上 下
1 / 8

初めまして、委員長

しおりを挟む
「あ~また陽乃は休みかぁ。プリントがそろそろ溜まって来てるんだが……」
「先生、僕が陽乃さんの家まで届けます」

「お、さすが委員長の桂木(かつらぎ)!じゃあ頼んだぞ。
 他にも陽乃に渡すものがあるから、悪いが桂木。放課後、職員室に来てくれ」
「分かりました」







 そんな会話があったとは知らない私、陽乃 一花(ひの いちか)は、今日も学校に行かずに家でゴロゴロしていた。


「一花ー、夕方、絶対に洗濯物を取り込んでね?今日は雨が降るらしいから」
「はーい。お母さんも傘を忘れずにね」

「あら、本当。じゃあね、行ってくるわね」
「いってらっしゃーい」


 私は中学一年生。
 今は六月。梅雨の季節。
 ジメジメした湿気だらけの我が家で、今日も私は一人、ゴロゴロを満喫する。


「やっぱお家は最高だよ~もうずっと離れたくない」


 バタンとお母さんが仕事に出かける音がして、それから夕方まではずっと一人。

 夕方になったら、晩御飯の荷物を持ったお母さんが返ってくるけど……それまで、ずっと一人。自由時間。


「今日は何をしようかなぁ」


 ソファにゴロンと横になって、スマホを触る。
 ロック画面を外す、直前。真っ暗な画面に、髪が短い私の顔がハッキリと写った。


「……最悪」


 ボソリと言った言葉は、誰にも聞かれない。静かな部屋に、一人きり。


「……少し、寝ようかな」


 眠気があったわけじゃない。だけど何も考えたくなくて、私は静かに目を閉じる。

 すると、夢を見た。
 中学校に入学して、すぐの頃の夢だ。


『一花ちゃんって何でも出来て優しくて、本当に頼りになるよねぇ』
『この前、道で困ってる人を助けたんでしょー?』
『私は、迷子の子を交番まで連れて行ってあげたって聞いたよ!』
『本当、一花ちゃんって、』

『ウザいくらい、いい子を気取ってるよね』


――ハッ!!


「はぁ、はぁ……っ」


 ビックリして目を開ける。
 キョロキョロと見回すと、そこは自分の家で……。そうか、私は寝ていたのかと、遅れて理解できた。


「悪夢だ……」


 汗が流れて、キモち悪い。湿気が詰まってるから、それもあって、ジットリ服が肌に吸い付いている。


「着替えよ……」


 まずは洗面所に行こう。
 そう思って、ソファを立った。
 だけど、その時――

 バサッ、バサッ


「……」
「あ、どうも」
「……誰?」


 全然しらない男の子が、ウチの洗濯物を取り込んでいた。


「雨が降ってきましたよ。洗濯物が濡れちゃいます。あなたも手伝ってください」
「え、雨!?本当だ、急がないと!」


 網戸を開けて、サンダルを履いて外に出る。
 そして隣に並んだ、見知らぬ男の子を見た。


「……」
「すみません、僕の顔の方が気になるのは分かるのですが、今は洗濯物に集中してもらえませんか?」
「あ、すみません……。ん?」


 僕の顔の方が気になる?
 そう聞こえたのは、気のせい?
 眉間にシワを寄せて悩む私の事はお構いなしなのか、男の子は「これで全部ですね」と、たったさっき私が出て来た場所から中に入っていく。

 え?
 入った!?


「え、ちょ、ま、け……警察!」
「いいですよ、たかが洗濯物を手伝ったくらいで感謝状なんて必要ないです」
「違う不法侵入で!!」


 だけど男の子は「不法侵入?誰が?」と、全く自分の事だとは思ってない様子。
 しまった、今スマホはソファにある……。あの男の子の横を通らないと、スマホを取れない!


「わ、私も中に入っていいですか?」
「どうぞ?あなたの持っている洗濯物も濡れますし、むしろ早く中に入ってください」
「ど、どうも……」


 犯人を刺激しないように、ゆっくり慎重に会話を進める。
 だけど、男の子の横を通ろうとした、その時。

 ガシッ


「おやおや一花さん、これはいけませんね」
「え、私の名前……なんで知ってるの?」

「私があなたのクラスの委員長だからですよ」
「え、委員長!?」


「全然知らなかった!」と言うと、犯罪者――もとい委員長は、ズシャ!と膝から崩れ落ちた。


「え、倒れた!?」
「すみません、み、水を……っ」
「なんで瀕死!?」


 分けわからないけど、言われるがままに水を持ってくる。
 すると委員長はごくごくと、すごい勢いでコップの中の水を飲みほした。


「はぁ、すみません。生き返りました」
「どうして瀕死の状態に……?」

「一花さんが僕の事を知らないという事実にショックを隠せなくて……。危うく気を失うところでした」
「(まさかのショック死寸前!?)」


 勝手に部屋に上がられて、ここを事件現場にされても困るんですけど!?
 倒れるなら家の外で――と思い、なんとか早く帰るように促す。


「それで、委員長がどうして私の家に?」
「あぁ、そうでした。こちらのお品物をお届けに参りました」
「(急に宅配のピザ屋みたいな話し方になったな……)」


 委員長の手にあったのは、大きな袋。その袋にたくさんのプリントが雑に重ねられ、ギュウギュウに詰め込まれていた。


「……ありがとう」
「いえ。委員長として当然の事をしたまでです」
「……そうだね。義理堅い委員長だね」


 今時古風な――と言う言葉をなんとか呑み込み「じゃあもう帰って?」と玄関を指さす。
 だけど、


「今日、一花さんのお宅にお邪魔して正解でした」
「え、どうして……」

「洗濯物が雨に濡れずに済みました」
「(すごい洗濯物の味方するじゃん)」


 委員長って洗濯物に命でもかけてんの?ってくらい、「洗濯物」を連呼する委員長。
 呆れてため息を吐くと、急にくるりと私を見た。
 その時に、初めて。委員長の姿を、私は認識する。

 柔らかそうなサラサラの髪。
 フレームがシルバーのメガネ。
 その奥にある、切れ長の目。
 唇は薄く、鼻は高い。
 そして足も手も長くて……筋肉はなさそう。


「(メガネをとったら案外イケメンなんじゃ……?)」


 そう思っていると、委員長は「いけませんね」と言った。
 そう言えば、さっきも、同じことを言ってた気がする。


「あの、何が”いけない”の?」


 おずおずと聞くと、委員長はメガネをカチャっと素早く直す。
 そして私の胸元を堂々と指さした。


「僕みたいな節度ある男子中学生が来たからいいものの。これからは、下着が透けないような、常識ある清楚な服装を心がけてくださいね。例え家の中であってもですよ?」
「……は?」


 私は視線を下げて、自分の服を見る。すると、服は見事に透けていて……下着の線と言う線、色という色がスケスケになっていた。


「ぎゃ!?」
「一花さん……僕よりも男前な叫び声が出るなんて凄いですね」
「(それ褒めてないでしょ!?)」


 そうだった、忘れてた!お昼寝のあと汗をかいたから、着替えようと思っていたんだった。
 ってか、ずっと透けてたなら早く教えてよ!


「もう金輪際、ここには来ないでください!」


 顔を真っ赤にして言うと、委員長は「は?」と首を傾げた。
 そして、何を言うかと思えば――


「無理です」
「は?」

「だって僕、明日から毎日きますもん。一花さんの家に」
「は~!?」


 再び大きな声が出た私に委員長は「やっぱり僕より野太い声。ブラボーです」と手を叩いて感心していた。
 もちろん、その姿に怒りを覚えたのは言う間でもなく、


「そんな事は良いから、早く出ていけー!!」


 私は叫びながら、委員長の靴と委員長を、素早く玄関の外に追い出したのだった。
しおりを挟む

処理中です...