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1.妹視点
しおりを挟む夜になるとお兄さまがやってきます。お兄さまだけが幽霊の私に気づいてくれるのです。
お母さんが死んで大きいお屋敷にきてから、誰にも気づいてもらえなくなりました。どうしていいのかわからずに震えていたら、私は幽霊になったのだと男の子が教えてくれました。だから声をかけた誰もが振り向かないのだと。私はお母さんと一緒に死んでしまったのかもしれません。きっとそうなのでしょう。幽霊になったから知らない場所にきたのです。
でも、どうして男の子には私が見えるのでしょうか。不思議に思っている私に、お父さんが同じだからだと教えてくれました。私より少し背の高い男の子は『お兄ちゃん』だったのです。一人ぼっちになったと思っていたのに家族がいました。とても嬉しくなって『お兄ちゃん』と呼んだら、男の子はイヤそうな顔をしました。嫌われてるのかと悲しくなった私に男の子が教えてくれます。貴族は『お兄さま』と呼ぶのだと。
その日、私に『お兄さま』ができました。
幽霊の私は部屋の外へ出ることはできません。でも優しいお兄さまが毎晩ご飯を持ってきてくれますし、いろいろ教えてくれるので平気です。私が部屋を出られないのは危ない生き物がうろついているせいだそうです。お兄さまは大丈夫なのか心配になりましたが、魔法の訓練を受けているから平気だと笑っていました。
お兄さまの言いつけを守らなかったときはご飯抜きのお仕置きがあります。泣いて謝っても許してもらえません。お兄さまが厳しいのは私を守るためなのですから、約束を破る私が悪いのです。今はもう約束を破るような、良くない行いをすることはありません。お兄さまのおかげです。
私のいちばんの楽しみはお兄さまに会うことです。ですがお兄さまはなかなか信じてくれません。部屋のカギが開く音がするとドアまで走って出迎えるのは、お兄さまに少しでも早く会うためなのに、お兄さまはご飯を早く食べたいだけだろうと言います。
でもこれは私も悪いのです。お腹がとても空いている私は、ご飯を食べ終わるまでお兄さまのお話をちゃんと聞けないのですから。
よくそんな残飯に夢中になれるなと言われますが、腐ってないものを食べられるだけで幸せです。それにお兄さまが持ってきてくれるご飯は一口も食べられていません。なのに残飯になるなんて。きっと食べきれないほどご飯をもらえるのでしょう。貴族のお兄さまがうらやましいです。
私がご飯を食べているあいだ、お兄さまは私の書いた日記を読んでくれます。
バカは嫌いだからとお兄さまが文字を教えてくれました。大好きなお兄さまに嫌われないために頑張って覚えたので、今では一人で本を読むこともできます。本を読んで考えたことや昼間にあったことをくわしく書くのは、バカな私が文字を忘れないために必要な練習だそうです。私のためになることを教えてくれるお兄さまは、とても頭が良くて優しい人です。
ご飯を食べ終わったらお清めをします。部屋を出ることが許されるとても嬉しい時間です。
お兄さまと一緒にお屋敷の外へ出て、月明かりを頼りに井戸まで歩きます。裸になって汲み上げた水を頭からかぶり体を洗います。夏は冷たくて気持ちがよくても、冬は寒くて寒くて凍えます。心配したお兄さまに冬は部屋に水を運ぼうかと聞かれましたが、断りました。寒くても凍えても外に出て空を見上げたり、風に吹かれたりするほうが嬉しいのです。そんな私のワガママにお兄さまはうなずいてくれました。寒い日も一緒に外へ出てお清めを見守ってくれるなんて、なんて優しいお兄さまでしょう。
部屋に戻ったらカギをかけて儀式をします。満月のたびに悪魔の血が出るようになった私を、人間につなぎ止めるために必要な儀式だそうです。足のあいだから初めて血が出たとき、何かわからず怖ろしくて泣くだけの私に、冷静なお兄さまはいつも通り身を清めるよう言いました。身を清めた私を見つめたお兄さまは驚いた顔で『悪魔』と言い、悪魔をしずめる儀式を教えてくれたのです。
幽霊が悪魔になったと知られたら家を追い出されてしまうので、誰にも言ってはいけないと注意されました。もちろん、自分がそんな怖ろしい生き物だなんて誰にも言えません。こんな私のために貴重な体液を使ってくれるお兄さまには、とても感謝しています。
儀式が終わるのはいつも空が少し白くなり始めるころです。儀式のあとはお兄さまがとても優しく撫でてくれる幸せな時間ですが、みんなが起きてくる前にお兄さまの部屋へ戻らなくてはいけないので、すぐに終わってしまいます。この部屋でお兄さまが見つかると私も見つかってしまいますし、そうしたら悪魔の血を調べられてしまうかもしれません。寂しいけれど仕方ないのです。
この部屋を出たお兄さまがカギをかけ、ドアの向こうから小さな声で一日の終わりを告げます。
「おやすみ」
「おやすみなさい、お兄さま」
お兄さまに挨拶した私は、今日も安心して眠ります。
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