平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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座敷童

鼓住職

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 晴明の前には、酩酊した狸と紫檀。

「これは……ずいぶん出来上がっているな」
晴明が苦笑いする。

「ここまで連れてくるのが大変だった!」
紫檀が不貞腐れている。

「良いではないか。この目出たい祭りの日に、妖と半妖が働く道理はないだろう?」
ゲラゲラと鼓住職が笑い転げる。

 こんなだらけた古狸に、晴明は何の用があるというのだろう。
 紫檀には、さっぱり分からない。

「鼓、貴様の幻術を借りたい」

「ん? 幻術ぅ?」

「ああ。アホな金持ちに、わらしの命が狙われている」

 ふうん。と、狸が起き上がって、晴明の式神が持ってきた水に口を付ける。
 晴明の口にした不穏な言葉に、狸が気を向けたのだろう。

人柱ひとばしらという物を、紫檀も鼓も知っているな?」

 晴明の言葉に、鼓が、当然とうなずく。
 紫檀も知っている。人柱とは、建物や橋を建てた時に、その守り神とするために、人間を生きたままその場に埋めてしまう恐ろしい呪術。
 そこに魂を繋がれれば、その者にはそこしか居所が無くなる。そうなれば、どんなに惨く殺されて恨みに思っていようが、その場を守らなければならなくなるだろう、という浅はかな考えの元に生み出された呪術。

「金持ちが家を建てるのに、童を人柱にしようというのか?」
紫檀が尋ねれば、

「まあ、そんなところだ。だが、厳密には違う。もっと恐ろしいことをしようとしている」

「なんだ?」

「部屋の壁を塗りこめて、出口を塞ぐ。その中に、数人の童を閉じ込めて、生き残った者を埋めようと言うのだ」

「なんだ? 童で蟲毒を造り、それを人柱にしようとしているのか?」

 そんな恐ろしい計画をなぜ実行しようというのか。
 呪う力が強ければ、その力は大きくなるという理屈は、分からなくはないが、理屈が分かったところで、それを己の欲望のために実行しようという神経が、紫檀には分からない。

 妖よりも鬼よりも狂気じみた発想。

「たまに、人間には、頭のタガが産まれ持って外れた狂人がいるものなのだよ」
晴明が寂しそうに笑う。

「で? この鼓の幻術を使って、その童らを助けたいというのか」

「ああ。頼む」
晴明が、鼓に頭を下げる。

 狸が、ボリボリと腹を掻いて考える。

「まあ良いか。当代一と呼ばれた陰陽師が、このように頭を古狸に下げるのは気分が良い。おい! 狐! ほれ、そこの黒いの! お前もじゃ! 頭を下げんか!」

「んあ? な? 何でじゃ?」

「お前とて、その童を見殺しにしたくはないだろう? では、ほれ、頭ぐらい下げて頼まねばならぬ道理は、お前のような子狐でもわかるだろう?」

「子狐だと? 失礼な!」

「子狐だろうが。尾の数も定まらん若輩のくせに。この鼓は、こう見えても齢は二百を超えて……」

「だぁぁぁ! やかましい爺め!」

 言いたいことは山ほどあるが、鼓のくだらない屁理屈は聞きたくない。
 紫檀も、晴明にならって頭を下げれば、鼓は愉快そうに腹をゆすって喜ぶ。

「良い良い! 稲荷神の覚え愛でたき黒狐が頭を下げおった! これは気持ちよい! 分かり申した。この鼓、その童たちのために力を貸そう!」

 狸爺め。役に立たなければ、一飲みに喰ってやる。
 紫檀は、忌々しそうに狸を睨んだが、晴明は変わらず涼しい顔で笑みを浮かべていた。
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