112 / 122
112)お父様の思い出
「水湊様は、お父様がお好きだったのですね」
私がそう言うと、水湊様は一瞬目を伏せて、静かに頷かれた。
「東條院グループは元々、大工だった祖父が立ち上げた、小さな工務店だったんだ。私が幼い頃、父は店の跡取り息子として……祖父にビシバシ扱かれていた」
「水湊様のお祖父様は、大工さんだったのですね。少し意外です」
「ふふ、かもしれないな。当時まだ幼かった私は母に連れられて、よく現場の父に弁当を届けに行ったものだ」
「お弁当を……。それはお父様も、きっとお喜びになったことでしょうね」
「そうだな。父は祖父に倣い、地元を愛し、愛情深く、顧客を大切にする……心の温かい人だった」
どこか寂しげな微笑みを浮かべた水湊様は、昔を懐かしむように静かに話し出す。
「昔の祖母は、父や私の母にはとても厳しい人だった。だがそんな祖母も、唯一の孫である私には甘くてな。私は父の跡継ぎとして、皆に大切に育てられていた」
「? 唯一の……?」
「ああ。あの頃の私は、この幸せがずっと続くのだと信じていた」
それは、まだ律火様や詩月様が産まれる前の話をなさっている……ということだろうか。
それに『あの頃は』とは、どういう意味だろう……。
すると水湊様は改めて、私に真っ直ぐな視線を向ける。
「日和は私の父の死後、今の東條院グループを率いているのが誰か、知っているか?」
「ええと……雇用契約書には確か――」
記憶力に、自信はない。
けれど、確か『東條院グループ会長 東條院魁斗』……とあったような……。
「――――あれ……?」
そこまで考えて、私はある事に気がつく。
水湊様のお父様は確か『誠斗様』と仰っていた。
だが水湊様のお父様は既に亡くなっている。
水湊様は先程、『自分は父の跡継ぎとして、皆に大切に育てられていた』と仰っていたはずだ。
では、東條院魁斗様とは、一体――。
考え込んでいる私に、水湊様は静かな声で答えを下さる。
「今の東條院グループを率いている東條院魁斗は、私の叔父だ」
「……では、水湊様のお父様が亡くなられて、代わりに魁斗様が後を継がれたということですか?」
「…………」
私がそう聞くと、水湊様は怒りと悲しみが混ざったような複雑な表情をなさった。
「結果的にはそうなるな。全ては――力なき、私のせいで」
「………………」
水湊様は以前にも、ご自身を『力なき私』と仰っていた。
樫原さんは『兄弟三人は目的があるから同居している』と言っていたけれど、今回のお話とその目的は、何か関係があるのだろうか。
「日和……」
「はい」
考えを巡らせる中、突然名前を呼ばれて視線を落とすと、水湊様はベッドの上で上半身を起こされた。
ふと視線が絡んで、ルームランプに照らされた水湊様の瞳に、自分の姿が映る。
――なぜそうしたのかは、私にも分からない。
私は一瞬躊躇い、ぐっと指先を握りしめてから、そっと片膝をベッドに乗り上げる。
私はそのまま、水湊様のお体を両腕で優しく包み込んだ。
「……日和? どうした?」
「…………」
ワイシャツ越しにじわりと伝わる水湊様の体温は、心臓の鼓動までもが伝わってきそうなほど熱い。
「っ……」
水湊様もまた、驚いたのは一瞬で。
躊躇いがちに私の体に腕を回して、私の体を抱き返してくださった。
「水湊様……お疲れの時はどうしても、お考えが沈んでしまうものです。今宵はどうか、ゆっくりとお休みになって下さい」
そう言いながら、私は静かに頬を寄せた。
水湊様の頬は熱い。その熱さを楽しむように頬を軽く擦り付け、私はゆっくり水湊様のシャツのボタンに指をかけた。
「日和? 一体何を……」
そう問われた水湊様が、私の指の冷たさにピクリと反応される。
「水湊様。よく眠れるおまじないをしてもよろしいですか……?」
「――おまじない?」
水湊様の問いに、私は優しく微笑みを返す。
襟を開き、あらわになる首筋に、私はそっと鼻先を寄せた。
体温に混じる柑橘系コロンの残り香が、私の鼻腔をくすぐる。
ゴクリ……と、水湊様の喉が小さく鳴った。
三つ目のボタンを外せば、その下には鎖骨が見える。
鎖骨を避け、その左下……。
その位置に、私は唇を寄せた。
……そこに優しくキスを落とすと、そのままゆっくりとその皮膚を吸い上げる。
「っ……」
私の目的を察したらしい水湊様が、息を飲んだのが分かった。
私がそう言うと、水湊様は一瞬目を伏せて、静かに頷かれた。
「東條院グループは元々、大工だった祖父が立ち上げた、小さな工務店だったんだ。私が幼い頃、父は店の跡取り息子として……祖父にビシバシ扱かれていた」
「水湊様のお祖父様は、大工さんだったのですね。少し意外です」
「ふふ、かもしれないな。当時まだ幼かった私は母に連れられて、よく現場の父に弁当を届けに行ったものだ」
「お弁当を……。それはお父様も、きっとお喜びになったことでしょうね」
「そうだな。父は祖父に倣い、地元を愛し、愛情深く、顧客を大切にする……心の温かい人だった」
どこか寂しげな微笑みを浮かべた水湊様は、昔を懐かしむように静かに話し出す。
「昔の祖母は、父や私の母にはとても厳しい人だった。だがそんな祖母も、唯一の孫である私には甘くてな。私は父の跡継ぎとして、皆に大切に育てられていた」
「? 唯一の……?」
「ああ。あの頃の私は、この幸せがずっと続くのだと信じていた」
それは、まだ律火様や詩月様が産まれる前の話をなさっている……ということだろうか。
それに『あの頃は』とは、どういう意味だろう……。
すると水湊様は改めて、私に真っ直ぐな視線を向ける。
「日和は私の父の死後、今の東條院グループを率いているのが誰か、知っているか?」
「ええと……雇用契約書には確か――」
記憶力に、自信はない。
けれど、確か『東條院グループ会長 東條院魁斗』……とあったような……。
「――――あれ……?」
そこまで考えて、私はある事に気がつく。
水湊様のお父様は確か『誠斗様』と仰っていた。
だが水湊様のお父様は既に亡くなっている。
水湊様は先程、『自分は父の跡継ぎとして、皆に大切に育てられていた』と仰っていたはずだ。
では、東條院魁斗様とは、一体――。
考え込んでいる私に、水湊様は静かな声で答えを下さる。
「今の東條院グループを率いている東條院魁斗は、私の叔父だ」
「……では、水湊様のお父様が亡くなられて、代わりに魁斗様が後を継がれたということですか?」
「…………」
私がそう聞くと、水湊様は怒りと悲しみが混ざったような複雑な表情をなさった。
「結果的にはそうなるな。全ては――力なき、私のせいで」
「………………」
水湊様は以前にも、ご自身を『力なき私』と仰っていた。
樫原さんは『兄弟三人は目的があるから同居している』と言っていたけれど、今回のお話とその目的は、何か関係があるのだろうか。
「日和……」
「はい」
考えを巡らせる中、突然名前を呼ばれて視線を落とすと、水湊様はベッドの上で上半身を起こされた。
ふと視線が絡んで、ルームランプに照らされた水湊様の瞳に、自分の姿が映る。
――なぜそうしたのかは、私にも分からない。
私は一瞬躊躇い、ぐっと指先を握りしめてから、そっと片膝をベッドに乗り上げる。
私はそのまま、水湊様のお体を両腕で優しく包み込んだ。
「……日和? どうした?」
「…………」
ワイシャツ越しにじわりと伝わる水湊様の体温は、心臓の鼓動までもが伝わってきそうなほど熱い。
「っ……」
水湊様もまた、驚いたのは一瞬で。
躊躇いがちに私の体に腕を回して、私の体を抱き返してくださった。
「水湊様……お疲れの時はどうしても、お考えが沈んでしまうものです。今宵はどうか、ゆっくりとお休みになって下さい」
そう言いながら、私は静かに頬を寄せた。
水湊様の頬は熱い。その熱さを楽しむように頬を軽く擦り付け、私はゆっくり水湊様のシャツのボタンに指をかけた。
「日和? 一体何を……」
そう問われた水湊様が、私の指の冷たさにピクリと反応される。
「水湊様。よく眠れるおまじないをしてもよろしいですか……?」
「――おまじない?」
水湊様の問いに、私は優しく微笑みを返す。
襟を開き、あらわになる首筋に、私はそっと鼻先を寄せた。
体温に混じる柑橘系コロンの残り香が、私の鼻腔をくすぐる。
ゴクリ……と、水湊様の喉が小さく鳴った。
三つ目のボタンを外せば、その下には鎖骨が見える。
鎖骨を避け、その左下……。
その位置に、私は唇を寄せた。
……そこに優しくキスを落とすと、そのままゆっくりとその皮膚を吸い上げる。
「っ……」
私の目的を察したらしい水湊様が、息を飲んだのが分かった。
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。