大江戸町火消し。マトイ娘は江戸の花

ねこ沢ふたよ

文字の大きさ
4 / 53

稲荷様のお社で

しおりを挟む
 ――やかましい! てめえら!! 無駄話は外でしろ!(意味=ゆっくり話したいだろう? ちょっと外で休憩してきていいよ)

 素直じゃない茶屋の店主の一喝で、お七達は外に出る。

 眉間に何本もしわを寄せて悪態をつく強面。だが誰よりもお人好しな店主。その好意に甘えて人数分の団子まで持たされて、お七とお鈴と祐は、近くの稲荷様の社へ。

 朱塗りの可愛らしい鳥居の横には、狛犬の代わりに、対になった石の狐が座っている。
 社はそれほど広く神主もいないが、近所の人が掃除しているのか、綺麗に保たれている。
 社の階段に三人は腰を下ろす。

「佐和姉もお茶持って後で来るって」
「佐和姉も? え、良いの?」
「うん。店主さんが『佐和目当ての邪魔な客がいなけりゃ、商売しやすい』(佐和がいるから商売繁盛しているんだから、気にしないで休んで良いんだよ)って、言ってたから」

 お鈴がクスクスと笑う。

「店主さん、本当! 素直じゃないね」
「そうなの。もう慣れたけれども、最初は本当に怒っているのかと思ってビクビクしていたわ」
「素直に思ったことを言えば、もっと親しみやすいのになぁ」

 親のいない佐和とお鈴の姉妹。
 幼いお鈴を抱えて働き口に困っていた佐和を拾ってくれたのが店主だった。
 
 佐和とお鈴の親も、お七の母親と同じ火事で亡くなった。
 そのせいか、お鈴とお七は、ずっと仲良しだった。

「あたしが、マトイ持ちになって火事をやっつける!」

 そう宣言したお七に、お鈴は「頑張って!」と応援してくれた。それは、今も変わらない。
 火事をやっつける前に、その舞台にも立てていないお七を、お鈴は見守ってくれている。

「団子、うまいな!」

 祐が頬張るのは、串に刺さった団子。味噌が塗られている。
 じっくりと炭火で焼かれた味噌は、香ばしくって食欲をそそる。
 よく練って弾力のある団子が、口の中で弾む。

「どこかの町火消に入れたらなぁ……」
「まだ言っている」

 お七のつぶやきを、祐はまた否定する。

「うっさい」

 祐の頭をお七は、叩く。

「素直じゃないのは、祐も一緒ね。店主さんのこと言えないわ。そんなんじゃあ、いつまでたっても……」
「わ、馬鹿! お鈴!」
「なによ。二人して何の話?」

 何か隠しているらしき二人の会話に、お七は首を傾げる。

「それよりもさ、ほら! 町火消の話! 各組へ尋ねてはいるんだろう?」
「そう……そうなのよ。でも、入れてくれなくて」

 甘く見ていた。
 この火事の多い江戸の町には、いろは47組、お七の憧れる清吉がマトイ持ちを務めるい組を始めとする47組もの町火消がある。
 それだけあるのだから、どれか一つくらいはお七のような女でも町火消になりたいという人間を受け入れてくれるところがあるだろうと軽く考えていたのだ。

 だが、いざ町火消に入れてくれと頼みに行ってみれば、一昨日来やがれの扱い。どの組でも門前払い。
 さすがに清吉を押しのけてマトイ持ち……なんて考えは、お七には無いから、さすがにい組には行っていないが、それ以外のろ組、は組……め組……どの組でもことごとく断られてしまったのだ。

「屋根に登るのは、得意なんだけれどもな……」
「率先して屋根修理の仕事は手伝っているものね」

 長屋の屋根の修理は、お七が率先して引き受けている。
 長屋の皆は、お七の夢を知っているから、屋根にお七が登っていても、気にも止めない。

「頑張っているんだけれどもね!」

 ピョンと弾むように立ち上がって、お七は自分の分の団子を、葉っぱの上に載せて稲荷様に供える。

「どぉか!! どぉか稲荷様! このお団子をお供えしますから! あたしを町火消にして下さい!」

 パンパンと拍手を打って、大きな声でお七が稲荷様に祈る。
 半分冗談のつもり、半分本気。
 もう、神様にでもすがらなれば、どうしようもないのだ。

「そんな馬鹿な話、稲荷様も困らっしゃるでえ! 団子がもったいねぇや!」

 祐が笑った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【受賞作】小売り酒屋鬼八 人情お品書き帖

筑前助広
歴史・時代
幸せとちょっぴりの切なさを感じるお品書き帖です―― 野州夜須藩の城下・蔵前町に、昼は小売り酒屋、夜は居酒屋を営む鬼八という店がある。父娘二人で切り盛りするその店に、六蔵という料理人が現れ――。 アルファポリス歴史時代小説大賞特別賞「狼の裔」、同最終候補「天暗の星」ともリンクする、「夜須藩もの」人情ストーリー。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

古書館に眠る手記

猫戸針子
歴史・時代
革命前夜、帝室図書館の地下で、一人の官僚は“禁書”を守ろうとしていた。 十九世紀オーストリア、静寂を破ったのは一冊の古手記。 そこに記されたのは、遠い宮廷と一人の王女の物語。 寓話のように綴られたその記録は、やがて現実の思想へとつながってゆく。 “読む者の想像が物語を完成させる”記録文学。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

処理中です...