平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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座敷童

葵祭

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 葵祭の賑わいを眼下に、紫檀は都の空を飛ぶ。
 誰も紫檀に気づく者はない。

 観客の目線は、勅使を務める、当代一と言われる貴公子の姿に釘付けになっている。葵で飾った装束に、女車に乗った女房達は見惚れていることだろう。

「さて、この中からどうやって探すか……」

 紫檀が探しているのは、この祭りの見物人に紛れ込んだ一匹の妖。
 すでに死んだことになっている安倍晴明がここに現れては騒ぎになるからと、紫檀に頼んだのだが、紫檀とて妖狐。堂々と中に紛れて入れば、誰かに気づかれて妖狐が都に仇をなしに来た、などと言われても困る。

 だからこうやって、気配を消して空から探しているのだが、なかなか見つからない。

「人臭くて、どうも匂いも分からんな」

 女房達のおしろいの匂い。下男たちの飲む振る舞い酒の匂い。汗の匂い。数多の人間の匂いが混ざれば、その中に妖の匂いも紛れてしまう。

「晴明のクソ爺め。あいつが自分で式神を使こうた方が、何倍も早いだろうに!」

 修行だ。一度こういう探索も自分で考えてやってみろと晴明に言われた。
 出来ないとは言いたくなかった紫檀は、できるさ! と、引き受けてみたものの……。何を手掛かりにして良いのやら。

 妖の種類は、化け狸。古寺に住み着いた古狸。
 晴明が用事があって、呼び出そうと古寺に式神を行かせれば、古寺の子狸が、鼓住職つづみじゅうしょくは葵祭に見物に行ったのだと言っていた。

 それで紫檀が探しに来たのだが、幻術が得意な狸の妖の変装を見破るのは容易ではない。
 
 紫檀は思案する。

 狸の妖なのだから……酒好きか。やたら陽気な妖と聞いている。
 山から下りてきたばかり、風呂には入っておらんだろうから、女に化けはしないだろう。匂いでバレそうだ。酒の手に入りそうで、多少粗野でもバレない人物……。

 下男の誰かに化けたと考えるのが妥当か?
 あまり小さな家の家来では、知らない顔が混じればバレる。だが、あまり大きな家では、格式や行儀を求められて面倒だろう。

 では、あの辺りか。

 紫檀は、少し後ろの方の女車の周辺を狸を探して歩く。
 
 葵祭の女車には序列がある。良い場所は、身分の高い者がひしめき、女車の立派さや、祭りのためにあつらえた家臣たちの衣装などで周囲と競い合っている。
 そこから少し離れた場所。だが、あまり奥の方でない場所。
 その辺りに狸が一番身を隠すのに好都合な集団があるばずだ。
 匂いを嗅げば、薄っすら妖の匂いが混じり始める。

 程なく、紫檀は酩酊している太った男を見つける。
 男から妖の匂いがする。

「おい、鼓だな? 晴明が呼んでいる」
紫檀が声を掛ければ、狸が顔を上げる。

「ほほう。この混雑の中で良く見つけたなぁ!」

 古狸が、ゲラゲラと大笑いする。
 それを紫檀は、苦笑いしてみていた。
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