元・愛玩奴隷は愛されとろけて甘く鳴き~二代目ご主人様は三兄弟~

唯月漣

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14)新たな主への忠誠心

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「お帰りなさいませ」


 私が慌てて玄関に駆けつけたときには、うやうやしく頭を下げた屋敷の執事が、広いロビーのような玄関先で水湊様からロングコートを受け取るところだった。傍には佐倉さんが水湊様の鞄を持って控えている。


「あっ、お……お帰りなさいませ」


 佐倉さんの後ろで見よう見まねで水湊様に頭を下げた私は、水湊様と目が合った。


「ああ、キミか。思いの外仕事が早く終わったんだ。キミの雇用契約の書類は目を通している。聞いていると思うが、社保は明日からの対応になりそうだ。待たせて悪いが……」
「あっ、ああっ、あのっっっ!!!」


 自分で思う三倍ぐらいの大きな声が出てしまって、私はみっともなさに赤面した。緊張で舌が喉に張り付いて、唇が震える。
 三人はそんな私を驚いたように見つめていた。
 けれどもどうやら、私が落ち着いて次の言葉を発するのを待ってくれているらしい。



「あ……改めまして。今日からお世話になります! ふつつかな奴隷ではありますが、誠心誠意務めさせていただきます。私はも立っておりますゆえ、夜……とは申しません。ご主人様方のお役に立つために、雑用……靴磨きでもトイレ掃除でも、なんなりとお申し付け下さいっ」


 私はそう言って、深々と頭を下げた。私は普段あまり大きな声を出す方ではなかったので、最後の方は少し声が裏返ってしまった。まだ、膝が震えている。
 とても恥ずかしかったけれど、なんとか感謝の気持ちを伝えたかった。


「…………愛玩奴隷の次は靴磨きにトイレ掃除ときたか。それはウチでは年配のパート社員の仕事だ」

 
 水湊様はそう言って、小さく声を出してお笑いになった。
 ――またやってしまった。私はどうやら、また的外れな事を言ってしまったらしい。
 
 胸の奥がきゅっと縮む。頬がじんわりと熱を持ち、ついには耳まで赤くなった。

 恥ずかしさに俯く一方で、昨日お会いしたときはクールな印象だった水湊様は笑うと雰囲気が柔らかくなる方のようだ。
 
 笑うにしても私を嘲る様子は一切なく、どちらかと言えば私の的外れな必死さに思わず顔を綻ばせて下さっているようだった。


「ああ、悪い。ええと、藤倉君と言ったか」
「はい。どうぞ、私のことは日和、と……」
「そうか。……では、日和」
「はい」
「本当は、『今日は私も疲れているから来なくていい。休め』と言うつもりだったんだが、気が変わった」
「…………!」


 水湊様は緊張をにじませた私に向き合って、元のクールな表情に戻って口元だけで微笑んだ。


「私はこれから夕食を摂る。一時間後に部屋に来い」
「え……?」
「どうが立っているか見てやる、と言っている」
「あ…………! はい、ありがとうございますっ」


 そう言い残して立ち去った水湊様の後ろで、佐倉さんはなにか言いたげな表情を浮かべていた。

 けれども、叶わぬと思っていた夜の奉仕が早々に叶うかもしれないという思いに、私は気持ちが高揚するのを感じていた。


 


 ***




 
「失礼します、入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ。待っていた」

 
 部屋に入ると、水湊様はバスローブ姿でベッドに腰を掛け、水を飲まれていた。

 先程まではワックスできっちりとセットされていた髪がは僅かに乱れ、水分を含んで艶めいている。ベッドサイドに灯る間接照明は、側に座る水湊様をほんのりと照らしていた。


「緊張しているのか?」
「うっ。申し訳ありません……」
「構わん。だが、昨日はあの強面こわもての佐倉に『自分を雇ってくれる人を紹介しろ』と噛み付いたと聞いていたが、蓋を開けてみれば随分としおらしいな」
「あ、あれは……っ!」


 あの時は、私も必死だった。

 誰も頼れる人のいない天涯孤独のこの身一つで、外へ放り出されると思ったから。
 
 私はお転婆を咎められた少女のような気持ちで、水湊様の言葉に恥じ入った。


「必死だったとは言え、あのような大きな声が自分に出せるとは、私自身驚きました」
「はは。そのようだ」


 水湊様はそうお笑いになって、不意にバスローブを脱がれた。
 突然のことに動揺する私を尻目に下着姿でうつ伏せにベッドに寝転んだ水湊様は、ちらりとこちらを振り返る。
 
 本人にそんなつもりはないと知りつつも、そこはかとなく滲む色気に私はわずかに息を呑んだ。


「私の役に立ちたいのだったな? 日和はマッサージは得意か?」
「独学ですが、経験はございます……」
「そうか。今日は一日デスクワークと車移動で肩と背中が凝った。マッサージをしてくれないか」
「かしこまりました」


 水湊様は私の答えに小さく頷かれたあと、うつ伏せになって枕に頭を預けた。
 
 私は、タダ飯喰らいになる訳にはいかない。
 主人の役に立ってこそ、私はこのお屋敷に置いて頂けるのだ。
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