ! 怖がらないでよ!」
「いや、そっか、奏太くんが優しいんだ、話と違うなぁ……」
そう唸りながら喋る真希子。
「話って何?」
「いや奏太くんってかなりの塩対応らしいからさ、まあそういうSっぽいところがまた良いとか言われているらしいけども」
「塩対応って何? いつも奏太って調味料持ち歩いているの?」
「そういう料理の塩じゃなくて、しょっぱい対応、つまりあんまり優しくないってこと!」
新しい用語、この世にはいっぱいあるなぁ。
いやまあ奏太の話だけども、奏太はだって、う~ん、いや、
「う~ん、でも奏太はすごく優しいからなぁ……」
と私が言うと真希子は何か気付いたような顔をして、
「そっか、そっか、なるほど、なるほど、大体分かってきたぞ……そうかぁ、あぁ! そうかぁっ!」
「何なに? 何か分かったの? いや確かに奏太って昔は生意気で泣かし泣かされの関係だったんだけども、急に優しくなって、その理由は正直知りたくて! 何かあるのっ? 奏太には何か秘密があるのっ?」
私はあまりにも気になっているので、結構しつこい感じに、かつ、早口でそう聞いてしまうと、真希子は手のひらを私の前に出して、制止のポーズをしてから
「奏太くんに秘密はあるだろうけど、私からは言えないかな。というか私から言っちゃダメなヤツだ、という台詞も本来ダメなんだけども、勘の良いヤツは気付くんだけども、でもまあとにかくダメなヤツだ」
と真希子は真希子でちょっと早口になりながら、そう言った。
「ちょっと! また私のこと勘の悪いヤツみたいに扱わないでよ! 子供扱いしないでよ!」
「まさにそのことなんだけども、分かんない?」
強めの疑問符でそう言った真希子。
いやでも。
「……分かんない」
「じゃあいいや! 試合観よう! 試合!」
「う~、はぐらかされたぁ……」
「また落ち込んじゃって、可愛い、可愛い、大丈夫、彩夏は可愛いから大丈夫っ」
と言ってまた子供扱いして頭を撫でてきた真希子。
何が大丈夫だよ。
私の心は全然大丈夫じゃないよ。
「う~ん、ちょっと奏太くんのチーム押されてるなぁ」
ほら、やっぱり。
弱いチームじゃないとか言っていたけども、押されてるんじゃダメじゃん。
真希子が解説する。
「でも奏太くんが前線から守備をするなぁ、でも周りがイマイチ連動していないんだよなぁ」
「仲が悪いということ?」
「そうなのかなぁ、でもまあ奏太くんのレベルについていけていないような気もするなぁ」
「いやいや奏太がいつも生意気だから仲が悪くてダメなんでしょ!」
私はきっと普段は生意気であろう奏太に呆れながらそう叫ぶと、真希子が手と手を重ねて、願いながら
「……いや本当、奏太くんは是非カッコイイところ見せてほしいなぁ……」
と言ったので、私は何で願うんだろうと思いつつ、
「真希子、奏太のこと好きなの? カッコイイところなんてないと思うけども、見たいの?」
と聞くと、真希子は小さく首を横に振ってから、
「……見せる相手は私にじゃないよ……」
と意味ありげにそう言ってきたので、私は
「何それ、意味分かんない」
「あーぁ、あと別に好きじゃないよ、大丈夫、大丈夫」
何が大丈夫なんだろう。
そりゃ大丈夫だよ。
たとえ真希子が奏太のこと好きでも、全く関係無いんだから。
と思ったタイミングで奏太が、ボールを持った相手に近付き、ボールを奪った。
真希子も大きな声が出る。
「あっ! 奏太くんがボールを奪った!」
「やった!」
「でも周りの上がりが遅い! でもずっとキープしている!」
「がんばれ! がんばれ!」
私も何だか拳に力が入る。
「反転! 相手ディフェンダーと入れ替わった! そこからシュート!」
「あぁっ! キーパーが止めちゃったぁっ!」
「いやすごいわ、奏太くん。個人技で打開しようとしちゃうんだから」
「すごい? でもダメだったじゃん」
私が普通にそう言うと、真希子がかなり嫌悪感をあらわにした面持ちで、
「……本当彩夏ってドライだよね」
と冷たく言い放った。
いや冷たいのは今の真希子の言い方じゃんと思いつつ、
「ドライじゃないよ、全然冷たくないよ、私。なんせバァヤだから、優しく温かく包み込むのです!」
「バァヤ……昔、彩夏が言われてたあだ名で嫌になって言わないでって言ったヤツじゃん」
「でも私は奏太にとってのバァヤなんです! おばあちゃんなんです! 孫を可愛がるようにやっているのです!」
「……おばあちゃんよりもなってほしいモノがあるんじゃないの?」
一瞬、奏太のお母さんの台詞が脳裏をかすめた。
『奏太のこと、よろしくね』
お母さんになってほしいのかな……。
いやでもさすがにお母さんにはなれないよ。
奏太のお母さんには……。
そう思ったその時、真希子がやけに優しそうな声でこう言った。
「まあいいや、彩夏もいつか気付くといいね」
「……何が?」
「……別に。ほら、コーナーキックだよ」
真希子が話を明らかにそらしたが、まあいいや。
サッカー観ないと。
コーナーって確か、
「隅っこから蹴るヤツね」
「そう、んで、蹴って! 奏太くんにボールが……あっ!」
「あぁっ!」
私はビックリしてしまった。
サッカーは手を使ったらアウトなスポーツ。
なのに、なのに、手を使ったんだ。
敵が、奏太を倒すために。
奏太は跳んでいる時に強く服を引っ張られて、着地がうまくいかず、その場に倒れた。
真希子が叫ぶ。
「PKだろ! PK! 絶対ファウルだ! ファウル!」
「奏太……大丈夫かなぁ……」
足を抑えて痛がる奏太。
急に震えが止まらなくなった。私は。
どうしよう。
奏太がケガしちゃったらどうしよう。
倒れた日のことを思い出す。
あれはただの貧血で大丈夫だったんだけども、あの日の不安が襲ってくる。
「奏太ぁっ!」
なんとか奏太は立ち上がった。
どうやら大丈夫だったようだ。
でも少し足を引きずっているような。
無理しないで。
そんなに無理しないで。
他の味方はコロコロよく交代するのに、奏太は出ずっぱりだ。
コート上に立っている限り、全力で走り続ける。
パスを受けたら、味方にパスして走り出す。
相手のディフェンダーという人にフェイントを入れてから、ゴール前に飛び出す。
でもボールは奏太の頭上を越えていったり、手前で外に出てしまう。
真希子がふと喋り出した。
「奏太くんは本当にエースなんだね、ちょっとケガしてるかもしれないのに交代しないわ」
「交代って回数があったりしないの?」
「少年サッカーは交代が緩かったりするんじゃなかったっけ? 何回も出たり入ったりできるような、バスケみたいに」
「じゃあ奏太も一回交代して休ませないと!」
私は語気を強め、そう言った。
しかし真希子は無理そうにこう言った。
「でもダメみたいだね、このチームは奏太くんありきのチームみたいだ」
「そんなぁ……ケガしてるかもしれないのに……」
「大丈夫、大丈夫だって、試合に出られているということは大丈夫ということだって」
そう言って私のことを抱き締めた真希子。
また子供扱い?
でも今は少し安心する。
奏太、大丈夫かなぁ。
「前半の残り時間は後2分くらいかな、アディショナルタイムも1分くらいだろうから。前半のうちに点数を……あっ、フリーキックだ」
奏太が相手ディフェンダーに倒されて、そこから止まって蹴るヤツを獲得したらしい。
蹴るのは、奏太だ。
私は祈った。
奏太が点数を決めてくれますように、と。
私の運を使ってでも、奏太が決めてほしい。
奏太が手を挙げて、蹴りますみたいなポーズをとった。
そして。
ドゴォン!
ガァァァン!
すごい音が鳴った。
一瞬何かが折れたのかと思った。
奏太の足が折れてしまったのかと思って、心臓が止まりそうになった。
でも違った。
それはボールを蹴った音。と。
ボールはものすごい速度で飛んでいき、ゴールの棒に当たった音だった。
そしてボールはゴールの中に入っていた。
「ポストに当たって入ったぁっ! キレキレの角度のシュートで先制だぁっ!」
奏太が、点数を、決めた。
味方が奏太の周りに集まって喜んでいる。
奏太も喜んでいるが、まだまだこれからだ、といった感じで、そこまで顔を崩している様子は無い。
何それ。
もっと喜べばいいのに。
だから仲悪くなるんでしょ。
全く、子供なんだから、奏太は。
喜ぶ時はちゃんと喜ぶ、それが大人でしょ。
私は大人だから。
「やったぁぁぁぁぁああああああああああああ!」
私は大声で喜ぶ。
何故なら大人だから。
隣にいた真希子は反射的にこう呟いた。
「声デカっ」
「だってめちゃくちゃ嬉しいじゃん! やったぁぁぁああ! やったぁぁぁああああ!」
大きな声を出していると、奏太がこっちを振り向き、笑顔でグッドマークを私のほうへ向けてから、ポジションに戻っていった。
何だちゃんと喜べるじゃん。
そう思って、ホッとしていると。
バァヤ目線で、ホッとしていると。
「いや、ヤバ……奏太くん、めちゃくちゃ可愛いんですけど……」
と真希子が何か震えていた。
「どうしたの?」
「いやだって、今の奏太くん見てた? めちゃくちゃ可愛いじゃん……」
「……大体いつもあんな感じだけど」
「えぇっ! 奏太くんがいつもあんな感じ! いや! 絶対! それ! ……いや、言わんとこ……これは言わん……」
そう言ってちょっと俯いた真希子。
いやいや。
「何なに? 何かあるんだったら教えてよ!」
「これ以上は言えない、私は何も言えない、でも一つ言えることがある。奏太くんのファンに完全になった」
「奏太のファン? 珍しいねっ」
「いやあれ見てファンにならんってヤバイわ、彩夏、オマエはヤバイ」
そう言って私の肩を強めに叩いた真希子。
いやでも。
「別にだって奏太はただの幼馴染だしっ」
「そうか、そのバリア強いな……」
「バリアとかじゃないし!」
前半戦はこれで終了し、ハーフタイムに入った。
奏太は多分友達のお母さんからテーピングをしてもらっている。
大丈夫かな、奏太。
「あれ? 奏太くんって両親来てないんだぁ。あのテーピングしているの、林のお母さんじゃん」
真希子は奏太の家庭の事情を知らない。
奏太は多分クラスメイトにもお母さんがお亡くなりになったことを言っていないから。
私はどう言えばいいか分からず、ついモゴモゴこう喋ってしまった。
「奏太の、両親、って、忙し、いん、だ、よね……」
「まあ確かに夕方もいないくらいだから共働きで大変なんだねぇ」
うんうん頷く真希子に反比例して、うんうん心の中で唸ってしまう私。
「う、うん、そうなんだ……」
「……どうかしたの?」
私の変化に気付き、少し深刻そうに私を見ている真希子。
いや……あの……。
「いや、別に、奏太のこと心配だなって」
そんな私をじっと見てから、真希子は穏やかな声で、
「……まあそれならいいんだけども、何か隠していることあったらいいなよ」
と言ったので、私は正直にこう言った。
「でも、私が言っていいことかどうか、分からないから」
ちょっと重たい空気になっていることは気付いている。
でも、このことで重たくならないことなんてないから。
「……訳アリ?」
「……うん、そう……」
真希子は息をスゥと吸って、フゥと静かに吐いてから、真面目な表情をしながらこう言った。
「別に彩夏ばっかり背負う必要無いんじゃないの? 私だって彩夏の重い気持ち背負ったっていいんだよ。他のヤツには絶対言わないし」
言っちゃおうかな……でも、どうしよう……。
奏太のほうを見ると、痛そうな顔をしている。
奏太……と思ったその時、真希子は
「んっ、言わなくていいやっ、彩夏困ってるもんね」
と明るく、切り替えるようにそう言った。
いや。
「いやいや! 別にそういうわけじゃないんだよ!」
「でも奏太くんのことそんな目で見ちゃって……いいよ、いいよっ、言いたくなったら言ってよ」
「そんな目って何さ! あと……言おうかなって、少し思っているよ……ねぇ? 真希子は奏太のこと味方してくれる?」
私は多分ちょっと震えていたと思う。
それを見ていた真希子は優しく笑いながら、
「彩夏、そんな可愛い目でこっちを見るな、全く。奏太くんの味方するよ、当たり前だよ、というか奏太くんの敵になるヤツなんて、よっぽど嫉妬心にまみれた馬鹿しかいないよ」
と言ってくれて、その表情が何だかすごく安心できる表情で、だから、私は言うことにした。
「じゃ、じゃあ言うね……実は奏太って……お母さんがもうお亡くなりになっているんだ……」
「……え? お母さん、いないの?」
「うん……病気で……何年も前に……だから、奏太はご飯もロクに食べていなかったみたいで、だからご飯作ってあげてるんだ……」
ちょっとの沈黙。
真希子が話し出す。
「あぁ、ヤバイ……何それ……久しぶりにヤバイわ……泣きそうだわ……」
と言って、真希子は大粒の涙を一粒流した。
「もう泣いてるよ……」
「いや泣くだろ、これ……じゃあ私、奏太くんの味方するわ、するから彩夏、私の話をよく聞いてほしい」
そう言って私により近付き、私の両肩をグイっと掴んだ真希子。
「……? 何?」
「奏太くんは彩夏のこと大切に想っているから、彩夏は絶対に奏太くんこと裏切らないでね。奏太くんに嘘をつくようなことは、奏太くんから意味無く逃げるようなことは、絶対しないでね」
真希子は力強くそう言った。
「うん、裏切らないし、嘘もつかないし、逃げもしないよ。当たり前じゃない。だけども」
「だけど?」
「私のこと大切に思っているのかなぁ、ただの仲の良い幼馴染なんじゃないかなぁ」
「いや。絶対に大切に想っている。できればずっと仲良くね」
そう言って笑った真希子。
「大切に思っているかどうかは分からないけども、ずっと仲良くはモチロンしていくよ!」
「じゃあ良かったぁ、彩夏、奏太くんのことよろしくね」
『奏太のこと、よろしくね』
真希子はまるで奏太のお母さんみたいなことを最後に言った。
いやまあ奏太のことずっと見守っていくけどね。
後半戦が始まった。
後半戦が始まっても、奏太は前線に立っていた。
大丈夫なのかなぁ。
真希子はもう試合に集中していた。
「動きがいいのは、前半に得点したうちらのほうだね」
味方同士でパスがうまく回る。
そして奏太にボールが入って、パスするのかなと思ったら、
「反転! 入れ替わった! シュート! わぁぁぁああ!」
真希子の叫び声と共に。
後半開始1分。
すぐに奏太が点数を獲った。
真希子の叫び声は止まらない。
「追加点! すごい! 圧倒的! 奏太くん最高!」
「やったぁぁぁあああああ!」
そこから奏太のチームが試合を圧倒していく。
奏太は子供を相手するかのように、どんどん得点を入れていき、ダブルハットトリックというものをしたところで交代になった。
後半も残り10分といったところで、後ろから女子の大群みたいな声が聞こえてきた。
「やっぱり試合やってる!」
「ちょっとぉ! 気付くの遅かったんですけどー!」
「でもまだちょっとあるみたい!」
「見よ! 見よ!」
どうやらサッカークラブのファンの女子たちらしい。
○○くんがカッコイイやら何やらキャッキャ言ってて、正直気が散る。
試合を観なさい、試合を。
また、もう試合に出ていない奏太に手を振る女子たち。
奏太は無視だ。
まあそれは当たり前か。
でも、何か、奏太に手を振る女子、多くない?
真希子はそんなファンの女子たちには見向きもせずに、純粋にサッカーの試合を楽しんでいる。
やっぱりサッカー好きなんだ。
何か詳しかったし、もしやと思ったが、やっぱりサッカー好きだったんだ。
でもこのサッカークラブのファンの女子はサッカーに詳しいわけではなさそうだ。
ずっと、カッコイイやら、こっち向いてやら、言って、確かにかなり邪魔だ。
そっち向けるはずないでしょ、サッカーは味方のポジションが逐一変わるスポーツなんだから、常に味方の位置を確認しなくちゃ、って、私もちょっとは詳しくなったなぁ。
それに比べて、サッカークラブのファンはそんなことも分からないのか。
嫌だな。
奏太にそうは思われたくないな。
その時、ふと、一昨日のことを思い出した。
『やっぱり慣れないことってやってみるべきだね、やってくれている人の気持ちや大変さが良く分かる。いやまだ”良く分かる”と言っていいほどのレベルに達してはいないんだけどさ』
でも良く分かりたい。
奏太のことをもっと良く分かりたい。
今度サッカーの話をしてみようかな。
奏太のことを知りたいから。
試合はそのまま終わり、奏太のチームは8-1で勝った。
私は試合終わりの奏太に、ケガが大丈夫かどうか話し掛けようかなと思っていると、真希子が私の服を引っ張り、
「帰るよ」
と言った。
「いやケガ」
「ううん、私は奏太くんの味方だからね。今、話し掛けるの、たとえ彩夏だとしても嫌だと思うよ。周りに人がいる時は嫌とか言ってたんじゃないの?」
「確かにそうだけども……」
「奏太くんは奏太くんが守ってきた自分というものがあるんだから、今はダメだと思うよ……ただ、その分」
私の顔をじっと見てきた真希子。
「その分?」
「家でとびっきりおいしい料理を作って待ってるといいよ」
「……うん!」
私はウキウキで家、そして別荘こと奏太の家に帰っていった。
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