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白雪姫

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 演劇祭当日。
 俺は、観客席の隅、目立たない場所でシロノの演技を見守る。

「何ということでしょう。あの子が……」

 鏡の前で怒りに震えて絶句する継母役シロノ。
 夫は、娘を溺愛し、再婚相手の継母に見向きもしない。何のために再婚したのだろうと疑問に思う日々の中で、継母は、娘である白雪姫への嫉妬心を募らせる。

 歳をとる自ら。その当代一と言われた美貌は日に日に衰えて、一方娘は、日々美しく成長する。ある日、最も美しいのはあなただと言われることで、心の支えにしていた魔法の鏡にさえ、ついに最も美しいのは白雪姫だと断言される。

 孤独の日々の中で唯一の心の支えを失った継母は、無垢な娘に狂気を向けてしまうのだ。


 思わず魅入ってしまうシロノの演技。ただの悪役ではない、一人の女性としての継母の葛藤は、見ごたえがある。俺の、寝ているだけの演技とは雲泥の差がある深い解釈。

「かっこいい。さすがシロノだ」

 俺は、うっとりと見つめる。
 単純な完全懲悪のストーリーが、文学的で心を深くえぐる物語になっている。
 シロノ演じる継母が、白雪姫と王子の軍勢に打ち破られ追放されるシーンでは、涙を流す者までいた。「私の何が間違っていたというの!! 何が!!」と叫ぶ継母。その言葉は、皆の心に、染み渡っていった。

 これは、とても良いでしょう。これで、シロノの悪役令嬢ポジ、なんとか払拭のきっかけにならない?駄目かな。
 後は、俺が、妖艶な悪役令息ではないポンコツだと知らしめれば、なんとかなりそうだ。

 出番までもうすぐだ。

 俺は、ドレスを着るために、控室に向かう。
 ドレス室。事前に選んでいたドレスを着て、多少の化粧をする。

 このドレスの身のこなしが、思ったより大変。
 気を抜けば、裾を引きずるし、重くて腰は痛くなるし。ハイヒールなんて、気を抜けば転ぶこと間違いなしだ。
 
 舞台の上では、ほぼ死んでいる役で良かった。

 一度男性でも着てみるのは、女性の衣装の大変さが分かって良いのかも知れない。こんな服と靴を着ている人に早くしろなんて、一度体験してみれば、二度と言えないだろう。


長い髪のカツラまで被って、控室の外に出れば、ドレスを着た男子生徒。
 別のクラスで、同じように女装を求められた可哀想な人だろう。俺より長身だし、上級生の誰かだ。

「お互い大変ですね」

とその後ろ姿に声をかければ、人物が振り返る。

 セシル王太子????

 目が点になる。一体誰が考えただろう。王太子の女装……。これは、完全に話題を攫うための戦略に巻き込まれたな。

 俺に気づいて、真っ赤な顔をしたセシル。……おっと、可愛いじゃないか。

「クラスの投票で……。悪役に攫われた姫の役だそうだ」

ごにょごにょとセシルが言い訳をする。

「俺も一緒です。俺はジュリエットだそうです」

ニコリと笑えば、

「可愛いな」
と、セシル姫が笑う。

「セシル様も可愛らしいですよ」

「それはもう、言ってくれるな」
と、セシルがため息をつく。

「シロノの演技、ご覧下さいましたか?」

「ああ。観た。あれはすごかった」

 良かった。観てくれたんだ。何事にも全力投球のシロノの良さ。伝わったら嬉しいな。これからも、シロノの良さをドンドン売り込まなければ!

「俺達も頑張りましょう」

 ここでスッと立ち去れればカッコ良いんだけれども。

 何せ俺だ。一歩踏み出した途端に、激しく転ぶ。

「ほら、気をつけて」

 笑うセシルに支えられて、何とか立つ。
 これは、まずい。セシルに支えられているところなんて、誰かに見られたら、また誘惑していると噂がたって、シロノのせっかくの努力が台無しになる。

「あの、大丈夫です。一人で歩けますから!!」

 グイッとセシルの胸を押して、なんとか距離を取る。
 それでも触れようとするセシル。

「触らないで!!」

 俺が言えば、悲しそうな表情を浮かべていた。

 これ、失敗だったかな。胸が痛いや。
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