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第一章 巫女ってなんなんですか
12.白い花の下 Side ヴェルナー
しおりを挟むSide ヴェルナー
「今はレイルードの花が見ごろなんだ」
庭園の石畳を歩きながらサヤカに話しかけた。
「白い花が沢山咲いてて綺麗だね」
「ああ。この季節は花の下で食事をしたりお酒を飲んだりして楽しむ。良い場所を見つけたから、そこで昼食にしよう」
「うん。私の国も春にサクラの花を見て同じように過ごすよ。似てるね」
「似ているな。どんな花なんだ?」
「レイルードみたいに木の枝が花で埋もれるくらい咲いて、色は薄いピンクから濃いピンクまで種類がいっぱいある。花びらが5枚の花もあるし、何枚も重なった花もあるよ。満開になってから二週間もつかな? 風が強いとすぐ散るから、お花見はすぐしないと」
「忙しいな。レイルードは一ヶ月くらい咲いているからゆっくり楽しめる」
こうして話しているだけで顔がほころんでしまう。手を繋いでお喋りしながら歩く、これだけで嬉しくて私の中にもレイルードが咲き乱れているようだ。
目指していた木陰についたのに手を離したくなくて突っ立っていたら、サヤカが気を遣ってバスケットから敷布を取り出して敷いてくれた。靴を脱いで座り、ビンに入った水をコップに注いで手渡すと美味しそうに飲んだ。
ハンカチに包まれたパンに齧りつくサヤカを眺める。近くで見ると夢では気付かなかった部分が目に入った。耳の小さなホクロ、ふっくらした指先、首の後ろの小さな痣。
サヤカが振り向いて目が合い、見つめ過ぎたと気付く。
「珍しい?」
「いや、……こんなことおかしいと思うかもしれないが、サヤカのことは夢で見て知っていたんだ」
「儀式の相手が夢に出るの?」
「儀式とは関係なく子供の頃からたまに夢で見てた。恋人と手をつないでいたり一人で食事をしたり」
「え、ええ、なんか変なところ見たりしてないよね? 本当に私?」
「本当にサヤカだった。だから昔から知ってる気がして、なんかこう、親しみがわく」
「そっか、だからか。距離が近い気がした」
「すまない、会えたから嬉しくて」
「うーん、昔から夢で見てた人に合ったら驚いて喜んじゃうのわかる気がする。『本当にいた』みたいに」
「そう、そうなんだ。一緒に成長してきたから余計にそう思える」
「幼馴染みたい」
そう言って笑った。荒唐無稽なことをあっさり受け入れて笑うのは、すでに『異世界』という信じられないことを体験しているからかもしれない。それでも大事な記憶を否定されないのはとても嬉しい。一方的だけれど、あなたとの大切な思い出だから。
食事をしながら私の仕事について話をした。質問されるのは興味を持たれているようで嬉しく饒舌になってしまう。帝国騎士団の一員で精霊の夫になったため神殿の警備へ移動した。普段は周囲を警備し、外出時は護衛として一緒に出掛けることになるだろう。
「大変だけど、よろしく」
「大丈夫」
私が守る。夢の中のように泣かせたりしない。
食事を終えて一息ついたサヤカの手を握った。私を見つめ返す瞳はレイルードの柔らかな影をまとう。
「恋人のように」
「え?」
「顔を合わせてすぐ儀式だと緊張するだろうから、こうして誘った。恋人のように過ごせば少しは気も緩むかと思って。どう?」
「そうだね、こうやって喋ってからのほうが良いね。ありがとう」
「こちらこそ。この世界にきてくれてありがとう」
困ったように笑う顔を見て、彼女の意思ではなかったと思い出し胸が少し痛んだ。嫌がっているのに私は喜びを抑えられない。
「すまない。私は会えて嬉しいんだ。すまない」
「ヴェルナーのせいじゃないから」
「大切にする」
唇にふれたかったけれどあまりにも馴れ馴れしいだろうから、こめかみにかかる髪の毛に口付けた。
「私の恋人になってほしい」
もう一度、口付けて目を覗き込む。驚いた顔に赤みが差したと思ったら手で覆ってしまった。可愛らしい仕草に口が緩んでしまう。
「なに、いきなり」
「ずっと会いたかったから会えて嬉しいんだ」
「なんですか、そんなこと言って」
顔を隠したまま照れ隠しに抗議するのも微笑ましい。こうして距離を縮めて、いつか私にも夢で恋人に見せていた笑顔を向けてほしい。
「今夜、部屋に行っても?」
「え、ええ、今日?」
「ああ。今日は私の番で明日はラルフと決まった。私を最初に招き入れてほしい。夕食後に行っても?」
「え、あ、お風呂に入ってからでお願いします」
「わかった」
笑う私を困った顔で見返すサヤカの髪を撫でた。私と同じ黒髪だけれど真っ直ぐに伸びてサラサラしている。ベッドの上で乱れたら、どんな模様を描くのだろう。
「帰ってすぐサヤカの部屋に行くのは?」
「え、ええ、ダメ」
「なぜ?」
「え、と、お風呂入ってないし」
「一緒に入るのは?」
「ダメダメダメ」
「私が嫌?」
「恥ずかしいでしょ」
「待ち切れない」
「ダメです。……夜です」
最後の小声が愛しさをつのらせる。喜びが膨らんで溢れ出てしまいそうだ。
ずっと一緒にいるのも気疲れするだろうから、水を飲み終わったところで帰ることにした。サヤカを部屋まで送り髪に口付けをして別れる。
自室に入り目を閉じた。まぶたの裏でレイルードの柔らかな影に包まれたサヤカが笑う。手に髪に触れたのに現実感はなく、いつもの夢のように消えてしまう気がした。夢ではないとわかるまで抱きしめていられたら。
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