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番外編2
7.教育的指導について
しおりを挟む嫌な寝汗をかいて起きた。生理のときはたまにある。気持ち悪いので体を拭いて着替えた。洗濯物は増えて欲しくないけど仕方がない。
今朝の髪結いはミカから断ってもらった。
オリヴァに会いたくないな。前のモラハラ彼氏を思い出しちゃった。オリヴァとは違うけど、私との約束をどうでもいい扱いするのは同じ。いや、前彼はそもそも約束自体しなかったような? 『俺に約束させるとか、なに偉そうなこと言ってんの?』ぐらいの勢いだったかもしれん。
オリヴァは違うけどさ、違うけどさ、でもこのまま、今のままいったらダメになる気がする。私もオリヴァも。
落ち込んだ気分はどうにも回復せず、静かに手仕事をして一日を過ごした。
生理中だから、と理由を付けて次の日も、その次も会わずに過ごす。体は布で拭いて我慢した。森を選んだ時点で、こう過ごすのが当たり前なんだから仕方がない。
朝がくるたび緊張する私を心配したミカがオリヴァの指輪を預かってくれた。それはホッとすると同時に、胸が痛むことだった。私が会いたいと言わない限り追い返すと約束してくれたことにホッとして、ホッとしたことが悲しかった。
ちゃんと話さなきゃいけないってわかってるけど、何をどう話せばいいの? こないだの言い方じゃダメだったのかな? でも、他の言い方って何かある? それとも話を聞く気がない? それってお終いじゃない? 私の言い分は尊重されないんだっけ。じゃあ、何を言っても無駄じゃない?
……これは考え過ぎだ。
堂々巡りを繰り返す頭を抱えているうちに生理が終わり、それでもやっぱり会わずにいた。ずっと会わないと会い辛くなる。逃げてる間に気まずさはつのり、微かに感じた怖さが膨らんでいった。
会わないまま10日を過ぎた日の夜、ドアが叩かれた。
食後のお茶を飲んでいた私は硬直する。やらなきゃいけないことを目の前に突き付けられたみたいで。逃げ回っていた気まずいことに襟首を掴まれてしまった。
ミカが外に出て行き、しばらくしてエーミールと一緒に戻ってきた。
「我慢できずに会いに来た。私とは会えるだろう?」
「うん」
久しぶりのエーミールは外の冷気でヒンヤリしてた。
冷たい鼻先で私に頬ずりしておでこにキスをする。ギュっと抱きしめてから長い息を吐き、微笑む水色の目で私を見つめた。
「随分と久しぶりだ。少しは私に会いたいと思ってくれたか?」
「うん。顔見れて安心した」
「なんだ、胸の高鳴りはないのか。年を取った気分だな」
「ふふ、胸の高鳴りは口付けのときだよ」
「それなら、今は妥協しておこう。今日は泊まるから存分に味わえる」
「え、泊まるの? 外泊して大丈夫なの?」
「一泊ぐらいなんの問題もない。久しぶりに妻と会うんだ、すぐ帰るなんて無粋なことはしない。嬉しいだろう?」
「うん、嬉しい」
本当に嬉しくて笑うと、もう一度強く抱きしめられた。
「可愛らしいことを言う」
抱き合っているとミカから、ベッドの準備ができたと声が掛かった。2人で話してる間に整えられてた。早い。
予備の小さめベッドは炭焼き爺さんとミカが冬ごもりに来た時に一緒に寝てたベッドらしい。その頃は先代の森番爺さんもいたし、いつものベッドで5人はさすがに無理で予備を作ったそうだ。予備のベッドに草を入れ、草の上にシーツをかけて毛皮を敷く。草を詰め込んだ枕と掛布の上にまた毛皮を乗せる。掛布ってただの布だからね。毛皮ないと凍死するって。森番だからこその贅沢だ。
「急で悪いな」
「いいよ。ユウにずっと会えなくて寂しい気持ちは分かるから」
「まったく、グラウに聞かせてやりたいな。こないだで懲りず、すぐにまた同じことをするとは。ここまで阿呆だと思わなかった」
話に出てドキリとした。緊張が走った体に気付いたのか、心配そうに眉を寄せたエーミールが手を握り私の顔を覗き込む。
「……ユウナギ、なぜ怯える? グラウが何かしたのか?」
「……何も。約束破っただけ」
俯いた私の腰を抱いてベッドへ行き、腰かける。
「でも、怖いのだろう? 何が怖いんだ? 教えてくれ」
「……ダメになりそうで」
私の頭を胸に抱き寄せて、優しく腕を撫でた。
「そうだな、同じことが続けばそうなる。でも、今は修復する気があるんだろう?」
「……うん」
「グラウは阿呆でどうしようもないがな、ここまで増長させたユウナギにも責任がある」
簡単に許すから? でもこないだはちゃんと話したと思うんだけど。
よく分からなくてエーミールを見ると、優しく微笑みを返され唇を触られた。
「甘やかし過ぎだといつも言っているだろう? あいつだって女神に仕える神殿の人間なんだ。ユウナギが言い聞かせればその通りにする。でも、そうしたのはこないだが初めてだろう?」
「うん」
「甘えて良い部分とダメな部分がある。私はわかっているが、グラウは人付き合いをしてこなかったから加減がわかっていない。ユウナギが全部初めてなんだ。赤ん坊と同じように全力で甘えている」
「約束破りがダメってわからないの?」
「それぐらい解っているが、ユウナギに甘えて自分のしたいことをしてしまう。ユウナギもそれを許してきただろう? だから何しても許してもらえると思っているんだ」
「……うん」
そうだな。なんだかんだ、オリヴァのワガママは全部許してたし、怒ったりもしなかった。それで、大したことじゃないって思われたのか。
実際、一つ一つは大したことじゃなかったし、ワガママ言われて嬉しい気持ちもあった。でも、重なると大きなことになる。それがわからない。私も自分がこんな気持ちになるなんて知らなかった。
そっか、お互いにちょっとずつ間違ってたのか。
「あいつは無理だと諦めていたものが手に入って、浮かれっぱなしなんだ。飢えてどうしようもなかったところに甘露を与えられて、際限なく欲しがっている。森番もそうだっただろう? グラウも同じだ」
「……そうだな。俺と同じだ。だから、やり直しの機会を作ってあげてほしい。俺にしてくれたように」
「……うん」
アルの静かな声が胸に響いた。
私だってやり直したい。でも、なんか繰り返しそうで怖い。繰り返すたびに失望が広がりそうで怖い。
俯いた私の頬を指先で優しく撫でながら、エーミールが続けて話す。
「グラウだけが変わっても足りない。ユウナギが変わらないと、また繰り返すことになる。関係性は2人で作るものだからな。わかるだろう?」
「……うん」
「いちいち怒ってやるのは面倒だが、そうしないと分からないのだから仕方がない。それに、今まで甘く許されてきたのにいきなり拒絶で話もしないのは、いささか気の毒だ。猶予ぐらい与えてくれ。これが自分ならと考えると、救われなさ過ぎて暗澹たる気分になる」
同情するなんて珍しいなと思って顔を見ると、眉を下げた可愛い顔をしてるから和んでしまった。
「そうだね、ちゃんと話をしないとね」
相手に伝わるまで伝えるのができてなかったってことか。話がなかなか通じない相手には言うだけで終わらせちゃダメってことだよね。確認とらないと。うーん、大変。
「人付き合いって難しいし、大変だね」
「まったくだ。夫全員の面倒を見るなんざ、頼まれてもやりたくないな。しかも、そのうち一人は注意も聞かない阿呆ときてる。私に相談もせず決めるから阿呆な男の相手をする羽目になるんだぞ」
「……根に持ってるの?」
「当たり前だろう? 求婚者のことでないがしろにされて怒らないなんて、妻に興味がない奴だけだ」
「……ごめんなさい」
「まあ、そのツケは今払っているし、私への詫びは少しずつ返してもらおう」
ニヤリと笑って私の顎を撫で、唇を食んだ。リップ音をさせて離れると、濡れた唇がつややかに弧を描く。
「さて、どんな罰を与える? 怒りの大きさを教える必要があるのだから、簡単なものはダメだぞ。楽しみだな、ククッ」
「……また悪い顔してる。……神殿に定番の罰はあるの?」
「そうだな、入手が難しいものをねだったりしてるな。舶来物なんかねだって、手に入るまで会わないとか、よく聞くぞ」
「欲しいものはないな」
「わかりやすく区切りをつけるために必要なのだから、物じゃなくても良い。大勢の前でひざまずかせて、つま先に口付けさせているのもたまに見かける」
それは最早、何かのプレイでは?
「手に入るまで1、2年かかるものを用意させたりな」
「そのあいだ、ずっと会わないの?」
「どれだけ早く手に入れるか、そのためにどれだけ必死になれるかを見るんだ。入手できないか、あちこち聞いて回れば周りにも怒らせることをしたと知れ渡るだろう? 自分が阿呆だと言って歩いてるようなものだから恥をかく。それでも伝手を辿って駆けずり回り、頭を下げて金も使い、手に入れる」
「……大変だね」
「ああ、大変だ。だから、罰を出すほうも考える必要がある。相手と罪に見合う程度の罰にしないと、修復自体できなくなるからな。お互いにどれだけ相手を見ているのかをはかり合ってる」
「……大変過ぎる」
「まあ、難しく考えることはない。出来ないときは、往来で靴を舐めさせればいいのだから」
「やだよ、そんなの。私がやりたくない」
「相応しい罰を考えられないのだから、それくらいの我慢は必要だぞ?」
「考えるよ」
「なんだ、市場の真ん中で這いつくばって靴を舐めるグラウを見られると思ったんだがな」
ニヤニヤと悪い顔をするエーミールを見て噴き出した。
エーミールはこうしてふざけて、気持ちを軽くしてくれる。いつも助けてくれる頼もしい夫だなぁ。嬉しくて笑ってしまう。
「ありがとう、エーミール」
「お礼はベッドに入ってからしてくれ」
ギュッと抱き付いて言ったら、からかうように答えた。
「……するの?」
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