25億光年先のクエーサー

ねこ沢ふたよ

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貴子の想い

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 無言で座る私達二人の前に、レモンティーが二つテーブルに並ぶ。
 店員が、テーブルを離れたのを見て、貴子のお母さんが口を開く。

「ミライちゃんが貴子を隠しているのは、分かっているのよ」

 ジロリと貴子のお母さんが私を睨む。

「いいえ。私は、貴子の居所を知りません」
「嘘! 貴女がそそのかしたから、あの子は姿を消したのよ!」

 バンと音を立てて、貴子のお母さんが出してきたのは、手紙だった。

「これは?」
「貴子がいなくなった日に、貴子の部屋にあったの」

 観測会の夜に、貴子の部屋の灯りが点いていた。
 あれは、貴子のお母さんだったんだ。
 行方不明になった貴子の居所を探って、貴子の部屋を調べていたんだ。
 そして、見つけたのが、この手紙なのね。
『お母さんへ』と書かれた封筒の中にあったのは、貴子の手紙だった。
『私、家を出ます。お母さんの念願だった、映画の撮影が終わった。だから、もう、私だって自由に生きて良い頃だと思う。ハッキリ言うね。私、芸能人にはなりたくないの。人の注目を集めるのは、苦手。何をやるにしても、知らない人にジロジロ見られて、本当に嫌だった。私は、ミライちゃんのように、普通の生活がしたいの』

 途中まで読んで、私は、貴子のお母さんが私を疑っていた理由を察する。
 ここで名前が挙がっているのは、私だけだ。
 
「ふざけないで。レギュラー番組だってあるし、CMの仕事だって契約が切れていないの。勝手にいなくなれば、どれだけの損害賠償を請求されるとか、考えたことないの?」
「そう言われましても、本当に、私は、何も知らないんです」

 そっか。貴子のお母さんが、貴子がいなくなったことを表沙汰に出来なかったのは、現在契約中の仕事があったからなのだ。
 私の母さんが、言っていたものね。勝手に辞めることが出来ないのが、芸能人活動なんだって。
 私は、手紙の続きを読む。

『幼稚園の時、ミライちゃんと二人で遊んだ想い出が、本当に楽しかった。思えば、あの時が一番私の幸せな時代だったのかも。誰に指さされ好奇の目で見られない普通の生活。普通に恋をして、普通に遊んで学校に行って。成績が悪くても、ちょっと転寝していても、誰にも何も言われない普通の生活。私から奪ったのは、お母さんよ』

 綴られた貴子の言葉に、私の心がチクンと痛む。
 中学の時に、泣いていた貴子を思い出す。
 あの時から、貴子は何も変わっていなかったんだ。

「貴子が、芸能活動ではない普通の生活を望んでいたのは、ご存知ですか?」
「知っているわ。でも、どう考えたって、芸能人の方が収入だっていいのよ。望んだって誰もが出来るわけでない仕事につけたのに、泣き言をいうのは、貴子が子どもだからよ。私は、保護者として、貴子の将来を考えて、芸能活動を続けさせていたの。なのに、あなたが、貴子をそそのかすから! だから、貴子はずっと馬鹿みたいなことを言い続けていたのよ!」
「私、そそのかしていません!」

 私は、普通に学校に行って、普通に生活をしていただけ。
 貴子をそそのかす気は、全くなかった。
 でも、貴子にとっては、私のそんな普通の生活が羨ましくって仕方なかった。
 光り輝いていると思っていた貴子の生活の裏にあったのは、ぽっかりと穴があいたように空虚な貴子の心だった。
 貴子を愛していなかったわけではないのは、貴子のお母さんのボロボロの姿からも分かる。
 貴子のお母さんなりに貴子の将来を想っていたのだろうけれども、貴子の気持ちを無視していたから、貴子は、自分の生活を取り戻すために行動したのだ。
 
「あの子は、何も出来ないの。誰かが、助けてくれなかったら、こんな大それたことなんてできないのよ」

 貴子のお母さんが、目に涙まで浮かべている。
 今のお母さんに、貴子が死んでいると告げて、聞いてくれるだろうか。
 あの写真を見たら、私が貴子を殺したんだと、襲ってくるのではないだろうか。

「私も、貴子の居所は知りません。でも、お母さんが間違っていることも分かりました」
「何ですって!」

 ヤバイ。言葉を間違えただろうか。
 でも、これは言わなければならない。

「貴子が将来何になりたがっていたとか、考えたことがありますか?」
「え……」

 貴子のお母さんが、言葉を告げずに狼狽える。

「考えたことなかったのですよね。貴子の気持ちは、全部置き去り。そんなの貴子が可哀想だと思わなかったんですか?」
「貴子が……可哀想?」

 貴子はもう死んでいる。
 あの手紙でも、まだ分かっていないのなら、私が、貴子のお母さんに分からせるしかない。
 ただの我儘だったって思われるのは、貴子が可哀想だ。
 
「お母さんが頑張っていたのは、分かっています。でも、貴子がずっと苦しんでいたことも、分かってあげてほしいです」

 自分で言っておいて、自分の心が痛む。
 私だって、さっぱり貴子の気持ちなんて分かっていなかった。
 芸能人としてドンドン華やかな舞台へと上がっていく貴子。
 もう、一緒にいることなんてないんだろうなと思うばかりで、貴子の心に寄り添ってあげようだなんて私は、思っていなかった。
 光り輝いて見える貴子の心にブラックホールのように空いた穴には、少しも気付かなかった。
 何もかも、遅いかもしれない。
 私が、もっと早くから貴子の心に気付いて、貴子のお母さんに今の科白を言えば、何かが変わっていたのだろうか。
 ううん。たぶん、貴子が側にいる時に、私が何を言っても、何も変わらなかった。
 だって、私には、やっぱり貴子は遠い存在だったから。
 貴子にも、貴子のお母さんにも、何も届かなかったに違いない。

「それを分かってあげれば、貴子は帰ってきますか?」

 弱弱しい貴子のお母さんの言葉。
 私は、ゆっくりと首を横に振ることしか出来なかった。
 だって、貴子は、本当にもう遠い存在になってしまったのだから。
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