元・愛玩奴隷は愛されとろけて甘く鳴き~二代目ご主人様は三兄弟~

唯月漣

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112)お父様の思い出

「水湊様は、お父様がお好きだったのですね」


 私がそう言うと、水湊様は一瞬目を伏せて、静かに頷かれた。


「東條院グループは元々、大工だった祖父が立ち上げた、小さな工務店だったんだ。私が幼い頃、父は店の跡取り息子として……祖父にビシバシ扱かれていた」
「水湊様のお祖父様は、大工さんだったのですね。少し意外です」
「ふふ、かもしれないな。当時まだ幼かった私は母に連れられて、よく現場の父に弁当を届けに行ったものだ」
「お弁当を……。それはお父様も、きっとお喜びになったことでしょうね」
「そうだな。父は祖父に倣い、地元を愛し、愛情深く、顧客を大切にする……心の温かい人だった」


 どこか寂しげな微笑みを浮かべた水湊様は、昔を懐かしむように静かに話し出す。


「昔の祖母は、父や私の母にはとても厳しい人だった。だがそんな祖母も、である私には甘くてな。私は父の跡継ぎとして、皆に大切に育てられていた」
「? 唯一の……?」
「ああ。あの頃の私は、この幸せがずっと続くのだと信じていた」


 それは、まだ律火様や詩月様が産まれる前の話をなさっている……ということだろうか。
 それに『あの頃は』とは、どういう意味だろう……。

 すると水湊様は改めて、私に真っ直ぐな視線を向ける。


「日和は私の父の死後、今の東條院グループを率いているのが誰か、知っているか?」
「ええと……雇用契約書には確か――」


 記憶力に、自信はない。
 けれど、確か『東條院グループ会長 東條院』……とあったような……。


「――――あれ……?」


 そこまで考えて、私はある事に気がつく。
 水湊様のお父様は確か『誠斗様』と仰っていた。
 だが水湊様のお父様は既に亡くなっている。
 水湊様は先程、『自分は父の跡継ぎとして、皆に大切に育てられていた』と仰っていたはずだ。

 では、東條院魁斗様とは、一体――。

 考え込んでいる私に、水湊様は静かな声で答えを下さる。


「今の東條院グループを率いている東條院魁斗は、私の叔父だ」
「……では、水湊様のお父様が亡くなられて、代わりに魁斗様が後を継がれたということですか?」
「…………」


 私がそう聞くと、水湊様は怒りと悲しみが混ざったような複雑な表情をなさった。


「結果的にはそうなるな。全ては――力なき、私のせいで」
「………………」


 水湊様は以前にも、ご自身を『力なき私』と仰っていた。
 樫原さんは『兄弟三人は目的があるから同居している』と言っていたけれど、今回のお話とその目的は、何か関係があるのだろうか。


「日和……」
「はい」


 考えを巡らせる中、突然名前を呼ばれて視線を落とすと、水湊様はベッドの上で上半身を起こされた。

 ふと視線が絡んで、ルームランプに照らされた水湊様の瞳に、自分の姿が映る。

 ――なぜそうしたのかは、私にも分からない。

 私は一瞬躊躇い、ぐっと指先を握りしめてから、そっと片膝をベッドに乗り上げる。
 私はそのまま、水湊様のお体を両腕で優しく包み込んだ。


「……日和? どうした?」
「…………」


 ワイシャツ越しにじわりと伝わる水湊様の体温は、心臓の鼓動までもが伝わってきそうなほど熱い。


「っ……」


 水湊様もまた、驚いたのは一瞬で。
 躊躇いがちに私の体に腕を回して、私の体を抱き返してくださった。


「水湊様……お疲れの時はどうしても、お考えが沈んでしまうものです。今宵はどうか、ゆっくりとお休みになって下さい」


 そう言いながら、私は静かに頬を寄せた。
 水湊様の頬は熱い。その熱さを楽しむように頬を軽く擦り付け、私はゆっくり水湊様のシャツのボタンに指をかけた。


「日和? 一体何を……」


 そう問われた水湊様が、私の指の冷たさにピクリと反応される。


「水湊様。よく眠れるおまじないをしてもよろしいですか……?」
「――おまじない?」


 水湊様の問いに、私は優しく微笑みを返す。

 襟を開き、あらわになる首筋に、私はそっと鼻先を寄せた。
 体温に混じる柑橘系コロンの残り香が、私の鼻腔をくすぐる。

 ゴクリ……と、水湊様の喉が小さく鳴った。

 三つ目のボタンを外せば、その下には鎖骨が見える。
 鎖骨を避け、その左下……。
 その位置に、私は唇を寄せた。
 ……そこに優しくキスを落とすと、そのままゆっくりとその皮膚を吸い上げる。


「っ……」


 私の目的を察したらしい水湊様が、息を飲んだのが分かった。
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