大江戸町火消し。マトイ娘は江戸の花

ねこ沢ふたよ

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お母の墓

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 お父に「お七が仕事に就いたんだ。報告に行こう」と誘われて、お七はお母の墓の前に立っていた。

 近所の小さな寺。
 いつもニコニコした温和な囲碁好きの和尚と元気な小坊主一人で守っている小さな寺。お母の墓はそこにあった。
 その片隅にある小さな粗末なお母な墓石を磨き、野の花を飾る。

 もう十年くらいは経っているのに墓が小綺麗なのは、お父やお七が時々参りに来ているから。
 お七は、町火消での仕事が忙しくて、中々参れなかったが、お父の言う通り、仕事に就いたことは報告に来るべきだった。
 まだまだ、任された仕事は、ただの雑用。鳶達の弁当を運んだり、詰め所である屋敷の廊下を磨いたり(お父の方は、最初から危険な仕事を任されていないことに喜んでいたが)。
 もう少し一人前になってから訪れたいと思って、つい足が遠のいていた。

「お母。と組に入ったよ。いつか一人前のマトイ持ちになったら、あたしが江戸の火事をやっつけて、お母の仇をとるね」

 冷たい小さな墓石を磨きながら、お七は母に報告する。

「お七、仇なんか良いんだよ」
「だって、お父! やられぱなしなんて、あたしの性分に合わないよ」
「お母だってそうだ。きっとそう言う。今のままで良いんだよ。今のように前線で戦う奴らの補助をするだけで。お七のような非力がしゃしゃり出てっても、邪魔なだけだ」
「だから、今から頑張って非力じゃなくなってから、しゃしゃり出るの。当たり前でしょ?」

 どうしてこう親という物は、頑張る気持ちに水をさすようなことを言うのか。

「お父! 本当うざい」
 
 お七は不貞腐れる。
 コツンと蹴った小石は、コロコロと転がって土の上にじっとしている。
 小石のように無力なお七も、せっかく加代の一押して町火消に入れてもらったというのに、鳶姿も恰好だけ、まったくそれらしい仕事はさせてもらえてない。
 結局、石ころのように自分ではどうにもならずに、前へ進めないのがもどかしい。

「せっかくお母に報告して、気持ちを新たに頑張ろうとしているのに」

 お父にそう当たってみたところで、お七だって自分が力不足なのも不甲斐ないのも分かっている。
 いっそ現場に先回りして、紛れこんで一緒に作業しちゃうとか? いやいや、それじゃあ、きっとせっかく入れたのに、と組から追い出されてしまう。

 どうしたら、どうしたら、と組の皆にお七の本気が分かってもらえるのか。
 結局は、今任されている廊下磨きの仕事を、ぐうの音も出ないほどに完璧にやり遂げて、皆をびっくりさせて認めさせるのが一番良いと思うのだが……難しい。
 毎日雑巾で磨いたってドロドロの廊下。
 綺麗にしてもあっという間に埃まみれの泥まみれだ。

 先輩の鳶達に汚すなって言ったところで、現場の仕事風景を見ていると、それも無茶な気がするのだ。


「よお! お七!」

 和尚に挨拶しようと本堂を覗けば、小僧がお七に声をかけてくる。

「町火消に入ったんだってな!」

 お七よりずっと小さな少年は、宗悟そうごという立派な名前を和尚からもらっていた。
 名前も分からない身寄りのない赤ん坊だった宗悟を和尚が引き取って育てたのだ。
 読み書きも身の回りのことも和尚が全部叩き込んでいるから、お七よりもずっと難しい字を知っているし、色々と書物も読んでいるから物知りだ。

 まぁ、その分生意気なのだが……。

「宗悟と話して来る」
「ああ、和尚のとこいるから!」

 お七は、お父と別れて宗悟と一緒に庭前の縁側に座る。

「宗悟、良く知っているのね。誰から聞いたの?」

 町火消になってから寺に来たのは今日が初めてだ。
 誰がお七のことを話したのだろう。

「そんなの、鳶の格好した女が町をウロウロしていたら皆知っているさ」
「え、そんなに噂になっているの?」

 お七は驚く。
 そう言えば、最近は慣れたが、往来を歩いている時にチラチラと視線は感じていた。

「そうそう。八百屋のお七がとうとうおかしくなったって!」

 キヒヒと、イタズラっ子の表情で宗悟が笑う。

「おかしくなったって何よ!」
「冗談だって!」

 いつもの宗悟らしい遠慮という物の欠片もない言葉にお七か宗悟をぶつフリをすれば、宗悟は大袈裟に怖がってみせる。

「てか、すごいよ。ついに夢叶えるんだな。皆が無理だって言っていたのに」
「わ、何? 突然褒めるなんて宗悟らしくもない」
「俺だって、すごいと思ったら、ちゃあんと褒めらぁ。お七が褒めるようなことしないから褒めないんだ」
「何よそれ!」

 お七は笑う。
 宗悟と話をすれば、何だか心がほぐれてくる。

「あ、そうだ。物知りの宗悟なら知ってる?」
「何を?」
「ドロドロの廊下を素早く綺麗にする方法」
「は? なんだよそれ。町火消と何の関係があるんだよ」

 宗悟は目を丸くした。 
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