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第二章 精霊産みといろいろ
93.ゲルトの告白 Side ゲルト
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消えてしまうと聞いたとき、足元が崩れ落ちた気がした。
奈落へ落ちてしまったのに俺はなぜかまだ立っていて、習慣に従って食事のテーブルについた。サヤカとヴェルナーのいないテーブル。サヤカがいない。これが元に戻るということか?
手だけを動かす食事が終わり、ぼんやり座っているとヴェルナーがサヤカを抱えて二階へ消えた。今のは幻かもしれない。空っぽのテーブルが現実で。
眠れない夜がやっと終わった朝、早くからヴェルナーが全員を集めて話をした。
「サヤカが残れる手がかりを掴みたい。精霊産みの巫女に関する文献や言い伝えを調べようと考えている。手伝ってくれないか?」
「オレは文字読めねぇから、言い伝えを聞いてみるわ」
「助かる。私は実家に文献探しを頼む。ゲルトはそういった伝手はあるか?」
「私も文献でも言い伝えでも何かないか実家に頼んでみます」
「ありがたい。掛かる費用は私が出す」
「いえ、大丈夫です。私も何かしたいので」
「そうか。それでも掛かり過ぎるようなら言ってくれ」
「……考えておきます」
神官も神殿の文献をもう一度調べると言った。
そうしたことをサヤカに伝えると静かに微笑み、お礼を言った同じ口で上手くいかなくても気にするなと話した。
サヤカは居たくないのか? 居たいけど諦めてる? どちらにしても、それほど残りたいとは思ってなさそうだった。
またグラリと視界が揺れる。
悲しむ人はいないと言っていたけど、生まれ育った場所から離れ難いのは当然だろう。こちらの世界のことなんて何も知らないのだから。
もっともらしい理由を考えても、傷付いた痛みは消えなかった。自分と会えなくなってもいいと思われている。それは胸を抉る苦しさだった。
夜中に見た泣き顔を思い出す。そのワケは? ヨアヒムなら知ってるのだろうか。
どこか遠い人になってしまったように感じたまま、外出の見送りをした。そして動かない体で帰ってきた。
ベッドに寝ている顔は綺麗なのに息をしていない。『なぜ?』という問いで頭がいっぱいになり吐きそうだった。
俺はあなたに何か一つでも返せたものはあったろうか。ほんの少しでも助けになったことはあったろうか。
何も出来ずに終わった無力感で体を支えていられず、床に座り込んだ。サラリとシーツに広がる黒髪は今までと同じなのに主が消えてしまった。昨日の今日で消えてしまうなんて。あの諦めたような微笑みが目に浮かぶ。
神官がサヤカのお腹の石に魔力を注入すると言い、ノロノロと従った。全員の注入が終わっても変わることのない寝姿を眺める。ああ、これは夢かもしれない。目覚めはまだ?
ふと、声がした。
幻聴かと思いサヤカを見上げると、ヴェルナーが覆い被さって見えない。けれど呼び声に応える、くぐもった声がする。
ヴェルナーが剥がされると動くサヤカが見えた。すぐにヨアヒムに隠れて見えなくなったけれど、見えた。
口にしょっぱい液体が滲んで、涙が流れてると気付く。目が熱くて鼻がツンとした。最後に俺がサヤカに向かう。微笑んだサヤカが指で涙を拭いてくれた。
「心配かけてごめんね」
「……いえ」
サヤカの目に俺が映る。声が聞こえる。寝起きの暖かい香りもする。初めて精霊が産まれた朝みたいに、すべてが特別で光ってた。
疲れたらしいサヤカがまた目をつむったが、今度はちゃんと寝息が聞こえて安堵した。
夕食のあとサヤカから精霊王の話を聞いた。こちらに残るための方法もわかった。ヴェルナーから協力を頼まれたが、頼まれなくたってできることはいくらでもする。俺の魔力が必要なら、一緒にいてもいい口実ができて有難いくらいだ。
ラルフが言った『脅し』が引っ掛かった。そんな、無理強いするつもりはない。だけど、このままなし崩し的に同じ状態でいられるかもと期待しているのも事実だ。自分の気持ちを打ち明けて承諾を得られることはないだろう。そういった意味で好かれていないのは分かっている。それなら、協力するから一緒にいると言った方がよほど確率は高い。
「恩返しって言ってたけどそんなこと考えなくていいよ。結婚までしなくたって魔力貰えるだけでありがたいから。私が貰いに行くんだし」
卑怯な誤魔化しは結局なんにもならなかった。恩返しの気持ちは本当だけど、好きだと伝えて困った顔されるのが怖いだけなんだ。そう言っておけば断られないと思ったから。
俺は本当に弱くて卑怯だ。
「……違います。断られたくなくて。私は」
好かれてないのは知っている。知っているのに口に出せない。伝えなくては。親切心を装って本当は自分の願いを叶えたいだけなのだと。
顔を両手で覆って声を絞り出した。
「一緒に、いさせてください」
沈黙が降りた。
ああ、馬鹿だ。また甘えている。俺の魔力が必要だから無下にできないと思っている。情けない姿を見せたら同情してもらえると思っている。
でも情けないのも卑怯なのも俺で、平気なフリができないのも怖くて声が震えるのも俺だった。
そっと抱きしめられて泣きたくなる。
「最近は獣化してないから大丈夫じゃない? もっと寿命の合う人を探せるんじゃない?」
違う。そんなことで結婚したいわけじゃない。俺はそれだけの男に見えるのか?
……見えるんだろう。誰からも相手にされないと知られてる。実際、最初の頃は寝れることしか考えていなかった。
「違います。サヤカと一緒にいたいんです。……信じられないと思いますけど」
この気持ちがいつから始まったのか、自分でもよくわからない。でもずっと見ていたくて触れたくて離れたくない。触れると燃え上がるこの気持ちは嘘じゃない。
獣化してグルグルと巻き付きたい。俺の楔を打ち込みたい。見下ろされて支配されたい。微笑んで、からかわれて嬲られたい。涙を拭いて優しく抱きしめたい。手を繋いでゆっくり散歩したい。
あなたとしたことすべて、してないことすべてを経験してみたい。
自分の中にある気づかなかった願望が溢れ出してくる。サヤカの手を握って額に当てた。
「……卑怯なことをしました。そばにいたいだけです。どうか」
手の震えは力を込めても止まらなかった。
頭に口付けられて心臓が跳ねる。どちらの意味で?
「ありがとう。でもいいの? 私は何も知らないから迷惑かけると思う」
「……あ、だい、じょうぶ、です。私が手伝います。……そばに?」
「他にも夫がいていいなら」
「はい。今と同じなので」
「そうだね」
微笑んだ顔を見て力が抜けた。本当に一緒にいてもいいのか。
「……ハハハ」
呆けた笑いが出た。嬉しさのまま握りしめた手に口付ける。
「本当のことを言ってもいいですか」
「うん?」
戸惑って微笑むサヤカを抱きしめた。こみ上げて心の縁からこぼれた言葉が口から出ていく。
「好きです。こうしていたいです、ずっと。頼れる相手になりたいですが、時間がかかるかもしれません。でも、経済的なことや仕事については必ず力になります。それが私にできることです」
「……ありがとう。頼りにしてます。私は、……何も返せなさそうだけど、いいの?」
「もうもらってます」
抱きしめてここにいることを確かめる。
俺は馬鹿なことばかりしてるな。でも承諾をもらったからもう怖いものはない。住む家も仕事も結婚式も決めることが沢山ある。俺にできることをやろう。
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