10 / 12
●十ペエジ
しおりを挟む
「初めて見た時、思わず震えた。あまりに彼女に似ていて。そして思ったのだ。もし……私と彼女の間に、子供が授かっていたら、こんな子が生まれていただろうかと」
出来心だった……後悔が滲む声でそう旦那様は呟いた。
彼女にそっくりな顔なのに、子供の目が昏く淀んで苦しんでるさまを見ていられなかった。
彼女を救えなかった分、似た顔の子供を救うことで罪悪感を減らせるかもしれない。そう思って子供を買い、養子にした。
「しかし……すぐに後悔した。子を持ったことがないから、どう接していいかもわからない。何より悠之介の顔を見る度に彼女を思い出す。身勝手な話だが、悠之介の顔を見る度に苦しくて……目をそらし続けた」
父親になりそこない、だからといって身勝手に捨てるわけにもいかず。どうしようもなく持て余したまま、死を待ちつつ、ゆっくりと十年生きてきた。
静かに死を待ち望んでいたはずが、自分が死んだら悠之介はどう想うのだろうか? そう考えると……死にたいなんて言えなかった。
「私の出来心と身勝手さで、悠之介の人生をゆがめたくはない。悠之介の昏く淀んだ目が少しづつ明るくなって、彼女みたいに朗らかに笑うようになったのは嬉しかった。だから……お前には幸せな人生を歩んで欲しい」
そう……口にした時、旦那様は今まで見たこともない程、優しい笑顔を見せられた。
それはまさしく我が子を愛する父親だ。旦那様は気づいてないのかもしれないが、十年ともに暮らすうちに、御坊ちゃまを本気で子供のように愛していたのだろう。
御坊ちゃまもそう感じられたように見えた。目元を潤ませて笑みを浮かべる。
「貴方は……父親のなりそこないだといいますが、僕は貴方を父だと思っています。だから死んで欲しくない」
そう語る御坊ちゃまの目には一切の迷いがない。旦那様の本心を知ったからこそ、吹っ切れたのだろう。
「私を……父だと慕ってくれるのか? 父親らしい事は何もしていないというのに」
信じられない……という風に旦那様は首を横に振る。
「この十年、僕は衣食住、何不自由なく暮らし、学校にも通わせてもらえた。平穏な日々を過ごせた。貴方のおかげです」
まっすぐに慕う御坊ちゃまの言葉に、旦那様は眩しい程に眼を細め、唇を振るわせた。
「気持ちは嬉しい。だが……私は彼女以外の人間の生き血を吸わないと決めたのだ」
「それなら……その人に似た僕の血ならどうですか?」
御坊ちゃまの言葉に私も驚いたし、旦那様は驚きを通り越して思わず叫んだ。
「馬鹿者! それが嫌で黙っていたのだ!」
大きく叫んで体力を消耗したように、ぜいぜいと荒く呼吸を繰り返す。病み衰えて震えながら、御坊ちゃまを鋭く睨みつける。そこまで怒鳴られても御坊ちゃまは一歩も引かなかった。
「なぜ嫌なのですか?」
「言わなければわからないのか? 血を吸われる快楽に溺れるお前など見たくもない。お前は好きに生きろ。それが私がお前に求める全てだ」
旦那様は深呼吸を続けながら、噛み付きそうな程、獰猛な視線を向ける。鬼気迫る程に恐ろしい旦那様の表情を見ても、御坊ちゃまはまだ引かない。
「そんなに必死に嫌だ……というくらい、僕の血が飲みたかったのですね」
そう言って御坊ちゃまはシャツのボタンを外し、首筋を露にした。男性にしては色が白い肌は滑らかで、青い静脈が透けて見え、私も思わずぞくりとする程美しかった。
旦那様は反射的に手を伸ばしかけ、ぎゅっと眼をつぶって、必死に堪えるような仕草をした。
「やめろ! もう私は誰の血も飲みたくない!」
よほど御坊ちゃまの血は魅力的に見えるのだろう。音のない世界に生きる旦那様にとって、眼をつぶってしまえば、声は届かない。そうやって必死に拒絶しないといけない程、抗いがたい魅力。
聞こえないとわかっているはずなのに、御坊ちゃまは旦那様の肩をつかんで揺さぶった。
「僕は父上が死ぬのは嫌だ! だから吸ってください。そして生きてください」
どれほど大きな声で叫んでも、旦那様の耳には届かない。
じれたように御坊ちゃまは、自分の爪で首を引っ掻いた。思わずうめき声が聞こえる程、爪が深く食い込んで、素肌から血の雫が滴り落ちる。
その匂いに……耐えきれなかったのだろう。
旦那様は力強く御坊ちゃまを抱きしめて、その首筋に牙をたてた。
「あぁ……」
御坊ちゃまの口から、甘い吐息がこぼれ落ちた。びくんびくんと身体が跳ねる。
旦那様は飢えた獣の如く、御坊ちゃまの首筋に喰らいついて血を啜る。
御坊ちゃまは精神の平衡を奪われ、まるで官能の海に溺れて堕ちたかのように見えた。頬を赤く染め、見惚れる程に妖艶な笑みを浮かべている。
互いに思いやる父息子でありながら、ただならぬ空気を醸し出し、私は見ているだけで息苦しかった。
でも……私はこの親子の全てを見届けて、日誌に書かなければいけない。それが今、私のやるべき事なのだから。
どくどくと吸ううちに、見る間に旦那様の様子が変わって行く。
灰色の髪が黒みを帯びて行き、大きな皺が減って肌にはりがでて、若返って行くのが解った。
御坊ちゃまが死ぬ程吸ってしまわないかと怯えたが、旦那様が手を離した時、御坊ちゃまの息はまだあった。
ーー見惚れる程にうっとりと眠りに浸る御坊ちゃまを見て、旦那様は頬を濡らした。
出来心だった……後悔が滲む声でそう旦那様は呟いた。
彼女にそっくりな顔なのに、子供の目が昏く淀んで苦しんでるさまを見ていられなかった。
彼女を救えなかった分、似た顔の子供を救うことで罪悪感を減らせるかもしれない。そう思って子供を買い、養子にした。
「しかし……すぐに後悔した。子を持ったことがないから、どう接していいかもわからない。何より悠之介の顔を見る度に彼女を思い出す。身勝手な話だが、悠之介の顔を見る度に苦しくて……目をそらし続けた」
父親になりそこない、だからといって身勝手に捨てるわけにもいかず。どうしようもなく持て余したまま、死を待ちつつ、ゆっくりと十年生きてきた。
静かに死を待ち望んでいたはずが、自分が死んだら悠之介はどう想うのだろうか? そう考えると……死にたいなんて言えなかった。
「私の出来心と身勝手さで、悠之介の人生をゆがめたくはない。悠之介の昏く淀んだ目が少しづつ明るくなって、彼女みたいに朗らかに笑うようになったのは嬉しかった。だから……お前には幸せな人生を歩んで欲しい」
そう……口にした時、旦那様は今まで見たこともない程、優しい笑顔を見せられた。
それはまさしく我が子を愛する父親だ。旦那様は気づいてないのかもしれないが、十年ともに暮らすうちに、御坊ちゃまを本気で子供のように愛していたのだろう。
御坊ちゃまもそう感じられたように見えた。目元を潤ませて笑みを浮かべる。
「貴方は……父親のなりそこないだといいますが、僕は貴方を父だと思っています。だから死んで欲しくない」
そう語る御坊ちゃまの目には一切の迷いがない。旦那様の本心を知ったからこそ、吹っ切れたのだろう。
「私を……父だと慕ってくれるのか? 父親らしい事は何もしていないというのに」
信じられない……という風に旦那様は首を横に振る。
「この十年、僕は衣食住、何不自由なく暮らし、学校にも通わせてもらえた。平穏な日々を過ごせた。貴方のおかげです」
まっすぐに慕う御坊ちゃまの言葉に、旦那様は眩しい程に眼を細め、唇を振るわせた。
「気持ちは嬉しい。だが……私は彼女以外の人間の生き血を吸わないと決めたのだ」
「それなら……その人に似た僕の血ならどうですか?」
御坊ちゃまの言葉に私も驚いたし、旦那様は驚きを通り越して思わず叫んだ。
「馬鹿者! それが嫌で黙っていたのだ!」
大きく叫んで体力を消耗したように、ぜいぜいと荒く呼吸を繰り返す。病み衰えて震えながら、御坊ちゃまを鋭く睨みつける。そこまで怒鳴られても御坊ちゃまは一歩も引かなかった。
「なぜ嫌なのですか?」
「言わなければわからないのか? 血を吸われる快楽に溺れるお前など見たくもない。お前は好きに生きろ。それが私がお前に求める全てだ」
旦那様は深呼吸を続けながら、噛み付きそうな程、獰猛な視線を向ける。鬼気迫る程に恐ろしい旦那様の表情を見ても、御坊ちゃまはまだ引かない。
「そんなに必死に嫌だ……というくらい、僕の血が飲みたかったのですね」
そう言って御坊ちゃまはシャツのボタンを外し、首筋を露にした。男性にしては色が白い肌は滑らかで、青い静脈が透けて見え、私も思わずぞくりとする程美しかった。
旦那様は反射的に手を伸ばしかけ、ぎゅっと眼をつぶって、必死に堪えるような仕草をした。
「やめろ! もう私は誰の血も飲みたくない!」
よほど御坊ちゃまの血は魅力的に見えるのだろう。音のない世界に生きる旦那様にとって、眼をつぶってしまえば、声は届かない。そうやって必死に拒絶しないといけない程、抗いがたい魅力。
聞こえないとわかっているはずなのに、御坊ちゃまは旦那様の肩をつかんで揺さぶった。
「僕は父上が死ぬのは嫌だ! だから吸ってください。そして生きてください」
どれほど大きな声で叫んでも、旦那様の耳には届かない。
じれたように御坊ちゃまは、自分の爪で首を引っ掻いた。思わずうめき声が聞こえる程、爪が深く食い込んで、素肌から血の雫が滴り落ちる。
その匂いに……耐えきれなかったのだろう。
旦那様は力強く御坊ちゃまを抱きしめて、その首筋に牙をたてた。
「あぁ……」
御坊ちゃまの口から、甘い吐息がこぼれ落ちた。びくんびくんと身体が跳ねる。
旦那様は飢えた獣の如く、御坊ちゃまの首筋に喰らいついて血を啜る。
御坊ちゃまは精神の平衡を奪われ、まるで官能の海に溺れて堕ちたかのように見えた。頬を赤く染め、見惚れる程に妖艶な笑みを浮かべている。
互いに思いやる父息子でありながら、ただならぬ空気を醸し出し、私は見ているだけで息苦しかった。
でも……私はこの親子の全てを見届けて、日誌に書かなければいけない。それが今、私のやるべき事なのだから。
どくどくと吸ううちに、見る間に旦那様の様子が変わって行く。
灰色の髪が黒みを帯びて行き、大きな皺が減って肌にはりがでて、若返って行くのが解った。
御坊ちゃまが死ぬ程吸ってしまわないかと怯えたが、旦那様が手を離した時、御坊ちゃまの息はまだあった。
ーー見惚れる程にうっとりと眠りに浸る御坊ちゃまを見て、旦那様は頬を濡らした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる