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第二章 精霊産みといろいろ
74.精霊祭 前編 Side 神官(シリル)
しおりを挟むSide 神官( シリル )
いっけな~い、遅刻遅刻! 俺は産屋棟担当のシリル。今日は精霊祭本番で夜明けから忙しいっていうのに、ゆうべ相棒のニコルとこっそり酒盛りして朝寝坊しちゃった! 朝の礼拝すっぽかして大目玉。衣装の準備をしなきゃなんないのに、医療棟の無料開放で夜明けから並ぶ奴らの整理にまで駆り出されて、も~大変!
「シリル、なにブツブツ言ってんの?」
「気分を盛り上げてんのよ~。無料に湧いて群がる奴らも並ばせたし、衣装持って産屋棟に行くわよ~」
「口悪いな。俺だって神殿入る前は湧いて群がってたぜ」
「俺だってそうよ。メシ食えるから神殿に入ったぐらいなんだから。1つ2つの順番違いぐらいで殴り合いのケンカしてさ~。貧乏って気持ちが荒むんだよね~」
精霊祭で登壇するときの衣装をニコルと産屋棟へ運ぶ。参拝者が押し寄せるから神殿の門が開く前に、衣装を着て本殿に移動してもらわなきゃいけない。巫女の衣装は我らのリーリエ・ルグラン様へ渡し、他の夫たちは俺たちで着付けをする。
外見がわからないよう、広いつばにぐるっとベールを垂らした帽子。ベールがめくれないように垂れ先に飾りが付いている。種族も隠すため足首までのマントを羽織ってもらう。これだけ用意しても土妖精族の小ささは隠せない。せめてもの誤魔化しに踵の高い靴を履いてもらった。
巫女の手を引いて2階から降りてきたルグラン様は自分で着付けをされた。今日はルグラン様が『精霊映し』をする晴れ舞台だ。少しのホコリもないようにマントの裾を払う。
「俺たちにできるのはこれぐらいなので! 応援しています、ルグラン様」
「ありがとうございます。神殿に恥のないよう頑張ります」
ルグラン様ならしっかりやるに決まってるよ~。
光るように微笑むルグラン様の美貌はベールに隠れてる。この美しさを見せびらかせないなんて残念だけど、顔を知られると変な奴に目をつけられるなら仕方ない。仕方ないけど残念。
あ~つくづく巫女にはもったいない。わざわざ異世界から召喚される巫女はどれだけ美しいだろう、ルグラン様にお似合いなはずと期待してたのに。それでもルグラン様は巫女を大切にしてらっしゃるし、最近は幸せそうだからまだいい。最初の頃の曇りがちなルグラン様を眺めて、どんだけ巫女に腹を立てたか。二日酔いになって隠してた酒がみつかりそうになったぐらいだ。そういや、あんときはニコルが上手く誤魔化してくれたっけ。
全員の着付けが終わったから、本殿まで警備隊に囲まれて移動する。帝国は大きいだけあって派遣してくれた警備隊もしっかりしてるから安心だ。ルグラン様をお守りしてくれよ~。
精霊祭の儀式は神殿に入りきらない敷地外にいる信徒たちからも見えるように、本殿の2階バルコニーで行う。バルコニーといって主礼拝室の壇上ぐらい広い。
儀式が始まるまでしばらく待機してもらうので、バルコニー裏の部屋で精霊の父母にお茶を出した。産屋棟担当の俺たちも儀式が終わるまでここに待機する。『精霊映し』をすぐ近くで見られるから、みんなに羨ましがられた。
へっへっへ。日頃の行いだよ~。
バルコニーの出入り口から外を覗くと、どこもかしこも白い石で出来た本殿が明るい日差しを照り返して眩しい。バルコニーを囲う白い手すりには、6枚の花びらが開いた精霊祭の花が飾られてる。咲く場所によって色が変わる不思議な花を、属性の色になるように育てて街中に飾るのが習わしだ。ほんのり甘い花の香りが街に漂うと、もうすぐ精霊祭だってわかって心が浮き立つ。
神殿の庭にも神殿前の広場にも今までにないくらい人が溢れてる。広場から放射状に走るどの道も、ごった返しているのが遠くの方まで良く見えた。
この大きな街は精霊神殿を中心に発達した古代からある街だ。背後に広がる大きな森が精霊と妖精族の始まりの地と言われてる。森の中には魔獣もいるけど奥深くにいて出てこないし、神殿の森だから荒らされることもない。荒そうとしても精霊に邪魔をされる。
伸張した帝国に街ごと飲み込まれたけど神殿は神殿のままだ。神殿に何かすると精霊の助けを得られなくなるから手出しができず、光属性の回復も妖精族にしかできないからさすがの帝国も諦めた。人族は欲張りすぎるんだ。今は持ちつ持たれつでやってるみたいだ。神殿長のところに貴族がきて回復魔法をかけてもらってる。
この街は色んな場所からやってくる人たちに開かれてる。一応、帝国領だけど出入りは厳しくない。巡礼や病気治療で訪れる人がひっきりなしだから、厳しくしてたらキリがないんだと思う。そういう人たち相手に商売も盛んだし、気候も土地も良いから郊外に別荘も沢山建ってる。
その人たちが全員集まってるみたいな人だかりだ。やっぱ、200年に一度の『精霊映し』は楽しみだよな~。精霊の父母しか使えない魔法だから、前回の光の夫が死んでたら、ルグラン様お一人が使える魔法ってことになる。わ~すっごいロマンじゃないのよ~。でも人が多過ぎてどんな屋台が出てるか見えないな。
欲求が薄い妖精族の中で、美味しいものが好きな俺とニコルは変わり者で通ってる。この執着は餓死しそうになったせいだと思うんだよね~。
精霊祭では信徒に食事振る舞いするから、下っ端の俺たちは各自屋台で食べることになっている。毎日食べられるだけでありがたいけど、久しぶりに変わった食事ってすごく嬉しい。色んな地方から人がくるから、いつもは見ない精霊祭だけの珍しい食べ物もあるし、物色するのが楽しみで仕方ない。
巫女と水の夫がたまに作るお菓子をわけてくれるのもこっそり楽しみにしてる。ルグラン様に冷たかった巫女を許したのは、ルグラン様が幸せそうになったのもあるけど、お菓子をくれるいい人だと思ったからなんだよね~。ニコルは呆れてたけどさ、だって高い砂糖を使ったお菓子をくれるんだよ? 俺だったら一人占めするね。それだけでいい人認定しちゃうよ~。
しばらくしたら神殿長が行列を引き連れてやってきた。偉そうな神殿長補佐はご自慢の金髪に香油の匂いをプンプンさせてる。後ろを歩くお偉いさんたちがお気の毒。
バルコニーをニコルと一緒に出入り口から覗いた。風魔法で拡散した神殿長の声が気持ち良く響いてる。満遍なく風に乗せるって難しいんだよね。俺も風属性だけどできた試しがない。
神殿長の長い説法のあとは精霊の父母のお目見えだ。バルコニーへ出るルグラン様に声をかけた。
「ルグラン様、頑張ってください」
「ありがとうございます」
精霊の父母を紹介してから『精霊映し』が始まる。とうとうだ!
バルコニーの真ん中に立つ巫女が、手すりの前に移動した。ルグラン様は魔法を使うから巫女のすぐ後ろに立っている。まず、水の夫が巫女の隣に行き手を繋いで前へ差し出す。ルグラン様が2人の肩に手を置いて……、わっ! 光った! ホントだ! ホントに精霊がいる!!
巫女と水の夫の体に引っ付いて光る水色の球。2人が光に囲まれて見えなくなったと思ったら、差し出した手から水が噴き出して、それに合わせて水色の光も一緒に飛び上がった。
スゴイスゴイスゴイ!
外からも聞こえるスゴイ歓声と拍手に合わせて俺も思い切り拍手した。精霊が見えるなんて! しかも魔法に合わせて動いてる!
興奮冷めやらぬ間に火の夫に代わった。火の精霊もちゃんと赤い属性の色だ! 手から炎が上がると、チカチカ点滅しながら丸い体を小さくしたり大きくしたりして辺りにブワっと広がった。眩しいあでやかさに目を見張る。
風の精霊は手の上から竜巻みたいにグルグル回って高いところまで昇ったら、四方八方に散ってすごく元気に駆けまわる。緑の光がすごく楽しそうに見えて明るい笑いが起きた。
土の精霊は手の上から湧き出すように丸く膨らんでフワフワ下に流れ落ちて消える。穏やかで幻想的な黄色の光に思わずため息が出た。
感嘆の余韻の中、姿をあらわした闇の精霊の神秘的な紫色に心奪われる。巫女と夫の体の上を連なって動くから、2人が蔦で結ばれてるように見えた。
最後は光の精霊。ルグラン様と巫女が白い光に包まれた。2人を中心に明滅しながらフワフワ漂って、なんだか夢の中の光景みたいだ。
ぼんやり見惚れていたら光が消えて、一瞬の静寂のあと拍手喝采が起きた。俺も手が千切れるくらい拍手する。なんてなんて綺麗だったんだろ。なんか胸がいっぱいだ。この先ずっと祈りを捧げるたびに、魔法を使うたびにこの光景を思い出すんだろうな。今ここで見れたなんて、なんて幸運なんだ。
この場にいる、黒い粒みたいに見える遠くの人まで感動でいっぱいになった雰囲気の中、神殿長の祈りの言葉が滔々と流れた。精霊の父母も信徒も俺もニコルも一緒に祈る。こんなに敬虔な気持ちは初めてだ。
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