上 下
13 / 59

リンゴ

しおりを挟む
「ずいぶん楽しそうでしたが、アスナと何の話をなさっていたのですか?」

「ん? 気になるか?」

おっと、セシルは、なにやら機嫌が良さそうだ。
……
……
いや、何話していたか、教えてよ。相変わらず、言葉が足りない奴だ。

「別に。授業の話だ。大した話ではない。アスナが先生に叱られた話を聞いていた。先生から私が、得意な教科だと聞いて、質問に来たそうだ」

なるほど、さすがアスナだ。セシルとの接点を積極的に探しているのだろう。セシルの得意教科を調べて、叱られた話をでっち上げたのかもしれない。

「そうですか……」

アスナ、恐ろしい子……。

 後でリンネとマキノに相談しよう。

「これ、俺の……」

先ほどセシルから渡されたハンカチを持って俺がそう言えば、

「やはりそうか。昔、お前が落とした物を拾ったんだ」
とセシルが答える。

なんだ。セシルはずっとこれを返したくて、俺と話をしようとしていたんだ。
 じゃあ、もっとスッと話してくれたらよかったのに。ハンカチくらい。

「じゃあ、これを返そうと、ずっと話をしようとしてくれていたんですね? 有難うございます」

 ちょっと疑問がとけてスッキリした。
 看病してくれた時も、きっとそうだったのだろう。セシル王太子、律儀な良い奴ではないか。

「そうなんだが、そうではない」

? どういう意味だ。

「覚えていないか? これを落とした時のことを。……初めて会った時のこと」

??? 俺、何か忘れている?

 ええっと、小さい頃のことだよな。
 俺は、必死になって記憶をたぐった。

 俺は、小さい頃、今よりももっと病気がちで、シロノがよく看病してくれていた。だから、外にはあまり出ていない。ならば、会ったのは王宮の行事でだろう。

 じゃあ、セシル王太子と初めてあったのは、セシルの誕生日パーティの時。
 会ったと言っても、俺はシロノと遠くの方に座っていたから、セシルは米粒大でしか見えなかったし、セシルからは、認識出来なかったと思うのだが。

 あの時は、セシルと同年代の貴族の子ども達も集まって、王宮の庭で一緒に遊んだ。たぶん、リンネやユーカス、マキノもその中にいたのだろうが、大勢いたし覚えてはいない。

 悪名高きグスタフ・エルグの子どもだから、他の貴族とは馴染めず、下男下女からも、所詮農奴の子どもと、無下に扱われた俺とシロノ。
 参加する意味があるのかと疑問に思いながら、あっという間につまはじきにされて、庭の片隅で、シロノと二人で遊んでいた。
 
 家から黙って持ってきたリンゴを二人で齧って、楽しくおしゃべりをして。

「それ、美味いのか?」

そう聞かれて、誰かにリンゴを分けてあげて……。
 そうだ。
その時は気づかなかったけれども、あれはたしかに、セシル王太子だったのでは?

「リンゴ……、一緒に食べましたか?」

俺がおずおずと聞けば、

「思い出してくれたか!」

とセシルがニコリと笑った。
しおりを挟む

処理中です...