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天使くんのシャトル2

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 体調は万全。
 バドの調子もいい。
 私自身も、昨日天翔くんの笑顔を見たから、気分がすごく良い!
 なおかつ――


「これまでにない勝利日和!!」


 玄関を出ると、雲ひとつない青空が広がっていた。今日は会場が近いから、特別早起きをしなくてもいいから楽だ。
 といっても、大会前の最後の朝練がある。だから自転車に乗って、まずは自分の学校の体育館を目指した。

 カシャン


「ん?」


 いつも乗ってる自転車……のはずなんだけど、一度漕ぐだけで分かる。すごく漕ぎやすい。ペダルを軽く踏める。自転車を漕いでいる感じが、まるでしない。


「これは一体?」
「晴衣、乗り心地はどう?」
「天翔くん!」


 不思議に思っていると、天翔くんが玄関からヒョイと顔を出した。どうやら、お見送りをしてくれるみたい。
 にしても“ 乗り心地はどう?”って……
 あ、まさか!


「もしかして、自転車をメンテナンスしてくれたのって天翔くん?」
「うん。動画を見ながらの、にわか知識だけど。会場に着くまでに自転車で疲れてちゃ、本末転倒だからね。少しでも楽に移動が出来たらなって思って」
「そうなんだ、ありがとう!」


 嬉しい、嬉しいな。
 そんなに私のことを考えてくれてたなんて!

 最初こそ「棄権して」なんて否定的だった天翔くん。だけど今は、第二のお母さんみたいに、私の事を気にしてくれる。


「天翔くんは優しいね!」
「そんな事ない」

「ううん。優しいよ!出会った時からずっと、天翔くんは優しい子だよ。
 あ、だからかな?」
「なにが?」


 自転車の最終チェックをしながら、天翔くんは返事をした。
 座り込む天翔くんの隣に、私もしゃがみこむ。
 そしてニコッと、笑みを浮かべた。


「天翔くんが優しいから、会った日から今まで――私は毎日が楽しくて、幸せなんだよ!」
「っ!」
「じゃあね、いってきますー!良い結果を報告出来るよう、頑張ってくるねー!」


 シャーと自転車を漕ぐ私。
 その後ろ姿を見続ける天翔くん。


「……」


 少しして、呆然としていた彼の口がピクリと動く。
 そして呟いた事、それは――


「ごめん、晴衣」


 そう言った彼の顔に浮かぶのは、いつもの無表情……ではなく、苦々しい顔。
 天翔くんはしばらく、その顔のまま。
 自転車置き場に、立ち尽くしていたのだった。
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