虚空の勇者が散る時に。

黒狐

文字の大きさ
7 / 10
二度目の旅

繋ぎ止める銀の指先:ヴィクトールの特注の義手


 ニルスの右肩から先は、ミハイルの治癒魔術とクラリスの聖力をもってしても、元通りになることはなかった。傷口は塞がり白く滑らかな肌になったが、彼が『勇者』を自ら辞めた代償として、右腕を失ったという事実はあまりにも生々しく鮮明に刻まれていた。

「……ぁっ、そう、だった……。」

 ニルスと旅を再開した後、食事の時や荷物を持つ時、ふとした瞬間に今はない右腕を動かそうとして、空を切る際のニルスの寂しげな視線。ヴィクトールはその表情を、誰よりも機敏に感じ取っていた。

「ニルス、少し時間をくれないか。王都一の細工師に、あるものを発注していたんだ。それを今から渡したい。」

 ある日の夕暮れ、ヴィクトールは一つの木箱を差し出した。
 中に収められていたのは、鈍い銀の光沢を放つ、精巧な義手だった。
 それは武骨な武器や鎧の一部などではなく、指の一節一節が驚くほど滑らかに動くよう設計された、工芸品のような美しい一品だった。

「これは……」
「私の騎士団時代の給与と、授かった勲章をすべて使って作らせた。……重すぎる、とニルスは怒るか?」

 ヴィクトールは自嘲気味に笑った。
 ニルスの右腕を自ら切り落とさせてしまったのは、自分達の無理解だ。ならばその欠落を埋める一助となるのは、自分の役目であると強く思ったのだ。
 ヴィクトールは木箱から慎重に義手を取り出すと、ニルスの肩に革帯を回し、しっかりと義手を固定していく。

「この義手には、ミハイルに『魔力の伝導率』を極限まで高める術式を組み込んでもらった。君が心の中でイメージし、それを念じるだけで、思い通りに指先が動くはずだ。」

 ニルスが恐る恐る念じてみると、銀の指が微かな音を立てて曲がり、ヴィクトールの差し出した無骨な手を頼りなげに握り返した。
 冷たい金属の感触。けれど、その奥にあるヴィクトールの手の熱が、義手を通じて伝わってくるようだった。

「……ヴィクトール。これじゃあ、これじゃあ俺、ずっと君に守られてばかりだ。」
「構わない。私は君の騎士だと言っただろう。君が一人で抱えきれない重荷は、この銀の腕が、そして私が引き受けてみせる。」

 ヴィクトールは、ニルスの銀色の右手を、自分の両手で包み込むように握った。
 かつて聖剣を握っていた右腕は、戦うための道具ではない。
 仲間と手をつなぎ、共に食事をし、いつか愛する誰かの頬に触れるための……『生きるため』の腕として、新しく生まれ変わったのだ。
 ニルスの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
 銀の指先はヴィクトールの手を握り返し、ぎゅっと掴んで離さなかった。その力強さは、ニルスがこの世界に留まろうとする、確かな意思の現れだった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

“いつまでも一緒”の鎖、貴方にお返しいたします

ファンタジー
男爵令嬢エリナ・ブランシュは、幼馴染であるマルグリット・シャンテリィの引き立て役だった。 マルグリットに婚約が決まり開放されると思ったのも束の間、彼女は婚約者であるティオ・ソルベに、家へ迎え入れてくれないかというお願いをする。 それをティオに承諾されたエリナは、冷酷な手段をとることを決意し……。 ※複数のサイトに投稿しております。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。