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第二章 精霊産みといろいろ
72.普通の女性 Side ゲルト
しおりを挟むSide ゲルト
神官と俺の日、見張りのラルフと一緒に巫女の部屋へ行った。
内密の話があると神官から言われ、続きを待ったが逡巡していて一向に話が始まらない。
「リーリエ、手だけ見せてみたら?」
「……はい、あの、見ててください」
サヤカに促された神官が手をかざして見せた。白い女性のような手を眺めていると、色が変化していく。赤や紫でマダラになった傷痕が現れ、驚きに目を見張った。サヤカが神官を横から抱きしめて俺たちを見る。
「こういう火傷痕がね、右半身にあるの。普段は目くらまし魔法をかけてるから見えないけど、みんなで寝るときは服を脱ぐでしょ? 魔法かけ続けられないから見せたの」
「あー、妖精族は外見大事だもんなぁ。神殿のヤツラに隠してんのか? オレは言わねぇし、冒険者は大抵傷だらけだから慣れてるよ、心配すんな」
「私も言いません」
「……ありがとうございます」
神官は冷や汗をかいたまま固い顔で笑った。
サヤカが神官と掛布の中に入り、その中で服を脱いで抱き合っている。神官が甘えた声でサヤカを呼び、サヤカが甘く優しく慰める声が俺にも聞こえた。
目くらまし魔法を解いた顔を見て息を飲む。想像より酷くて驚いたが、サヤカが何度も口付けを落とすさまにチリチリとした嫉妬が湧き上がり、同情はかき消えた。大事そうに頬を撫で愛しそうに唇で触れながら好きだと囁く。そんなの知らない。なんで神官にだけ。同情で? それなら俺にだって同情してくれていいはずだ。俺だって自分じゃどうにもできないのに。それとも本当に? 本当に好きだと?
燃え上がった思考に気付き、頭を振って打ち消した。違う。ダメだ。こんなこと考えたらまたやってしまう。でも二人から目を離せない。
神官とサヤカは体を離さず、始終抱き合って繋がってる。一時も離れたくないのかとムカムカした。なんで、なんでこんな。一緒にこなければよかった。見たくない。嫌だ。俺も愛されたいのに。俺も愛されて受け入れられたいのに、なんでダメなんだ。なんで俺は。
体の中がジリジリ炙られて焼き切れそうだ。煮え立つ俺の前にラルフが立った。
「おいっ」
ラルフに腕を掴まれて理性が戻る。目が合うと鼻にシワを寄せてしかめっ面をした。
「今日は止めとけ。もう部屋に戻るぞ」
「……はい」
低く有無を言わせない小声に頷いて返事をした。サヤカたちのほうへ振り向き、今度は明るい声で言う。
「サヤカ、ゲルトが調子悪いみてぇだから部屋に戻るな。コイツたまにおかしくなんだよ。いつものことだから気にすんなよ」
「うん、大丈夫?」
サヤカが心配そうにこっちへくる。
俺のことも心配してくれるのか? さっきまで忘れていたのに。ああ、違う。ダメだ。落ち着け。
「すみません、戻ります」
「うん、ゆっくり休んでね」
ドアを閉めて見送ってくれたサヤカと自分を隔てた。危ない。またおかしくなるところだった。
ラルフが無言で俺の部屋に入り、苦々しい顔でため息をついた。
「オマエ、いいかげんにしろよ。あんなモンに嫉妬しやがって」
「……あんな、あんなのじゃ」
「あんなのだろ。ガキあやしてんのと変んねぇよ。男として見てねぇヤツのことまで嫉妬すんな。母親のおっぱい取り合うガキか」
「え?」
「詳しいコト知らねぇけど神官を慰めてんだろ、アレは。オマエだって同じように慰めてもらったじゃねぇか。お仕置きの日に。サヤカに散々世話かけて忘れてんじゃねぇよ」
あの日のことを思い出す。恋人同士みたいに愛し合いたいと思って『普通のこと』をお願いしたら、優しい口付けをくれた。怖がらせた俺に微笑んで。
「……すみません、ありがとうございました」
「ったく、頭冷やせ」
ラルフが部屋を出て一人になる。
俺は何やってるんだろう。何を。償うなら何でもすると決めたのに、嫉妬で簡単におかしくなる。時間がかかるのは仕方ないとまで言ってくれたんだ。それなのに。
俺は甘やかされたいだけなのかもしれない。それを抑えてるから神官に甘いサヤカを見たとき、取られたように思ったのだろうか。ヴェルナーに嫉妬しなかったのは、そうか、男として負けを認めてるのか。ラルフにもそうだ。敵わないって思ってる。経験も腕っぷしも見た目もぜんぶ。俺が欲しいのはあのときのような征服欲じゃなくて、甘やかしで、許しだ。
そうか。甘えたいだけか。ラルフの言う通りおっぱい欲しがる子供だな。冷えた頭でベッドに沈み込む。
翌日はサヤカにまた謝った。
サヤカも疲れてるらしく、しばらく一人ずつに戻そうとヨアヒムから提案があり、みんな賛成した。もちろん俺も。でも意外だった。ヨアヒムは大人しくて、あまり話すほうじゃない。それに雰囲気が変わった気がする。
サヤカは一日置きに休むようになった
夜中に目が覚めて手洗いから戻ったら、階段を降りてくるサヤカの泣いている姿を見た。驚きに固まっている俺に気付かずドアを叩いたサヤカは、出てきたヨアヒムに抱き付いた。ドアは閉じられ俺は立ち尽くす。
サヤカが泣いてた。サヤカがヨアヒムに抱き付いた。サヤカ、が。
頭が殴られたような衝撃だった。精霊王に選ばれた巫女。特別な存在。俺たちを受け入れてくれる優しさ。
そのサヤカが泣いていた。
なんで、泣くなんて。泣くような人だったなんて。
違う、違ってた。女性だ。女性だった。力の弱い、俺に押し倒されて怖がった普通の女性。
違った。間違っていた。俺と違うなんて、何でも許されたいだなんて。優しさが無限であるように思うなんて、なんて勘違いだ。
泣いている肩は小さかった。泣き顔はくしゃくしゃで子供みたいだった。俺と同じ、悲しんだり苦しんだりもする。そうだ、当初は戸惑っていた。突然知らない世界にきたと。一人きりで知らない世界。……なんて孤独なのだろう。それなのに泣き顔は見たことない。静かに微笑んで、それで。
どれだけ押し殺してた? 甘えるだけの俺に手を差し伸べてくれた。それなのに俺は際限なく甘えたがった。
自己嫌悪の夜を過ごして朝を迎えた。翌日見たヨアヒムとサヤカは昨夜のことを感じさせない変わらない顔だった。
ただ、今まで見上げるように思っていたサヤカが迷子の子供に重なって胸が痛んだ。
俺の日になってまたラルフが見張りについた。
「今日は私からふれてもいいですか?」
「うん」
サヤカに断りを入れて優しく抱きしめた。腕の中の体は柔らかくて頼りなくて脆そうだった。全然見えていなかった。ごめんなさい、サヤカ。
柔らかく撫でて触れる。優しい口付けは俺がするからそれでいい。優しくすることだけを考えた。大切にしたい気持ちが伝わるようにさわった。サヤカが返す小さな反応に愛しさが湧き上がる。愛しく想う人を大事にすると自分も満ち足りるのだと知った。サヤカの途切れ途切れの声が心を痺れさせる。受け入れてもらえる喜びに頭までウロコが波打つ。幸福の内に終わり、体を離して抱きしめた。
「変わらなかったね。もういいの?」
「はい」
「じゃあオレの番な」
ラルフがサヤカを抱くのを凪いだ気持ちで眺めた。
一人の女性、俺たちと変わりない普通の。俺たちより力が弱くて小さくて傷つきやすい。知ってたのに気付いてなかった。
あなたが幸せであるといい。今はそれだけを祈る。
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