50 / 139
49.糸が切れる
しおりを挟む
2話投稿 2/2
――――――――――――――――――――――――――――――――
しばらくエーミールから連絡はなかった。まあ、根回しが必要な相手だし時間が掛かるんだろう。化粧ポーチに入っていた鏡で見たら酷かった。頬に猫の引っ掻き傷を何回かやられた感じだった。大した顔面じゃないけど、悲しい。アルが毎日薬を作ってくれて傷は大分良くなった。
賠償もんだよ、これ。あの女、なんつったっけ、名前忘れたわ。アドレナリンと共に消えたわ。ミカちゃんは怒ってた。メロスぐらい。そうだよね、賠償金貰おうねって言ったら意味わかんないって言われた。
夜着の売り出し方法わかんないし、賠償金ぐらいしか当てにできるお金ないよ。
まあ、できることをやっていくしかない。エーミールからもらったお手入れセットで手入れをする。アルとベルが買ってくれた櫛で髪を梳かす有難味よ。
なんだか気が抜けた。ストレートな悪意の剛速球って、かなり精神削られる。怒りが抜けたら無気力だわ。
流れ流されこんなところまで来たわけですが、私は何がどうなるんでしょうか。もう一イベント残ってるよね、五人目の夫という。そんで、そ奴が決まればイベントはお終いなんでしょうか。今回の事件のように強制イベント起こったりするんでしょうか。泣きたい。マジで。
これ以上ここで、どうやって過ごすんだ。全部に金がかかり、仕事もない、娯楽もないのに。何しろっていうんだ。繁殖か?繁殖してろってか?後処理が面倒なんだよ。わざわざ外行ってさ、洗ってさ、シーツ替えてさ、シーツは足踏み洗いだしさ。煮てさ焼いてさ食ってさ。
アルとベルは、そろそろ街へ行く時期だった。エーミールのところに五日いる予定だったから、その間に行くはずだったのに私のケガで延ばしたのだ。
心配だと渋るアルを送り出す。パンがないんだよ。私はケガを理由にお留守番。ミカちゃんちにも行かない。久々に一人だ。
アルとベルは二日の旅程。ミカちゃんとはお昼を一緒に食べた。夜に一人なことを凄く心配された。
そうだねぇ、でも私、一人になりたい。なんか、糸切れたよ。なんで殺されそうになってんだろ。殺されたって良かったよ。もう面倒だもん。なんで抵抗しちゃったんだろ。あ、グラウ様が危なかったからか。守り石もあったな。あーあ、うまくいかない。あの女も私も。
昼間はいつもの日課をこなした。夕方、チーズと酒壺を持ってお月見に行く。あの池に行こうって決めてた。家の中にはいたくなかった。ここの生活がしんどいこと。大事にされてるのに逃げ出したいこと。逃げ出しても行き場がないこと。全部から目をそらしたかった。
池に着くころ、空は薄墨色になっていた。池の近くに寝転んでチーズをかじる。クセの強いヤギのチーズも好きじゃない。黒パンも好きじゃない。ウサギの肉は好きだな。このワインもまあまあ。自分の稼ぎじゃないのに贅沢は言えない。拾ってもらって養ってもらって感謝しなければいけない。でもできない。転移したことを恨んでる。全部に八つ当たりしてる。感情の持って行き場がない。ずっと眠っていたい。何も考えたくない。
疲れた。優しく、大事にされている、のにそれがいた堪れなく思える。甘えて、頼って、一人で歩けなくなったら?足元に黒い穴がぽかりと口を開けて待っている。
自分にできることをするのは、しなければならないからだ。誰かのためだなんて思ったこともない。
だんだんとアルコールが回り涙があふれ出す。空には大きな青い満月が輝いていた。こっちの月は青いんだ。異世界だから。遠くでオオカミの声がする。アルとベルに散々注意された。危ないって。オオカミは私を食べるだろうか。痛いのは嫌だな。
お月見にピッタリの満月。月の歌って何かあったかな。ぼんやりと歌う。何曲も。静かで誰もいない。私だけ。一人になりたいのに、一人でいるのに、寂しさを感じることに悲しくなる。ないものねだりばっかりだ。不満ばかり並べて。
酔っぱらってふらつきながら笑う。ワインをまた一口飲んで泣く。
ごめんなさい。朝も昼も夜も辛い。ごめんなさい。自分のことばかりで。嗚咽が漏れる。
グラウ様の石を持ってキスをした。月にかざして眺める。
グラウ様は酷い目にあったんだろうな。感電させられてさ。治癒出来たって、痛みと恐怖の記憶は残るよ。
まあ、私とは関係のない人ですけどね。
石をしまおうとして飛ばしてしまった。酔っ払うと、細かい制御に失敗するよね。あはは、私、酔ってるわ。このまま眠って起きたくないな。面倒臭過ぎて。
立ち上がって、飛ばした石の方へ歩くと、石を蹴飛ばしてしまった。あっ、と思ったら石は池に落ちて行く。急いで池まで走り覗き込むと、勢いづいたせいか頭から落ちた。
苦しい苦しい苦しい。あじぇおhごdfんおいj。
藻掻いている体を掴まれ、急に水から出た。草の上で思いっきり咽る。しばらく咽て、ようやく収まり周りを見渡すと、びしょ濡れで怖い顔したグラウ様がいた。
「何をしている」
「・・・池に石を落としてしまって。ごめんなさい。助けていただき、ありがとうございました」
グラウ様に頭を下げる。
「・・・石はいい。もう二度とこんなことしないでくれ」
グラウ様は盛大なため息を吐き、眉をますます寄せた。
「はい。もう、帰ります。ありがとうございました」
立ち上がってワンピースの裾を絞る。頭の布も取って絞り顔と髪を拭いてから、また頭に被った。酒壺を持って歩き出す。
「お休みなさい」
「送る」
「でも、石が」
「一度行った場所は石が無くても飛べる。・・・手を」
いつものように左手を出すと濡れている手に強く握られ、目の高さに持ち上げられる。つられて顔を上げると、グラウ様と目が合った。眉を寄せて少し歪んだ表情はなんだか泣きそうに見えた。
「・・気を付けてくれ」
「・・・はい」
――――――――――――――――――――――――――――――――
しばらくエーミールから連絡はなかった。まあ、根回しが必要な相手だし時間が掛かるんだろう。化粧ポーチに入っていた鏡で見たら酷かった。頬に猫の引っ掻き傷を何回かやられた感じだった。大した顔面じゃないけど、悲しい。アルが毎日薬を作ってくれて傷は大分良くなった。
賠償もんだよ、これ。あの女、なんつったっけ、名前忘れたわ。アドレナリンと共に消えたわ。ミカちゃんは怒ってた。メロスぐらい。そうだよね、賠償金貰おうねって言ったら意味わかんないって言われた。
夜着の売り出し方法わかんないし、賠償金ぐらいしか当てにできるお金ないよ。
まあ、できることをやっていくしかない。エーミールからもらったお手入れセットで手入れをする。アルとベルが買ってくれた櫛で髪を梳かす有難味よ。
なんだか気が抜けた。ストレートな悪意の剛速球って、かなり精神削られる。怒りが抜けたら無気力だわ。
流れ流されこんなところまで来たわけですが、私は何がどうなるんでしょうか。もう一イベント残ってるよね、五人目の夫という。そんで、そ奴が決まればイベントはお終いなんでしょうか。今回の事件のように強制イベント起こったりするんでしょうか。泣きたい。マジで。
これ以上ここで、どうやって過ごすんだ。全部に金がかかり、仕事もない、娯楽もないのに。何しろっていうんだ。繁殖か?繁殖してろってか?後処理が面倒なんだよ。わざわざ外行ってさ、洗ってさ、シーツ替えてさ、シーツは足踏み洗いだしさ。煮てさ焼いてさ食ってさ。
アルとベルは、そろそろ街へ行く時期だった。エーミールのところに五日いる予定だったから、その間に行くはずだったのに私のケガで延ばしたのだ。
心配だと渋るアルを送り出す。パンがないんだよ。私はケガを理由にお留守番。ミカちゃんちにも行かない。久々に一人だ。
アルとベルは二日の旅程。ミカちゃんとはお昼を一緒に食べた。夜に一人なことを凄く心配された。
そうだねぇ、でも私、一人になりたい。なんか、糸切れたよ。なんで殺されそうになってんだろ。殺されたって良かったよ。もう面倒だもん。なんで抵抗しちゃったんだろ。あ、グラウ様が危なかったからか。守り石もあったな。あーあ、うまくいかない。あの女も私も。
昼間はいつもの日課をこなした。夕方、チーズと酒壺を持ってお月見に行く。あの池に行こうって決めてた。家の中にはいたくなかった。ここの生活がしんどいこと。大事にされてるのに逃げ出したいこと。逃げ出しても行き場がないこと。全部から目をそらしたかった。
池に着くころ、空は薄墨色になっていた。池の近くに寝転んでチーズをかじる。クセの強いヤギのチーズも好きじゃない。黒パンも好きじゃない。ウサギの肉は好きだな。このワインもまあまあ。自分の稼ぎじゃないのに贅沢は言えない。拾ってもらって養ってもらって感謝しなければいけない。でもできない。転移したことを恨んでる。全部に八つ当たりしてる。感情の持って行き場がない。ずっと眠っていたい。何も考えたくない。
疲れた。優しく、大事にされている、のにそれがいた堪れなく思える。甘えて、頼って、一人で歩けなくなったら?足元に黒い穴がぽかりと口を開けて待っている。
自分にできることをするのは、しなければならないからだ。誰かのためだなんて思ったこともない。
だんだんとアルコールが回り涙があふれ出す。空には大きな青い満月が輝いていた。こっちの月は青いんだ。異世界だから。遠くでオオカミの声がする。アルとベルに散々注意された。危ないって。オオカミは私を食べるだろうか。痛いのは嫌だな。
お月見にピッタリの満月。月の歌って何かあったかな。ぼんやりと歌う。何曲も。静かで誰もいない。私だけ。一人になりたいのに、一人でいるのに、寂しさを感じることに悲しくなる。ないものねだりばっかりだ。不満ばかり並べて。
酔っぱらってふらつきながら笑う。ワインをまた一口飲んで泣く。
ごめんなさい。朝も昼も夜も辛い。ごめんなさい。自分のことばかりで。嗚咽が漏れる。
グラウ様の石を持ってキスをした。月にかざして眺める。
グラウ様は酷い目にあったんだろうな。感電させられてさ。治癒出来たって、痛みと恐怖の記憶は残るよ。
まあ、私とは関係のない人ですけどね。
石をしまおうとして飛ばしてしまった。酔っ払うと、細かい制御に失敗するよね。あはは、私、酔ってるわ。このまま眠って起きたくないな。面倒臭過ぎて。
立ち上がって、飛ばした石の方へ歩くと、石を蹴飛ばしてしまった。あっ、と思ったら石は池に落ちて行く。急いで池まで走り覗き込むと、勢いづいたせいか頭から落ちた。
苦しい苦しい苦しい。あじぇおhごdfんおいj。
藻掻いている体を掴まれ、急に水から出た。草の上で思いっきり咽る。しばらく咽て、ようやく収まり周りを見渡すと、びしょ濡れで怖い顔したグラウ様がいた。
「何をしている」
「・・・池に石を落としてしまって。ごめんなさい。助けていただき、ありがとうございました」
グラウ様に頭を下げる。
「・・・石はいい。もう二度とこんなことしないでくれ」
グラウ様は盛大なため息を吐き、眉をますます寄せた。
「はい。もう、帰ります。ありがとうございました」
立ち上がってワンピースの裾を絞る。頭の布も取って絞り顔と髪を拭いてから、また頭に被った。酒壺を持って歩き出す。
「お休みなさい」
「送る」
「でも、石が」
「一度行った場所は石が無くても飛べる。・・・手を」
いつものように左手を出すと濡れている手に強く握られ、目の高さに持ち上げられる。つられて顔を上げると、グラウ様と目が合った。眉を寄せて少し歪んだ表情はなんだか泣きそうに見えた。
「・・気を付けてくれ」
「・・・はい」
10
あなたにおすすめの小説
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる