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3章 罪
【ファナエルSIDE】人間がブランド物を纏うかの如く、私は古い日誌と斧を身に纏った 中編
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「なんでここにあなたが居るの?」
「なんでとは?」
「服に付いてる大量の目……あなたアルゴスでしょ?地上と天界の監視をしてるって言う。さっきお父さんとお母さんがあなたの姿を見に行くために街へ行ったんだよ、それなのに私の部屋に居るなんておかしいじゃない」
私は気持ちの整理をつける為、チラリと視線を『大魔女キルケーの日誌』の方へ落とした。
『アンチ・グラウコスガム』について書かれたページの右端にはアルゴスと言う神についての記述があった、もしかしたらその記述がこの状況の突破口になるかもしれないと……そんなあまりにも小さい希望を抱いて。
『巨神アルゴス、100以上の目を持ち地上と天界を監視する者。ゼウスやヘラなどの6枚羽クラスの神と深い関りを持ち、この世の悪を捉えるもの。沢山の目が張り付いた軍服を着た女を見たら一目散に逃げてこのガムを口に入れるんだよ。その女は間違いなく巨神アルゴスの正体であり……君に死ぬことすら生ぬるい罰を与えてくるかもしれないよ。』
まるで誰かに語りかけるような口調で書かれた日誌の一文。
この日誌にすがるしかない私は先ほど作ったガムをいつでも口の中に入れられる様にと身構えた。
対する彼女は私の事など気にしていないのか、一人でう~んと考え事を続けている。
「おかしいですね……私は普段依り代を介して外出するんですよ、用は引きこもりです。人間達は私の事を巨人だと勘違いして『アルゴス』と言う存在を伝承していると確認しています」
彼女の羽がブルリと揺れる。
緑色の羽毛がゆらゆらと舞い上がる。
彼女の服に張り付いていた3つほどの目玉がズルリと滑り落ち、宙を舞う羽毛に向かって飛んでいく。
「何が言いたいか分かりますか?ただの天使だったあなたが私の姿を一目見て『あなたアルゴスでしょ?』なんて言うのはおかしい事なんです」
ベチャリと下品な音が鳴る。
宙を舞う羽毛と滑り落ちた目玉がぶつかる音だった。
「仮に、あなたが今必死に覗いているその日誌に私の情報が書かれてあったとしても……それもまたおかしなことです。人間の魔法使いだったキルケーが私の姿を認識するのは不可能ですから」
混ざりあった羽毛と目玉はゴポゴポと膨張していく。
やがてそれは人と同じ姿をした鳥頭の化け物に形を変えていった。
「経験上、こう言ったおかしな現象を起こす物は危険です。『大魔女キルケーの日誌』は世界の均衡を壊す可能性が十分にあると私は睨んでいます……もちろん、その日誌に魅入られたあなたにも」
「……それじゃあ何、あなたは私を捕まえに来たってこと?」
声が震える。
個数を3体に増やした鳥頭の化け物達の姿も十分に気味が悪い。
けれど、それよりも目の前にいるアルゴスという存在そのものが私に恐怖感を植え付けてくる。
「それが目的だったらこんな悠長に話していません。私の目的はあくまで『大魔女キルケーの日誌』、あなたが自分の意思でそれを譲ってくれるのを待っているんです。だから懇切丁寧にその日誌の気持ち悪さを教えているのですよ」
「そう言ってる割には残念そうな顔してるよ」
事務的に話す彼女の言葉と感情的にため息を吐く彼女の顔が一致しない。
今までだったらすぐに心の声を読んで彼女の本心を知ることが出来た。
相手の本心が分からないことがこれほど不安だなんて思いもしなかった。
明らかに嘘をついている相手を見るのがこんなに気持ち悪く感じるなんて思いもしなかった。
私はその嫌悪感を払拭したくて、不安定になった天使の力を無理やり使おうとした。
『###捕ま####れど』
「ゲホッ、ハァッハァッ!!」
ひどくノイズの混じった心の声が響く。
私を覆う様に現れた白い光は弱々しく、強風に煽られた焚き火の様に不安定な挙動を繰り返している。
前まではすんなりと心の声が聞えたのに。
ちょっと前まであの白い光を操っていたのに。
当たり前の様に出来ていた天使の力を行使する事がこんなにも息苦しい。
口から赤い血が飛び出る。
のどが、体が、自分のありとあらゆる場所が熱い。
たった一つ羽を無くしただけでこんな……こんな!!
「勝手に壊れるような真似しないでくださいよ。それで怒られるのは私なんですから」
「……それってどういう事?」
気だるそうなため息と一緒に吐き出されたその言葉が私の心をグシャリとえぐる。
ただただ彼女の言葉を聞くのが不快だった。
なんでそう思ったのかは分からない。
「ファナエル・ユピテル、3年前に事故で右羽を喪失。天使としての機能をこなす事は現在不可能。2か月前に悪魔が起こした反乱の際、偶然にも禁書庫へ逃げ込み、そこにあった『大魔女キルケーの日誌』を盗んだ。あなたに対するこれらの情報を私は天界の偉い神様に報告しました」
でもこの不快感には身に覚えがある。
つい最近、いや……おそらく今日、私はこれと同じ不快感を抱いたはずだ。
友人?知り合い?両親?
誰の言葉だっけ?
本当に誰か一人の言葉だっけ?
この不快感は日常の会話に含まれるものじゃなかったっけ?
「そうしたら神は私にとってあまりも残念な指示を突き出してきたんですよ。まぁ、あなたにとってはいい知らせかもしれませんけどね」
皆の顔を思い浮かべる。
皆が私にかけた言葉が脳裏に過る。
私が抱いた不快感のぼやけていた輪郭が鮮明に姿を映し出そうとしている。
「『ファナエル・ユピテルは非常に不安定な状態にあり、例の書物を盗んだ件も計画性の無い突発的な事故と我々は見なした。ゆえに彼女を天使として裁くのではなく、か弱い一つの生命体として寛大な処置を下す様に』だそうです。なので私はあなたを束縛しません。私がするのはその日誌の回収だけです。あなたの精神を更生させるのは両親や友人の方が行う事になっています」
「なに……それ」
私の心をざわつかせるこの不快感の正体は、右羽を無くしてから毎日感じていた皆との壁だったんだ。
「どうして……どうして皆揃って私の事を!!なんで、なんで!!」
どうして皆の言葉から壁を感じるんだろう。
なんで初対面の人の言葉から壁を感じるんだろう。
そうだ!!皆の心を読めば解決できる。
私は天使なんだからそのくらい簡単に……
『#####荒で#が##仕####すね』
ああ、そうだった。
大事な右羽が無いんだった!
力が上手く使えなくなったんだった!!
今の私は自分の心をえぐる壁からも逃れられない!!!
皆の言葉からどうして壁を感じるのかさえも分からないんだ!!!!
「ハハ……ハハッ」
乾いた笑いがこぼれる。
なんか手首が痛い気がする。
前を見ると、鳥頭の化け物達が私の手を掴んで『大魔女キルケーの日誌』を取り上げようとしていた。
どうやら私は無意識に日誌を握りしめていたらしい。
化け物達の強引な力で日誌がガサガサとページをはためかせながら踊っている。
バラバラと様変わりするページに書かれた一文一文が何故かスゥっと頭に入って来る。
『心が読めなくなった君へ、特別に見せてあげるよ』なんて日誌から煽られる幻聴さえ聞こえてくる。
「それなら……私は力が欲しいよ」
その幻聴に小さく私は答えを返す。
すると何の偶然か……日誌が勢いよくバサリと開いた。
ちょうど私にだけしか見えない様な角度で開いたそのページの冒頭にはー
『禁斧チェレクス。代償が大きすぎるからオススメはしないけど……君が今すぐにでも強力な力が欲しい時にはこいつを使うのが手っ取り早いだろう。なぁに、君と私の仲だ。こいつが保管されている天界の禁書庫までの道のりをちゃんと記しておくとも』
今の私が欲する全てが記されていた。
「離して!!」
私は力一杯に鳥頭の化け物を突き放し、近くにあった窓をぶち破って部屋の外に出る。
握っていた黒いガムを口に放り込み、あまりに不安定な蛇行を繰り返しながらも日誌に書かれた禁書庫に向かって私は飛び立ったのだ。
「なんでとは?」
「服に付いてる大量の目……あなたアルゴスでしょ?地上と天界の監視をしてるって言う。さっきお父さんとお母さんがあなたの姿を見に行くために街へ行ったんだよ、それなのに私の部屋に居るなんておかしいじゃない」
私は気持ちの整理をつける為、チラリと視線を『大魔女キルケーの日誌』の方へ落とした。
『アンチ・グラウコスガム』について書かれたページの右端にはアルゴスと言う神についての記述があった、もしかしたらその記述がこの状況の突破口になるかもしれないと……そんなあまりにも小さい希望を抱いて。
『巨神アルゴス、100以上の目を持ち地上と天界を監視する者。ゼウスやヘラなどの6枚羽クラスの神と深い関りを持ち、この世の悪を捉えるもの。沢山の目が張り付いた軍服を着た女を見たら一目散に逃げてこのガムを口に入れるんだよ。その女は間違いなく巨神アルゴスの正体であり……君に死ぬことすら生ぬるい罰を与えてくるかもしれないよ。』
まるで誰かに語りかけるような口調で書かれた日誌の一文。
この日誌にすがるしかない私は先ほど作ったガムをいつでも口の中に入れられる様にと身構えた。
対する彼女は私の事など気にしていないのか、一人でう~んと考え事を続けている。
「おかしいですね……私は普段依り代を介して外出するんですよ、用は引きこもりです。人間達は私の事を巨人だと勘違いして『アルゴス』と言う存在を伝承していると確認しています」
彼女の羽がブルリと揺れる。
緑色の羽毛がゆらゆらと舞い上がる。
彼女の服に張り付いていた3つほどの目玉がズルリと滑り落ち、宙を舞う羽毛に向かって飛んでいく。
「何が言いたいか分かりますか?ただの天使だったあなたが私の姿を一目見て『あなたアルゴスでしょ?』なんて言うのはおかしい事なんです」
ベチャリと下品な音が鳴る。
宙を舞う羽毛と滑り落ちた目玉がぶつかる音だった。
「仮に、あなたが今必死に覗いているその日誌に私の情報が書かれてあったとしても……それもまたおかしなことです。人間の魔法使いだったキルケーが私の姿を認識するのは不可能ですから」
混ざりあった羽毛と目玉はゴポゴポと膨張していく。
やがてそれは人と同じ姿をした鳥頭の化け物に形を変えていった。
「経験上、こう言ったおかしな現象を起こす物は危険です。『大魔女キルケーの日誌』は世界の均衡を壊す可能性が十分にあると私は睨んでいます……もちろん、その日誌に魅入られたあなたにも」
「……それじゃあ何、あなたは私を捕まえに来たってこと?」
声が震える。
個数を3体に増やした鳥頭の化け物達の姿も十分に気味が悪い。
けれど、それよりも目の前にいるアルゴスという存在そのものが私に恐怖感を植え付けてくる。
「それが目的だったらこんな悠長に話していません。私の目的はあくまで『大魔女キルケーの日誌』、あなたが自分の意思でそれを譲ってくれるのを待っているんです。だから懇切丁寧にその日誌の気持ち悪さを教えているのですよ」
「そう言ってる割には残念そうな顔してるよ」
事務的に話す彼女の言葉と感情的にため息を吐く彼女の顔が一致しない。
今までだったらすぐに心の声を読んで彼女の本心を知ることが出来た。
相手の本心が分からないことがこれほど不安だなんて思いもしなかった。
明らかに嘘をついている相手を見るのがこんなに気持ち悪く感じるなんて思いもしなかった。
私はその嫌悪感を払拭したくて、不安定になった天使の力を無理やり使おうとした。
『###捕ま####れど』
「ゲホッ、ハァッハァッ!!」
ひどくノイズの混じった心の声が響く。
私を覆う様に現れた白い光は弱々しく、強風に煽られた焚き火の様に不安定な挙動を繰り返している。
前まではすんなりと心の声が聞えたのに。
ちょっと前まであの白い光を操っていたのに。
当たり前の様に出来ていた天使の力を行使する事がこんなにも息苦しい。
口から赤い血が飛び出る。
のどが、体が、自分のありとあらゆる場所が熱い。
たった一つ羽を無くしただけでこんな……こんな!!
「勝手に壊れるような真似しないでくださいよ。それで怒られるのは私なんですから」
「……それってどういう事?」
気だるそうなため息と一緒に吐き出されたその言葉が私の心をグシャリとえぐる。
ただただ彼女の言葉を聞くのが不快だった。
なんでそう思ったのかは分からない。
「ファナエル・ユピテル、3年前に事故で右羽を喪失。天使としての機能をこなす事は現在不可能。2か月前に悪魔が起こした反乱の際、偶然にも禁書庫へ逃げ込み、そこにあった『大魔女キルケーの日誌』を盗んだ。あなたに対するこれらの情報を私は天界の偉い神様に報告しました」
でもこの不快感には身に覚えがある。
つい最近、いや……おそらく今日、私はこれと同じ不快感を抱いたはずだ。
友人?知り合い?両親?
誰の言葉だっけ?
本当に誰か一人の言葉だっけ?
この不快感は日常の会話に含まれるものじゃなかったっけ?
「そうしたら神は私にとってあまりも残念な指示を突き出してきたんですよ。まぁ、あなたにとってはいい知らせかもしれませんけどね」
皆の顔を思い浮かべる。
皆が私にかけた言葉が脳裏に過る。
私が抱いた不快感のぼやけていた輪郭が鮮明に姿を映し出そうとしている。
「『ファナエル・ユピテルは非常に不安定な状態にあり、例の書物を盗んだ件も計画性の無い突発的な事故と我々は見なした。ゆえに彼女を天使として裁くのではなく、か弱い一つの生命体として寛大な処置を下す様に』だそうです。なので私はあなたを束縛しません。私がするのはその日誌の回収だけです。あなたの精神を更生させるのは両親や友人の方が行う事になっています」
「なに……それ」
私の心をざわつかせるこの不快感の正体は、右羽を無くしてから毎日感じていた皆との壁だったんだ。
「どうして……どうして皆揃って私の事を!!なんで、なんで!!」
どうして皆の言葉から壁を感じるんだろう。
なんで初対面の人の言葉から壁を感じるんだろう。
そうだ!!皆の心を読めば解決できる。
私は天使なんだからそのくらい簡単に……
『#####荒で#が##仕####すね』
ああ、そうだった。
大事な右羽が無いんだった!
力が上手く使えなくなったんだった!!
今の私は自分の心をえぐる壁からも逃れられない!!!
皆の言葉からどうして壁を感じるのかさえも分からないんだ!!!!
「ハハ……ハハッ」
乾いた笑いがこぼれる。
なんか手首が痛い気がする。
前を見ると、鳥頭の化け物達が私の手を掴んで『大魔女キルケーの日誌』を取り上げようとしていた。
どうやら私は無意識に日誌を握りしめていたらしい。
化け物達の強引な力で日誌がガサガサとページをはためかせながら踊っている。
バラバラと様変わりするページに書かれた一文一文が何故かスゥっと頭に入って来る。
『心が読めなくなった君へ、特別に見せてあげるよ』なんて日誌から煽られる幻聴さえ聞こえてくる。
「それなら……私は力が欲しいよ」
その幻聴に小さく私は答えを返す。
すると何の偶然か……日誌が勢いよくバサリと開いた。
ちょうど私にだけしか見えない様な角度で開いたそのページの冒頭にはー
『禁斧チェレクス。代償が大きすぎるからオススメはしないけど……君が今すぐにでも強力な力が欲しい時にはこいつを使うのが手っ取り早いだろう。なぁに、君と私の仲だ。こいつが保管されている天界の禁書庫までの道のりをちゃんと記しておくとも』
今の私が欲する全てが記されていた。
「離して!!」
私は力一杯に鳥頭の化け物を突き放し、近くにあった窓をぶち破って部屋の外に出る。
握っていた黒いガムを口に放り込み、あまりに不安定な蛇行を繰り返しながらも日誌に書かれた禁書庫に向かって私は飛び立ったのだ。
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