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6.食事の約束 Side パオラ
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「姉さん、こっちの料理に戻してよ。頼めないって客がうるさくてさぁ」
「豚肉のなんか、食べたいって言ってたわ。魚じゃなくて」
「あんま評判良くないし、もう止めよーよ」
女の子たちからお客の声を聞いてため息をついた。
一人でやってるし店だし無駄を出さないよう料理の種類は多くない。定番の料理がいくつか、日持ちする漬物とパン、すぐに調理できるソーセージやなんかのつまみ。それ以外のたまに増やす季節のものや安くなってるものを使ったオススメ料理。獣人の国の料理はオススメとして追加したけど受け入れられなかったらしい。この地方より薄味だからかもしれない。今回はうまくいかなかった、そういうことだ。
「明日から元に戻すか」
「なに、ため息ついてんのよ。あのクマ、そんな気に入ってんの? あっちはご執心みたいだけど」
「そんなんじゃなくてさ。……私の思い出でもあったのよ、子供の頃の。そうだ、次はアンタの故郷の料理でも作ってあげよっか?」
「えー? カビたパンと野菜の切れっぱしが浮かんだお湯なんて死んでもゴメンだけど」
「あはははっ、私も塩と水だけってことあったよ」
「やだー、サイテーな店になっちゃうじゃない」
厨房によく顔を出すヘルガと笑い合う。たまに皮むきやなんかの下ごしらえを手伝ってくれる、口は悪いけど気のいい子だ。
料理に関してはある程度任されてる。苦情が入らないならって但し書き付きで。商売だから仕方ない。すっぱり切り替えないと。
「仕方ないね。クマの旦那には悪いけど」
「気にしてんのー? んじゃ、お弁当でも作ってあげれば?」
「弁当?」
「一食ぶんくらい、ココでちゃちゃっと作れるでしょ。こっそりそれ売ってお小遣いにすんの。いい考えじゃない?」
「そうだね、なかなかいいかも」
「バレないようにアタシが受け渡ししてあげるから、代金半分ちょうだいよ」
「半分も? がめついね~」
「なによう。ちっとも借金減らないんだもん、それくらいいいでしょ」
親が儲けた代金に手数料やらなにやらを足された額が女の子たちの借金になる。そのほかに夕食代、衣装や化粧品、なんやかんやとかかるお金は滅多に返しきれるものじゃなかった。
だけど、こっちだって余裕があるわけじゃない。
「材料だって安くないんだから。まあ、断られたらそれきりだけど」
「断んないってー」
「ほら、もう店開けるよ。ありがとね。アンタも準備しに行きな」
「はーいはい」
ランプに火をつけて回り、店を開けて看板を掛けた。
食堂の中に広がった煮込みの匂いを嗅いで、なんて美味しそうだろうと思う。そう、実際、私の料理はぜんぶ美味しい。ただ、食べ慣れた料理がいいってだけだ。厨房で焼き上げたパンを木の板に並べて熱を冷ましながら、最初の客がくるのを待った。
だんだんと忙しくなってきた厨房でビールのジョッキを洗ってると、後ろから声を掛けられた。
「姉さん、クマの旦那きたよ」
「はいよ」
今日で最後になる彼の国の料理をよそい、テーブルまで運んだ。大きな体を乗せてる椅子が小さく見える。同じ椅子だとそのうち壊れそうな気がして、周りの椅子とときどき入れ替えていた。
この人は近くまでいったら必ずこっちを見る。来るのがわかってたみたいに。それが面白くていつも笑ってしまう。
言い辛かったが料理が今日で最後だと伝えると案の定、驚いていた。寂しそうな様子に胸がチクリとする。
「よかったら、お郷の料理を作りましょうか?」
お弁当の話を持ち掛けようなんて思ってなかった。ことを始めたら止め時がわからなくなりそうで。それなのに口から出てしまった。
馴染みのない国で余所者扱いされる彼への同情と仲間意識、私の料理を気に入ってくれている嬉しさもあった。
言ってしまったものは仕方ない。まあ、持って帰れるような軽食を自宅で作ってきて、渡すくらいなんでもないかと開き直る。断られるかもしれないしね。
なのに。
「あ、……あ、食事に招待していただけるのですか?」
言い方を間違えたと思った。だけれど、嬉しそうな彼の声に勘違いだと言えなくなった。
異国の地に故郷の味を知る人がいる。その人に食事を誘われたら? 私なら嬉しい。通い詰める彼もきっと。その嬉しさの裏には寂しさが潜んでると思う。もしかすると、自分の寂しさを重ねただけかもしれない。
どちらにしろ、彼の喜びに輝く目が単純に嬉しくて誤解は解かずそのままにした。周りに知られたらうるさそうなので小声でと合図してから話す。
「ええ。私の料理でよかったら、ですけど」
「あの、嬉しいです。願ってもないことです。あ、いつ、私のほうはいつでも」
「夕方から仕事なんで、昼はどうです?」
「はい。大丈夫です」
「じゃあ、一週間後とか」
「はい。あの、ここへ食事にきますので、そのときに時間と待ち合わせ場所を教えてください。……あの、ありがとうございます」
彼に笑いかけて厨房に戻った。
ちょっと面倒なことになっちゃった。狭くて汚い家を片付けなきゃ。うちにある椅子、壊れないかしら。何を作ろうか。少しくらい手間がかかっても、お金のかからない料理って何かあるかな。
「どうだった? 持ち掛けてうまくいった? 浮かれてんじゃん」
見ていたらしいヘルガが厨房に体を滑り込ませた。からかわれてから自分の浮つきに気づき、苦笑いが漏れる。だってこういう約束って私も久しぶりなんだもの、仕方ないじゃない。
彼の勘違いから食事の約束になったことを説明すると呆れた顔でため息をつかれた。
「あーあ、姉さん、いいのー? 絶対勘違いしてんでしょー? それとも、やっぱその気があったとか?」
「アンタはすぐそうやって。お昼ご飯なんだから」
「べっつに、昼だろうがなんだろうが、やることやれるでしょ。姉さんて、ああいうのが好みなんだ? へぇぇー、毛深いのが好きってこと? でもさーそのうち、お国に帰っちゃうんでしょ? いーの?」
「んー? だからそうじゃないって。……でももしそうなら、そのほうがいいわ。私、すぐ本気になっちゃうから」
「……あーあ、やんなっちゃう。アタシらってホーント、男運ないね」
「まぁね」
ヘルガも娼婦になってけっこうなるなぁと思いつつ笑い合う。私たちは色んなことを笑い飛ばして、またいつもの仕事に戻った。
「豚肉のなんか、食べたいって言ってたわ。魚じゃなくて」
「あんま評判良くないし、もう止めよーよ」
女の子たちからお客の声を聞いてため息をついた。
一人でやってるし店だし無駄を出さないよう料理の種類は多くない。定番の料理がいくつか、日持ちする漬物とパン、すぐに調理できるソーセージやなんかのつまみ。それ以外のたまに増やす季節のものや安くなってるものを使ったオススメ料理。獣人の国の料理はオススメとして追加したけど受け入れられなかったらしい。この地方より薄味だからかもしれない。今回はうまくいかなかった、そういうことだ。
「明日から元に戻すか」
「なに、ため息ついてんのよ。あのクマ、そんな気に入ってんの? あっちはご執心みたいだけど」
「そんなんじゃなくてさ。……私の思い出でもあったのよ、子供の頃の。そうだ、次はアンタの故郷の料理でも作ってあげよっか?」
「えー? カビたパンと野菜の切れっぱしが浮かんだお湯なんて死んでもゴメンだけど」
「あはははっ、私も塩と水だけってことあったよ」
「やだー、サイテーな店になっちゃうじゃない」
厨房によく顔を出すヘルガと笑い合う。たまに皮むきやなんかの下ごしらえを手伝ってくれる、口は悪いけど気のいい子だ。
料理に関してはある程度任されてる。苦情が入らないならって但し書き付きで。商売だから仕方ない。すっぱり切り替えないと。
「仕方ないね。クマの旦那には悪いけど」
「気にしてんのー? んじゃ、お弁当でも作ってあげれば?」
「弁当?」
「一食ぶんくらい、ココでちゃちゃっと作れるでしょ。こっそりそれ売ってお小遣いにすんの。いい考えじゃない?」
「そうだね、なかなかいいかも」
「バレないようにアタシが受け渡ししてあげるから、代金半分ちょうだいよ」
「半分も? がめついね~」
「なによう。ちっとも借金減らないんだもん、それくらいいいでしょ」
親が儲けた代金に手数料やらなにやらを足された額が女の子たちの借金になる。そのほかに夕食代、衣装や化粧品、なんやかんやとかかるお金は滅多に返しきれるものじゃなかった。
だけど、こっちだって余裕があるわけじゃない。
「材料だって安くないんだから。まあ、断られたらそれきりだけど」
「断んないってー」
「ほら、もう店開けるよ。ありがとね。アンタも準備しに行きな」
「はーいはい」
ランプに火をつけて回り、店を開けて看板を掛けた。
食堂の中に広がった煮込みの匂いを嗅いで、なんて美味しそうだろうと思う。そう、実際、私の料理はぜんぶ美味しい。ただ、食べ慣れた料理がいいってだけだ。厨房で焼き上げたパンを木の板に並べて熱を冷ましながら、最初の客がくるのを待った。
だんだんと忙しくなってきた厨房でビールのジョッキを洗ってると、後ろから声を掛けられた。
「姉さん、クマの旦那きたよ」
「はいよ」
今日で最後になる彼の国の料理をよそい、テーブルまで運んだ。大きな体を乗せてる椅子が小さく見える。同じ椅子だとそのうち壊れそうな気がして、周りの椅子とときどき入れ替えていた。
この人は近くまでいったら必ずこっちを見る。来るのがわかってたみたいに。それが面白くていつも笑ってしまう。
言い辛かったが料理が今日で最後だと伝えると案の定、驚いていた。寂しそうな様子に胸がチクリとする。
「よかったら、お郷の料理を作りましょうか?」
お弁当の話を持ち掛けようなんて思ってなかった。ことを始めたら止め時がわからなくなりそうで。それなのに口から出てしまった。
馴染みのない国で余所者扱いされる彼への同情と仲間意識、私の料理を気に入ってくれている嬉しさもあった。
言ってしまったものは仕方ない。まあ、持って帰れるような軽食を自宅で作ってきて、渡すくらいなんでもないかと開き直る。断られるかもしれないしね。
なのに。
「あ、……あ、食事に招待していただけるのですか?」
言い方を間違えたと思った。だけれど、嬉しそうな彼の声に勘違いだと言えなくなった。
異国の地に故郷の味を知る人がいる。その人に食事を誘われたら? 私なら嬉しい。通い詰める彼もきっと。その嬉しさの裏には寂しさが潜んでると思う。もしかすると、自分の寂しさを重ねただけかもしれない。
どちらにしろ、彼の喜びに輝く目が単純に嬉しくて誤解は解かずそのままにした。周りに知られたらうるさそうなので小声でと合図してから話す。
「ええ。私の料理でよかったら、ですけど」
「あの、嬉しいです。願ってもないことです。あ、いつ、私のほうはいつでも」
「夕方から仕事なんで、昼はどうです?」
「はい。大丈夫です」
「じゃあ、一週間後とか」
「はい。あの、ここへ食事にきますので、そのときに時間と待ち合わせ場所を教えてください。……あの、ありがとうございます」
彼に笑いかけて厨房に戻った。
ちょっと面倒なことになっちゃった。狭くて汚い家を片付けなきゃ。うちにある椅子、壊れないかしら。何を作ろうか。少しくらい手間がかかっても、お金のかからない料理って何かあるかな。
「どうだった? 持ち掛けてうまくいった? 浮かれてんじゃん」
見ていたらしいヘルガが厨房に体を滑り込ませた。からかわれてから自分の浮つきに気づき、苦笑いが漏れる。だってこういう約束って私も久しぶりなんだもの、仕方ないじゃない。
彼の勘違いから食事の約束になったことを説明すると呆れた顔でため息をつかれた。
「あーあ、姉さん、いいのー? 絶対勘違いしてんでしょー? それとも、やっぱその気があったとか?」
「アンタはすぐそうやって。お昼ご飯なんだから」
「べっつに、昼だろうがなんだろうが、やることやれるでしょ。姉さんて、ああいうのが好みなんだ? へぇぇー、毛深いのが好きってこと? でもさーそのうち、お国に帰っちゃうんでしょ? いーの?」
「んー? だからそうじゃないって。……でももしそうなら、そのほうがいいわ。私、すぐ本気になっちゃうから」
「……あーあ、やんなっちゃう。アタシらってホーント、男運ないね」
「まぁね」
ヘルガも娼婦になってけっこうなるなぁと思いつつ笑い合う。私たちは色んなことを笑い飛ばして、またいつもの仕事に戻った。
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