双子のボディーガードは最強吸血鬼と最恐騎士!?

またり鈴春

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4滴➼どんな手を使っても守る

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熱のせいで体温の上昇を覚える中、夢を見た。
私と同い年くらいの男の二人と、楽しく遊んでいる夢。

まだ小学生にならない、小さな私たち。
毎日走ったり、おままごとしたり。
話して笑って、かけがえのない時間を過ごしていた。

だけど、情景が一変する。

一面の草原が、火の海に変わる。
小さな私たち三人に、大火が迫っている

そして、力なく横たわる私。
男の子二人が、私に向かって必死に叫んでいる。

だけど大火の向こう岸。
揺らぐ景色の中で、ある者を見つける。

それは――



「――……ッハ!」



パチっと目が覚める。
う……なんて寝ざめの悪い朝。


「うわぁ、体中汗まみれ。すごい悪夢だった……」


起きたというのに、生々しい臨場感が消えない。
今この場すらも、燃えているような錯覚を覚える。


「あれは、一体……」


胸のつっかえが取れない。
さっきの夢を……
夢で終わらせては、いけない気がする。


「……あ、お腹が鳴った」


そう言えば、昨日の夜から何も食べていない。
カーテン越しに入る朝日に、思わず目を細めた。

私、どれくらい寝たんだろう。
たくさん寝たにしては、体がダルいような……。


「え?なにあれ?」


立ち上がって、すぐ。一番に目に入ったのは、大きな青い宝石。宙に浮き、ミラーボールのように規則的に回っている。

しかも、温かい?

手をかざすと、仄かなぬくもりを感じた。そういえば濡れたままの制服が乾いてる。きっと、この宝石のおかげだ。


「青い宝石。王史郎だよね……?」


王史郎の通り名、アオイシ。
青い宝石を使う吸血鬼の彼は、そう呼ばれている。

その彼の化身ともいえる青い宝石に触れる。
人間の体温に似た温度に、ケンカ別れした彼を思い出す。


「王史郎……謝りたいな」


昨日、意地張って怒っちゃった。それなのに王史郎は私を心配して、こうして気遣ってくれる。

ひどい態度とってごめん、って。
今すぐに、謝りたい。

だけど起こした体は、いつまでも気怠くて。全然歩く気がしない。しかも、なんかゾクゾク悪寒がするし……もしかして風邪引いちゃった?


「最悪だ。王史郎があそこまでしてくれたのに……。何かお腹に入れて、風邪薬を飲もう」


次に、机上に置いてある四角い箱に気付いた。箱、といっても青い宝石で出来たもので、触ると宝石は瞬くまに消えていく。

出てきたのは、今まで冷蔵庫に入っていたのかってくらい、ひんやりしたオムライス。


「そっか。部屋の中が温かいから、腐らないように冷やしてくれてたんだ」


ご丁寧にスプーンまで添えられている。
しかも――


「ふふ、ケチャップでメッセージが書いてある」


オムライスの頂上を見て、思わず笑っちゃった。
歪な文字で「ごめん」って書いてあるんだもん。


「頑張って、書いてくれたんだね……」


私が風邪ひかないように部屋を暖めてくれて。
ケンカした私のためにオムライスを作ってくれて。
ごめんって、先に謝ってくれて。

あぁ、なんだろう。
さっきまでお腹へっていたけど、今けっこう満腹になっちゃった。


「もったいなくて食べられないなぁ。そうだ!王史郎のスマホで、写真を撮らせてもらおう」


 ガチャ

部屋の扉を開け、階段を降りる――だけど、数段降りて足を止めた。

なぜなら、後ろに人の気配を感じたから。

しかも王史郎でもイオくんでもない、背の高い、大人の気配。


「誰……!?」


バッと振り返ると、ぐにゃりと景色が揺らいだ。
そうだ、私、風邪ひいてるんだった……!

なんとか手すりに掴ま――ろうとして、スカっと空ぶる。「わ!?」何も支えがない私は、頭から階段を落ちるしかない。

衝撃に耐えるため目を瞑った、その時だった。


「君が、運命の子か」

「え――」


黒髪に黒いスーツを着た大人が、落ちていく私を見る。顔に張り付いているのは、笑顔。

運命の子?
なにそれ?
私が、そうなの?
それに、あの笑顔は――


すると頭の中で「さゆ」と声がした。
しっかりしろと言わんばかりの、凛とした、王史郎の声だ。


「――……っ!」


大人に気をとられて、自分が落ちていることを忘れていた。

大人への恐怖。落ちていく恐怖――今だけ全て呑み込んで、顔と口に、力を入れる。


「王史郎、助けて!」


言うやいなや。
目の前で、青い光がはじけ飛ぶ。

直後に姿を現したのは、王史郎。
落ちゆく私を、しっかりと抱き留めた。

学校に行く時間だというのに、行くつもりはなかったみたい。着ているのは制服ではなく、私服。白のタートルネックに、黒いロングコート。

出会った時に着ていた物だ。
少し前のことに思えて、懐かしい。

いや〝少し前〟というより。
私たちは、もうずっと前から――


「さゆ、コイツは俺らの敵だ。ぼけっとしてると、やられるぞ」
「え、えぇ?敵!?」


だろうとは思っていたけど、断言されると、より緊張感が増す。

まだモヤのかかる寝ぼけた頭に、「しゃんとしろ」と王史郎がノックした。


「今までのソレとはワケが違うからな。今、イオも下で準備してる。でもコイツとイオを会わせたくない――アイツが来る前に、やっつけるぞ!」
「わ、分かった!」


王史郎のピリピリしたムード。
昨日とは比べ物にならない、禍々しいオーラだ。

最強吸血鬼の王史郎が、そこまで警戒する相手って、一体?


「王史郎、この人は誰?」
「……っ」


顔を歪める王史郎とは反対に、無口を貫いていた大人がニタリと笑う。


「久しぶりだね王史郎。イオは元気かな?」
「え、知り合い?」
「……」


呆気にとられる私を見て、大人は目じりの〝笑いシワ〟を深くした。言っちゃダメだけど、かなり薄気味悪い笑みだ。


「うん?その様子だと、お嬢さんは聞かされていないのか。
僕は、モク。
王史郎とイオの父親だよ。
九年前――実の子供・王史郎に封印されてから、今まで眠っていたんだ」
「……へ?」


いま聞いたことって本当?
この人が、王史郎とイオくんの父親?
私が階段から落ちる時、手を差し伸べることなく笑っていた、この人が……?


「王史郎……」


ウソだよね?と聞こうとした。
だけど、出来なかった。

なぜなら王史郎の瞳は青くかわり、既に吸血鬼モードになっていたから。

しかも青い宝石で、次々と武器を作っている。前、学校で生徒たちと戦った武器じゃない。今度の武器は、剣。正真正銘、相手を傷つけるための武器だ。


「さゆ、ここから離れろ。下に行けばイオと合流するから、行け」
「で、でも!」


王史郎が強いと知っている。
誰にも負けない吸血鬼だって知ってる。

でも戦う相手は、お父さんでしょ?
お父さん相手に、剣を向けるの?

さっき王史郎は「やっつけるぞ」って言った。
でも、それって、自分の父親をやっつけるって事だよね?


「王史郎……」
「これは、俺がやらないといけない事なんだ」
「!」


静かな闘志。
平坦な声色。

ねぇ、王史郎。
あなた今、どんな顔してるの――?


「さゆ、早く行け!」
「わ、わかった……!」


怒声に後押しされて、やっと足が動いた。

振り返ると、剣を構えた王史郎の後ろ姿がある。真っすぐ伸びる背筋に、ためらいはない。

王史郎のお父さん、モクだってそうだ。息子に剣を向けられているというのに、視線は王史郎ではなく、私を追っている。


「私が運命の子だから気になるのかな?
でも、運命って何!?」


絡み、もつれ合う足に、無理やり力を入れる。すると、なんとか階段を降り切ることができた。

だけど目の前に置かれた棚に、運悪くぶつかってしまう。

 ガチャン

落ちたのは、粉々になったフォトフレーム。

写真だけ拾い上げると、小さな王史郎とイオくん、そして彼らの両親と目が合った。青空の下、みんなカメラ越しに笑っている。


「これ……」


感傷に浸っていた、まさにその時。立っていた地面に、突如としてブラックホールが出現する。「え、えぇ!?」先の見えない真っ暗な世界に、勢いよく足から呑み込まれた。


「きゃあ!?」
「さゆ!」

「――やぁ、ご苦労」


次に目を開けた時。
私は一階ではなく、再び二階へいた。

しかも隣には、王史郎の父親が立っている。全て計画通り、と言わんばかりの満足げな瞳と視線が合った。


「……っ」


この人に「今」写真を見られてはいけない。
そう直感し、スカートのポケットに急いで写真をしまう。


「モク……さゆを離せ!」


王史郎の青い瞳が、モク、次に私を見た。

怒りで揺れる瞳――その奥から「絶対助けるから待ってろ」と言われたみたいで、少しだけ冷静さを取り戻す。


「団長としての力は全てイオに受け継がれたと思ったけど、まだ使えたみたいだ。良かった良かった」
「団長としての力って……?」


私の問いに、武器を構えたまま王史郎が説明する。


「モクは元・騎士団長だ。禁忌を犯し、強制的に地位をはく奪された」
「それで……息子のイオくんが、団長になったんだね」
「モクのせいで、後ろ指さされてばかりだがな」


私を立たせながら、王史郎はグッと下唇を噛む。


「なぁモク、あんたには分かるか?
仲間の騎士団に〝禁忌の息子〟だなんて忌み嫌われながら、それでも力を引き継いでるせいで、団長の座に座り続けないといけない――そんな孤独なイオの気持ちを、少しでも考えたことあるのかよ」
「……」
「何か言えよ!」


青い瞳がメラメラ燃える。
憎悪で揺らいでいる。

そして、それは私も同じ――

昨日イオくんは、


『俺は騎士団長の後継者なだけで、実力で地位を確立したわけじゃない。だから皆から反感を買うんだ』と言った。


あの時、どうして寂しそうな顔なんだろうって不思議だったけど、全部モクのせいだったんだ。父親のせいで、苦しんでいたんだ!

だけどモクは、全く悪びれる様子がなかった。


「じゃあ僕を封印しなければ良かったのに。一番悪いのは、僕を封印したお前じゃないのかい、王史郎?」
「な……!」


平気でうそをつき、自分の子供にさえも罪をなすり付ける。

こんな人、ぜったい二人の父親じゃない!


「王史郎、ごめん。私……例えあなたの父親だろうと、この人を許せない」
「さゆ……」


二人の父親だって分かってる。
でも、どうしても納得できない。


「消すとか、倒すとか。そういう方法以外で、二人に罪を償ってもらいたい。絶対、謝ってもらう」


すると、モクの口角がゆらりと上がる。
だけど目は笑っていない。
冷たい視線が、私を射抜く。


「口の減らない子だね、しばらく黙ってもらおうか」

「ッ!」
「さゆ!」


私を助けようと向かってきた王史郎――に向かって、モクは巨大な鎌を出した。躊躇なく、王史郎に向ける。

あんなのに当たったら、死んじゃうよ!


「やめて!」


鎌を持つモクの腕に飛びつき、なんとか進路を逸らす。すると鎌をかわした王史郎の剣が、モクの腕に届いた!


「ぐぁ!」


切られた衝撃で、モクは自分の腕を思い切り振った。腕にしがみついていた私は、なすすべなく離され、壁に叩きつけられる。


「う……ッ」
「さゆ!しっかりしろ、さゆ!」


王史郎が私に手を伸ばす。
だけど、それよりも早く。
モクが私の胸倉をつかみ、無理やり立たせた。


「僕の邪魔をするなら、例え運命の子でも容赦しない」
「モク!やめろ!俺が代わりになるから、その子を離せ!」
「……今の言葉、本当かな?」


笑ったまま、モクは王史郎を見る。
どこまで本気か、探っているようだ。

王史郎はパチンと指を鳴らし、武器を一瞬で消した。父親は「ほう」と、潔く私を離す。

 ドサッ

高い所から降ろされ、私はお尻から着地した。


「言う通りにしたぞ。だから、さゆを傷つけるな」
「お、王史郎……っ」


モクの後ろで、立つ力のない私を見る王史郎。目が合うと、まるで「大丈夫だ」と言わんばかりに、優しく笑ってくれる。

私に走る力があれば、今すぐ王史郎の元へ行くのに……!


「ふふ、人間の味方気取りか。そんなだから、お前はダメなんだよ。僕の崇高な願いを退け、あまつさえ封印しようなんて。そんな悪い子は、深く深く、眠るがいい」
「!」


巨大な鎌が、王史郎めがけて飛んで行く。というのに、王史郎は全く動く気配がない。むしろ目を瞑って、攻撃を受ける気マンマンだ。


「や、やだ……」


王史郎、なんで?
なんで武器を出さないの?
あなた本当は強いんでしょう?

なんでやり返さないの?
なんで抵抗しないの?

このままじゃ鎌に当たっちゃうよ。
きっと大けがしちゃう。
ううん、もしかしたら――


「王史郎と契約しているそうだね。でも、間違った契約をしているから、王史郎の力が全て出し切れないんだ。王史郎が本気になれば、例え君を人質に取られようが、一瞬で僕を消せるはずだから」
「え……?」


私の耳に、モクの声がハッキリ聞こえた。

今の話、本当なの?
間違った契約って、右手の薬指から血をあげたこと?だから王史郎が全力を出せないの?

あの時の私の行動に、そんなリスクがあったなんて……!


「君にはお礼を言いたい。よく王史郎を弱体化してくれた。暴れん坊で困っていたんだよ。
さぁ、よく見ておきなさい。
君のせいで、王史郎が傷つくところを」
「やだ、王史郎……ッ」


王史郎に鎌が当たる。何度も何度も、王史郎を切り裂いていく。


「ぐ……ッ!」


体の至るところから血が出ている。
階段の色が、王史郎の血で変わっていく。


「約束、だぞ……」


それでも、そんな中でも。
王史郎は――


「さゆに、手を出すな……っ」


「……~っ!」


攻撃に耐えながら、息も絶え絶えに守ってくれる王史郎。そんな彼を「黙って見ているだけ」なんて。

私には、出来ない。


「やだ……もう逃げて、王史郎!」


王史郎がガクッと俯いた時に、巨大な鎌が容赦なく向かう。

ダメ――と思った時、私は王史郎の元へ走り出していた。


「王史郎!」
「ばか!さゆ逃げ、」


逃げろ――と言い切る前に。巨大な鎌は私の背中めがけ、思い切り振り下ろされた。耳元で、ヒュンッと空気を切る音が聞こえる。

すると僅かによけきれなかった背中に、鎌の切っ先が当たった。うぅ、焼けるように痛い!


「何やってんだよ、バカさゆ!」
「だって、あのままじゃ王史郎が……」
「俺の事なんていいんだよ!」


私を受け止めた王史郎の目が、見開かれている。これは、昨日よりも怒った顔だ。


「何でお前はいつも、大人しく俺に守られないんだ!」
「ご、めん……」


へへと、力なく笑う私を見て、王史郎は「はぁ~~~~」と深呼吸した。

そしてさっきよりも落ち着いたトーンで、傷に響かないよう私を抱きしめる。


「頼むから無茶するな。お前が傷つくのは、嫌だ……」
「王史郎……」


可能性はゼロだと思うけど「泣いてるの?」って聞きたくなるくらい――それくらい、王史郎の切羽詰まった声。


「ねぇ、王史郎……」


キュッと。私を抱きとめる王史郎の手に、自分の手を添える。


「昨日は……ごめん。あとオムライス、ありがとう」
「なんだよ、そんなこと、」

「王史郎に会ったら、一番に言いたくて……。嬉しかったの」
「……っ」


背中の傷が、ドクドク脈打っている。

私が思っているよりも、たくさん血が出ているのかな?ひょっとして、私、死んじゃう?だから王史郎も、こんなに悲しそうな顔してくれてるの?

……やだな。
ねぇ王史郎、私はね。

王史郎に怒った顔でも、悲しそうな顔でもなくて。ただ笑顔でいてほしいんだよ。


「だから笑って、王史郎……」


その時。
私たちの声を聞いたイオくんが、部屋から現れる。


「王史郎、さゆ!」


ケガした私の姿を見たイオくんが、驚いて言葉を失う。久しぶりに会う父親には目もくれず、素早く私たちの元へ駆けよった。


「さゆが切られた、治癒してくれ」
「けっこう深いから、治癒する時間が長くなるよ?その分、俺は参戦できないけど……」

「大丈夫だ、こっちは俺一人で何とかする」
「〝何とかする〟って……」


王史郎は、既にボロボロといってもいい。
対して、かすり傷一つないのがモクだ。

火を見るより明らかな実力差に、イオくんの横顔に冷や汗が流れる。

だけど「なに心配してんだ」と。王史郎は、踊り場や階段が埋まるほど青い宝石を出す。そして瞬く間に、大量の武器を生成した。


「俺は最強吸血鬼・アオイシだぞ。勝つに決まってる。それに……ここでさゆを助けられなかったら〝九年前の二の舞〟だ。絶対に助けてくれ」
「……わかった」


王史郎を信じたイオくんが、「任せたからね」と治癒に集中する。その姿を見て安堵した王史郎が、再びモクと向かい合う。


「九年前は封印しか出来なかったが……今度こそ、骨まで砕くから覚悟しろ」
「ふふ、それが父親に言うセリフかな。でも――いいよ。かかっておいで。力が制限された君にどこまで出来るか分からないが、物は試しだ。受けて立つよ」


ニッと笑い合った両者が、武器を構える。
そして、本気の戦いが始まった。


一方――
王史郎たちが戦う音を聞きながら、イオくんが私に語りかける。


「さゆ、もう大丈夫だから。来るのが遅くなってごめんね、さゆを守るための結界を張っていたんだ。でも……間に合わなかったね」


眉を八の字にして落ち込むイオくん。悲しい顔をしてほしくなくて、横になったまま首を振る。


「私が、悪いの……。王史郎に何もするなって言われていたのに……」
「王史郎を助けようとしたの?」
「出来なかったけどね……」


今更ながら、かなり無謀だった。あんな巨大な鎌を前に飛び出して、命があるだけ奇跡だよ。


「さゆは、カッコイイね」
「え……役に立たなかったのに?」

「さゆがそう思い込んでいるだけ。俺から見るさゆは、カッコイイよ」
「うぅん……」


カッコイイっていうのは、王史郎とかイオくんみたいな。そういう強い人のことを言うんでしょ?私は、ただ普通の中学生だよ……。


「俺ね、本当は、この家に帰りたかったんだ。王史郎とも、仲良くしたかった。でも、ずっときっかけがなくて……苦しかった。そんな俺を、さゆが助けてくれたんだ。やっとこの家に帰ってこられた。だから俺にとって、さゆはめちゃくちゃカッコイイ人だよ」
「帰りたかった?仲良くしたかった……?」


それって、どういう意味なの?
やっぱり二人の過去には、何かがあるんじゃ――

するとイオくんが、何かに気付いたように目を伏せる。


「ちょうど〝向こう〟とも繋がった。俺たちの過去を、今から君に見せるよ」
「向こう?過去……?」
「さゆにとって、コレを見るのはキツイ事かもしれない。でも、俺はさゆが強いって信じてるから」


だから、行っておいで――


イオくんの顔が寄ってきて、眉間にキスが落とされる。驚いて目を閉じると、そのままスッと夢の中に入っていった。

体の力が抜けていく。
下へ下へ、意識が落ちていくのが分かる。



『さゆ、さゆ!』



再び目を開くと、一面に火の海があった。
どこまでも果てしなく、遠くまで続いている。

これは……朝みた夢の続き?
呼ばれているのは、私の名前?

まるで地獄の光景に、ゴクンと息を呑む。


『さゆ、目を覚ませ!さゆ!』


火の中で横たわる私。
その横に、二人の男の子がいた。



☪︎·◌˳𓇬



『さゆ、こっちだよ』
『いつもさゆは、おっせーなぁ』

『ま、待ってよぉ……っ』


小さな私が、一生懸命に走っている。
そんな私の前にいるのが、男の子二人。

あれは……見間違えるはずがない。
王史郎とイオくんだ。


――そうだ。

私が渡英した家の近くに、二人は住んでいた。渡英した理由は、両家庭とも「仕事の都合」だった気がする。

そこで仲良くなった子たちが、王史郎とイオくんだ。

なんで今まで、忘れていたんだろう。
だけど今なら、全て思い出せる。


あの日のことも――


今から九年前。
私が五才の時。

その日も、私たち三人は外で遊んでいた。
家の近くに山があったから、そこで探検ごっこしていたんだっけ。

だけど急に山が崩れて、どこから火の手が上がった。季節は冬、乾燥した空気を味方につけ、火の勢いはとどまることを知らなかった。

そして私たち三人は、一気に囲まれたんだ。周りは一面、火の海だった。


『さゆ!おいさゆ!』
『す、すごいケガ!』


崩れた山と一緒に崖から落ちた私は、大量に血を流していて、生死をさ迷うほどだった。


『イオ、とりあえず治癒だ!』
『わ、分かった!』


ポッと両手から黄色の光を出すイオくん。小さな傷から、どんどん癒えていく。

そっか。小さな頃から、イオくんは騎士団だったっけ。その証拠に、首から十字架がかかっている。

「騎士団は治癒もできるんだよ」って。私が転んだ時に、イオくんがよく治癒してくれたっけ。


『王史郎も手伝ってよ!治癒、得意でしょ!』
『うるさいな、やってるよ!』


……え?
王史郎が治癒?
吸血鬼も〝治癒〟ってできるの?

すると能力を使い続けた影響か、息が荒くなったイオくんが、途切れ途切れに呟く。


『〝俺たち〟、騎士団で良かったね。見て?少しずつ、さゆが治ってるよ』
『当たり前だろ。〝俺たち〟は、騎士団長である父さんの息子だぞ。これくらい出来なくてどうするんだ』

『!』


衝撃の事実を聞いて、思わず口を覆った。

だって今の話だと……
王史郎は昔、騎士団だったって事?
でも今は、吸血鬼だよね?

あぁ、ワケが分からない。
どうして王史郎は、騎士団から吸血鬼になったの!?

すると私の体の色が、スゥと青くなっていくのが分かる。出血しすぎて、青白くなってるんだ。呼応するように、二人の顔色も悪くなる。


『お、王史郎!さゆ、良くなってない!』
『くそ、何が原因なんだよ!』


慌てる二人。
すると背後に現れた、大きな人物――モクだ。


『その子を助ける方法はある。
吸血鬼の吸血と、騎士団の治癒。これを同時に行えばいいんだ』


「でも」、と王史郎。


『いま吸血鬼は、ココにいない。いたとしても、敵である俺ら騎士団の命令を聞くわけない』
『諦めちゃダメだよ、王史郎。吸血鬼がいないなら――作ればいいんだ』
『作る……って。それはタブーだろ!?』


キッと、王史郎の目が鋭くなる。
隣にいるイオくんも同じだった。


『騎士団が十字架を折り、吸血鬼になる――コレは確かにタブーだ。
でも二人のうちどちらかが吸血鬼にならないと、その子は助からないんだよ?』


『……っ』
『王史郎……』


ギリッと唇を噛む王史郎。そんな王史郎を、イオくんは震えながら見た。


『王史郎……お、俺が……っ』


だけどイオくんが言い切る前に。小さな声で「う」と、私がうめく。それを機に、ぱったり動かなくなった。


『さゆ……っ』


王史郎は覚悟を決めたように、目を閉じた。
そして、


『俺が吸血鬼になる』


いうや否や、首から下げていた十字架を手でへし折る。その瞬間、王史郎は青い炎に包まれた!

「ぐぁ!」とうめく王史郎に、イオくんが必死に呼びかける。


『王史郎!王史郎!』
『ぐ、ぅ……っ』


数秒後。
王史郎の体から、幾重にも煙が立ち上る。
その煙を揺らしながら、王史郎はゆらりと立ち上がった。


『王史郎!』
『イ、オ……』


王史郎は目を開けた。その瞳は紫ではなく、青い瞳。

口からは鋭く牙が伸びている。王史郎が喋る度に、イオくんはソレを目で追った。


『な、なんで勝手なことしたんだよ!なんで王史郎が、』
『……いいから。さゆを助けるぞ』

『す、少しは俺の話を、』
『さゆが死んでもいいのかよ!』


怒声を浴びたイオくんは、「嫌だよ」と力なく零した後。涙目のまま、王史郎ではなく私へ向き直った。


『やるぞ』
『……わかった』


王史郎が私の腕に噛みつき、吸血する。イオくんは再び光を出して、治癒を行った。

その様子を満足げに見る者――モクだ。


『ふふ』
『今……、さゆ⁉』


父親の不気味な笑い声が聞こえた王史郎。だけど私の体が発光したことにより、父親から意識が逸れる。

「さゆ!」と、王史郎が私の名前を何度も呼ぶ。


『さゆ、おい、さゆ!』
『王史郎!さゆ、息してるよ!』


横になった私の胸が、規則的に上下し始める。それを見て、二人は安堵の息を漏らした。

かなり力を使ったのか、イオくんはその場に倒れ込む。


『さゆ、助かったんだ……』
『あぁ……』


ホッと安堵したのも、つかの間。
二人にとって本当の試練が訪れるのは、ここからだった。


『待て、イオ……何か変だ!』
『さゆの体が、赤く光ってる?』


私の体――特に心臓あたりが、赤く発光する。眩しさはどんどん増していき、次第に目を開けていられなくなった。

そして赤い光がひときわ強く光った後、一つの物を残して消える。

残った物は、桜の花ほどの大きさをした「赤い宝石」。宝石は姿を見せた後、ゆっくり私の体に沈みこんだ。


『今のは……』
『く、クク――アハハ!やった!成功だ!』


不思議に思っていると、いきなり高笑いが響いた。禍々しい笑い方をしたモクに、二人は目を開いて驚く。


『赤い宝石、やっと手に入れた!この作り方は、やっぱり正しかったんだ!』
『父さん、赤い宝石って……?』


怪しい笑みをしたモクに、震えながらイオくんが尋ねる。


『それを手に入れれば強くなれるという、最強の宝石さ。僕はずっと探していたんだ。そして、やっと手がかりを見つけた。でもね、一人じゃ作れなかったんだよ』
『まさか……っ』


王史郎の目が、グッと濃くなる。燃えているように、ゆらめいてさえ見える「青」。それは怒りへ変わり、王四郎の声を震わせた。


『崖が崩れやすいようにしたのも、山火事を起こしたのも、さゆをこんな目に遭わせたのも……。宝石を作るために、父さんが仕組んだ事なのか?』

『そうだよ。実験体が必要だったんだ。さっきも言っただろう?〝一人じゃ作れなかった〟って。ケガ人と、騎士団と、吸血鬼が必要だったんだ。お前たちのおかげで、全てうまくいった。あとは、その子から宝石を奪うだけだ!』

『『!』』


王史郎とイオくんの顔が、ザッと青ざめる。

この地獄の光景を生み出したのが、まさか自分たちの父親だったなんて――


『お前のいう事を信じたばかりに、さゆはケガをし、俺は騎士団をやめた。そして〝大罪人となった騎士団長〟の息子として、イオは騎士団の皆から後ろ指を指されることになる。全部全部、お前のせいで……!』


赤い宝石にうつつを抜かして鼻歌を歌うモクに、王史郎の怒りは届かない。私の心臓を見ながら「どうやって取り出そうか」と、楽しそうに呟いた。

この時点で、王史郎は確信したんだと思う。
モクの手に渡れば、私は殺されると。


『イオ、さゆを連れて逃げろ』
『王史郎は?』
『後から追いつく。コイツを野放しにできない』


王史郎の言葉に、モクの眉が不機嫌に跳ね上がる。


『〝コイツ〟なんて父親に言っちゃダメだよ、王史郎。

君の父はこれから、もっと偉大になるんだ。お前たちは、いずれ僕の後を追って……おっと〝お前たち〟じゃないな。王史郎は騎士団をやめて、吸血鬼になったんだものね』

『父さん!誰のせいで王史郎が、』
『イオ、いい。構うな』
『でも!』


王史郎は、私とイオくんの前に出る。そして火を消すように、いくつもの青い宝石を、燃え盛る炎の中から生み出した。


『最強だとか、偉大だとか。
悪いけど、そんな話は興味ない』


青い宝石により、火の海に亀裂が走る。火の海の外側に抜けられる、僅かに歩けるスペースが出来た。

王史郎は、イオくんに「行け」と小声で促す。


『さゆを助けられるのは、イオしかいない』
『でも王史郎を一人きりに出来ないよ!』

『今まで吸血鬼を相手にしてきたお前なら、分かるだろ?吸血鬼ってのは、しぶといんだ。これくらいで死なないよ』
『……その言葉、覚えておいてよ。約束だからね!』


イオくんが私を抱え、一気に走り出す。

遅れて気づいたモクは『しまった!』と。巨大な鎌で退路を塞ごうと、妨害を試みる。

だけど――

 キンッ

青い宝石で同じく鎌を作った王史郎が、モクの攻撃を防いだ。


『行かせない』
『っ!なんで、分からないかなぁ!赤い宝石があれば、僕は最強になれる。王史郎は〝最強の息子〟になれるんだよ?』
『……関係ない』


王史郎は、体にグッと力を入れたかと思いきや。モクの体をめがけて、鎌を振り下ろす。

だけど直前でかわされ、王史郎は短く舌を鳴らした。


『肩書とか、どうでもいい。
俺にとって大事なのは――

大切な人を守れるか。
ただ、それだけだ』
『強気だなぁ。でも僕は絶対、あの子を奪うよ』


クツクツ、と。楽しくて仕方ない笑みを浮かべるモク。

そんなモクを見て、瞳に落胆を浮かべた王史郎は、ゆっくりと瞳を閉じた後。

もう迷いのない目で、モクを睨んだ。



『さゆは、俺が守る』



‪‪‪☪︎·◌˳𓇬‬



「――ゆ、さゆ!」
「イオ、くん……?」


視界が暗転し、次に目が覚めた時。
私の目が写したのは、現実の世界。

夢の世界が、終わったんだ。
あれは、私が忘れていた過去。


「おかえり、さゆ。過去を見て来たんだね」


眉を下げて笑うイオくんが、私から流れる涙を指ですくう。私、泣いちゃったんだ。


「イオくん……ありがとう。
私のこと、ずっと助けてくれてたんだね」
「……うん」


九年前、二人は命がけで私を助けてくれた。王史郎にいたっては、騎士団を辞めてまで私を守ってくれた。

私は、九年前から。
王史郎とイオくんに、ずっと支えられていたんだ――


「ごめんね、イオくん。仲良かった双子の王史郎が、急に吸血鬼になって……悲しかったよね。辛かったよね。私のせいで、ごめんね……っ」
「違うよ、さゆが謝ることじゃない。あの後、確かに王史郎と疎遠になったけど……俺が自分を許せなかっただけなんだ」
「許せない……?」


首を傾げる私に、イオくんが笑う。


「どっちが吸血鬼になるか決断を迫られた、あの時。正直に言うと、俺……怖かったんだ」



『王史郎……お、俺が……っ』



「〝吸血鬼になりたくない〟っていう俺の気持ちを、王史郎は見抜いていた。だから俺に相談なく、独断で吸血鬼になった。

見抜かれていたことが悔しくて、恥ずかしかった。
思い出す度に、自分が情けなくなったよ。

そのやるせない気持ちが、いつしか〝王史郎を見返してやる〟って感情を生み出した。だから俺は、ずっと王史郎を追いかけていたんだ」
「そうだったんだ……」


確かに、出会った時のイオくんは、すごく王史郎に執着していた。なんでだろうって思ったけど、ちゃんとした理由があったんだ。


「九年前、俺はさゆを守れなかった。だから今回は守らせてほしい。っていうか……カッコつけさせて」
「カッコつける?」

「九年前。俺と王史郎が、あんなに必死になってさゆを助けたのは……さゆを、ただの女の子として見ていないからだよ。といっても、あの鈍感吸血鬼は、自分の気持ちに気付いてないけどね」
「それって……。
――――っ!」


え、まさか。
二人は私のこと……好きなの⁉

そんなワケないよ、きっと冗談――って頭では分かっているんだけど。

イオくんの顔が、あまりに優しくて。私を見る目が、いつもより甘い気がして……錯覚しそうになる。


「こ、こんな時に冗談はダメだよ、イオくん!
それに、ホラ!王史郎を助けに行かないと!」


真っ赤な顔の私を見ながら、「本心なのに」とクスクス笑うイオくん。

その時。私たちの真横に、砂埃と共に大きなガレキがドスンと落ちた。


「わ!」
「さゆ、掴まって!」


イオくんに抱えられ、宙を浮く。

改めて周りを見ると、あちこちに穴が開き、コンクリートがむき出しになっていた。どこを見てもヒドイ有様だ。


「イオくん、このまま王史郎の所へ行ける?」
「何か勝算があるの?」
「うん!」


イオくんはしばらく考えた後。
私への説得を諦め、移動を始める。


「行かせたくないけど、仕方ないか。それに、さゆは俺が全力で守るから、安心してね」
「う、うん……ありがとうっ」


イオくんに運ばれながら、王史郎を探す。

さっき私たちがいたのは、二階の踊り場。でも王史郎とモクは既に移動したらしく、遠くで轟音が聞こえた。


「いたよ、あそこだ」


二階の廊下を曲がった先。そこに王史郎はいた。

疲労困憊なのか、かろうじて片膝を立てている。荒々しい息に合わせ、王史郎の肩が大きく上下していた。


「王史郎……っ」
「思った以上にヤバいね」


いくら自分がボロボロになろうが、モクを〝私たちがいる方〟へ行かせまいと。迫り来る巨大な鎌を、王史郎は間一髪で撃退する。

一人で踏ん張り、戦う姿。
それを見て、胸が苦しくなった。

王史郎は今も昔も、私のために戦ってくれているんだ!


「王史郎!」
「え、さゆ⁉」


イオくんから離れ、王史郎に向かって飛び降りる。上から降って来る私を、王四郎は両手を広げて受け止めた。


「王史郎、ナイスキャッチ!」
「な……なんで来たんだよ!バカ!」

「バカじゃないよ。私は王史郎を、助けに来たの!」
「……は?」


ポカン顔の王史郎の背後から、巨大な鎌が迫る。

だけど同じく巨大な鎌を出したイオくんが、刃同士をぶつけて攻撃を防いだ。


「王史郎、交代。ちょっと休んでなよ。
あと、さゆを怒らないこと。何か策があるらしいから、黙って聞いてあげてね」
「イオ……」


王史郎を無理やり退けたイオくんは、九年ぶりにモクと向かい合う。顔に浮かぶのは、怒り。


「やぁ。大きくなったね、イオ」
「俺の名前を気安く呼ばないでくれるかな?父さんの顔したバケモノ」
「ふふ、わが子はみんなして口が悪いね」


クスクス言いながら、鎌を操るモク。疲れ果てた王史郎とはうってかわって、まだまだ元気そう。


「僕の偉業を、どうしてわが子たちは分かってくれないのかな?」
「さぁ。尊敬されてないからじゃない?人として」

「ふふ。そも僕は人間じゃないからねぇ」
「……本当、タヌキジジイめ」


互いの姿が見えなくなった途端。キンッと、二人の鎌がぶつかり合う。

移動するスピードが速すぎて、目で追えない。鎌のぶつかり合う音だけが、廊下のあちこちで響いた。


「それで、策ってなんだよ」


イオくんに言われた通り、怒らず私の話を聞いてくれるらしい。私は王四郎に、自分の左手を突き出した。


「ニセモノじゃない、本当の契約をしよう」
「本当の契約?」

「そうすれば王史郎は全ての力が使えるようになるって、モクが言ってた。あの話し方は、本当だと思う」
「俺の、全ての力……」


コクンと頷く私を見て、王史郎は呆然とした。
だけど弾かれたように、首を横へ振る。


「それはダメだ。だってお前、言ってただろ?」



『だって左手の薬指は、その、王史郎にあげたくないっていうか!』



「人間にとって、左手の薬指は大事なんだろ?じゃあ大切にしろよ。こんな時に使うな」
「王史郎……」


こんな危機的状況だというのに、それでも私の気持ちを尊重してくれるなんて。

ぶっきらぼうな言葉の裏にある、温かな気持ち。それに気づいて、胸がキュッとしまる。

ありがとう。
ありがとうね、王史郎。

だけど、いいんだよ。


「大事だからこそ、王史郎と契約したい。
王史郎に、左手の薬指を噛んでほしいの」
「でも……」

「さっき、イオくんに過去を見せてもらった。王史郎が私のために吸血鬼になったって、やっと知れた。
今度は私が、あなたの力になる番だよ」
「!」


私のために、騎士団から吸血鬼になった王史郎。
父親を失い、そして双子の弟からも距離を置かれ、急に一人ぼっちになってしまった。

全ては、私を守ったからこそ――


「私も王四郎に返したい。守ってあげたい。一人で戦って、傷だらけになって……それでも逃げない、カッコイイ王史郎のそばにいたいの」
「俺が、カッコイイ……?」


ポカンと口を開けた王史郎。傷だらけになった彼の頬へ、手を添える。

こんなになってまで守ってくれる人を、私は他に知らない。


「今まで一人で頑張らせてごめん。
これからは、私も一緒に戦うよ。
だから契約しよう。
私には、王史郎が必要なの!」
「っ!」


瞬間、王史郎がポンッと顔を赤くするから、つられて私も赤くなる。「え」「えぇ?」と、短いラリーが何度か続いた。

今までスラスラ喋れていたのに、急に緊張しちゃって……。言動の全てがしどろもどろで、挙動不審だらけ!


「だ、だからね!王史郎に噛まれるのは、むしろ大歓迎!だから遠慮なくドウゾっていうか……!」
「――もういい」
「え?」


グルグル混乱する私の頭に、王史郎は優しく手を置いた。ゆっくり深呼吸した後、青い瞳を私へ向ける。


「今も昔も、俺は大切な人を守れたら、それでいいんだ。さゆさえ無事なら、それで」
「王史郎……、わっ」


王史郎に、ふいに抱き寄せられる。

今までないくらい近い距離。
整った顔が、すぐそばにある。


「契約するぞ、さゆ」



王史郎から発せられるのは、いつもより低く、ゆったりした声。だけど青い瞳は、落雷のように力強く、鋭くとがっている。

迷いのない瞳を見て、私も頷く。


「お願いします、王史郎」
「分かった。
じゃあ――少しだけ我慢な」


私の後頭部を、王四郎がゆるりと撫でた後。大きな手にさらわれた薬指に、痛みが走る。

続いてゴクンッと。
王史郎の喉が鳴る音が、耳を伝って全身に響いた。

――内側からポカポカ温かくなる。

心地よい感覚を覚えながら、私は静かに目を閉じた。

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