黒虎記~たかが占いと伝承のせいで不吉の虎と呼ばれ迫害され暗殺されかけた王子だが、商人の家で得た知識で巻き返す

ねこ沢ふたよ

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運命への反撃

妖魔軍を撃退せよ

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 即位の式も挙げず、西寧は、次の日には、早々に妖魔の国との戦いへと赴いた。

「本当、無茶苦茶ですね。あなたは」

 本陣の幕屋で、将軍たちが顔を出す前の、ほんの一瞬、二人だけになった時に、壮羽は、西寧に文句を言った。

「逃げ惑うより安全だ。どうせ逃げてもいつか死ぬならば、最善の利益を取る」
西寧が、ニコリと笑う。

 どこまで豪胆なのだろう。
 だが、この先も問題は山積みだ。
 こんな戦略の訓練も受けていないような、たった十四歳の少年。先王の遺児、王であるというだけで歴戦の将軍たちが無条件で従うとでも思っているのだろうか。ここに来る前に、何やら王宮の文献を読み漁っていたが、そんな付け焼き刃で何ができるというのか。

 壮羽は、万一の場合に、どうやってここから西寧を無事逃がそうか、そのことばかり考えていた。

 将軍たちが、幕屋に入って来る。予想通り、彼らの目つきは厳しい。

「久しいの。腰の具合はどうじゃ。力上りきじょう

 突然、西寧が、一番年寄りの将軍に、笑いながらそう話しかけた。
 力上と呼ばれた将軍は、驚いて言葉が出ない。

「なんじゃ。儂を忘れたか。不忠者」

「西凱様?」
力上の声が震える。

 儂? 一人称が違う。
 壮羽は、また、西寧が何を始めたのだろうといぶかる。

「この小僧の中に転生した。国が心配での。丁度虫の息じゃったこの小僧を見つけて助かったわ。考えてもみろ。儂が手助けしてやらなんだら、こんな小僧、国に戻って玉座に就くなど出来んわ」
カラカラと西寧が笑う。

 幕屋がざわつく。
 また、突拍子もないことを言い出した。
 壮羽は、なんとか平常心で無表情を保つ。
 少しは、事前に相談してから行動に移してほしい。まあ、反対は絶対にするけれども。

「うるさいわ。義演、亮雪。いつから、王の前でこのようにざわつく軍に成り下がった。また酒の飲み過ぎで訓練を怠ったか?」

 西寧が怒鳴る。
 なるほど、玉座に就いた昨日、寝る間も惜しんで、古い記録をひたすら西寧が読み漁っていたのは、このためだったか。

 壮羽は、国王の権限を使って開けさせた資料室に、こもりっきりで資料を読み漁っている西寧を思い出した。
 壮羽が注意しないと、食事も睡眠もとろうとしなかった。西凱王の転生と言い張るために、将軍の名前と過去の記録を、全て記憶していたのだ。

 確かに、十四歳の自分ではなく、かつて国を治めた王の命令なら、誰しもが言うことを聞く。英雄王として名高い西凱王ならば、なおのことだ。

 だが、本当に信じるのだろうか。

 妖の国。転生の話は、掃いて捨てるくらいに転がっている。亡き妻が、娘に乗り移って会いに来た話。謀殺された主が、忠義の臣下の体を借りて復讐を果たす話。
 今回は、戦いの最中に無念のまま亡くなった王が、王子の体を借りて国を助けに来たという設定だろうか。さて、こんな子供だまし、信じるのだろうか。ここで信じてもらえなければ、一瞬で、亡き王への不敬を理由に首を刎ねられてしまうだろう。
 壮羽は緊張する。

「申し訳ありません。西凱様」

 力上が、西寧にひざまずく。
 最も上の者が、信じるならば、他の者は文句は言えない。それに習って、全ての将軍が、西寧の前に跪いて頭を垂れた。

「今は、西寧と名乗っておる。そう呼ぶように」

 西寧の言葉に、皆、従う。全ては、拍子抜けするほど西寧の思惑通りだった。

 軍議が始まり地図上で将軍の指し示した陣形に、壮羽は驚いた。
 平原、恐らくは、妖魔の国の中にある橋が、昔の国境線。遙か遠くに見える。
 太政大臣の減らした軍費のために、これほどの土地を失ったのだ。
 そして、広い平原で、五倍以上の敵を相手にすることになる。
 
 圧倒的な自軍の不利だ。
 
 敵は、何の工夫も無くても、簡単に軍を打ち破ってしまうだろう。

「よかった。思ったより悪くはない」
西寧が、ニヤリと笑う。

「恐れながら、西寧様。平原での戦いにおいて、数の差は、圧倒的な差になります。これは、どれほど負けを減らすかに専念する戦いになります」

 力上が、眉間に皺を寄せて進言する。

「ああ。だから、地形を変える。明日、夕刻になって妖魔が進軍してくるまでにどのくらい用意できるかで、儂たちの損は決まる。勝ちとは言わないまでも、負けない戦いを目指す」

 西寧の指示により、軍の中に壕が掘られ、その壕を掘った土を盛ることで、小さな丘がいくつか作られた。
 軍は、丘の上に配置される。
 丘に挟まれた平地は、両方の丘から攻撃されて、どうしても進軍がしにくくなる。

 丘の形も特殊で、川の流れに浮かぶ船のような形をしていた。敵の軍を川の流れに見立てて、その流れに立ち向かえる形にしたのだろう。

 そして、丘を越えた先に、さらに深い壕を掘り、陣の本体を置いた。
 船のような障害物となった丘を越えるのはわずかな人数。
 本陣が、壕の中を這って登ってくる敵と有利に戦えるように考えてある。

「最初の壕で敵の進軍を遅らせて、たどり着いた敵を丘で高い位置から有利に迎え撃つ。それでも討たれず、残った敵を本陣で、壕を這って登る敵を、有利に迎え撃てる」
西寧の考えに、力上は、驚く。

 なるほど、面白い。
 平地で戦うのが不利ならば、利の形に変化させようというのだ。

 大規模な仕掛けを、敵軍と自軍の間に作れば、バレて対策を練られるし、仕掛けを作る邪魔をされる。だから、西寧は、自軍の領土となっている土地に、仕掛けを作るように指示した。一歩敵に進軍させて自軍が一歩引いても、それだけの利のあるように考えたのだ。

 これを、十三歳の子どもが考えたのかと思うと、背筋が凍る。どれほどの経験をすれば、このような発想をするようになるのだろう。

 力上は、西寧の歩んできた道の険しさを想像して、胸が痛くなる。

 実のところ、力上は、西寧の荒唐無稽な嘘を信じてはいなかった。西凱王が、決して言わないだろう言葉を吐いたからだ。その場で指摘してやってもよかったが、どうせそのことに気づいているのは、自分だけ。亡き王妃によく似た顔立ちからして西寧が王の遺児であることには、間違いはない。

 これから、どのようにやり過ごす気でいるのかを、見てみたかったのだ。あまりに無能ならば、切り捨てるもよし。そう思っていた。
 だが、仕掛けを作る間も、軍の中を、一兵一兵を労いながら細やかに走り回る西寧に、この王をここで、失っては、この国に未来はないと、力上は確信した。

 西寧は、一番激戦区となるだろう、真ん中の丘の中に自身の身を置いた。ここが一番の要となるとみて取ったからだ。ならば、ここに身を置いて、西寧自身で兵士達の士気を高めてやった方が良いと判断したのだ。

「儂は、かの西凱王の転生体なり! この戦いは、儂が救う! 儂と共に武勇を示せ!」
進軍してくる妖魔軍を前に、西寧が大声で檄を飛ばす。

 全軍で、喝采が上がって、士気が上がってゆく。
 仕掛けを作る際に、西寧が声を掛け、一人一人の兵の名前を呼んでいたのも、一番の激戦区に王自身が身を置いたのも、全ては、士気につながっているのだろう。

 夕刻、戦いは、始まった。
 低級妖魔が、まず恐ろしい数の大軍で、西寧達を襲ってくる。
 妖魔が、壕に足を取られて転ぶ、その上を、仲間の妖魔を踏み越えて妖魔が進軍する。
 そこで、踏んだ妖魔と踏まれた妖魔の間で争いが生じてもたつく。

 もたついている妖魔の間を、他の妖魔が抜けて進軍してくる。
 丘の上の先端に立つ兵士が弓矢で妖魔を防ぐ。
 それをさらに抜けた者を、丘の上から剣で滅ぼしていく。
 妖魔の軍は、西寧の仕掛けを前に、攻めあぐねていた。

「何で、あなたが率先して剣を持って戦っているんですか。少しは後ろに下がって下さい!」
妖魔に向かって積極的に前線で戦う西寧を、壮羽が叱る。

「いや、戦うだろ。戦わずにここに居られるか。お前は、矢で射ることに専念しろ。お前の術は、一騎当千の価値があるのだから、叱る暇があるなら、一本でも射ろ!」

 西寧が妖魔に剣を振るいながら言い返す。

「やっています。専念できるように、少しは自身の安全を考えて下さい」

 壮羽も矢を射ながら言い返す。
 壮羽の矢が、烏天狗の妖術によって、一度に十を超える敵に致命傷を与える。
 力上は、二人のやりとりを、昔、西凱王と自分が若い頃を思い出しながら懐かしく観ていた。
 似ている。西凱王も、向こう見ずで、手を焼いた。
 守れなかった。
 西凱王は、戦場で兵士を庇って命を落とした。その戦いで、自国は大きく領土を失った。
 思い出せば、悔しさで力上の心が焼き尽くされそうになる。

「騎馬隊だ! 妖魔の騎馬隊が来る」

 兵士の声が響きどよめきが起こる。

「安心しろ! 騎乗の妖魔より目線は高い! こちらが有利だ!」

 士気が下がりそうなところを、すかさず西寧が叫ぶ。

「弓矢、狙え! 壕にもたついているぞ! そこで滅ぼしてしまえ!」

 西寧の言葉の通り、壕でもたつく妖魔軍の歩兵が壁になって、騎馬隊の進軍が遅れている。
 そこに、青虎軍の矢が雨のように降り注ぐ。妖魔の騎馬隊が、歩兵を盾にして後退していく。 

 醜い。

 西寧は、その様子に、妖魔とは何と醜いのだと思う。
 弱い者を盾にして、利用するだけ利用する。それでは、勝てないだろうと西寧は思う。
 弱い者が、いかに強くなるか。弱い者が、いかに自分の能力を知り、前に進む勇気を持つか。そこに勝利の突破口がある。恐怖で支配して、強いものがただ踏み台にするだけでは、新しい力は産まれない。

 結局、その強い者の実力以上の力は出ない。それでは、予想を超える力は、産まれない。だから、いかに士気を高めるかは、勝敗を握る重要なポイントになる。
 戦いは、青虎の国の勝利に終わった。思った以上に弱体化していなかった青虎の国の軍に、妖魔の軍が進軍を諦めたのだ。

 西寧達は、ほとんど自軍に被害を出さずに、戦を終えた。

「死んだ兵士の家を回る。全員の名前を教えてくれ」

 勝利に盃を交わす本陣で、西寧は、力上に頼んだ。

「ですが、西寧王、被害は少なく済んだとは言え、やはり百を超える犠牲が出ています。とても全員の家を回るなどと言うことは」

 力上は、戸惑う。

「分かっている。だが、その百は、一人一人が、かけがえのない誰かの父であり兄であり弟であり子どもであるのだろう?総指揮をとった以上、守れなかった命の責任は取りたい」

 見つめる金の瞳に、力上は、心が震えた。
 これは、並みの王ではない。

「では、手配いたしましょう。良ければ、特に功績のあった者の名前もリストにして届けましょうか?それぞれ、亡くなった者も、功績があった者も、どのような働きをしたのかを、直属の指揮官に書かせましょう」

「それは助かる」

 力上の申し出に、子どもがニコリと笑う。笑えば、西寧も、年相応にみえる。

「父上の話をしてもよいですか?」

 力上の言葉に、西寧が、ピクンと震える。

「やはり、あなたには、バレていましたか。子どもの茶番に付き合って下さったのですね。必死で資料を読み漁ったのですが、どうにも、あなたと西凱王の関係は、濃くて。やはり、騙せませんでしたね」

「はい。どのようなことをなさるのか、ずっと観察していました。無能ならば、王の名前を語った者として、首を刎ねるつもりでした」

 でしょうね、と西寧が笑う。
 自分の首を刎ねると言われても、全く動じない西寧に、力上は、目を細める。
 確かに、西凱の子だ。

「あなたは、誤解していらっしゃる。あなたの名前は、父王が、黒い毛並みと知っていて、なお、周囲の反対を押し切って、あなたに自分の名前から一字を取って与えたのです。あなたは、父に愛されていたのです。だから、信頼する配下に、あなたを太政大臣の手から守るために預けた。その後、行方不明になった時の父王の嘆きを、知っていて欲しいのです」

 西寧は、キョトンとしている。言葉が、なかなか心に入って来ないのだろう。それほどまでに、自分は、不吉の子として捨てられたのだと、親からも忌み嫌われたのだと、思っていたのだろう。

「あなたのことを、『小僧』などと、西凱は言わない。ただ、『西寧』と、自身のつけた名前で呼ぶでしょう」

 力上が、大きな手で、西寧の頭をなでる。西寧の目から、ポロポロと涙がこぼれていた。

「おかえりなさい。西寧。お待ちしておりました」

 力上は、西寧を抱きしめて、優しくそう言った。
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