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95.三人の過去

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森番の家に泊まりに行く日、アルとベルが迎えにきてくれた。家に向う道中、なんていうか二人とも寡黙で、雰囲気が重くて、落ち着かない。道の半ばで耐えられなくなって聞いた。

「二人とも何かあったの?」

ベルが泣きそうな顔で振り向いて、怖くて声が止まった。

「・・・ユウ、ユウ、ごめん、ごめん、俺、ユウに酷いことした」

混乱する私を強く抱きしめてすすり泣く。何度も深呼吸して鼓動を落ち着かせ、抱き付いたベルの体にそっと手をまわした。

「どうしたの?」
「ユウ、ごめんね。俺、酷いことしたって分かった。ユウに何も言わないで家を追い出すなんて、なんて酷いことした」

ベルがすすり泣く。
あれはベルから見ても酷いことだった?泣くことだった?悲しいこと?

「・・・酷いことだった?」
「うん、ごめん、ごめんね」
「・・・じゃあ、私が、悲しくても・・良い?」
「・・っユウ!ユウ、ユウ」

ベルが強く抱きしめて苦しい。苦しい。私は悲しんでもいい。悲しんでも自分勝手じゃない。泣いてもいい。
涙が溢れた。歯を食いしばって声を耐える。少しだけ。少し泣くだけ。だって泣いてもいいから。
悲しみ過ぎたら、どこかに沈んでいきそうで、何かが壊れそうで、怖くなり呼吸して落ち着く。
それに、二人も悲しいから。
目を開けて涙を流しているベルに笑い掛ける。私は大丈夫。お互い様というやつだよね。なのに、ますます悲しい顔をする。どうしよう。
急にアルに抱きしめられてびっくりする。

「ユウ、すまない、ユウ、ユウナギ、すまない。自分のことしか考えていなかった」

震える息を吐いてアルが声を出した。
アルも?アルを傷付けたのに悲しくなってもいいの?
アルを見上げると辛そうな顔してる。

あの時、悲しんだことを、泣いたことをまた思い出した。
あの時のアルの態度も。それに傷付いたことも。
でも、知ってる。自分の感情がどうにもできなくて振り回されちゃうこと。それが苦しいこと知ってる。アルもベルも苦しい。私も苦しい。
知ってるけど解決方法なんて知らない。

二人の腕の中から離れると、力が全部抜けたような顔をする。そんな苦しそうな顔してほしくない。

「競争だよ。家に誰が一番に着くか競争」

顔も拭かず笑って、そう言い捨てて走った。振り返らずに走った。分からないから、苦しさは捨ててしまいたかった。全部、振り切って、振り払ってしまいたかった。
気持ちを物理で再現してみました。すぐ息切れするけど。
そうしたら、二人が追いついてきた。悔しくて足を速めるけど、すぐへたる。ベルが振り返って笑った気がした。森番の家が見えてラストスパートをかける。私は最初と最後だけ早いんだよ。手加減している二人に、スピードを上げて並ぶ。もっともっと早く、早く。追い抜くと思ったら、全然敵わない。二人がドアにたどり着いてから振り向くひまだってある。まったく、完敗だ。振り向いた二人に両腕で抱き付く。
息を切らして呼吸だけを必死にする。

少し落ち着いたら笑う。声を出して。ハードな運動って気持ちをリセットできるよね。アハハハ、馬鹿みたい。走ってさ、子供みたい。
笑いながら話す。

「どっちが先に着いたの?」
「俺が先だよ」

ベルが得意そうに笑う。子供か。もう、可愛いな。抱き付いて一等を称える。

「おめでとう!一等だね」
「ふふっ、変、ユウって」
「アルは二等」

アルも笑う。そう、私は笑った顔が見たいんだ。
きっと、その方向に向かうことはできるはず。私の双子だから。私は欲張りだから。

「ねえ、私の双子?私の?」
「・・うん。ユウ、俺達はユウの双子。ユウのでいいの?」
「私の双子、ねえ、大好き。大好きだよ、双子」
「ユウ・・・」

ベルが私を抱きしめて頬ずりをする。うん、大丈夫。アルもおいで。アルのほうを向いて手を伸ばすとアルも抱き付いた。
手が足りないな。

「ふふっ、ブフッくっ、ふふふっ、もう、手が足りない。腕が四本無いと二人一緒に抱けない。ふふふっ」
「ユウ、ハハッ、ユウは欲張りだな」
「そうだよ、今気付いたの、っふふ」
「もう、ユウは。もう、もう、ユウ、好きだよ。ユウ、俺、大事にするよ」
「ユウ、俺も大事にする。ユウ、好きだ。ユウ、すまない」

二人に抱き込まれて、苦しくて嬉しい。嬉しい。

「ねえ、私達って初めての婚姻でしょ?」

静かな声で聞き、二人を見上げると真剣な瞳で頷く。

「だから、間違うよ。私達間違うけど、・・・やり直しできるよね?」

少し不安で眉を寄せてしまう。私、怖いな。一つ一つ怖くなってしまう。これじゃ懇願だ。でも、どうにもできない。胸がキリキリと痛む。

「・・うん、やり直ししたい」
「やり直させて欲しい」

くしゃりと歪んだ顔もそっくりな二人と抱き合った。そのまましばらく抱き合って、泣き顔のまま笑った。

何気ない話をしながら食事をして体を流し、ベッドに入る。いつものように、アルに背中を抱かれベルと向かい合って手を繋ぐ。

「ねえ、なんで酷いことしたって思ったの?」
「筆頭に言われたんだ。ユウはこっちのこと何も知らないのに、俺達が教えなかったのに、何も言わないで追い出したんだ。・・・俺達がされて嫌だったのに、同じことしちゃったんだ」

眉を寄せて目を伏せ、辛そうにぽつりぽつりと話す。

「それで謝ったの?」
「うん」
「二人は誰にされたの?・・・家族?」
「・・・うん。・・・親に」
「・・どんな親だった?」
「母親は・・・俺達はいないもの。俺達は存在しない。・・・目も合わないし、声かけても聞こえない。俺達の話が出たときは聞いてない振りして何も言わない。」
「小さい頃は、俺達が小さい子供だから、本当に見えてないと思っていた。大きくなったら見えるようになると思ってたんだ。」
「小さい頃は俺達の部屋から出られなくて、7歳で命名の儀をしてから家族で食事するようになるから、そうしたら見えるようになると思ってて」
「でも、俺達のほうを見ることはなかった」

静かな声で言って、小さく息を吐いた。二人の少し冷えた手を握る。

「声を掛けたら見えるようになるかもと思って、廊下で声を掛けたんだ。でも、振り向きも止まりもしなくて、そしたら弟が『お母さん』て、言いながらやってきて・・」
「弟に笑い掛けて、かがんで、抱きしめた」
「で、分かった。俺達だけが見えてなくて、見る気がないって。・・・父親たちは兄弟同士で、俺達をバカにする種にしてた。お前に似てるから覚えが悪いとか、お前に似て陰気くさいとか言って」
「機嫌が悪いと、こっちを見るなと怒鳴られたり、矢を拾いに行かされたところに射って、俺達が逃げるのを笑う」

なんちゅーとんでもないことを。最後のは命にかかわるぞ。ベルを胸に抱きしめて、後ろから腰にまわったアルの腕も一緒に抱きしめた。

「・・・ユウは?ユウの家族はどうだったの?」
「うちは、そうだな、母親と父親は弟を大事にしてたよ。弟は私の一つ下で、おやつを弟に取られて、それを取り返したら、母親に浅ましいって嫌味言われた。悔しいから、取られないうちに口に詰め込むようにした」
「ふふっ、喉に詰まりそう」
「ふふふ、詰まったりしたよ。そしたら、がっついて浅ましいって言われたわ。そのうちもらえなくなったし」

ベルが胸元に顔を擦りつけるので頭を撫でながら話す。

「勉強できないと怒鳴られたけど、あとは特に関わりなかったな。弟しか目に入ってなかったから。父親も勉強ができる姉を褒めて、弟を可愛がってたよ。姉は歳が離れてて、嫌われて睨まれるから関わりなかったし、弟と関わったら母親が睨みつけるから避けてたし」

アルの手が私を抱きしめる。

「私は関わりがないだけで、文句付けられたりとかないから楽だったよ。矢を射られるのは怖かったね」

ベルの髪をくしゃくしゃにする。

「私、長くなりそうな人付き合い苦手なの。なんか怖くて。その場限りならいいんだけど。二人とはさ、ベルがお喋りだから助かったよ。ふふっ、お喋り楽しいから」
「・・・俺もユウと喋るの楽しいよ」

顔を上げて少し微笑んだベルの額に笑ってキスをする。

「ねえ、ユウは恋人もいたんでしょ?どんな人だったの?」
「ええっ、そんなどうしようもないこと聞かないでよ。もう昔の話だし、思い出したくない」
「だって、恋人はユウが好きになったから恋人なんでしょ。どこが好きになったのか知りたいよ」
「・・・あー、構ってくれるトコ。やっぱり寂しかったんだと思う。でも、相手の思い通りにしないと責められて、私アホだから言い返せなくて、言いくるめられて何か全部私が悪いことになってて、それで私がおかしくなったら、他の女の子と付き合うからって別れた」

アルの指が慰めるように耳を撫でる。口より雄弁な指が優しく動いた。

「・・・なんか酷いね」
「そうだよね、でも付き合ってるときは気付かないんだよ、なぜか」
「・・・俺もユウのせいにしてる?」
「んー、ベルには言い返せるし、傾向が違う。もっと見下す感じでさ、どんどん貶められるんだよね。ネチネチと」
「・・・俺、気をつける。・・・・・ねえ、俺は好きなトコある?」
「ベルの好きなトコは、明け透けな物言いかな。アホな私にも分かりやすくて面白い」
「俺は?」
「アルは甘えん坊なところが可愛くて好きだよ。・・・二人は双子なとこが好きだよ」
「なんで?」
「挟まれるとあったかいから」
「ふふふ、変なの」
「じゃあ、私は?私の好きなトコ」
「えー、・・女の人だから?」
「・・・グフッ、ふぐっ、ちょっ、範囲、広すぎる。んふっ」

アルも背後でちょっと噴き出して、背中にあたってるお腹が揺れてる。

「なにさ。じゃあ、アルはユウのどこが好きなの?」
「・・・女の人だから」
「・・・・ブッ、ふっ、アルっ、もう、アハハ、ハハハ」

三人でひとしきり笑う。あーあ、もう、可笑しい。

「ねえ、三人で話そうね、色んなこと」
「うん、俺達たくさん話そう」
「ああ」

もっと、ゆっくりで良いんだ。まだ、何回だってやり直しできる。
三人で手を繋ぎながら眠った。


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