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加護

九尾狐

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 壮羽がまだ烏天狗の里から帰らぬうちに、妖狐が側室として入国した。
 あまりに早い輿入れ。
 受け入れの準備がほとんど整わない内に、事は進んでしまった。
 何とか、陽明ようめいの住んでいた庵の跡に建てた西寧の別室を整えて、住む場所を確保するだけで、精一杯であった。

 玉座で玉蓮と並んで、白狐の妖狐、常盤ときわを迎える。
 使いの狐面の男に連れられて、白い着物に身を包んだ妖狐が一匹。

 真っ白な長い髪が輝き、艶やかな肌は滑らかで、長い睫毛の下の瞳は、夜の闇の様に深く引き込まれんばかり。
 常盤の後ろには、九本の白い尾が揺らめいている。

「常盤にございます。今後ともよろしくお願いいたします」

 ニコリと常盤が笑い手をついて一礼する。

「すごい美人だ……」

 驚きのあまりに、西寧の口から言葉が漏れる。

「常盤、そなた、齢百を越えるとな?」

 玉蓮が、常盤に見惚れる西寧を睨みながら、常盤に尋ねる。

「はい。左様にございます。ですが、私は、千年を生きる九尾狐ゆえ、まだ若輩でございます」

 にこやかに常盤は答える。

「九尾狐か……」

 聞いたことがある。
 傾国、傾城ともいわれる美貌と高い妖力を持つ、九尾狐。その妖狐は、九尾狐が悪心を持てば、あっという間に国は滅ぼされてしまうのだと。
 千年を生きれば、狐竜となり、神の末席に名を連ねる妖。妖狐の長。
 確か、その弱点は、烏天狗の矢ではなかったか? 人間界で『秋葉信仰』なる修験道には、妖狐を踏みつける烏天狗の像があったはずだ。
 壮羽が帰れば、詳しく聞いてみなければなるまい。

「常盤のように妖力も高く美しい狐が、なぜ儂のところへ?」

 西寧は、最初に浮かんだ疑問を常盤にぶつけてみる。

「ふふ。ちょっとヘマをやらかしましてね。怒りのあまり人間をパクリと」

 微笑んだまま、常盤は答える。

「パクリと」

 食べたということだろうか?

「それで、稲荷神様に厄介払い先として、ここに嫁に行くように申し付けられました。人間界においておけませんでしょう? そのような妖狐を」

 コロコロと常盤が笑う。
 なるほど、いくら美人でも、傾国、傾城と名高い九尾狐、さらに人間を食べたということでは、嫁入り先がなかったと。そこへ西寧の申し出があり、向こうとしても好都合だったということか……。
 恐らく、この急な輿入れも、話が立ち消える前に進めてしまいたかったからだろう。

「返品は、受付まへんで! ほな!」

 使いの狐面の男は、ささっと常盤を置いて消えてしまった。

 怒りのあまり人を喰らったことのある九尾狐を側室に迎え入れた……。これは、壮羽に報告すれば、とんでもなく叱られそうな気がする。

 一つ救いがあるとすれば、前科があるとしても、本人はとても穏やかで朗らかそうな狐だということ。怒らせるようなことをしなければ、そう喰らいついてくることはないだろう……。たぶん。

「まあ、良かった。それなりに仲良くできそうだ」
そう西寧がつぶやけば、
 
「美人に鼻の下伸ばして! そのような方が好みとは知りませんでした!」
と、西寧の隣に座る玉蓮の怒りが爆発していた。
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