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ピクニックと委員長2

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 近くから聞こえるような。だけど、やっぱり遠くから聞こえるような。そんなボリュームで、学校のチャイムが鳴り響いた。このチャイムの音は――給食開始の音だ。


「え、なんで?給食?」


 さっき家を出たよね?さっき、出発したばかりだよね?
 そう不思議に思ってスマホに手を伸ばす。すると時刻は、ちょうど12時をさしていた。


「なんでもうお昼!?」
「一花さん、大声は迷惑行為になるので謹んでくださいね」
「(昨日、ウチに不法侵入した人に言われた!)」


 パニックになっている頭を整理すると、どうやら――

 私は登校する意気込みはあったけど、やっぱり久しぶりの学校に、足取りがかなり重くなっていたらしく。それゆえに、ずっと亀の歩みだったから、家と学校の中間地点である公園に、お昼になってやっとたどり着いた、というわけだった。

 え、じゃあ4時間くらい、ずっと外にいて歩いてたって事?
 桂木くんは、そんな亀みたいなノロマな私に、ずっと付き添ってくれていたって事?


 だけど桂木くんと言えば、私に対して文句の「も」の字もないようで。ずっと突っ立っている私に、再び手招きをした。


「さ、お弁当は僕オリジナルです。その辺の三ツ星レストランより美味しいですよ。味は知りませんが、愛は詰め込みましたからね。どうぞ召し上がってください」
「……っ」


 ねぇ、桂木くん。あなたバカじゃないの?
 なんで目安箱なんか設置してんのよ。なんで、見ず知らずの人が勝手に投書した相談を、律儀に解決しようとしてんのよ。


「桂木くん、授業……出ないの? 学校から家に連絡がいったら……ご両親、ビックリされるよ? 朝は普通に家を出たのに、登校してないんですかって」
「――」


 言うと、桂木くんは一瞬だけピタリと止まった。だけど「僕の両親は共働きですから」とさりげなく流される。いやいや、そうじゃなくて。


「共働きでも、親のスマホに、学校から電話がいくじゃん。会社とかにも、直接電話されるじゃん」


 不登校が始まった日から、学校からあらゆる手段で、何度も電話を貰っている私が言うんだから、間違いない。学校は「もしも」に備えて、色んな連絡先を、事前に親から聞くものだからね。
 だけど桂木くんは、全く聞く耳を持ってくれない。ばかりか、私をおちょくるように「おやおや」と伏し目がちで私を見た。


「そんなに僕を心配しているなんて、やっぱり一花さんは僕のファンなんですねぇ」
「~っ、もうこの話は終わりね!」


 用意してくれたビニールシートの上に、ぴょんとジャンプする私。紙皿に割りばしまで用意してくれてる。しかも、作ってきてくれたお弁当は、三段重ねの重箱。
 中学校は給食が出るのに、なんでわざわざ……。
 あ、そうか。


「今日、私が学校にたどり着けないって、桂木くん予想してた?」
「僕はお弁当が食べたい気分だっただけですよ」
「あ……そう」


 本当のところ、どうなんだか。だけど素直に話してくれるわけでもないだろうし。
 すると、遠目に自動販売機があるのを見つけた。私は「桂木くんもお茶でいい?」と、財布を持って立ち上がる。

 その時――
 既に座っていた桂木くんが目を開いて、立ちあがった私を見る。


「……」
「桂木くん?」


 ピッタリと動きの止まった桂木くんが不思議で、コテンと首を傾げてみる。すると短い髪が、少しだけフワリと風に乗った。
 桂木くんは、その風に乗った髪を追いかけるように、私にゆっくりと手を伸ばした。
 あぁ、そうだった。桂木くんってモデルみたいに手足が長いんだった。

 その長い手を使って、桂木くんは私の髪の表面を撫でるように触る。
 そして「切っちゃったんですね」と。
 それだけ言った。


「え?今、なんて」
「いえ、何でもありません。カタツムリが止まっていたので取っていただけです」
「か、カタツムリ!?」


 それは嫌すぎる!!だって絶対ベタベタしてるじゃん!
 公園の水飲み場で髪を洗おうと、急いでその場を去る私。桂木くんは、終始バタバタした私の後ろ姿を、呆然と見つめていた。

 そして、


「まぁ、短いのも似合いますけど」


 なんて意味深な事を言って、私の帰りを待つ。
 そして、しばらくした後――二本のお茶を持って、私はビニールシートに戻って来た。


「桂木くん、ウソついたね?カタツムリなんていなかったよ!」
「おや、そうなんですか?僕が見る景色には全てにフィルターがかかって、目がぼやけてよく見えないんです」
「それ視力が落ちてるだけだから眼科に行って!」


 もう~いただきます!と。手を合わせて、お弁当を食べ始める。パクッ。あ、この卵焼き美味しい!
 予想外のおいしさに、思わず笑みを浮かべてしまった私。そんな私を、桂木くんがメガネの奥から見つめていた。
 見られていると食べずらいから……何か話そう。


「桂木くんはさ。どうして、私にここまでしてくれるの?」
「ここまで、とは。地平線の彼方までですか?すみません、僕の中で境界という概念が存在しなくて」
「今は真面目な話なんだけど?」


 そう言うと、桂木くんはピタリと止まった。そして「僕はいつだって大真面目ですよ」と笑うもんだから、思わず見入ってしまった。


「どうしました?僕への情熱が抑えきれないですか?でも我慢してくださいね、ここは外なので」
「面倒なくらいにポジティブで羨ましいことで」


 嫌味っぽく返した私。
 だけど……本音でもある。


「桂木くんってさ、どうしてそんなに、自分に自信があるの?」
「自信ですか?」


 予想外の質問に、少し不意をつかれたらしい桂木くん。目を点にさせて私を見た後、また「ふっ」と笑った。


「僕は親に”ダメな奴”の烙印(らくいん)を押されて育ってきましたからね」
「え……?」

「だから小さい頃は、自分をずっと”ダメな奴”だと思ってましたよ。ある日を境に変わったのですが――覚えてないですか?」
「え、何を?」


 今度は唐揚げを食べながら「ん~美味しい」とほっぺが落ちそうになっている私。そんな私を見て、桂木くんは「ウンウン」と頷いた。


「あの時も、あなたはそんな風に笑ってました。その笑顔に、僕は救われたんですよ」
「え?私が、桂木くんを救う……?」
「はい。あれは確か、小学生の頃でした」


 私の短い髪を見ながら、桂木くんは記憶を辿っていた。
 その彼の記憶の中に、確かに。
 過去の私は、存在していた――
 
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