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第一章 巫女ってなんなんですか
21.目が離せない Side ヨアヒム
しおりを挟むSide ヨアヒム
昔から体は大きいのに気が弱くて近所の子供にいじめられていた。兄弟はいつも助けてくれたけど、いないときを狙ってちょっかいをかけてくる。俺が嫌がったり泣いたりするのを楽しんでるって気付いてからは反応しないように、顔に出さないように無表情でいるようにした。それを続けてたら、いつの間にか不気味だと言われて避けられるようになった。
そんな俺がパン屋で働けてるのは子供の頃からの知り合いだから。
いじめっ子から逃げて路地裏で泣いていた俺に男の人が失敗作だと言って甘いパンをくれた。太い指の大きな手に頭を撫でられたことを覚えている。仕事場を見せてくれて、また遊びにおいでと言ってくれた。それから入り浸るようになり、パンをもらう代わりに掃除や洗い物なんかの手伝いをして見習いに出る歳になったらそこのパン屋に入った。
見習いから始まって最近はパンを捏ねさせてもらえるようになった。パンを作るのは楽しい。人から怖がられるデカい体は力があってパンを捏ねるのに丁度良かった。
パンのことだけ考えていたかったのに25を過ぎてからそろそろ結婚しろと周りから言われるようになった。俺には縁のないことなのに。
自分が避けられてることは薄々知ってた。デカい体はビックリされるし、元々怖い顔のうえに無表情無口が加わって不気味だって言われたことがあるから。パン屋の仲間はよくしてくれるけど、みんな親ぐらい年上だし、同年代からは祭りにも誘われたことがない。
先輩に女の子を紹介してくれるって言われてちょっと期待したけど、その女の子が断ってるのを聞いてしまった。コソコソと話す声は『気味悪い』『不気味』って言ってた。
それっきり諦めたし、それでよかった。パンだけ作って、それだけで生きていくんだと思ってた。精霊紋が光るまでは。
サヤカと名乗った巫女は俺を見た。俺はすぐ目を逸らしたからどんな顔をしてるかよくわからない。俺なんかが相手で可哀想だと思う。だから謝った。
「すみません、俺なんかが相手で」
庭園を歩きながら気を遣った巫女が色々話しかけてくれる。それが申し訳なくて。
「何か体に問題があるの?」
「え、いえ、ない、と思います。……よくわかりません」
「わからない?」
「自分ではないと、思うんですが、女の人から見て問題があるのか、わかりません」
「何か言われたことあるの?」
「ありません。女の人と、その、話さないので」
「見てみないとわからないね。でも精霊紋に選ばれたんだから大丈夫なんじゃない?」
「そう、ですね」
自分の体に問題があるかなんて考えもしなかったから、びっくりした。気味悪いだろうからと思っただけだけど、そっちの心配もしなきゃいけないのか。どうしよう。でも選ばれたわけだし巫女の言う通り大丈夫だと思うんだけど。大丈夫なのかな。
巫女がレイルードの木陰に敷布を敷いて座った。突っ立ったままの俺を見て巫女が首をかしげた。俺が隣に座って良いのかな、と思いながら腰を下ろす。
「なんで謝ったの?」
「あ、俺が、その、スピラさんみたいじゃないし」
「見た目のこと? それならお互い様だから気にしないで」
少し目を伏せて笑った巫女がすごく悲しそうに見えて焦る。傷付けてしまった? なんで、俺と違って普通に恋人がいそうなのに。
「巫女は、巫女は、その、普通だから、俺と違うから、大丈夫です」
「そう? 普通?」
「はい」
「ありがとう」
可笑しそうに笑う顔を見て自分の言ったことに気付く。『普通』って褒め言葉じゃない。『可愛い』って言えばよかった。言い直すのも変だし笑ってるからいいのかな。
「ヨアヒム? リヒター? どっちで呼べばいい?」
「どっちでもいいです」
「ヨアヒムかな。友達みたいに話してくれると嬉しい」
巫女が俺に笑いかけた。俺を見てるのに笑ってる。なんで?
「ヨアヒム?」
「あ、はい」
困った顔になったのを見て我に返った。ただの気遣いだ。親切なんだ、きっと。一年も精霊産みをしなきゃいけないんだからギスギスしたくないのは当たり前だ。
「すみません、巫女」
「サヤカでいいよ。それにヨアヒムも普通だし」
そう言ってからかうように笑った巫女の目線が俺の中を通り過ぎた気がした。びっくりしてドキドキする。そんな、からかうって仲が良い人たちがしてるようなことを俺にするなんて。こんなに目を合わせるのも話すのも初めてだ。
「ヨアヒム?」
「あ、はい」
また見つめてた。でもなんで、目が離せない。変だと思われる。普通だって言ってもらったのに。
「ふつう?」
「うん。ふふ、でも驚いてるのは可愛い」
え、かわいい? 『可愛い』って言った? 俺が? え? 巫女は笑ってる。俺に。
「目が丸くなってるよ」
「びっくりして」
もう一度笑った巫女はバスケットから瓶を取り出して水を注ぐ。そして俺に手渡してくれた。胸がずっとうるさいままだ。俺の目は巫女を追ってコップを持つ手の動き、伏せた目、水を飲む喉を頭の中に取り込んだ。
「ヨアヒムはパンを作ってるんだよね?」
「そうです。あ、うん」
友達みたいにと言われたことを思い出して言い直したら、また笑った。笑うと眉毛も目も下がるんだな。
「神殿で食べるようなパン?」
「それも作るし他にもケシの実パンとか、ライ麦パンとか、甘いのもある」
「甘いパン?」
「ドライフルーツが入ったり、バターミルクとか」
「美味しそう」
「美味しい」
神殿の食事はあっさりしてる。妖精族の好みがそうなんだろうな。パンもいつも同じ。たまには違うもの食べたい。巫女もそうかな? 巫女じゃなくてサヤカでいいって言ってた。サヤカ。俺が呼んでもいいのかな。
「食べたい?」
「うん、食べたい。たまには違うもの食べたくならない?」
「なる。作ろうか?」
「いいの?」
「作るよ」
また俺を見た。嬉しそうだ。俺を見てるのに嬉しそうに笑ってる。違うものを食べられるから笑ってるんだ。でも、笑ってる。
作ったら食べてくれる?
俺の焼いたパンを食べるサヤカを想像する。その手で持って、その口で齧って、その喉で飲み込む。
また胸がうるさい。
「神殿のカマド借りれるといいね」
「うん」
絶対に借りたい。神官に頼もう。
「私も一緒にお菓子作ろうかな。お菓子作れる?」
「ビスケットとプロレのケーキ」
「プロレって?」
「木の実で、えーと、丸くて甘い」
「ふふ、見たとき教えて」
「わかった」
甘いものが好きみたいだ。作ったら喜ぶかな。それに一緒に作るって言った。俺と一緒に過ごす? 今みたいに?
なぜか頬が熱くなった。
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プロレ:造語。リンゴ的な果物。
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