双子のボディーガードは最強吸血鬼と最恐騎士!?

またり鈴春

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3滴➼風邪をひいたご主人サマ

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次の日、登校して朝一番。
王史郎と二人で職員室に行き、昨日の急な早退を、担任の須藤(すどう)先生に謝った。

男の須藤先生は体育会系なんだけど、見た目に寄らず細かな気遣いをしてくれる優しい先生だ。


「昨日は心配したが、元気なら何よりだ!
でも、そのなぁ……」


先生は、周りをキョロキョロ見回す。
なにか聞かれるとマズいことかな?

早く帰りたそうな王四郎とは反対に、横顔に冷や汗が流れる。すると先生の口から、耳を疑う発言が飛び出た。


「お前たち……付き合っているのか?」
「へ?」

「クラスの皆が噂しててな。宇佐美も火鳥も顔が目立つから〝もし付き合ってるなら美男美女だ〟って、専らの噂だぞ」
「宇佐美も〝ひとり〟も?」


宇佐美は、私。
じゃあ〝火鳥〟って誰?

すると横から「違うって、先生」と王四郎。
王四郎を見て「何がだ、火鳥」と先生。

え……。
王四郎の名字って、火鳥(ひとり)っていうの!?


「さゆと俺は付き合ってるわけじゃなくて」
「ふむ」

「さゆは俺のご主人サ、」
「わー!
先生!それでは、私たちはこれで!」


パンッと、王四郎の口を押さえる。
そのまま廊下へ、全力ダーッシュ!

勢い余って人差し指が王四郎の目を直撃したけど、トンデモ発言を止めるためには尊い犠牲だよ!許して、王四郎!


「はぁ、はぁ……!」
「なんで逃げるんだよ、本当のことだろ」
「そうだけど、そうじゃない!」


発言する「時と場所」を考えてくれないかな!?
クラスメイト間で主従関係が結ばれてるなんて、どう考えてもおかしいでしょ!

そんなことも構わずポンポンと……。
火鳥王四郎、要注意人物だ!


「っていうか目ん玉を刺したな?いてぇ」
「故意に刺していないけど、ごめんなさい」


反論しつつ謝罪する私を一瞥した王四郎は「鏡みてくる」と。女子みたいなこと言って、男子トイレに向かった。

一人残された私の耳に、知った声が届いたのは、それからすぐの事。


「一人なの?無防備ー。
ボディガードが聞いて呆れるね」

「あ……イオくん」


廊下の壁に背中を預けたイオくんが、腕を組んで私を見ていた。いつ現れたんだろう?

昨日は気づかなかったけど、彼はこの学校の制服をちゃんと着ていた。スリッパの色は、私と王四郎と同じ色。そりゃそうか、双子だもんね。


「イオくん……えっと、おはよう」
「おはよう、って返すとでも思ったわけ?ほんっと平和脳だね」


うぅ……。
昨日に引き続き、冷たいなぁ。
でも不思議と――もう怖いとは思わなかった。

昨日は警戒していたけど、イオくんの事を話す王四郎を見たら……警戒する気になれない。

だって、あんな優しい顔で話す王四郎を、初めて見たんだもん。あの顔を見れば、イオくんは悪い人じゃないって分かる。

だから昨日みたいにギスギスした空気にはなりたくないんだけどなぁ……あ、そうだ!


「ねぇイオくん、嫌いな食べ物ある?」
「は?」


素っ頓狂な声を出すイオくん。目をパチクリさせた表情は、なんとなく王史郎に似ている。


「昨日ね、王史郎にカレーとサラダを作ってもらったんだけどさ。トマト嫌いって言ったのに、わざとサラダに入れられたの。しかも王史郎の分まで食べさせられて、まいっちゃった」
「……すごくどーでもいいんだけど」

「でね王史郎って、ご飯の時、よくイオくんの話をするんだよ。昔イオくんが食欲旺盛だったって聞いてさ。イオくんも私と同じで、わざと王四郎に嫌いな物を食べさせられたかな?って聞きたかったんだ」
「……へ?」


ピタッと、動きが止まったイオくん。
「おーい」と、顔の前で手を振っても無反応。
代わりにブツブツ聞こえる「何か」。

それは、少し赤ら顔になったイオくんの独り言だった。


「王四郎が、俺のことを、話す?
なんで?俺、こんな嫌な奴なのに?」
「ん?」

「もうとっくに嫌われてると思ったのに。
あぁ、違う違う。
こんなこと誰かに聞かれたらどうするんだよ」
「イオくん。ごめんけど……丸聞こえだよ?」

「――は!?」


素早く私から距離をとったイオくんは、熟れたトマトみたいに真っ赤になった。「ウッ!」その色味に、思わず昨日の酸っぱさを思い出す。

でも……過去のトマトより、今のイオくんだよ!
さっきの独り言、どういうこと?


「もしかしてイオくん、本当は王史郎のことが好きなの?」

「は?そんなわけないでしょ。バカなのー?」

「でも王史郎は、イオくんのこと好きだよ?」

「――はぁ!?!?」


赤から青に、青から赤に。イオくんの顔色が、ミラーボールみたいにクルクル回る。


「イオくんが突っかかって来る理由を〝俺に遊んでもらいたいんだろ〟って言ってたよ。自分が嫌われてるとは、微塵も思ってないみたい。むしろ〝兄弟ケンカの延長線上〟くらいに捉えてるっぽかった」

「う、うそでしょ?そんなバカいるの?」

「うん。いたの」


あの時の王史郎を思い出すと、思わず笑っちゃう。真顔だったのが、余計に。

王史郎って一人暮らししてるし、美味しい料理も作れるし、しっかり者かと思いきや……天然なんだもん。純粋、というのかもしれないけど。

イオくんも毒牙を抜かれたのか「はぁ~」と、その場に座りこむ。銀髪の頭頂部を見られるなんて貴重だから、しばし観察。


「昔から変わってないんだね、アイツのお人好しは」
「昔から?」
「……なんでもないよ。
ん?」


顔を上げたイオくんは「マズイ」と、私の腕を掴んで立ち上がる。


「え、なに?なになに?
私、なにかマズイこと言っちゃった!?」


王史郎の双子の弟って分かってから「仲良くなりたい」って思っていたけど……よく考えたら、イオくんも私の中の宝石を狙ってる一人だった。

今度こそ、無理やり取られるかも――!?


「逃げるよ」
「へ?取るんじゃなくて?」

「騎士団が来た。あんな奴らに捕まってみなよ。さゆの宝石だけじゃなくて、さゆの魂までとられちゃうよ」
「た、魂!?」


それって、つまり……死ぬってこと!?

青い顔で唇を震わせる私を、イオくんは切れ長の瞳で覗き込む。


「魂とられたくなきゃ、俺と逃げて」
「え」
「それとも……王史郎じゃないと嫌?」


騎士団が来て怖いはずなのに、イオくんの瞳に吸い込まれる。

どの角度から見ても、イオくんは完璧なイケメンだ。同時に、王史郎の面影もある。顔の輪郭とか目つきとか特に。

さすが双子。
思わず見入っちゃう程、ソックリさん。


「……答えたくないほど嫌なら、王史郎を呼べば?」
「あ、違うの!そうじゃなくて!」


あぁ、せっかく縮まりかけた心の距離が、爆速で離れていく!

千切れるほど両手をブンブン振りながら、イオくんに誤解を解いた。


「私、イオくんのこと嫌いじゃないよ?
あ、でも一つ分からないことがある」
「〝分からない〟?」


銀髪の髪の隙間から、紫の目が私を見る。

王四郎と私は「契約」しているから、王四郎には私を助ける「理由」がある。でもイオくんとは、契約していない。


「それなのに、どうして私を助けてくれるの?私を助けても、イオくんにメリットはないよね?」
「なんだ、そんなこと。そんなに知りたいなら、自分の胸に聞いてみれば?」

「へ?」
「もしくは、自分の記憶に……いや、なんでもない。ごめん、混乱させるつもりはないんだ」


淡々と話すものの、表情が暗い。ちょっと元気がないように見えるのは、気のせいかな?

モンモンと考えていると、フワリとした浮遊感を覚える。わぁ~まるで飛んでいるみたい!と下を見て……秒で後悔した。

いつも勉強している校舎が、私よりも下に見える。しかも、グラウンドで体育の授業をしている生徒たちは、アリよりも小さい!?


「私、飛んでるー!?
お、降ろしてぇ!イオくんー!!」
「降ろしてもいいけど、騎士団に魂をとられてもいいの?」
「騎士団って……ひぃ!?」


振り返ると、騎士団が列を成して追ってきていた。

長いコートみたいな服を着て、首から白い十字架をかけている。そして手には大きな鎌。きっと、アレが武器だ。

……っていうか、鎌が大きすぎない?
もし捕まったら、アレで魂とられるの!?

騎士団っていうより、死神みたいなんだけど!?


「イオくん、ゴメン!重いだろうけど、ぜったい私を落とさないでぇ!」
「いや、重くはないけど……」


必死な形相の私を見て、本日何度目かのため息をついたイオくん。その無気力加減が「もしや手を緩めて落とされちゃう!?」って不吉なことを連想しちゃう。

もしココから落ちたら――ひぇ。
それだけは、何が何でも回避したい!

現在、私はイオくんにお姫様抱っこをされている。最初こそ恥ずかしかったけど、今となってはなりふり構っていられない。


「イオくん、嫌だろうけど我慢してね!」
「は!?」


(無いとは思うけど)気分で落とされないよう、イオくんの肩に手を回す。更にイオくんの胸にボフンと顔をつけ、景色をシャットアウトした。

これなら落とされる心配もないし、高すぎる景色も、怖い騎士団も見なくて済む!

万事解決!と胸を撫で下ろしていると……何か聞こえる。太鼓のような、規則正しいリズム。


ドクドクドクドク、ドクドク――


これって、まさかイオくんの心臓の音?
なんで、こんなに速く鳴ってるの?

……あ!私が重いから?

重量オーバーなのに頑張って飛んでるから、心臓にものすごい負担がかかってるんだ!


「イオくん、あの!」


ごめんね!と言おうとして、顔を上げる。
その時、私の目に写ったのは……


「……っ」


リンゴみたいに真っ赤な顔したイオくん。


「えっと、イオくん?」
「……なにっ」


体に力が入ってるから真っ赤なの?
それとも風邪ひいた?
熱があるなら休まなきゃ――

心配で、イオくんの銀髪をよけて、オデコに手を置く。手を介して伝わったのは、とんでもない熱さ!

やっぱり熱があるんだよ!
早く地上に降りて休まないと!

伝えようと顔を上げると、イオくんの紫の瞳と視線がぶつかる。その顔は、真剣そのもの。


「分かってないようだから、あえて言うけど」
「ん?」

「いろいろ無自覚すぎて、タチ悪い」
「えぇ!?」


どうやら私の何かがいけないらしい。もっとも「それが何か」は分からないけど……。

なんとなく申し訳なくて、イオくんの腕の中で縮こまる。その時、一際大きな音でイオくんの心臓が鳴った。


「何がタチ悪いか分からないんだけど、きっと私が悪いんだよね?ごめんなさい」
「うん……ほんと、勘弁して」


空中を、ありえない速さで移動するイオくん。騎士団との差がグングン開いていき、私の冷や汗も引いて行く。どうやら逃げ切れるみたい。


「すごい、まさか逃げられるなんて……イオくんのおかげだね!」
「だから、そういう顔が……はぁ。もういい」


グッとガッツポーズをするも、イオくんの反応は冷たい。

疲れた顔をして「よかったね」と言ったきり。目的地があるのか、イオくんは迷いなく飛び続ける。

イオくん、どこへ行くんだろう?
っていうか――
私のこと、本当に助けてくれたんだ。

本来、味方である騎士団に背を向けてまで、私を逃がしてくれた。イオくんは、私の中の宝石を狙っているのに。


「ありがとう、イオくん」
「……別に」
「ふふ。本当にありがとう」


その時、風の音に紛れて聞こえなかった。


「はぁ……無防備すぎて困る」


笑った私を視界に納めながら、イオくんが呟いた言葉。

その言葉を、ずっと私は知らないまま。



☪︎·◌˳𓇬‬



「よし、ここまで来れば大丈夫かな」
「重いのに最後まで(落とさずに)運んでくれて、本当にありがとう!この恩はいつか絶対に返すね!」
「なんか今、副音声が聞こえたきがしたんだけど……」


騎士団をまいた後。
どこへ行くのかと思えば、イオくんは王史郎の家に来た。というか、前はイオくんも住んでいただろうから「自分の家に帰って来た」といった方が正しい。

門の前で私を降ろした後、イオくんは涼しい顔で空を見上げる。

もしかして騎士団がいないか警戒してくれてる?イオくんって最初こそ怖かったけど、やっぱり優しい人だ。


「それにしてもイオくん。あんなに飛んで、よく疲れないね……」
「そりゃ俺、人間じゃないし」

「え、騎士団って人間じゃないの?」
「人間の形をしているだけで、本来は吸血鬼を倒すハンターだからね。人間VS吸血鬼じゃ力量差がありすぎて、お話しにならないでしょ?だから〝神様が騎士団を作った〟って言われてる」

「へぇ、そうなんだね」


お話しにならないくらい、吸血鬼って強いんだ。じゃあ、その頂点にいる「最強吸血鬼」の王史郎は、いったいどれほど強いんだろう。

私につけた〝王史郎のシルシを見た吸血鬼は震えあがる〟って言ってたもんね。前なんか、イオくんが私に触れただけでバリアが発動して、イオくんが火傷しちゃったし。

……あれ?


「さっきイオくんに触られても、バリア出なかったよね?どうして?」
「俺に敵意がないからでしょ」


サラッと言うイオくん。
ということは、前回はバリバリあったって事だね?
打ち解けてくれて、本当に良かった……!


「王史郎がつけたシルシって、相手の気持ちまで分別してるの?AI並みに賢いね」
「最強の吸血鬼だからね。それくらい造作もないんじゃない?おかげでコッチは何杯も食わされて、腹立たしいったらないよ」


なるほど。最強の吸血鬼って、そんな細かい所まで力を操れるんだ。すごい。


っていうかイオくんの横顔――まるで「兄弟ケンカ」した時みたい。怒っているけど、心の底からは憎んでないような。

やっぱりイオくんは〝心から王史郎を嫌っているワケじゃない〟んだ、良かった。


「そういえば、どうして騎士団は宝石を狙うの?」
「簡単だよ、吸血鬼の手に渡らせないため。敵に強くなられたんじゃ最悪だからね。それに騎士団も〝強くなりたい〟って願望があるんじゃない?」

「〝あるんじゃない?〟って……イオくんは団長で、騎士団の中で一番に偉いんでしょ?それなのに、騎士団の人たちが何を思っているか知らないの?」
「……」


スッ、とイオくんの瞳が細められた。
冷たい温度が、一気に瞳に宿る。


「騎士団の皆が団長思いなら、さっきも追い回されなかっただろうね」
「あ……」


確かに。さっきの状況――団長であるイオくんが「止まれ」って命令を出したら、騎士団は従うはず……通常は。

でも、イオくんはそうしなかった。
「しても無意味」と知っていたからだ。


「俺は騎士団長の後継者ってだけで、実力で地位を確立したわけじゃない。だから皆から反感を買うんだ」
「へ?」


前髪の影が、顔に落ちる。
イオくんの瞳に、太陽の光は届かない。

いや、イオくんの瞳にっていうか……この景色、全部に。まるで真っ暗な世界にいるようで…………


「ん?」


空を見上げると、本当に真っ黒だった。
同時にポツンと、頬に雨粒がぶつかる。

それから天候はガラッと変わり、いきなりの土砂降りに!


「わー!イオくん大変、早く家の中に入って!」
「いや、いい。俺はここで帰るから」
「帰るからって……」


イオくんは仲間の目も気にせず、私を助けてくれた。そんな彼が帰る場所って、どこにあるんだろう。騎士団の皆の元へ、帰れるのかな?

ううん。帰れたとしても、何か罰があるに決まってる。だって、イオくんは仲間を裏切ったから。

そうと分かっていて、イオくんをこのまま帰らせるなんて……私には出来ない。


「イオくん、家に帰ろう」
「うん?だから帰るんだって。この手を離して」


いつの間にか彼の腕を掴んでいた手に、力を込める。


「嫌だよ。イオくんは私を助けてくれた。だから、今度は私が助ける番。それに言ったじゃん。〝この恩はいつか絶対に返すから〟って!
だからお願い。
私と一緒に、この家に帰ろう?」
「ッ!」


一瞬だけ目を開いたイオくんは、クッと顎をもちあげて自分の家を見る。真剣な横顔。

どういう経緯で、イオくんがこの家を出たかは分からない。どうして、王史郎との仲が険悪になったのかも。

私の知らない二人の過去。
いつか、私が知る時は来るのかな?


「……コレ、着て」
「え?わッ」


ずぶ濡れになりながらイオくんの横顔を見ていた私――の上半身を見て。イオくんは、急いで自分の制服を脱いだ。そして私の肩から制服を羽織らせる。


「俺の制服、既に濡れてるから雨除けにはならないけど……いわゆる〝男の目〟除けにはなるから」
「あ、ありがとう……?」

「っていうわけで。さゆに制服返してもらわないといけないし、大人しく〝この家〟に帰るよ」
「え……うん!帰ろう、帰ろうッ」


そうか、ツンデレだから素直に「帰りたい」って言えなかったんだね!

私に制服を貸すという既成事実を作ってまで、家に帰ろうとするなんて、なんだか嬉しいな。


「イオくんが帰ってきてくれるなんて最高だね!王史郎、ぜったい喜ぶよ!王史郎が笑った顔、早く見たいなぁ~」
「……俺といるのに、王史郎ばっかだね」

「ん?何か言った?」
「別に」


イオくんが家に帰ってきてくれるのが嬉しくて、土砂降りの雨に負けない声量で喋っていたら……イオくんが何て言ったか聞こえなかった。なんとなく「王史郎」って聞こえたような……。


「あ、そっか、早く王史郎に会いたいんだね!って言っても、まだ王史郎は授業中だし……。お互い濡れちゃったからさ、先にお風呂とか済ませちゃおうよ。その内、王史郎も帰ってくるよ」
「ねぇ。さゆって、俺をブラコンとでも思ってる?」

「違うの?」
「……ふっ、さぁね」


口の端が僅かに上がったイオくんに、心が癒される。素直じゃないけど、ちゃんと顔に「楽しみ」って書いてあるんだもん。

ねぇイオくん、私も楽しみだよ。
王史郎、今日はどんな料理を作ってくれるだろうね。

私の嫌いなトマトを今日も盛ってくるかな?
そうしたらイオくん、もらってくれるかな?

あぁ、ダメだ。
想像したら、口元がにやける。

……いや。ダメじゃない、か。

だって、初めての「三人ご飯」だよ?
浮かれていいに決まってる!


「楽しみだね、イオくん!」


まだ見ぬ幸せな未来に、心を躍らせる。
ドキドキ、ワクワク。

弾んだ心音に合わせてスキップする衝動を抑えながら、勢いよく玄関の扉を開けた。

すると――


「よー、おかえり。お二人さん?」


眉を顰め、怖い顔した王史郎が……

まさに鬼の形相で、玄関に仁王立ちしていた。



☪︎·◌˳𓇬‬


「なーんで俺を呼ばなかった?ん?」
「それは、あの、イオくんがいてくれたからで」

「へ~、じゃあお前は〝わざわざ契約した俺〟よりも、イオを選ぶわけか?選び放題で、良いご身分なこったな」
「えぇ~……」


王史郎は私を見降ろしたまま「先に風呂に行け」と言った。
私ではなく、イオくんに。

イオくんは「私を優先すべき」って言ってくれたんだけど……


『俺のご主人サマを、こんなにずぶ濡れにさせたイオが、何か言う権利はないよなぁ?』

『……面倒くさそうだから、先にお風呂行って来る』


イオくんの根負けにより――現在。
私は一対一で、王史郎のお説教を食らっている。

これが、超ーこわい。

イオくんがバスルームに入るまでは、王史郎もニコニコ笑っていたんだけど……イオくんがシャワーを浴び始めて一変。

私を椅子に座らせた後、王史郎は真剣な顔でテーブルの反対側へ座った。


「で、正直な所。なんで俺を呼ばなかった?」
「それは……」

「俺って、そんなに信用ないか?契約までしてるのに?」
「信用してない、って事じゃなくて!」

「じゃあ何だよ?」


あの時は、イオくんがいてくれた。
逃げるよって言ってくれたから、それを信じた。


「ただ、それだけだよ」
「もしイオが裏切っていたら、自分がどうなってたか分かるか?」

「な、なんとなく……」
「……」


目が合う。
合いすぎる。
それでも尚「目を逸らすな」という圧を、王史郎から感じる。

黒い髪が雰囲気とマッチして、私の中で「畏怖の念」が練り上げられる。

雨に打たれた寒さもあるけど……いま私が震えているのは、間違いなく「王史郎が怖い」から。こんな王史郎、見たことない。


「勝手な判断で行動するな。死ぬところだったんだぞ」
「でも王史郎のシルシは、イオくんを拒否しなかったよ。バリアが出なかった。つまり、術を発している王史郎自身が、イオくんを警戒してないって事でしょ?」
「――あ?」


 ギンッ

王史郎の瞳が青く光る。
これは、吸血鬼モードだ。

考えたくないけど、どうやら本気でお怒りになったみたい……っ。


「それとこれとは話が違うだろ。さゆの心構えのことを言っているんだ」
「そんなこと言われても、分からないよ……」


どうして王史郎が、ここまで怒るのか分からない。

イオくんは私を助けてくれたじゃん。
現に、私は無事だったじゃん。

なら、それでいいでしょ?
何が気に食わないんだろう?

それに……嬉しかったのに。
二人が笑い合う姿を見られると思って、すごく期待したのに。


「王史郎、私……今日の晩ご飯、楽しみだったんだよ」


イオくんが家に戻ってきて、久しぶりに家族が集う――王史郎はどんな顔をして喜ぶだろうって、その瞬間を見るのが楽しみだった。

どんな顔して「何がいい?」ってメニューを聞いて、どんな顔して「やっぱ俺って天才」って自画自賛するだろうって。イオくんの前でしか見せない王史郎の顔が見られるんじゃないかって、期待してたんだよ。

それなのに――


「さゆがトンチンカンなのは、よく分かった。今後、俺のそばを離れるな。常に一緒に行動しろ」
「……か」

「ん?」
「~王史郎の、バカ!」


ガタリと席を立つ。

我慢しようと思ってたけど……もう限界!


「今バカって言ったな!?」
「バカだよ!私は、王史郎が喜ぶかと思ってイオくんをこの家に招いたのに、そんな一方的に怒らなくていいじゃん!王史郎の笑った顔がみたいと思うのは、そんなにいけないこと!?」
「……は?」


確かに、私も軽率だったよ。もしもイオくんが任務を遂行していたら、今ごろ私はココにいない。無事じゃすまなかった。

でも、イオくんは王史郎の双子の弟だって聞いたから、信じられたんだよ。イオくんを見る王史郎の優しい目を見て、私はきちんと判断したの。


「私は……王史郎を信じただけだよ」


それなのに、コテンパンに怒られた。
まるで王史郎のことを知ろうとするのは「いけない事だ」と言われたみたいに。

それが、思った以上に、悲しい。


「私は、もっと王史郎を知りたいよ。色んな顔を見てみたい。
王史郎は違うの?私って、ただのご主人サマ?」
「俺は……」


シュッと、青い瞳が黒色に戻る。
たじろぐ顔を見るに……王史郎は私のことを「ただのご主人サマ」としか見てないんだ。

会って数日だし、当たり前か……。
というか、私が深入りするのがいけないのかも。

しょせんは主従関係。
友達になりたいって思うのは、高望みなんだ。


「怒ってごめん……忘れて」
「え……」


ポカンとした王史郎の前で、羽織っていたイオくんの制服をとる。

制服が、肩からひらりと落ちた時。
すごい勢いで、王史郎は私から視線を逸らした。


「バカ!なんでココで脱ぐんだよ!」
「制服が濡れてるの。ハンガーにかけておかないと、乾かないもん」

「そうだけど……あぁ、もう!かせよ。俺がかけといてやる。ったく、何で濡れるんだよ」
「……」


また、怒る。
違うよ、王史郎。
私が見たかったのは、もっと別の顔だよ。


「もし風邪でも引いたらどうする、」「――ごめん、王史郎。今日ご飯いらない」


王史郎の言葉を遮って、二階へ続く階段を目指す。視界の端で、王史郎の心配そうな顔が見えた。


「ご飯いらないって……どっか調子悪いのかよ?」
「ううん、疲れたから寝るの。じゃあ、おやすみ」
「おい、さゆ!」

 バタン

王史郎の声を背中で聞きながら、ドアを閉める。駆け足で自分の部屋へ向かい、そのままベッドへダイブした。


「はぁ、はぁっ」


小走りで乱れた呼吸を整える。
スー、ハー。
深呼吸して、いざ――

勢いよく、枕へ顔を押し当てる!


「王史郎の、バカ野郎ー!」


古典的な方法で、たまった不満を一気に吐き出した。こうでもしないと、王史郎に直接言ってしまいそうだったから。


「分からずやー!」
「頭のかたい吸血鬼ー!」


だけど……王史郎が私を心配してくれていたのも、きっと本音なわけで。


『あんま遠くへ行くなよ。いざって時に守れないからな』
『他の誰にも触らせるなよ。さゆは俺だけのものだから』


あの言葉の後に姿を消した私と、敵であるイオくんと二人揃って玄関に入って来る姿を、どんな気持ちで見たんだろうと。下にいる吸血鬼に、遅すぎる想いをはせた。


「素直に〝ありがとう〟〝ごめんね〟って言えなかった、私のバカやろう~……」


王史郎と私。
6:4くらいの割合で、交互に不満をぶちまけた後。

濡れた服や体を乾かしもせず、私はいつの間にか寝てしまった。

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釈 余白(しやく)
児童書・童話
 網浜ナオは勉強もスポーツも中の下で無難にこなす平凡な少年だ。今年はいよいよ最高学年になったのだが過去5年間で100点を取ったことも運動会で1等を取ったこともない。もちろん習字や美術で賞をもらったこともなかった。  しかしそんなナオでも一つだけ特技を持っていた。それは編み物、それもあみぐるみを作らせたらおそらく学校で一番、もちろん家庭科の先生よりもうまく作れることだった。友達がいないわけではないが、人に合わせるのが苦手なナオにとっては一人でできる趣味としてもいい気晴らしになっていた。  そんなナオがあみぐるみのメイキング動画を動画サイトへ投稿したり動画配信を始めたりしているうちに奇妙な場所へ迷い込んだ夢を見る。それは現実とは思えないが夢と言うには不思議な感覚で、沢山のぬいぐるみが暮らす『もふもふの国』という場所だった。  そのもふもふの国で、元同級生の丸川亜矢と出会いもふもふの国が滅亡の危機にあると聞かされる。実はその国の王女だと言う亜美の願いにより、もふもふの国を救うべく、ナオは立ち上がった。

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